テクノロジーと科学の最新の話題を毎日配信中!!

光子が同時に2カ所に存在?広島大学で多世界解釈を揺るがす観測に成功

Y Kobayashi

2025年5月29日1:29PM

まるでSF映画のワンシーンだ。たった一つの光の粒子が、同じ瞬間に、離れた二つの場所に「たしかに存在する」──。そんな摩訶不思議な現象を、日本の広島大学の研究チームが実験で捉えることに成功したというニュースが、科学界に静かな衝撃を広げている。なぜならこの発見が、量子の奇妙な振る舞いを説明する有力な仮説の一つ、「多世界解釈」の必然性に、新たな疑問を突きつける可能性を秘めているからだ。観測という行為が、粒子の「過去」すら書き換えてしまうかもしれないという量子力学の深淵に、私たちはどこまで迫れるのだろうか?

スポンサーリンク

量子世界の入り口:二重スリット実験という名の「魔法」

この話を理解するには、まず量子力学の奇妙さを象徴する「二重スリット実験」に触れないわけにはいかない。電子や光子といったミクロな粒子を、二つの細い隙間(スリット)がある板に向けて一つずつ発射する。すると、まるで粒子が波のように振る舞い、両方のスリットを同時に通り抜けて互いに干渉したかのような縞模様が、スリットの向こう側のスクリーンに現れる。

奇妙なのは、発射される粒子はあくまで「一つ」であり、スクリーンで検出されるときも「一つ」の点として観測される点だ。それなのに、途中経路では「自分自身と干渉する」かのように振る舞う。これは、粒子が観測されるまでは、両方のスリットを通過する可能性が「重ね合わさった」状態(スーパーポジション)にあると解釈されている。

しかし、私たちが「どちらのスリットを通ったのか?」を知ろうとして観測装置を仕掛けると、事態は一変する。途端に干渉縞は消え失せ、粒子は必ずどちらか一方のスリットだけを通過した、という「当たり前」の結果しか得られなくなるのだ。観測するという行為が、量子の振る舞いを根本から変えてしまう──この「観測問題」こそが、量子力学の解釈をめぐる100年以上にわたる大論争の震源地なのである。

伝統的な「コペンハーゲン解釈」では、観測されるまで粒子の状態は確定しておらず、観測によって初めて一つの状態に収縮する(波動関数の収縮)と考える。一方、SF作品などでもお馴染みの「多世界解釈」は、さらに大胆だ。観測によって世界が分岐し、ありとあらゆる可能性がそれぞれ異なる並行宇宙(パラレルワールド)で実現している、と考えるのだ。つまり、二重スリット実験では、光子が右のスリットを通る世界も、左のスリットを通る世界も、両方を通る(かのように見える干渉が起きる)世界も、すべて「実在」しているというわけだ。

これらの解釈は、観測される現象そのものは同じように説明できるため、長らく実験的に優劣をつけることは困難だと考えられてきた。重要なのは、その背後で「実際に何が起きているのか」という哲学的な問いにも近い部分だったからだ。

広島大学が投じた一石:「弱測定」で光子の「居場所」を探る

そんな中、広島大学大学院先進理工系科学研究科の福田竜也氏(博士課程後期)、飯沼昌隆准教授、松本侑斗氏(博士課程後期)、HOFMANN HOLGER教授らの研究チームは、この難問に新たな光を当てる可能性のある実験結果を、2025年5月1日付でプレプリントサーバー『arXiv』に発表した。

彼らは、巧妙な実験セットアップと「弱測定」と呼ばれる手法を駆使することで、1個の光子が干渉計の内部で「物理的に非局在化している(複数の場所に同時に存在している)」直接的な証拠を捉えることに成功したと報告している。

研究チームが用いたのは、光の干渉を利用する「干渉計」だ。光子を干渉計に入れると、その経路は二つに分割され、その後再び合流する。この二つの経路のそれぞれに、光子の「偏光(光の波の振動方向)」をわずかに回転させる特殊な光学素子(半波長板)を設置したのが、この実験のミソだ。片方の経路では右に、もう片方の経路では左に、ごくわずかな角度だけ偏光を回転させる。

もし光子がどちらか一方の経路しか通らないのであれば、出口で観測される光子の偏光の回転度合いは、その経路に設置された素子による回転のみを反映するはずだ。しかし、もし光子が「両方の経路にまたがって存在する」ならば、二つの経路での反対向きの回転が互いに影響し合い、最終的な偏光の回転度合いが変化する可能性がある。特に、光子が両方の経路に均等にまたがっていれば、二つの反対向きの回転が打ち消し合い、偏光の回転が見られなくなるかもしれない。

研究チームは、この偏光の回転の有無や度合いを精密に測定することで、個々の光子が干渉計内部でどのように振る舞っていたのか、その「居場所」に関する情報を引き出そうと試みた。これは、観測によって量子の状態を壊さずに情報を得る「弱測定」の一種と言えるだろう。

そして、実験結果は驚くべきものだった。
干渉計の出口で、二つの経路からの光が強め合う(干渉が建設的に起こる)条件で検出された光子は、偏光の回転が抑制されていた。これは、光子が二つの経路に均等に非局在化し、それぞれの経路での偏光回転が打ち消しあったことを強く示唆している。つまり、「1つの光子が、同時に2つの場所に存在していた」痕跡と言えるかもしれない。

スポンサーリンク

「超局在化」というさらなる謎:多世界解釈は窮地に?

さらに奇妙なのは、干渉計の出口で光が弱め合う(干渉が破壊的に起こる)条件で検出された光子の振る舞いだ。この場合、偏光の回転は打ち消し合うどころか、むしろ一方の経路だけを通った場合よりも「大きく」なるという結果が得られたという。

研究チームはこれを「超局在化(super-localization)」と名付けている。論文によれば、この現象は、光子が一方の経路には「負の存在確率」で存在し、もう一方の経路には「1を超える存在確率」で存在するかのような、直観とはかけ離れた振る舞いを示唆するという。まるで、ある場所に「マイナス1個の光子」があり、別の場所には「プラス2個の光子」があって、差し引き1個の光子になる、とでも言うような奇妙な描像だ。

この「超局在化」という現象は、光子が単に「どちらか一方の経路を通る」という単純な描像では説明が難しい。そして、この「非局在化」と「超局在化」の観測結果は、多世界解釈の信奉者にとっては、やや厄介な問いを突きつけるかもしれない。

なぜなら、多世界解釈では、光子は常にどちらか一方のスリット(経路)のみを通過するとされることが多いからだ。もし光子が物理的に複数の経路にまたがって存在することが示されれば、観測のたびに宇宙が分岐するという多世界解釈の基本的な枠組みに、何らかの修正や再解釈が必要になる可能性も出てくる。

「未来の観測が過去を決める」? 量子世界の時間旅行

広島大学の研究チームは、論文の中でさらに踏み込んだ考察を展開している。彼らの実験結果は、「物理的実在性は、将来行われる測定の文脈によって決定される」という、量子力学の根本に関わる可能性を示唆するというのだ。

これは、干渉計の出口でどのような測定(建設的干渉を見るか、破壊的干渉を見るか)を行うかによって、その光子が干渉計の内部で「どのように存在していたか(非局在化していたか、超局在化していたか)」という過去の状態が決まってくる、と解釈できるかもしれない。まるで、未来の選択が過去の出来事に影響を与えるかのようだ。

もちろん、これは時間旅行を意味するわけではない。しかし、私たちが日常的に持つ因果律の概念が、量子の世界では通用しない可能性を改めて浮き彫りにする。

スポンサーリンク

深まる謎、尽きない探求:私たちは何を知ったのか?

今回の広島大学の研究は、非常に巧妙な実験デザインによって、これまで直接観測することが難しいとされてきた量子の奇妙な振る舞いの一端を可視化した、画期的な成果と言えるだろう。

ただし、この結果が直ちに多世界解釈を完全に否定するものではない、という点には注意が必要だ。科学の世界では、一つの実験結果だけで長年の理論が覆ることは稀であり、さらなる検証実験や理論的な考察が不可欠だ。また、本研究はまだ専門家による査読を経て学術誌に掲載された段階ではないことにも留意したい。

とはいえ、この研究が量子力学の解釈をめぐる議論に新たな視点を提供し、活発な議論を巻き起こすことは間違いないだろう。コペンハーゲン解釈、多世界解釈、あるいはそれ以外の解釈が、この新たな実験結果をどのように説明し、取り込んでいくのか。

私たち人類は、量子の世界について、まだほんの入り口に立ったばかりなのかもしれない。そこは、常識が通用せず、まるで魔法のような現象が日常的に起こる世界。しかし、その奇妙さこそが、科学者たちを惹きつけ、飽くなき探求へと駆り立てる原動力なのだろう。

1つの光子が私たちに突きつけた「お前は本当にそこにいたのか?」という問いは、宇宙の根源的な姿、そして「実在とは何か」という哲学的な問いにまで繋がっている。今回の発見は、その壮大なパズルの、新たな、そして極めて重要なピースとなるのかもしれない。


論文

参考文献

Follow Me !

\ この記事が気に入ったら是非フォローを! /

フォローする
スポンサーリンク

コメントする