T-Headが2021年に発表した「累計25億個出荷」という数字を見て、中国はすでにRISC-Vへの移行を終えたと考えていないだろうか。この実績は時点を明記されないまま繰り返し引用され、Armやx86に頼らない自給自足という漠然としたイメージを広げてきた。だが実際の中国サーバー市場は様相がまったく異なる。IDC調査による2025年通年の集計では、依然としてIntel・AMD由来のx86系が合計74.3%を占め、国産化の象徴とされるArm系(大半がKunpeng)でも25.5%にとどまり、RISC-Vはこの内訳の集計にすら登場しない。中国が狙うのは市場シェアの奪取ではなく、誰にも合法的に止められない中立の統治機構そのものを掌握し、その内部にまで発言力を築いていく、長期的な制度戦略だ。

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「25億個」の神話と、消えないx86依存という現実

2021年10月19日、Alibaba Cloudが主催した年次イベントで、当時同社クラウド事業を率いていたZhang Jianfeng氏は、傘下の半導体設計部門T-Headが手がけるXuanTie系CPUコア(独自アーキテクチャ設計とRISC-Vベース設計の両系統を含む)の累計出荷が25億個を突破したと発表した。用途の内訳は機械視覚や産業制御、車載端末などIoT関連の組み込み機器が中心で、サーバー向けの数字は含まれていなかった。それにもかかわらず、この数字はその後の報道でも発表時点を明記しないまま繰り返し引用され、あたかも現在進行形でRISC-Vが中国のコンピューティング基盤を席巻しているかのような印象を広げてきた。数字自体は事実だが、RISC-V単独の実績なのか、いつの時点の、どの製品分野の実績かという文脈が抜け落ちるたびに、印象と実態の距離はさらに広がっていく。

実際に中国のサーバー市場全体を見渡すと、様相はまったく異なる。IDCの調査による2025年通年の中国汎用サーバー市場の集計では、Intel由来のx86が47.8%、AMD由来のx86が15.1%、その他の国産x86互換が11.4%で、x86系が合計74.3%を占める。Arm系(大半がKunpeng)は25.5%にとどまり、RISC-Vはこの内訳の集計にすら登場しない。「自給自足」を掲げる国家戦略の足元で、実際にサーバーを動かしているのはいまだ大部分が輸入または輸入由来のx86系である。

国産代替に限定した調達に目を移しても、選ばれているのはArm系とx86互換の二択だ。中国電信(China Telecom)が2026〜2027年向けに実施した約115億元規模の調達では、応札はArm系のKunpengとx86互換のHygon C86の2つに事実上限られ、台数ベースでKunpengが70.0%2万8000台)、Hygon C86が30.0%1万2000台)を占めた(金額ベースではKunpeng側の落札額が総額の約70.7%)。中国移動(China Mobile)でもある一回の集中調達でArm系機種の比率が65.01%に達し、通信キャリアのARM国産サーバー調達としては過去最高だったと報じられている。中国移動の調達全体で見た国産CPUの比率は、Tom's Hardwareの集計によれば2020年の約21%から直近では約43.5%まで上昇しているが、この上昇を主に牽引しているのはKunpengのようなArm系やHygon C86のようなx86互換勢であり、RISC-Vはこの調達構成の中に実質的な居場所を持たない。「累計25億個出荷」というIoT時代の実績と、いま実際にサーバーを動かしているアーキテクチャの間には、5年近い時間差と用途の断絶がある。

T-Headは2025年3月、サーバー、PC、自動運転車向けを謳う「XuanTie C930」を投入し、整数演算性能の指標であるSPECint2006で15点/GHz、RISC-V拡張仕様「RVA23」準拠を実現した。性能面でのサーバー参入は、この時点でようやく緒に就いたばかりだった。

1年後の2026年3月24日には後継の「XuanTie C950」を発表した。5nmプロセスで製造したとされ(製造委託先は公式には非公表だが、TSMCとする報道がある)、最大3.2GHz動作でシングルコアのSPECint2006総合スコアが70を超えたという。数千億パラメータ規模のAIモデルの推論処理を主な用途に据えており、サーバーやAI市場を明確に意識した設計だ。このスコアを動作クロックで正規化すると1GHzあたり約22点となり、C930の15点/GHzと比較すれば約1.5倍の伸びにとどまる。C930の製造プロセスは公表されておらず両者が同一の測定条件で比較されたスコアかどうかも確認できず、成熟したArm系やx86系のサーバーCPUの水準に並ぶにはなお距離がある。

2024年8月には旧世代のC910とC920でベクトル拡張の実装不備に起因する脆弱性「GhostWrite」(CVE-2024-44067)が発覚した。ハードウェアに起因するためソフトウェア更新では修正できず、緩和策はベクトル拡張機能そのものを全面的に無効化することに限られ、これは命令セット全体で見ればおよそ半分に相当する範囲を失う対応だった。この代償は性能の一部を犠牲にすることを意味し、量産直後の設計にはなお技術的な成熟の余地が残ることを示した。

なお、T-Headが2026年2月時点で47万個出荷したとするAIアクセラレータ「真武(Zhenwu)」はGPU的な位置づけの製品であり、RISC-V設計のXuanTieとは別のラインである。T-Head自身にとってもXuanTieの技術投資はIPライセンス収益の育成につながり、独立上場に向けた準備の一環との見方もある。

C930とC950が準拠する「RVA23」は、RISC-V Internationalが策定するアプリケーションプロセッサ向けの標準プロファイルで、これに準拠すれば主要OSとの互換性が高まり、ソフトウェア資産の移植性を確保しやすくなる仕組みだ。個々のベンダーが独自の拡張命令を積み増しても、このプロファイルという共通の土台さえ満たせばエコシステム全体の互換性が保たれる。どの拡張をこの標準プロファイルに組み込むかを最終的に決めるのが、後段で扱う理事会という場である。

国産代替の枠内で主流を占めるKunpeng自体がArm系であり、市場全体で見ても依然x86が過半を占める。次章で見るように、Armは中国にとって政治的に盤石な選択肢とは言えず、x86もまた同様の脆弱性を抱える。それでもいずれかが現時点でサーバーの主役であり続けているという事実は、RISC-Vへの投資が今すぐの市場奪取よりも将来に向けた保険としての性格を持つことを裏づけている。

Armとx86が「危険な選択」になった理由

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中国がArmやx86を避ける動きが決定的になったのは2019年5月だ。米国がHuaweiとその半導体子会社HiSiliconを禁輸リストに加えると、英ケンブリッジに拠点を置くArmは「設計に米国原産技術が含まれる」との理由でHuawei向けライセンス契約を一時全面停止した(後に一部修復)。Armは英国企業であり米国政府の直接管轄下にはないが、この一件は英国発の技術であっても米国の輸出規制網を経由すれば供給が止まりうるという現実を、中国の半導体業界に強く印象づけた。Huaweiは自社設計のHiSiliconで開発を継続したものの、混乱を経験している。

Armは2023年9月に米国市場でIPOしたが、親会社である日本のSoftBank Groupがその後も株式の約87〜90.6%を握り続けている。この保有株式の評価額は2025年12月時点で約1300億ドル(1ドル=158〜159円換算で約20兆円)相当とされるが、株価変動が大きく推計には相応の幅がある。この保有構造を見る限り、Arm自体の支配構造も一枚岩とは言えない。

つまり英国籍のArmを実質的に支配するのは日本企業であり、中国から見れば米国のリスクに加えて日本というもう一つの管轄も背負ったアーキテクチャということになる。しかもArm自体の企業規模は、支配するエコシステムの大きさに比して小さい。2025年時点の公開データによれば従業員数はおよそ8,330人で、この規模の一企業の経営判断や内紛が、世界のスマートフォン向けプロセッサ設計のほぼすべてに影響を及ぼす構造になっている。さらに中国合弁のArm Chinaでは2020年6月にCEOのAllen Wuが解任されたにもかかわらず、同氏が会社印や登記書類を握って居座り、SoftBankとArm側が実権を取り戻したのは2年後の2022年、Liu RenchenとEric Chenの共同CEO体制が発足してからだった。1つのライセンス元企業の内紛だけで、中国国内のArmエコシステム全体が2年間宙に浮いた計算になる。

IntelとAMDは1976年以来、特許クロスライセンス契約を通じて互いのアーキテクチャを利用できる関係を保っており、2009年には独占禁止法をめぐる係争の和解に伴って契約を更新した。この関係は両社間限定で第三者には一切開放されていない。Intelは過去に台湾VIA Technologiesとの特許係争を2003年に和解しライセンス供与という例外を認めたが、それ以外のx86互換チップメーカーは提訴を通じて市場から排除してきた歴史を持つ。VIA系の権利は2013年以降、上海市政府との合弁Zhaoxin(兆芯)に引き継がれ命脈は保っているものの、市場シェアは限定的にとどまる。

Armは単一のライセンス元企業が政治的圧力や内紛で機能不全に陥れば供給網ごと止まりかねず、x86もIntel・AMD・Zhaoxinという既存の系譜が大半を占める。2026年7月にはIntelが新興企業RosaicLabsへAtom系コアの設計情報を供与すると報じられるなど新規参入の芽もあるが、実質的な選択肢の少なさという点で選択肢としては同様に閉じている。中国にとってどちらも、自国の意思だけでは制御できない依存先である点で変わりはない。

2019年のHuawei制裁からArm Chinaの内紛まで、一連の出来事が中国側に残した教訓は共通している。特定の1社や1国のライセンス判断に供給網全体が左右されるという構造そのものがリスクだという認識であり、この認識がRISC-Vという次の選択肢への関心を後押しした。

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RISC-Vが「誰にも止められない」仕組み

RISC-Vの出発点にあったのは、ごく実務的なライセンスの壁だった。2010年、UC BerkeleyのKrste Asanović研究室で、大学院生のYunsup LeeとAndrew Watermanは新しい研究用プロセッサの命令セットにArmのISAを採用しようとしたとされる。しかしArmのライセンス条件では自由な改変や再配布ができず、研究や教育目的での利用にも制約が課された。この壁に突き当たったことがきっかけとなり、研究室は独自の命令セットアーキテクチャの設計に転換し、それがRISC-Vの原型になった。Asanović研究室は、RISC設計の先駆者として知られるDavid Patterson教授が率いる並列計算研究グループ「Par Lab」の一員でもあり、学術的な系譜という点でも独自ISAへの転換は自然な流れだったといえる。

RISC-Vは基本の命令セットに標準拡張やカスタム拡張を積み増せる設計で、ベンダー側がAI向けの行列演算命令のような専用命令を自由に追加できる。Arm Cortex-M0(0.17mW)と比較しRISC-V E203(0.145mW)は消費電力を約15%抑えられたとする研究例も報告されているが、これは個別の実験結果であり一般化はできない。

この設計は2015年、36の創設メンバー企業とともに米デラウェア州の非営利法人「RISC-V Foundation」として正式に組織化された。当時の拠点は米国内にあり、法人格の所在をめぐる議論はまだ表面化していなかった。

RISC-V Internationalは2018年12月のサミットでスイスへの移転構想を示し、2019年11月26日に正式発表、2020年3月には非営利法人「RISC-V International Association」としてスイスで再法人化を完了する3段階の移行を経た。非営利団体としての中立性を制度的に担保するための決断だった。当時のCEO、Calista Redmondは「世界中のメンバーから、法人格が米国のままでは安心できないという声を聞いてきた」と説明し、特定の1国や1社が理由ではないと述べたが、この時期は2019年5月のHuawei禁輸措置の直後にあたる。国際機関の拠点として長くスイスが選ばれてきた背景には同国の政治的中立の伝統があり、RISC-V Internationalの立地選択もこの与件を踏まえたものだったといえる。

ジョージタウン大学CSETの分析によれば、現行の米輸出管理体制はハードウェア中心に組み立てられておりアーキテクチャそのものを対象にしにくく、RISC-V Internationalのスイス法人化によって米国政府の取りうる規制の選択肢はさらに限定されたという。輸出規制の対象がハードウェアや技術の移転に主眼を置く一方、仕様書という形の抽象的な設計図そのものを規制する手段を米国が十分に持たない点に、この制度設計の意味がある。ロイヤリティフリーで誰でも実装できる命令セットに、非営利かつ国外拠点の統治機構を組み合わせることで、RISC-Vは特定企業のライセンス停止や特定国の輸出規制では原理的に止められない設計になった。会員数は2019年の236社から2025年には4600社超まで、約19倍に増えている。この巨大なエコシステムを実際に運営する組織自体の専従スタッフはごく小規模にとどまり、統治の実権を握るのは職員数の多寡というより、理事会や技術委員会に集まる会員企業の構成そのものだ。

統治の内側からの浸透という第二の賭け

2025年9月30日、米上院議員のMark WarnerはBIS(産業安全保障局)次官Kesslerへの書簡で、RISC-V International理事会の議席の約半数を中国企業が占めていると指摘した。Entity Listとは米商務省が安全保障上の懸念を理由に指定する企業リストで、登録された企業への米国原産技術の輸出には原則として個別許可が必要になる。書簡が問題視したPhytiumやHuaweiはこのリストに登録された企業でありながら、理事会の議席には含まれているという。RISC-V Internationalの公式サイトで2026年8月時点の名簿を確認すると、総勢24議席のうち中国本土の企業・機関に所属する理事は6〜7名(約25〜29%)とWarner氏の「約半数」よりは少ないが、Entity List登録企業が議席を持つという核心的な事実は変わらない。「誰にも止められない」という制度設計は、この理事会の内側までは及んでいなかった。

標準化団体の内部では、どの拡張仕様を正式なプロファイルとして承認するか、次期ロードマップにどの技術領域を優先するかという技術的な意思決定はTechnical Steering Committee(TSC)とその配下の技術委員会が担い、理事会(Board of Directors)は最終的な仕様の批准や組織運営の権限を持つ。技術の現場と組織の最終決定権の双方に会員企業の代表が関わる二層構造であり、理事会の議席に加えてTSCや各技術委員会への参加状況も、標準の方向性への実質的な影響力を左右する。IPを保有していなくても、こうした委員会や理事会に議席を持てば仕様の方向性に影響力を行使できる、ライセンスモデルの支配とは異なる実務上の関与の仕方だ。中国側がこの経路を握ることは、25億個のチップを出荷することよりも、長期的にはるかに大きな意味を持つ。前段で紹介したRVA23のような標準プロファイルも、こうした技術委員会と理事会の合意形成を経た産物であり、C930やC950が対応を急いだのはこの土台に乗り遅れないためでもある。

中国政府や国有メディアがRISC-Vを説明する際の枕詞は一貫して「自主可控(自主的に制御可能)」という制裁耐性のフレームであり、外部からのライセンス停止や禁輸に左右されない技術的自立が語りの中心になる。理事会議席を通じて標準の中身そのものに関与しているという統治支配の実態を認めた公式発表は見当たらない。中国側の公式な発信がこの統治参加の実態をほとんど語らないのは、制裁耐性という説明だけを繰り返すほうが、スイス移転を正当化した「特定の国のためではない」という中立性の建前と衝突せずに済むためだと考えられる。

この種の懸念はWarner上院議員が最初ではない。2023年には共和党のMike Gallagher下院議員ら超党派の議員が、商務長官Raimondoに対RISC-Vの輸出規制検討を要請する書簡を送っている。2026年時点では、トランプ政権が半導体分野で規制緩和の方針を進める一方、議会側はWarner上院議員の書簡に見られるように警戒を強めており、政権と議会の姿勢は一致していない。

シンクタンクのCSISは2025年4月28日の分析で、米国がRISC-Vの標準化プロセス全体から手を引く「関与縮小」路線はむしろ逆効果であり、影響力を維持するには能動的な関与を続けるべきだと結論づけた。米国企業や同盟国企業が撤退すれば、その分だけ標準策定における発言力の相対的な比重が残った勢力に傾くためだ。Warner上院議員の書簡が要請する「みなし輸出」規制は、特定の技術情報が外国籍の従業員や理事会メンバーに事実上渡ったとみなせば規制の対象にできるという権限だが、2026年8月時点でRISC-Vを名指しした輸出規制法案は成立していない。

RISC-V Internationalを特定国の介入から守るために設計された非営利かつ国外拠点という仕組みは、米国政府がその内部の勢力図に規制で直接手を加えることも同様に妨げている。残された対抗手段は、米国企業や同盟国企業が理事会や技術委員会への参加を続け、票数と存在感で均衡を保つことに限られる。CSISが能動的関与を促すのも、この非対称な力学を見据えてのことであり、この構造そのものが米国にとっての手詰まりを生んでいる。

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国家戦略の実装と技術進化の現在地

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2025年3月、Reutersは中央網信弁公室を含む中国政府8部門がRISC-Vの全国普及を促す指導意見を共同起草していると報じた。中国科学院が2026年1月に公表した総括記事によれば、この指導意見は8部門の連名で2025年中に正式発布され、中国初の全国的なRISC-Vチップ発展指導意見として「国家戦略級技術方向」に位置づけられたという。発布の具体的な日付や条文の全容を伝える一次資料はまだ特定できていないが、起草段階から発布済みへと状況は進んでいる。資金面の後ろ盾もすでに動いており、半導体産業向けの国策ファンド「国家集積回路産業投資基金」の三期は2024年5月24日に登録資本3440億元で設立された。半導体の国産化全般を対象とする巨大ファンドであり、指導意見の発布と歩調を合わせてRISC-V関連企業への資金流入を後押しする土台の一つになりうるが、個別の投資配分は公開されていない。

技術の担い手はAlibaba一社ではない。中国科学院系の研究チームが開発する「香山(XiangShan)」プロセッサは、同院が2026年3月に発表した数値でSPEC CPU2006で1GHzあたり16.5点を記録し、同院計算技術研究所副所長のBao Yungang氏は「世界最強のオープンソースRISC-Vプロセッサだ」と述べている。中国科学院が主導するRISC-V人材育成プログラムには1100以上の大学から2万7000人超が参加しているといい、民間企業の商用開発と学術機関の人材育成が並行して進む二段構えになっている。

この官製の後押しにもかかわらず、中国の半導体企業がRISC-Vへ一枚岩で賭けているわけではない。CPU大手のLoongson(龍芯)は、2021年に発表した自社開発の独自ISA「LoongArch」を採用し続けており、RISC-Vには合流していない。Loongsonが挙げる理由の中心は、Armやx86へのライセンス依存回避に加えて、RISC-Vもまた西側発の規格であり将来的に統治構造を通じた統制リスクを負いかねないという懸念にある。中国は、開放的な国際標準に賭けるRISC-V戦略と、外部の統治機構に一切依存しない自前主義のLoongArch戦略という、性格の異なる2つの「自主可控」路線を同時並行で走らせていることになる。

2024年4月には河南省鶴壁市の学校向けにLoongson 3A5000搭載パソコンが約1万台規模で試験導入され、中国の宇宙ステーション「天宮」への物資補給機「天舟8号」にも同社の高性能プロセッサーが搭載されたと発表されている(型番は公式には明示されていない)。LoongArch陣営の実装規模は、この程度にまだ限定的だ。RISC-V陣営がAlibabaという民間クラウド大手を主力にサーバー市場へ食い込もうとしているのに対し、LoongArch陣営は政府調達や国家プロジェクトという閉じた市場を主戦場にしている構図であり、2つの「自主可控」戦略は競合というより、開放標準への統治参加という賭けが不確実な場合の保険として国家が自前主義を並走させている関係に近い。

日本への含意と次の変質点

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ルネサスは2021年4月にSiFiveと車載向け高性能RISC-Vの共同開発で提携し、2024年3月には業界で初めて自社設計の32bit RISC-V CPUコアを内製したマイコン(MCU)も発表した。外部IPとの連携と自社設計を並行させ、車載という要求水準の高い用途にRISC-Vを持ち込もうとしている点が特徴で、デンソーも車載・産業機器向けに独自開発を進める。中でも際立つのが半導体受託製造大手Rapidusの動きで、同社は2023年11月にRISC-VベースのAI向けチップを手がけるカナダのTenstorrentとIPコア開発で提携し、2024年2月にはNEDO主導の研究開発基盤(LSTC)の枠組みで同社を受託製造の初顧客として迎えた。RISC-V設計大手の米SiFiveも2022年8月に日本法人SiFive Japanを設立し、Sam Rogan氏が社長に就いている。同じRISC-Vという規格を前に、日本の関わり方は中国とまったく対照的だ。

企業の外側でも研究や普及の基盤づくりが進む。2017年に発足し2021年に法人化したRISC-V協会(RISC-V Alliance Japan)はイベント「RISC-V DAY TOKYO」を継続開催しており、東京大学の塩谷亮太研究室や東京科学大学の「RISC-V Design Center」がNEDOの支援を受けてプロセッサ研究を進める。京都マイクロコンピュータがRISC-V対応の開発基盤「SOLID」v4.0をリリースするなど、企業単位の採用と並行して研究やツール整備のコミュニティ層が積み上がっている。

ここに、中国の8省庁による指導意見のような国家横断の統一戦略は存在しない。日本での取り組みは経済産業省の産業戦略の中でRISC-Vが明示的に位置づけられているとは確認できず、NEDOが東京大学や東京科学大学の研究、個別企業の開発基盤整備を支援する形にとどまっている。国家が統治機構への参加まで見据えて動く中国と、企業ごとの実利判断でRISC-Vを選び取る日本という対比は、同じオープンな命令セットがまったく異なる戦略的重みを持ちうることを映し出している。日本にとっての現実的な強みは、どちらの陣営が最終的に主流化しても、Rapidusのような先端製造拠点が受託需要を取り込める立ち位置をすでに確保している点にある。

RISC-V International理事会では、総勢24議席のうち中国本土の企業・機関が6〜7議席(約25〜29%)を占め、Entity List登録企業も含まれる。中国が仕掛けているのは、この議席を通じて発言力を築き、将来どの拡張仕様が業界標準になるかを左右できる立場を先に押さえることだ。

CSISは、米国がRISC-Vの標準化プロセスから手を引けば、その分だけ発言力の相対的な比重が残留勢力へ傾くと分析し、理事会や技術委員会への関与を維持し増やす能動的関与を提言している。この提言通りに米欧や同盟国の企業が議席を増やし続ければ、攻防の帰趨は理事会での票数の均衡という実務レベルの競争に落ち着く可能性が高い。その先行きを左右するのは、中国8部門の指導意見が実際にどこまで具体的な予算と強制力を伴って運用されるか、そしてWarner上院議員の書簡が象徴する米国側の懸念が「みなし輸出」規制のような実効性のある法制度に結実するかどうかの2点である。25億個という数字よりも、この理事会の議席を巡る攻防の行方こそ、次に注視すべき変質点だ。