高性能コンピューティングと高周波通信システムの性能向上は、熱という物理的限界に直面している。データセンターで稼働する最先端のAIアクセラレータや、電気自動車(EV)に搭載されるパワーエレクトロニクスは、かつてない密度の熱を発生させる。従来のシリコン(Si)基板はもちろんのこと、次世代材料として普及が進むシリコンカーバイド(SiC)や窒化ガリウム(GaN)を用いた熱管理ソリューションであっても、限界が見え始めている。
こうした背景から、業界の視線は「究極の半導体材料」と称される第四世代半導体、とりわけダイヤモンドに集まっている。ダイヤモンドは自然界の物質で最高クラスの熱伝導率(約1,800〜2,200 W/m·K)を誇る。これは現在主流であるSiC(400〜500 W/m·K)の約4〜5倍、GaN(130〜260 W/m·K)の10倍前後に達する圧倒的な数値である。さらに、5.5 eVという巨大なバンドギャップと高い絶縁破壊電界を備えており、大電力・高周波・高温という過酷な環境下での動作において、他の材料の追随を許さない物理的特性を持つ。
多チップモジュール(MCM)や3次元集積回路(3D IC)といった高度なパッケージング技術において、ダイヤモンドを放熱基板として組み込む「GaN-on-Diamond」などのアプローチは、デバイスの自己発熱による性能劣化を根本から防ぐ有効な手段とされている。
日米同盟とグローバル競争の中での中国の立ち位置
ダイヤモンド半導体をめぐる技術覇権競争は、すでに国家の安全保障を巻き込む次元へと発展している。合成ダイヤモンド技術において歴史的優位を持つ日本は、Orbray(旧アダマンド並木精密宝石)などが2インチダイヤモンドウェハーの量産技術で先行しており、米国のDiamond Foundryなども巨額の資金を投じて半導体グレードのウェハー製造を急いでいる。近年では日米の企業や研究機関が提携し、中国のサプライチェーンに依存しない次世代半導体の供給網構築を目指す動きも活発化している。
こうしたグローバルな競争環境の中で、今回の中国・鄭州におけるプロジェクトは明確な戦略的意図を持っている。海外からの高度な半導体材料や製造装置の輸出規制が強化される中、中国は自国内で完結する全産業チェーンの構築を急務としている。15億元(約330億円)という巨額の資本が単一の素材プロジェクトに投じられた事実は、中国が次世代半導体材料の覇権争いにおいて後れを取らないという強い意志の表れである。
伝統的「人工ダイヤモンドの都」からの産業転換
2026年6月26日、鄭州高新区と中科粉研(河南)超硬材料有限公司(以下、中科粉研)の間でプロジェクトの調印式が行われた。河南省は長年、人工ダイヤモンドおよび超硬材料の生産において中国国内シェアの約80%を占める巨大な産業集積地を形成してきた。しかし、その生産物の大部分は研磨材や切削工具、あるいは宝飾品といった伝統的な用途に向けられており、付加価値の観点からは産業構造の高度化が課題とされていた。
今回の生産基地設立は、この「人工ダイヤモンドの都」が蓄積してきたノウハウを、高端機能材料である半導体分野へと直接的に転換する試みである。プロジェクトを主導する中科粉研の現会長は、中国の大手冷凍食品メーカー「三全食品」の創業者である陳澤民氏である。地熱エネルギー事業への投資を経て、最先端の半導体材料へと資金を投じる陳氏の動きは、異業種資本が中国のディープテック領域へ流入する典型的なモデルを示している。
中科粉研による全産業チェーンの構築と量産計画
2022年に設立された中科粉研は、中南大学の技術を基盤とした産学研連携のプラットフォームである。同社は、ダイヤモンドCVD(化学気相成長)装置の自社開発から、単晶の育成、エピタキシャル成長、微細加工、さらには先進的なパッケージング基板の製造に至るまで、垂直統合型の製造能力を国内で唯一保有していると主張している。
鄭州に建設される新たな生産基地は、この垂直統合モデルを商業規模へと拡大するための施設となる。計画では、総計500台のMPCVD(マイクロ波プラズマCVD)装置を導入し、2インチから4インチの単晶ダイヤモンドウェハーを量産する体制を整える。同時に、LPPHT(微ナノ金剛石)生産ライン50条を併設し、放熱材料として需要が高まる微ナノ球形ダイヤモンド粉体の製造も行う。
生産のロードマップによれば、まずは2026年末までに200台のMPCVD装置を稼働させる予定である。この初期フェーズをクリアし、残る設備の導入と歩留まりの向上が計画通りに進めば、同基地は3年以内に年間30億元の生産価値を生み出す巨大なサプライヤーとなる。
実用化への障壁と量産化への道のり
中科粉研と中南大学は本年3月、すでに共同で「第四世代半導体材料研究開発センター」を立ち上げている。「ダブルメンター制」による専門人材の育成や、大面積単晶成長のプロセス最適化といった基礎研究と、実際の量産ラインを密接に連携させることで、研究室レベルの成果を工場での量産へと直結させる狙いがある。
技術的な青写真は描かれているものの、ダイヤモンド半導体を研究室のビーカーから商業用のファウンドリへ持ち込む過程には、依然として高いエンジニアリングの壁が立ちはだかっている。ウェハーの大口径化は、熱応力の不均一な分布や結晶内部の転位密度の増加を招きやすく、これがデバイスの最終的な信頼性を大きく左右する。さらに、ダイヤモンドの成膜プロセスは非常に長い時間を要するため、歩留まりを維持したまま製造コストをいかに押し下げるかが最大の難関となる。
中科粉研の生産基地建設は、中国における第四世代半導体サプライチェーンの起点として重要なマイルストーンとなる。この巨額投資が真の価値を生むかどうかは、数年内に稼働するMPCVD装置群が、世界のトップメーカーが求める厳格な品質基準を満たす2インチ以上の大口径ウェハーを、経済合理性のあるコストで継続的に供給できるかどうかにかかっている。