2022年、イギリスに住む元印刷技術者のアマチュア数学者David Smithは、自宅のキッチンテーブルで厚紙を切り貼りしながら、ある不思議な形を見つけた。帽子(ハット)に似たその13角形のタイルは、平面を隙間なく敷き詰めることができるにもかかわらず、その模様が二度と同じパターンを繰り返すことはない。「たった一種類のタイルで、周期を持たない平面の敷き詰めができるか」という、50年来の数学の未解決問題「アインシュタイン問題」が解かれた瞬間である。

アインシュタイン問題における「アインシュタイン(einstein)」とは、著名な物理学者アルベルト・アインシュタインのことではなく、ドイツ語で「一つの石(ein Stein)」を意味する。この純粋な幾何学パズルの解は、世界中の数学愛好家を熱狂させた。しかし、この発見は図形遊びの領域を超えていく。東京大学の森竹勇斗准教授と東京科学大学の納富雅也教授らの研究チームは、この「帽子」の配列を物理的な空間に持ち込み、レーザー光を照射している。すると、このタイルは通常の結晶や準結晶では決して作り出せない、風車のような光の渦を作り出したのだ。

AD

鏡映対称性を欠いた「帽子」の準格子

自然界の結晶は、原子が規則正しく並ぶことでその性質を獲得している。しかし、結晶のように周期的な構造を持たなくとも、全体として規則的な秩序を持つ構造が存在する。これらは「準結晶」や「準周期構造」と呼ばれる。

1960年代に数学者ハオ・ワンによって提唱されたタイリング問題は、「与えられたタイルの集合を用いて、平面を非周期的にのみ敷き詰めることができるか」という問いとして始まった。当初、ワン自身はそのようなタイルの集合は存在しないと予想していた。しかしその後、1970年代に数学者Roger Penroseは、この非周期な敷き詰めの問題を2種類のタイル(カイトとダート)にまで絞り込んだ。これがのちに「ペンローズタイル」として広く知られるようになり、これら非周期の構造秩序に関する発見は、最終的に2011年のノーベル化学賞にもつながっている。しかし、たった1種類でこれを成し遂げるタイルを見つけることは半世紀近く不可能とされていた。

従来の準結晶や準周期構造には、一つの大きな共通点があった。それは、左右を反転させても元と重なるような鏡映対称性や反転対称性が存在することが多いということだ。今回研究チームが着目したのは、ハット型モノタイルが本質的に持つ「カイラリティ(利き手)」である。人間の右手と左手のように、鏡に映した姿が元の形と決して重ならない性質だ。

2023年に物理学者Joshua Socolarが発表した理論論文では、このハット型の敷き詰めがカイラルな回折パターンを生むことがすでに予測されていた。チームは、敷き詰められた各ハット型モノタイルの重心に点を打つことで、新たな点配列「モノタイル準格子」を設計した。この格子は、特定の点を中心にして3分の1回転(120度)させると元の形と完全に一致する「3回回転対称性」を持つ。しかし、鏡に映したように左右を反転させると、決して元の配列には戻らない。研究チームは、この数学的な対称性の破れが、実際の光と相互作用した際にどのような振る舞いを見せるのかを実験で確かめようと試みた。

ナノスケールの穴が描く光の風車

数学の抽象的な概念を物理的な光の実験に落とし込むため、研究チームはNTTが誇る最先端の半導体微細加工技術を用いた。今回の実験では、理論上の点配列を現実の光学素子に仕立て上げるため、極めて高い精度が要求された。厚さ350ナノメートル(nm)という極薄の窒化シリコン膜に対し、電子線リソグラフィとドライエッチングを駆使して、半径わずか100 nmの円孔を、0.5ミリメートル四方という領域にわたり372,100個も狂いなく配置した。このスケールでのわずかな歪みや欠陥は、光の干渉パターンを容易に破壊してしまう。この膨大な数の穴の配置こそが、モノタイル準格子を二次元空間に物理的に具現化したものだ。

薄膜の表面に緑色のレーザー光を当てると、背後の壁には鮮やかな回折パターンが浮かび上がった。周期性がないにもかかわらず、そこには多数の明るい点が規則的に並ぶ「ブラッグピーク」が現れた。ブラッグピークは通常、明確な長距離秩序を持つ構造でのみ現れる。非周期でありながらこのピークが観測されたことは、構造全体が準結晶としての確かな秩序を保っていることの動かぬ証拠である。

さらに注目すべきは、その回折パターンの形状だった。点の集まりは、鏡映対称性を持たない風車のような形を描いて全体が一定の方向にねじれていた。そのねじれの角度は約15.5度である。研究チームによれば、この角度は恣意的なものではなく、タイルの幾何学を支配する黄金比とフィボナッチ数列から直接導かれる数値だという。さらに、タイルの鏡像(裏返した帽子)を使って作製した反転構造に光を当てると、風車のねじれはきれいに逆方向を向いた。

AD

円偏光が暴く、準周期構造の新たな振る舞い

パターンのねじれを確認したチームは、さらに一歩踏み込み、光の波そのものの回転に対する応答を調べた。光には、電場の振動面が進行方向に沿って右回りまたは左回りに螺旋を描く性質があり、これを円偏光のヘリシティと呼ぶ。

研究チームを率いた森竹勇斗准教授は、「カイラルな構造である以上、円偏光への依存性は禁止されていないはずだ」と考え、この実験に臨んだ。最初の試みでは違いを見出せなかったものの、より高感度なカメラを導入することで、ついにそのわずかな差異を捉えることに成功した。左回りの円偏光を入射したときと、右回りの円偏光を入射したときで、特定の回折ピークの明るさがはっきりと異なったのだ。

ここで注目したいのは、従来の代表的な構造との定量的な対比である。グラフェンに代表されるハニカム(蜂の巣)格子のような完全な周期構造では、入射する光の回転方向による強度差は生まれない。また、ペンローズタイルのような従来の準結晶構造の多くも、本質的に鏡映対称性を内包しているため、円偏光に対する顕著な非対称応答を示すことはない。しかし、このモノタイル準格子では、鏡像関係にある構造体との比較において、回折ピークの強度分布が円偏光のヘリシティに依存して完全に入れ替わることが確認された。従来の材料科学では、このような光学応答は三次元的なねじれを持つ分子(例えばDNAの二重らせん構造など)で主に議論されてきたが、それを純粋な二次元平面上の幾何学的な「点配列の秩序」だけで生み出した点に、この研究の革新性がある。

数学の遊戯がナノフォトニクスを駆動する

この発見は、光の進行方向や偏光を波長以下の微細構造で制御する「メタサーフェス」や「ナノフォトニクス」の分野に、新たな設計原理をもたらす。従来のナノフォトニクスでは、扱いやすさや計算の容易さから、ハニカム格子に代表される周期構造が頻繁に用いられてきた。しかし、非周期でありながらカイラルな長距離秩序を持つモノタイル準格子は、これまで探求されてこなかった「光を操作するプラットフォーム」になり得る。

もちろん、この研究はまだ基礎物理学の実証段階にあり、即座に何らかの光学デバイスに組み込まれるものではない。二次元的なカイラリティが、将来の光通信における高度な偏光制御や、量子暗号技術のための新たな光子操作の仕組みとして実用的な機能を発揮できるかは未検証だ。

しかし、キッチンテーブルの上の厚紙から始まった図形遊びが、わずか数年で最先端のナノテクノロジーと結びつき、未知の光学現象を引き出した事実は揺るがない。数学が物理学に予期せぬ道具を供給するという歴史は、アインシュタインの「帽子」によって今も更新され続けている。