2025年12月1日、クラウドコンピューティング業界に大きな動きがあった。長年、熾烈なシェア争いを繰り広げてきた二大巨頭、Amazon Web Services(AWS)とGoogle Cloudが、相互のクラウド環境を接続する「マルチクラウド運用」の簡素化において手を組んだのだ。

これまで、異なるクラウドプロバイダー間を専用線で結ぶには、複雑な契約、物理的な機器のセットアップ、そして数週間から数ヶ月に及ぶリードタイムが必要だった。しかし、今回発表された新サービスにより、これらはすべて過去のものとなり、「数分」での接続が可能になるという。

AD

クラウドの「ベルリンの壁」崩壊:歴史的な相互接続の幕開け

AWSとGoogle Cloudは、それぞれが独自の経済圏を築き、顧客を囲い込む「ウォールド・ガーデン(壁に囲まれた庭)」戦略をとってきた側面が強い。しかし、今回の発表はその壁に風穴を開けるものだ。

発表されたソリューションの全容

両社が発表したのは、相互のネットワークを直接、かつオンデマンドで接続するためのマネージドサービスである。

これらは本質的に同じ接続の両端を指すものであり、両社が共同でエンジニアリングを行った成果だ。特筆すべきは、これが単なるパートナーシップの発表ではなく、「オープンな仕様(Open Specification)」として公開された点である。これにより、将来的には他のクラウドプロバイダーも同様の仕様で接続が可能になる道が開かれた。

「数週間」から「数分」への革命

従来、企業がAWSとGoogle Cloudを専用線で接続しようとした場合、データセンター事業者(コロケーションプロバイダー)を介した物理的なクロス接続の手配や、ルーターの調達・設定など、物理レイヤーでの泥臭い作業が不可欠だった。Google Cloudのブログによれば、これには「調達」「論理構成」「ルーティング設定」「セキュリティ実装」といった複雑なステップが必要であり、完了までに多大な時間を要していた。

しかし、今回のソリューションでは、これらすべての物理的な複雑さが抽象化されている。顧客はクラウドのコンソール上で数回クリックするだけで、あたかも同じクラウド内のVPC(Virtual Private Cloud)同士を接続するかのように、異なるクラウド間の接続を確立できる。AWSのネットワークサービス担当VPであるRobert Kennedy氏が「重労働を心配する必要はもうない」と述べている通り、これはインフラエンジニアにとっての福音となるだろう。

どのようにして「安全かつ高速」を実現しているのか

表面的な利便性の裏には、エンタープライズグレードの堅牢な技術仕様が隠されている。公開された情報に基づき、そのアーキテクチャを紐解いてみよう。

1. MACsecによる強力な暗号化

セキュリティは、マルチクラウド接続における最大の懸念事項の一つだ。今回の接続では、両社のエッジルーター間のすべての物理接続において、MACsec(Media Access Control Security)による暗号化がデフォルトで適用される。

これは、IPsecのような上位レイヤーでの暗号化と比較して、レイヤー2(データリンク層)で動作するため、オーバーヘッドが少なく、ラインレート(回線速度の上限)に近いパフォーマンスを維持しながら強固なセキュリティを確保できることを意味する。鍵のローテーションもプロバイダー側で管理されるため、ユーザーの運用負担は極小化される。

2. 「Quad-redundancy」による極限の可用性

Google Cloud側の説明によれば、この接続は「Quad-redundancy(4重の冗長性)」を活用している。これは、施設(ファシリティ)の冗長性とエッジルーターの冗長性を組み合わせたものであり、複数の同時障害が発生した場合でも接続を維持できる設計となっている。

エンタープライズの基幹システムにおいて、SLA(サービス品質保証)を維持するためには、単一障害点(SPOF)の排除が不可欠だが、このソリューションは設計段階からその要件を満たしていると言える。

3. Googleの「Transport」リソースとAWSの統合

技術的な実装の詳細として興味深いのは、Google Cloudが導入した「Transport」という新しいリソース概念だ。ユーザーはGoogle Cloud側でこのTransportリソースを設定し、AWS側でそれを受け入れる(Accept)形をとる。

具体的なフローは以下のようになる:

  1. Google Cloud側で、物理的なインターコネクト、VLANアタッチメント、クラウドルーターを抽象化した「Transport」を作成。
  2. この設定がAWS側の「Direct Connect Gateway (DXGW)」およびプライベート仮想インターフェース(VIF)と連携。
  3. BGP(Border Gateway Protocol)セッションが確立され、リンクローカルアドレスを用いて経路情報が交換される。

これにより、IPv4およびIPv6のプライベートアドレス空間同士が、インターネットを経由せずに直接通信可能となる。帯域幅はプレビュー段階で1Gbpsから開始し、一般提供(GA)時には最大100Gbpsまでスケール可能となる予定だ。

AD

なぜ「今」なのか?:背後にあるAIと規制の力学

AWSは長年、マルチクラウドに対して消極的、あるいは「不可知論的」な態度を取ってきた。その巨人が、なぜ今、競合であるGoogleと手を組むに至ったのか。そこには2つの強力な外圧が存在する。

1. AI需要が強制する「ベスト・オブ・ブリード」

最大のドライバーは、生成AIの爆発的な普及だ。ForbesやFuturiomの調査によると、企業の82%がAIアプリケーションの成長によりマルチクラウドの展開が加速すると予測している。

Google Cloudの製品管理ディレクターHimanshu Mehra氏らが指摘するように、AI時代においては「特定のアクセラレータ(GPU/TPU)の不足」や「多様なAIエージェントの利用可能性」が、単一クラウドでの完結を困難にしている。

例えば、データレイクはAWSのS3にあり、AIモデルのトレーニングにはGoogle CloudのTPUを使いたい、あるいはSalesforceの顧客データと連携したAIエージェントを動かしたい、といったニーズが急増している。Tech Industry ForumのCEOであるDavid Terrar氏が述べる通り、「エージェンティックAI(自律型AI)」の台頭は、複数のクラウドにまたがるリソースの有機的な結合を不可避にしているのだ。AWSとしても、顧客がAIワークロードのために他社へ完全に移行してしまうよりは、接続性を提供することで自社エコシステムに留める方が得策だと判断した可能性が高い。

2. 規制当局による「ロックイン」への包囲網

もう一つの無視できない要因は、世界各国の規制当局による監視の目だ。

  • 英国: CMA(競争・市場庁)はクラウド市場の調査を行い、AWSとMicrosoftによる市場の寡占(80%近いシェア)に懸念を示している。
  • EU: 欧州委員会(EC)もまた、市場支配力に関する独自の調査を開始している。

The Registerの記事が鋭く指摘しているように、AWSとGoogleは昨年、規制当局に対して「クラウド間の相互運用性に障壁はない」と主張していた。しかし今回、「相互運用性を簡素化するツール」をリリースしたことは、裏を返せば「これまでは障壁があった(あるいは十分に簡素ではなかった)」ことを自ら認めた形とも取れる。

規制当局からの「ベンダーロックイン」批判をかわすためにも、大手プロバイダーは「オープンな接続性」をアピールする必要に迫られていた。このタイミングでの発表は、規制リスクへの先制攻撃としての側面も否定できないだろう。

市場へのインパクトと競合の動向

この提携は、単なる二社間の協定にとどまらず、業界全体の標準を塗り替える可能性がある。

Microsoft Azureの動向:2026年の合流

AWSの発表によれば、この相互接続イニシアチブには、2026年にMicrosoft Azureも加わる予定だ。これにより、AWS、Google Cloud、Azureという「3大ハイパースケーラー」がすべて、標準化された仕様で相互接続される未来が確定した。

これは、Oracle Cloud Infrastructure(OCI)が先行して推進していたマルチクラウド戦略に対する、ハイパースケーラー側からの回答とも言える。Google CloudはすでにOCIとの相互接続を提供しており、Alibaba Cloudともパートナーシップを結んでいる。AWSがこの輪に加わったことで、マルチクラウドは「推奨されない複雑な構成」から「当たり前の選択肢」へと完全に市民権を得ることになる。

顧客にとってのメリット:真の「適材適所」へ

SalesforceのようなSaaSプロバイダーや、大規模エンタープライズにとって、この変化は劇的だ。

  • 耐障害性の向上: アクティブ-アクティブ構成や、クラウドを跨いだ災害復旧(DR)環境の構築が容易になる。
  • データの民主化: BigQuery(Google)で分析するために、S3(AWS)からデータを移動させる、あるいはその逆のパイプライン構築が、セキュリティリスクを抑えつつ高速化できる。
  • コストの最適化: 物理的な回線契約を一本化し、オンデマンドで帯域を増減させることで、固定費を変動費化し、TCO(総保有コスト)を削減できる可能性がある。

AD

クラウド市場の「冷戦」終結と新たな競争

ここから見えてくるのは、インフラレベルでの囲い込み競争の終焉だ。これまで各社は「データの重力(Data Gravity)」を利用し、一度入れたデータを出しにくくすることで顧客を維持しようとしてきた。

しかし、今回の動きは、インフラの接続性がコモディティ化し、「土管(ネットワーク)」の質ではなく、「その上で動くサービス(AI、データ分析、開発者体験)」の質で勝負する時代への完全な移行を示唆している。

興味深いのは、AWSとGoogleが「オープンな仕様」を強調している点だ。これは、後発あるいは中規模のクラウドプロバイダーに対しても、「この仕様に合わせれば、我々の巨大なエコシステムと接続できる」というメッセージを送っている。短期的にはAWSとGoogleの連携強化に見えるが、長期的には、この仕様がデファクトスタンダードとなり、独自の閉鎖的な接続仕様を持つプロバイダーが淘汰される可能性すらある。

2026年に向けた準備を

現在、このサービスはN.バージニア、オレゴン、ロンドン、フランクフルトといった主要リージョンでプレビュー利用が可能である。日本のリージョンへの展開時期は明言されていないが、グローバル展開の計画に含まれていることは間違いない。

CIOやITリーダーは、もはや「AWSにするか、Googleにするか」という二者択一の議論に時間を費やすべきではない。「AWSのコンピュートとGoogleのAIを、いかにシームレスに組み合わせるか」というアーキテクチャ設計に注力すべき時が来たのだ。2026年のAzure合流を見据え、マルチクラウドを前提としたデータ戦略とネットワーク設計の見直しが、今まさに求められている。


Sources