2027年、国際宇宙ステーション(ISS)が地球低軌道(LEO)における高性能なデータハブへと進化する。Axiom SpaceとSpacebiltは、衛星や宇宙船からの膨大なデータを軌道上で直接処理する「光学相互接続型軌道データセンター(ODC)」の設置計画を発表した。 この計画は、宇宙におけるデータ処理のあり方を根本から変える可能性を秘めており、地上と宇宙を結ぶデータインフラの新たな時代の幕開けを告げるものだ。

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宇宙コンピューティングの新時代、ISSに「軌道データセンター」誕生へ

Axiom SpaceSpacebiltが2025年9月16日に発表した計画の核心は、2027年までに「Axiom軌道データセンターノード(AxODC Node ISS)」を国際宇宙ステーションに設置するというものだ。 これは、単なるデータストレージの増設ではない。光通信技術によって相互接続された、本格的なクラウドコンピューティング基盤を宇宙空間に構築する試みである。 衛星や探査機、ISS上の研究者や宇宙飛行士は、このインフラを利用して大量のデータを保存・処理し、さらには人工知能(AI)や機械学習(ML)のワークロードを実行できるようになる。

この計画は、Axiom Spaceが長年進めてきた軌道上コンピューティング能力増強のマイルストーンと言える。同社は2022年からISS上でクラウドコンピューティング機能の運用を開始しており、Amazon Web Services(AWS)の「Snowcone」と呼ばれるSSDデバイスをISSへ送り込んだ実績を持つ。

直近では、2025年8月にプロトタイプ「Axiom Data Center Unit One (AxDCU-1)」を打ち上げている。 靴箱ほどの大きさのこのユニットは、オープンソースソフトウェア企業のRed Hatと共同で開発され、宇宙という究極のエッジ環境で地上と同等のコンピューティング技術が機能するかを実証するためのものだ。

今回の発表は、このプロトタイプの成功を踏まえ、計画を本格的な商用インフラ構築へと移行させる明確な意思表示である。Axiom Spaceは、2025年末までに最初の「AxODC Node 1および2」を打ち上げ、2027年末までには少なくとも3つのノードを軌道上で相互接続し、運用状態にすることを目指している。

1ペタバイト超のストレージと光通信網:AxODC Nodeの技術的内実

AxODC Node ISSは、単一企業の技術で成り立つものではない。各分野の専門企業が結集した、いわば「技術連合」によって実現される。その中核をなす技術と、各社の役割を見ていこう。

心臓部を担う5社の技術連合

このプロジェクトの成功は、以下の企業が提供する最先端技術にかかっている。

  • Axiom Space: プロジェクト全体の主導。軌道上でのデータセキュリティを含む運用と、将来の商業宇宙ステーション「Axiom Station」への展開を見据える。
  • Spacebilt: エンジニアリング設計と、内部・外部ペイロードの実装を主導。ペタバイト級の「大型宇宙サーバー(LiSS: Large In-Space Servers)」を提供する。
  • Phison Electronics: LiSSの基盤となるエンタープライズ向けSSD「Pascari」を供給。AxODC Node ISSに合計1ペタバイトを超える大容量ストレージを提供する。 このSSDは、2025年初頭の月面着陸ミッションで既に宇宙での稼働実績を持つ、信頼性の高い製品だ。
  • Microchip Technology: NASAのジェット推進研究所と共同開発した次世代宇宙用プロセッサ「PIC64-HPSC」を提供する。 これが初の宇宙飛行となるPIC64-HPSCは、サーバー全体のコアコントローラとして、高速なデータ通信のルーティングやサーバー管理を担う頭脳となる。
  • Skyloom: 宇宙開発庁(SDA)の規格と互換性のある「光通信端末(OCT)」を提供する。 これにより、最大2.5Gbpsの高速光通信が可能となり、軌道上の衛星群とデータセンターノードがメッシュネットワークで結ばれる。将来的には100Gbpsへの拡張も視野に入れている。

なぜ「宇宙で」データを処理するのか?軌道エッジコンピューティングの価値

そもそも、なぜわざわざ宇宙でデータを処理する必要があるのだろうか。その答えは、宇宙と地球間の「通信帯域」という根源的な制約にある。

現在、衛星が取得した膨大な観測データや、ISSでの実験データは、そのほとんどが一度地球にダウンリンクされてから分析される。 しかし、このダウンリンクに使える通信帯域は非常に限られており、高価だ。 Red Hatの専門家が指摘するように、これは宇宙における「貴重な資源」なのである。

軌道データセンターは、この問題を解決する「軌道エッジコンピューティング」という概念を具現化するものだ。データを生成した場所(=軌道上)のすぐ近くで処理することで、地球へのデータ転送量を劇的に削減できる。これにより、以下のような価値が生まれる。

「長年にわたり、宇宙ステーションの研究コミュニティにとっての制限的なリソースは、データの転送とほぼリアルタイムでのデータ分析でした」と、ISSナショナルラボラトリーの広報担当者は語る。

例えば、生命科学や生物医学の研究では、時間の経過とともに変化する膨大なデータが生成される。 これを軌道上で即座に分析できれば、研究者は結果をすぐさま次の実験にフィードバックし、研究サイクルを劇的に加速させることが可能になる。 まさに、時間的制約のある微小重力環境での研究価値を最大化する鍵となる技術だ。

地上の技術を宇宙へ:過酷な環境に適応するハードウェア

宇宙空間は、放射線、極端な温度変化、電力供給の制約など、電子機器にとって極めて過酷な環境である。AxODC Node ISSに採用されるハードウェアは、こうした環境で安定稼働するための高度な技術に支えられている。

PhisonのPascari SSDは、その好例だ。月面という地球以上に過酷な環境でのデータセンター運用を既に経験しており、その信頼性は実証済みである。 また、MicrochipのPIC64-HPSCプロセッサは、もともとNASAとのパートナーシップのもと、高い信頼性が要求される宇宙ミッションのために設計されたものだ。

さらに、Red Hat Device Edgeのようなソフトウェア技術も重要だ。これは軽量なKubernetes(コンテナ管理システム)である「MicroShift」を含み、地上との通信が途絶する期間でも自律的に動作し、問題発生時には自動で安定状態に復帰する自己回復機能を持つ。 ソフトウェアの更新も、変更部分のみを送信する「デルタアップデート」方式を採用し、貴重な通信帯域の消費を最小限に抑える工夫が凝らされている。

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Axiom Spaceが描く未来:分散型「軌道クラウド」ネットワーク構想

今回のISSへのデータセンター設置は、Axiom Spaceが描く壮大なロードマップの第一歩に過ぎない。同社が見据えるのは、地球低軌道全体をカバーする、相互接続された「分散・連合型」の軌道データセンターネットワークの構築である。

Axiom Spaceの担当者は、「これは、国家安全保障、民間、商業、国際的なクライアントがLEOのどこにいても利用できるデータストレージと処理能力を継続的に増強していく我々のロードマップの一部です」と語る。

これは、地上のクラウドインフラストラクチャの進化を彷彿とさせる。AmazonのAWS、MicrosoftのAzure、GoogleのGCPといったクラウドサービスは、世界中にデータセンターを分散配置し、ファイバーケーブル網で相互接続することで、どこからでもアクセス可能な巨大なコンピューティング基盤を形成した。Axiom Spaceは、いわばその「宇宙版」を構築しようとしているのだ。宇宙プラットフォーム事業者、LEO環境に耐えるハードウェアベンダー、そして光通信中継プロバイダーがエコシステムを形成し、新たな「軌道クラウドサービス」が生まれる未来もそう遠くないかもしれない。

2030年問題と「データ主権」の行方

この野心的な計画は輝かしい未来を予感させるが、いくつかの重要な課題も指摘しておかなければならない。

第一に、「ISSの寿命」という問題だ。現在、ISSは2030年までにその役目を終え、制御された形で軌道から離脱する計画となっている。 2027年に設置される最新鋭のデータセンターが、わずか数年でISSと運命を共にすることになるのだろうか。

もちろん、Axiom Spaceは独自の商業宇宙ステーション「Axiom Station」の建設を進めており、2028年までには独立したプラットフォームとして運用を開始する計画を持つ。 AxODC Nodeは、将来的にこのAxiom Stationに移設される可能性が高いと考えるのが自然だろう。しかし、現時点でAxiom Spaceからこの点に関する明確な言及はない。

第二に、より本質的で複雑な問題として「データ主権」が挙げられる。軌道上のデータセンターで保存・処理されるデータは、一体どの国の法律の管轄下に置かれるのだろうか。 これは、今後の宇宙ビジネスのルールを定める上で避けては通れない法的、地政学的な課題である。データの所有権、プライバシー、アクセス権限などを巡る国際的なコンセンサス形成が急務となるだろう。

宇宙でのデータ処理は、技術的なハードルを越え、今まさに商業化の黎明期にある。Axiom Spaceとパートナー企業による挑戦は、人類の活動領域を宇宙へと押し広げる上で不可欠なインフラ構築の試みだ。残された課題は決して小さくないが、その解決の先に、宇宙が地球と同じようにデータで満たされ、新たな知見と価値が生まれる未来が待っていることは間違いない。


Sources