Financial Timesは2026年7月29日、Google DeepMindがAlphaFoldの専任チームを解き、原著論文の研究者の大半を過去1年で別の仕事へ移したと報じた。DeepMindも人員移動を認めたという。同紙によれば、2024年のノーベル化学賞につながった研究組織は姿を消し、John Jumperら中核研究者はAnthropicへ向かう。
ただし、AlphaFoldという技術やサービスが終了するわけではない。公式ページでは現在も2億超の構造予測を収めたデータベース、AlphaFold Server、学術利用向けのAlphaFold 3が案内されている。動いたのは、科学AIを作る組織の単位だ。DeepMindは一つの難問に専任チームを置く方式から、Geminiを司令塔にして複数のエージェントと専門モデルを組み合わせる方式へ軸足を移している。
AlphaFold「解体」報道の中身
FTによると、AlphaFoldの原著論文に名を連ね、執筆時にGoogle DeepMindへフルタイムで在籍していた著者のうち、4分の1近くがすでに同社を去った。社内に残る研究者の多くはGemini関連へ移った。ほかの研究者は、生命科学から核融合までの個別プロジェクトを担う。一部は同じAlphabet傘下のIsomorphic Labsへ移籍したという。DeepMindは対象人数や現在の組織図を公表していないため、「4分の1近く」の分母や全員の行き先は確認できない。
人員流出の象徴が、AlphaFoldを率いたJohn Jumperである。Jumperは6月19日、約9年間在籍したDeepMindを離れ、休養後にAnthropicへ加わると本人のXで明らかにした。2021年のNature論文は、JumperとDemis Hassabisが研究を主導したと記す。両氏は2024年、タンパク質構造予測への貢献でノーベル化学賞の4分の1ずつを受賞した。
Bloombergは6月24日、同じNature論文の著者Jonas AdlerとAlexander PritzelもAnthropicへ移る予定だと報じた。FTは、JumperとAdlerが今年初めにAIコーディングを強化する社内チームへ移っていたとも伝えている。3人の退職理由やAnthropicでの担当は公表されていない。ここから報酬、研究の自由度、社内文化を原因として導くことはできない。
2016年の小規模チームから、Geminiを司令塔に
AlphaFoldは、測定可能な難問へ人材を集中するDeepMindの研究手法から生まれた。公式年表では、2016年3月にタンパク質構造予測へ取り組む小規模チームを設置。2018年のCASP13で首位になると陣容を広げ、2020年のCASP14では次点を大きく上回った。2021年のNature論文が示した主鎖精度の中央値は0.96 Åで、次点は2.8 Åだった。
成功条件は明快だった。未知のタンパク質構造を用いるCASPという外部評価があり、専任チームは一つの数値を改善し続けられた。FTの取材に対し、AI for Scienceを率いるPushmeet Kohliは、過去9年は個々の「大きな難題」に具体的な目標を置いてきたが、戦略は進化したと説明している。
新しい設計を具体化したのが、2026年5月に実験提供を始めたCo-Scientistである。Geminiを基盤とする複数のエージェントが、仮説の生成から批評、順位付け、改良までを反復する。文献検索に加えてChEMBLやUniProtを参照し、選定された研究協力ではAlphaFoldのような専門モデルも道具として呼び出す。
AlphaFoldが一つの難問を解くモデルだったのに対し、Co-Scientistが狙うのは研究工程をまたぐ調整層だ。専門モデルを捨てるのではなく、共通のエージェント基盤から再利用する。この転換なら、研究者の配属先がGemini関連から生命科学、核融合まで分かれたというFT報道とも整合する。
Anthropicも科学研究の作業基盤を取りに来た
Anthropicが6月30日に公開したClaude Scienceは、DeepMindと似た方向から科学者の作業環境を組み替える。汎用の調整エージェントが、ゲノミクスや単一細胞解析に加え、プロテオミクスから構造生物学、ケモインフォマティクスまでに対応する60超のスキルやコネクターを使う。利用者が作った専門エージェントも呼び出し、別のレビューエージェントが引用と計算を検査する。
両社の製品像は、研究者が個別モデルへ一問ずつ入力する形から離れている。DeepMindはGeminiとCo-Scientistを中心にAlphaFoldを道具化し、AnthropicはClaudeを中心に科学データベース、計算環境、専門エージェントを束ねる。競争はタンパク質構造予測の精度から、仮説を立て、計算し、検証可能な成果物を残すまでの研究工程へ広がった。
Jumperらの採用は、AnthropicがClaude Scienceをベータ公開した時期と重なる。それでも、3人がClaude Scienceや生物学モデルを担当すると決まったわけではない。確定しているのは、AlphaFoldとGeminiの双方に関わった研究者が、科学向けの汎用作業基盤を立ち上げた競合へ移るという点までである。
AlphaFoldの成果は三つの運用層に残る
FTが報じた通り専任チームがなくなっても、AlphaFoldが生んだ資産は消えない。現在は役割の異なる三つの層へ分かれている。
| 運用層 | 現在の資産 | 役割 |
|---|---|---|
| 公開研究基盤 | AlphaFold Database、Server、学術利用向けAlphaFold 3 | 構造予測を科学者へ広く提供する |
| DeepMindの共通基盤 | Gemini、Co-Scientist、AlphaFold連携 | 仮説生成から専門モデル利用までを調整する |
| Alphabetの創薬事業 | Isomorphic LabsのIsoDDE | 構造予測を薬剤設計と候補開発へつなぐ |
公開研究基盤の規模はすでに大きい。DeepMindによれば、2025年11月までにAlphaFoldは190超の国で300万人超の研究者に使われ、関連研究の30%超が疾病理解を扱っていた。チームの存続とは別に、データベースとサーバーを更新し、研究者が利用できる状態を保てるかが公共的な価値を左右する。
商用側では、Isomorphic Labsが2026年2月、創薬エンジンIsoDDEは難度の高いタンパク質・リガンド構造予測の汎化ベンチマークでAlphaFold 3の精度を2倍超にしたと発表した。これは同社の技術報告に基づく限定的な比較である。5月には21億ドルのシリーズB調達を発表し、治療薬候補を臨床段階へ進める資金に充てるとした。
FTが報じたAlphaFold専任チームの解体は、DeepMindが科学をやめた証拠ではない。だが、2016年から一つの難問へ集中した組織を手放す以上、汎用基盤がAlphaFoldに並ぶ、外部評価で検証可能な成果を生めるかは実績で測る必要がある。Co-Scientistから外部検証に耐える発見が生まれるか、AlphaFoldの公開資産が更新されるか、そしてAnthropicへ移る3人が何を作るのか。組織変更の成否は、この三点が明らかになるにつれて判定できる。



