Cisco Systems(以下、Cisco)は、オランダ・アムステルダムで開催された「Cisco Live EMEA 2026」において、次世代のAIネットワーク基盤を定義づける極めて野心的な発表を行った。その中核を成すのは、業界最高クラスの102.4 Tbps(テラビット毎秒)という驚異的なスイッチング容量を誇る最新ASIC「Silicon One G300」である。

現在、AIインフラの戦場は「モデルの学習」から、より自律的な挙動を示す「エージェント型AI(Agentic AI)」や「推論」のフェーズへとシフトしつつある。この歴史的転換点において、Ciscoは単なるチップの供給にとどまらず、シリコン、筐体、光学モジュール、そしてソフトウェアを垂直統合した「フルスタック」の戦略を提示した。

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102.4Tの怪童「Silicon One G300」がもたらす破壊的スペック

Silicon One G300」は、現代のAIデータセンターが直面している最大のボトルネック、すなわちGPU間のデータ転送遅延を解消するために設計された。前世代のG200からわずか2年弱で帯域幅を2倍へと引き上げ、Broadcomの「Tomahawk 6」NVIDIAの「Spectrum-X Ethernet」に真っ向から勝負を挑む形となる。

超高密度を実現する512基の200G SerDes

G300の最大の特徴は、自社開発の200 Gbps SerDes(Serializer/Deserializer)を1チップに512基搭載したことにある。これにより、1.6 Tbps(テラビット毎秒)ポートを最大64個、あるいは800 Gbpsポートを128個構成可能となった。この圧倒的なラデックス(多ポート化)により、かつて2,500台のスイッチを必要とした128,000基規模のGPUクラスタを、わずか750台のスイッチで接続できる計算になる。ネットワーク構成のフラット化(階層の削減)は、物理的な設置面積の削減だけでなく、ホップ数の減少によるレイテンシの劇的な改善に直結する。

業界初の「完全共有パケットバッファ」

Cisco Fellow兼SVPのRakesh Chopra氏によれば、G300の真の差別化要因は、シリコン内に統合された252MBの「完全共有パケットバッファ」にある。競合他社の多くがバッファをポートごとに分割(セグメント化)しているのに対し、G300は任意のポートからのパケットを全バッファ領域で柔軟に受け止める。AI特有の突発的な通信(バーストトラフィック)が発生してもパケットドロップを防ぎ、ネットワークのストール(停止)を回避できる「衝撃吸収材」として機能するのだ。

「Intelligent Collective Networking」が書き換えるAI学習の採算性

Ciscoは、ハードウェアのスペック競争にとどまらず、ネットワーク全体を「一つの計算リソース」として最適化する「Intelligent Collective Networking」という概念を提唱した。これは、ASICレベルで動作する高度なハードウェア・ロードバランサーを軸とした技術群である。

従来のエーテルネットが抱えていた「パケットの偏りによる混雑」を解消するため、G300はネットワーク内の全経路をミリ秒単位で監視し、動的にトラフィックを分散する。Ciscoのシミュレーションによれば、この最適化によってネットワーク利用率は33%向上し、AIモデルの学習完了時間(Job Completion Time)は最大28%短縮されるという。GPU1時間あたりのトークン生成数が増加することは、数千億円規模のインフラ投資を行う事業者にとって、収益性の直結する死活問題である。

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液体冷却と光学モジュールの革新:ギガワット級AIセンターへの回答

AIインフラがギガワット(GW)単位の電力を消費する時代において、冷却と電力効率はもはや避けて通れない課題だ。Ciscoは、今回の発表に合わせて、新型ASICを搭載した「Nexus 9000」および「Cisco 8000」シリーズの新モデルを披露した。

100%液体冷却モデルの登場

特筆すべきは、筐体全体を液体冷却(リキッドクーリング)に対応させた設計である。次世代のGPUサーバが液体冷却へ移行する流れに合わせ、ネットワーク機器側も同等の冷却効率を追求。G300自体もパッケージの蓋を取り払った「リッドレス設計」を採用し、ヒートシンクや水冷ブロックを直接ダイに接触させることで、冷却効率を最大化している。これにより、従来の空冷システムと比較してエネルギー効率を最大70%改善できるとしている。

DSPレスの「LPO」による省電力化

光学モジュール(トランシーバー)においても、Ciscoは独自の解決策を提示した。今回発表された「800G Linear Pluggable Optics (LPO)」は、モジュール内に搭載されていた電力消費の激しいDSP(デジタル信号処理チップ)やリタイマーを排除。信号処理をASIC側のG300に集約させることで、光学モジュール単体で50%、スイッチシステム全体で30%の電力削減を達成した。1.6Tの次世代規格に対応しつつ、消費電力を抑制するこのアプローチは、TCO(総所有コスト)削減に大きく寄与するだろう。

AgenticOps:エージェント型AI時代の運用自動化

ネットワーク管理の分野では、運用管理プラットフォーム「Nexus One」の大幅なアップデートが発表された。特に注目すべきは、自律型AIエージェントの運用を支援する「AgenticOps」という新モデルだ。

エージェント型AIが普及すると、自律的に動作する無数のエージェントがネットワーク上を行き来し、トラフィックは幾何級数的に増加する。人間による手動の運用はもはや限界を迎える。Ciscoは「AI Canvas」と呼ばれる生成AIワークスペースを提供し、ITチームが自然言語でネットワークのトラブルシューティングや最適化を行える環境を構築した。

また、2024年に買収を完了したSplunkとの統合も深化している。ネットワーク内のテレメトリデータを外部に持ち出すことなく、ネイティブに分析できる機能を3月から順次提供する。これにより、ネットワークの挙動とGPU上のワークロードを直接紐付けた「ジョブ対応型オブザーバビリティ」が実現する。

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競合分析:NVIDIAとBroadcomに対する「第3の道」

今回の発表により、AIネットワーキング市場は三つ巴の様相を呈している。

  1. NVIDIA: GPU、InfiniBand、Spectrum-Xを統合し、独自のソフトウェア・エコシステムで囲い込む垂直統合モデル。
  2. Broadcom: ハイパースケーラーにASIC(Tomahawk/Jericho)を提供し、オープンなエコシステムを支える水平分業モデル。
  3. Cisco: 独自のSilicon Oneを開発しつつ、自社ブランドの筐体(Nexus)とソフトウェア(NX-OS/AgenticOps)をフルスタックで提供。同時に、SONiCなどのオープンなOSもサポートし、ホワイトボックス市場にもASICを供給するハイブリッドモデル。

Ciscoの優位性は、既存のエンタープライズ顧客が使い慣れた管理ツールやセキュリティ・ポリシーを維持したまま、AIインフラへと拡張できる「連続性」にある。NVIDIAのInfiniBandが単一ベンダー供給であることへの懸念(ベンダーロックイン)を持つ顧客に対し、より汎用性の高いイーサネットベースの高性能な選択肢を提示した意義は大きい。

2026年後半からのAIインフラ再定義

Silicon One G300を搭載したシステムおよび光学モジュールは、2026年後半に市場投入される予定だ。これは、NVIDIAの「Rubin」やAMDの次世代アクセラレータが登場するタイミングと合致する。

Ciscoは、データセンター内部の「スケールアウト」だけでなく、Silicon One P200によるデータセンター間の「スケールアクロス」も強化している。複数のデータセンターを1,000km以上の距離を超えて一つのリソースとして統合するこの技術は、電力不足によりデータセンターを分散配置せざるを得ない現状に対する現実的な解となるだろう。

かつてインターネットの「配管工」として世界を席巻したCiscoは、今、AIという知性の血流を支える「インテリジェントな中枢」へと進化を遂げようとしている。G300という強力な弾丸を手に入れた同社が、AIネットワーキングの主導権を再び握るのか、業界の注目が集まっている。


Sources