AI関連株が高すぎるという指摘は、2025年からずっと出続けている。ただ、イングランド銀行(BOE)のAndrew Bailey総裁が金融安定理事会(FSB)議長としてG20の財務相と中央銀行総裁へ送った書簡は、株価の水準そのものより、その株を誰がどんな資金で買っているかを見ている。投資家の借入が増え、資金が少数の大手テック企業へ集中し、その上に高い評価額が乗る。3つが同時に成立したとき、平時なら吸収できる下落が増幅される、という警告である。積み上がった数値と、いまのAI投資を支える資金の出所を追うと、この警告が株式市場の外側まで届く理由が見えてくる。
S&P500の半分がAI関連になったところへ届いた書簡
書簡は2026年8月28日付で、公表は31日だった。宛先は米North Carolina州Ashevilleで開かれたG20財務相・中央銀行総裁会議で、BaileyはBOE総裁とFSB議長を兼ねており、後者の立場から送っている。核心はこの一節にあるとCNBCは伝えている。レバレッジ、高い評価額、市場集中(なかでもAI企業とハイパースケーラー間の相互投資)が重なり合うことで、将来の市場調整を増幅しうるという内容だ。3つの要素はどれも単独では既知の論点であり、新しいのはそれらが同時に成立したという判断のほうだ。
FSBは各国の規制当局と国際基準を作る組織を束ねる立場にあり、その議長が名指しした論点は各法域の監督計画へ反映されやすい。今回の書簡はFSB議長名義で出ている。BOE総裁として英国の市場へ向ける警告と、G20へ届ける書簡とでは、及ぶ範囲が違う。
時価総額が少数の銘柄へ寄っているうえに、AI企業とハイパースケーラー(大規模データセンターを運営する巨大クラウド事業者)が互いに出資し合い、売上と投資が循環する関係になっている。集中という言葉は、この二重構造を指す。国際決済銀行(BIS)はこの循環的な資金の流れを問題視し、上位5社のAI関連設備投資が2025年から2026年にかけて1兆ドルを超えるとの見通しを示したとBloombergが伝えた。同じ資金が出資と売上の両側に現れる構造では、1社の投資削減が複数社の売上を同時に削る。
借入がここへ乗ると、下落の伝わり方が変わる。信用で買った持ち高は株価が下がった時点で追加証拠金を求められ、投資家は現金を作るために保有株を売る。売られる銘柄が散らばっていれば市場全体への影響は限られるが、皆が同じ数銘柄を担保に入れていれば、売りは同じ場所へ集まる。担保価値の下落と証拠金請求が互いを呼ぶこの往復こそ、Baileyの言う増幅の実体である。
BOEが2026年7月のFinancial Stability Reportで挙げた数字は、その建玉の大きさを示している。証券会社がヘッジファンドへ差し出す信用(プライムブローカー与信)の残高は過去1年で約40%増え、米国のレバレッジ型ETFの資産は約2000億ドルに達した。書簡が指しているのは、この2つの数字が表す実際の建玉だ。
どちらもレバレッジを使って株式へのエクスポージャーを積み増す手段だが、仕組みは異なる。プライムブローカー与信は証券会社からの直接の借入であり、レバレッジ型ETFはスワップや先物といったデリバティブでレバレッジを合成する。前者を使うヘッジファンドの持ち高は市場が大きく荒れた局面で強制的に解消されうるし、後者は日々のリバランスで機械的な売買が生じる。
BOEの警告はなぜ10か月で焦点を明確にしたのか
BOEがAI関連資産の評価額を主題に据えた記事として公表したのが、2025年10月のBank Overground「All chips in!」だった(BOEの金融政策委員会は同年10月8日公表の会合記録でも、AI関連テック企業の割高な評価と市場集中が招く調整リスクにすでに触れている)。そこではAI関連株のPER(株価収益率)の中央値が31倍で、市場全体の19倍を大きく上回ることが示されている。S&P500に占めるAI関連企業の比率は約44%で、2022年終盤の約26%から上昇したという整理だ。この時点の記事もレバレッジや外部資金調達への言及を含んでいたが、前面に出ていたのは株価倍率の高さのほうだった。
| 時点 | 文書 | 示した数値 | 警告の対象 |
|---|---|---|---|
| 2025年10月 | Bank Overground「All chips in!」 | AI関連株のPER中央値31倍(市場全体19倍)、S&P500内シェア約44%(2022年終盤は約26%) | 株価倍率の高さ |
| 2026年7月 | Financial Stability Report | AI企業のS&P500内シェアが2022年の約4分の1から約半分へ。Excess CAPE Yieldがドットコムバブル以来の低水準 | 市場全体の割高さ |
| 2026年8月 | FSB議長としてのG20宛て書簡 | 数値の提示より、借入と評価額と集中の相互作用 | 資金の出所と増幅の経路 |
10か月で強まったのは、新しい論点というより、各要素を結びつける明確さの度合いだ。2025年秋は株価倍率の高さが前面に出ていた。2026年7月の報告書はAI関連株の評価額の高さと、ヘッジファンドのプライムブローカー与信・レバレッジ型ETFを含む株式市場のレバレッジ増加を結びつけ、複数の脆弱性が同時に顕在化しうると指摘している。8月の書簡は、その結びつきをそのまま警告の核心として前面に押し出した。AI企業がS&P500の4分の1から半分へ膨らむまでには2022年終盤から3年半あまりを要したが、BOEが評価額とレバレッジの結びつきを警告の中心に据えるまでの明確化は、この10か月で進んだ。
2026年7月の報告書が使ったExcess CAPE Yield(景気循環を調整した株価収益率の逆数から実質金利を差し引いた超過利回りで、低いほど株式が割高であることを示す)は、ドットコムバブル以来の低水準まで下がっていた。AI関連の上位30銘柄を除いても、2007年以来の低さになる。割高さがAI銘柄の内側で完結していないという意味であり、調整が起きたときにAI以外の株も同じ方向へ動きうることを示す指標だ。
ただし、3つの数値をそのまま1本の線でつなぐと読み違える。2025年10月の44%と2026年7月の「約半分」はいずれもBOEの資料だが、算出対象の企業の定義が完全に一致するとは限らず、各時点のスナップショットとして扱うのが妥当だ。Magnificent Sevenの7銘柄を基準にした集計では2026年半ばのS&P500時価総額比が約34%(NVIDIA単体で約7.5%)で、これはさらに別の母集団を数えている。どの数字を引くにしても、算出対象を添えないと比較にならない。
EBITDAの4倍へ向かう負債と、貸し手が要求し始めた100bpの上乗せ
Oracleの負債はEBITDA(利払いと税、償却を差し引く前の利益)の4倍近くまで拡大しうると、Moody'sが2026年2月時点の見通しで示した。同社の売上に占めるOpenAI向けの比率は、一部のアナリスト推計では2028年までに33%へ達するとされる。いずれも予測値であって確定した数字ではないが、Oracle自身は2026年の調達計画450億〜500億ドルを債務と株式でほぼ均等に賄う方針を示しており、AI向けデータセンター投資の重さが負債の側にも表れている構造は読み取れる。
EBITDAに対する負債が厚くなるほど、金利の上昇や収益の下振れを吸収できる幅は狭まり、格付けの引き下げが検討されやすくなる。Moody'sが4倍という水準を挙げたのは、Oracleにその余裕がどれだけ残るかを見ているからだ。しかもその収益の側には、OpenAI向け33%という集中が乗る想定になっている。1社の支払い能力が変われば、返済の原資と借入の条件が同時に動く並びである。
CoreWeaveが2026年7月に組成したシンジケートローン(複数の金融機関が共同で出す協調融資)では、投資家がスプレッドの100〜125bp(1bpは0.01%)上乗せと維持コベナンツ(財務指標を継続的に満たす義務)を要求したと、8月3日付のTech Timesが報じた。上乗せは借り手の信用力に対する市場の評価がその分だけ下がったことを意味し、コベナンツは業績が基準を割り込んだ時点で貸し手が契約上の是正措置を取れることを意味する(既存融資が自動的に即時回収されるわけではない)。AI向け融資が「出せば通る」時期は終わりつつある。
資金源が株式か負債かで、下落の後に伝わる範囲が変わる。株式で調達したバブルが崩れれば、損失はまず株を持っていた投資家に及ぶ。BOEはそれでも設備投資の縮小や資産効果を通じた消費の落ち込みを通じて実体経済へ波及しうると説明しており、株式主導だから実体経済に影響しないわけではない。負債で調達していれば、これに加えて借り手の返済能力が落ちた時点で、銀行やプライベートクレジット(銀行以外の運用会社が直接出す融資)のファンド、社債の保有者へ損失そのものが順に伝わっていく。GPUを担保に取っている融資なら、担保資産の値段も株価と同じ方向へ下がるため、貸し手の回収余力は下落と同時に細る。
ドットコムバブルとの違いとして一般に指摘されるのは、2000年前後の資金の主役が新規株式公開と株式発行だったという点だ。ただし当時の負債比率をいまのOracleやCoreWeaveと同じ物差しで並べた比較は、BOEや国際通貨基金(IMF)、BISの一連の警告のなかでは示されていない。確かなのは、今回は社債とプライベートクレジット、そしてGPUを担保にしたローンが前面へ出ているという事実のほうである。3機関が評価額の数字だけで議論を終えないのは、資金の出所が波及の経路そのものを変えるからだ。
IMFが2カ月先んじた「評価額よりレバレッジ」
IMFのTobias Adrian氏は2026年6月30日、AIについては評価額そのものよりも負債による資金調達のほうが金融安定上の懸念だとBloombergに語った。BOEのFinancial Stability Reportが出るのはその1週間後、FSB議長としての書簡は2カ月後になる。当局側の議論の重心が「株が高い」から「その株が借金で買われている」へ移っていく順序が、この2カ月に収まっている。
もっとも、BOEが評価額を軽く見たわけではない。7月の報告書はS&P500内のAI企業シェアとExcess CAPE Yieldを独立した論点として明記しており、8月の書簡でも高い評価額は3要素の1つとして残っている。IMFとBOEの違いは、どちらが正しいかという対立の話ではない。IMFは各国をまたいで金融システムを監視する立場、BaileyはFSB議長として各法域の規制当局へ具体的な備えを促す立場にあり、後者のほうが「誰が何を積み上げているか」を数える動機を持つ。
BISも2026年を通じて、AI企業間で出資と売上が循環する資金の流れへ警告を重ねてきた。3つの国際機関が、それぞれ別の入口から同じ論点へ届いている。評価額の高さ自体は以前から各機関の報告書に載っていた話であり、2026年に増えたのは、その評価額を支える資金がどこから来ているかという記述のほうだ。
評価額が主題であるうちは、規制側にできるのは警告と情報開示の促進までだ。レバレッジが主題になれば、証拠金比率やヘッジファンドの建玉報告、ノンバンク金融機関への与信集中といった、数値で縛れる領域が対象になる。8月の書簡がFSBの名前で出たことの実務的な意味は、そこにある。
警告に添えられた、名指しの未公開モデルという逆説
Baileyが書簡で金融システムへの最大級の懸念として挙げたのは、資産価格ではなくサイバーリスクだった。「フロンティアAIはサイバーリスクの速度と規模、そして経済性を大幅に変え、市場全体の信頼を損なうおそれがある」。総裁が具体的に警戒しているのは複数の企業で同時に障害が起きるようなセキュリティ侵害であり、各法域の当局へ備えを促している。
Euronewsは、書簡が警告するような侵害の実例として、Anthropicが2026年4月7日に発表した未公開モデル「Claude Mythos」を挙げた。自律的にサイバー攻撃を実行する能力を持つとして、一般公開が見送られたモデルである。書簡原文にMythosという名称そのものが登場するかどうかはPDFのテキスト抽出ができておらず確認できていない。あくまでEuronewsが示した実例として扱う。
Mythosは一般公開こそされていないが、TechCrunchによれば「Project Glasswing」という枠組みでAmazonやMicrosoftを含む12の立ち上げパートナー企業に加え、40を超える追加組織にもプレビューへのアクセスを広げている(組織数の内訳はソースにより表記が揺れる)。防御的なセキュリティ用途に限った共有であり、開発企業の外側にまったく渡っていないわけではない。Baileyが備えを促した相手が各法域の規制当局である以上、監督上の問題は特定モデルが一般公開されるかどうかより、同水準の能力がいつ広く手に入るようになるかへ移る。
金融機関が採用するフロンティアモデルとその実行基盤は少数の事業者へ寄っており、1つのモデルや1つのクラウドで起きた侵害が複数の金融機関へ同時に届く経路がある。Baileyが「複数企業で同時に」という言い方をしたのは、個別の銀行の防御力より共通の依存先を見ているからだ。攻撃側の能力を押し上げているのが、金融機関自身が業務へ取り込もうとしているのと同じ技術系統だという点で、この警告は評価額の議論とは別の時間軸で動く。
サイバーリスクは評価額やレバレッジのように何年分も積み上がった残高統計を持たない。BOEはモデルが遂行できるタスクの水準やサイバー演習での到達度を測るなど定量的な把握を模索してはいるものの、プライムブローカー与信のように継続的に追える指標へはまだ育っていない。金融安定の最優先へこの論点を置いたBaileyの判断は、確立した物差しがまだないリスクを先に押さえておくという意思表示と読める。
日本の投資家が次に見る数字は日銀の外にある

日本銀行が2026年7月の金融政策決定会合後に強めた警戒は、AI投資が押し上げる需要とインフレのほうだった。日本経済新聞は、原油価格の下落が一巡した後の物価の火種としてAI関連投資を挙げる日銀の見方を伝えている。BOEが資産価格と借入を見ているのに対し、日銀は同じAIブームを物価の側から観察している。国内の議論が資産価格の増幅へ向かっていない理由も、この視点の違いにある。
日銀の金融システムレポート2026年4月号は、AIを巡る先行きが悪化するシナリオを含めても、国内の金融機関は総じて充実した資本と調達基盤を持つと評価した。そのうえで、より重点を置いて論じているのは海外のヘッジファンドがグローバルにポジションを巻き戻した場合に債券市場の流動性低下等を通じて伝わる経路であり、国内金融機関の株式保有リスクへの言及は相対的に薄い。BOEが数えているプライムブローカー与信やレバレッジ型ETFは、まさにその経路の入口にある。
増幅の実例は、書簡の1カ月前に個別のファンドで起きていた。当サイトでも2026年7月31日に報じたとおり、Leopold Aschenbrenner氏のAI特化ファンドは4倍のレバレッジをかけた持ち高がマージンコールに遭い、運用資産を450億ドルから100億ドルへ8割減らした。1つのファンドの巻き戻しが金融システム全体を揺らしたわけではない。ただ、借入と集中が重なった持ち高がどう壊れるかは、この事例が先に見せている。
次に確認すべき数字は、BOE自身が公表している。プライムブローカー与信の残高が過去1年の約40%増という伸びを保つか、レバレッジ型ETFの約2000億ドルがさらに膨らむか、OracleやCoreWeaveの借換えでスプレッドの上乗せ幅が100〜125bpから広がるか。3つが同時に鈍れば、AI向けの設備投資は株式と自己資金の範囲へ戻り、Baileyが警告した増幅の経路は細くなる。前の2つは2026年7月のFinancial Stability Reportが示した数字であり、次号でどう動くかが最初の手がかりになる。
