ドイツ自動車メーカーのPorscheは、自社の使用済み高電圧電池から回収したリチウム、ニッケル、コバルト、マンガンだけで正極活物質を作り、新しい電池セルに組み込んだ。ドイツの電池リサイクル企業cylibなどと進める実証の一環で、試作セルは現在、実使用条件を想定した試験に入っている。
ただし、発表にある「100%」はセル全体の再生材比率ではない。対象は、電気を蓄える反応を担う正極活物質の原料である。負極や電解液など、セルの残りの部材まで再生材だけで作ったという話ではなく、量産車への採用も決まっていない。
それでも工程上の前進は大きい。使用済み電池を破砕して金属成分を含む粉体を得る段階から、回収した4元素を再び正極活物質へ仕立て、車載用途を見据えたセルとして試験する段階へ進んだからだ。課題は「金属を取り出せたか」から、「新品原料と同じ要求に耐えるセルへ戻せるか」へ移った。
正極活物質に限られる「100%」
正極活物質は、充放電に伴ってリチウムイオンを出し入れする正極の主要材料である。Porscheの試作では、ここに使う4元素を、同社の高電圧電池から回収した原料で全面的に置き換えた。新たに採取・精製したバージン原料を、この範囲では使わなかったという意味だ。
工程は、使用済み電池を放電して解体し、機械的に破砕するところから始まる。破砕物はブラックマスと呼ばれる中間物へ加工され、そこから必要な原料を分離・精製する。今回の成果は、回収物を得たことではなく、正極活物質へ再合成してセルに戻した点にある。
車載用の正極材へ戻すには、元素が存在するだけでは足りない。電池の反応に使える純度と組成に整え、粒子の性質を管理し、セルにしたときの品質を確かめる必要がある。Porscheが試作セルを実使用条件で試しているのは、回収工程の出口とセル製造の入口をつなげた後に、性能を見極めるためだ。
もっとも、Porscheが公表したのは到達点と試験状況までだ。セルの化学組成や形式、製造者、数量は明らかにしていない。容量、出力、急速充電性能についても数値はなく、寿命や安全性、セル間のばらつきも分からない。同社は初期試験から技術的な成立可能性が示されたと説明するが、既存材料と同等の性能を達成したとは発表していない。
1年半で『一定割合』から正極原料100%へ
Porscheの実証は、2025年3月のブラックマス約65トンと『再生材を一定割合使うセル』という計画から、2026年9月の正極活物質原料100%置換と実使用条件での試験へ進んだ。回収原料の電池セル生産向け供給は2028年開始予定で、量産採用はまだ判断前である。
2025年3月から2026年9月までは約1年半に当たる。
| 時点 | 公表された段階 | 状態 |
|---|---|---|
| 2025年3月 | ブラックマスを約65トン生産 | 達成済み |
| 2025年3月 | 再生材を一定割合使うセルを第3段階で試作 | 計画 |
| 2026年9月 | 正極活物質の原料を100%再生由来にしてセル化 | 達成済み |
| 2026年9月 | 試作セルを実使用条件で評価 | 試験中 |
| 2028年から | 回収原料をPorscheと一部提携企業のセル生産向けに供給 | 計画 |
出典:Porscheの2025年と2026年の発表。約65トンはブラックマスの量で、回収した各元素や完成セルの量ではない。
この工程表から分かるのは、当初の「一定割合」が、正極活物質の原料について100%へ進んだことである。だが、2028年は量産車への搭載開始日ではない。Porscheは、回収原料を専用の材料台帳で追跡し、同年からセル生産向けに利用可能にする計画だと説明している。供給量、対象工場、採用車種はまだ示していない。
回収網はすでに試作の外へ広がり始めた。Porscheとcylibは2026年5月以降、ドイツのPorscheセンターに集まる使用済み高電圧電池を処理している。ただし、「水を使う処理工程」という説明にとどまり、薬品や温度、投入エネルギー、元素ごとの回収率は公表されていない。環境負荷や経済性の優劣を判断するには情報が足りない。
EU規則を先回りするが、100%は適合証明ではない
Porscheが量産への接続を急ぐ背景には、欧州で再生原料の利用を求める制度が具体化していることもある。EU電池規則は、EV用電池の活物質に含まれる廃棄物由来原料について、元素別の最低比率を定めた。
| 対象元素 | 2031年8月18日から | 2036年8月18日から |
|---|---|---|
| コバルト | 16% | 26% |
| リチウム | 6% | 12% |
| ニッケル | 6% | 15% |
出典:EU電池規則8条。最低比率は、各電池モデルについて年ごと、製造工場ごとに技術文書で示す。マンガンは現行の同条の対象に含まれない。
EU電池規則の2031年最低再生材含有率はコバルト16%、リチウム6%、ニッケル6%で、2036年は26%、12%、15%へ上がる。一方、Porscheの100%は正極活物質原料を再生由来で置換した試作の主張であり、規則のモデル別・年別・工場別の算定適合や量産セルの性能を証明するものではない。
EU規則は3元素を個別に計算し、モデルと工場、製造年を特定して証明する。Porscheの発表は、正極活物質の原料をまとめて100%再生由来と説明しているが、元素別の算定値も制度に沿った技術文書も示していない。したがって、試作段階の100%を法定最低値の単純な倍率へ換算することはできない。
再生材の含有率と材料回収率も分ける必要がある。前者は新しい電池にどれだけ再生原料を入れたかを示す。後者は廃電池に含まれていた目的元素を処理工程でどれだけ取り出せたかという指標だ。
欧州委員会は2026年9月11日、現行の材料回収率目標を維持すると発表した。2027年末までの最低値は、コバルト、銅、鉛、ニッケルが90%、リチウムが50%である。2031年末には前の4元素が95%、リチウムが80%へ上がる。Porscheの発表には同社実証の元素別回収率がないため、正極原料100%という数字から回収工程の効率を逆算することはできない。
量産の勝負は性能・量・コスト
Porscheが閉じたのは、廃電池から正極活物質を経て試作セルへ戻る技術経路である。次に閉じなければならないのは、量産の収支だ。
まず、実使用条件での試験が、既存の正極材と比べて容量や出力を保てるかを示す必要がある。急速充電を繰り返したときの劣化、安全性、長期のサイクル寿命も欠かせない。さらに、少数の試作セルで成立することと、品質のばらつきを抑えながら高い歩留まりで作ることは別の課題である。
原料側にも数字が要る。約65トンのブラックマスから各元素を何トン回収できたのか、そのうち電池品質へ戻せた量はどれだけか。ドイツの回収網から毎年どの程度を確保でき、バージン原料との価格差をどこまで縮められるのか。材料台帳が物理的に分けた原料を追うのか、帳簿上で量の帰属を管理するのかも、公表資料からは確定できない。
歩留まりが低ければ、純度の高い正極材を少量作れても量産コストは下がりにくい。回収率が高くても、セル品質へ戻せる割合が低ければ閉ループの供給量は増えない。反対に、性能が同等でも回収網から原料を安定して集められなければ、工場はバージン原料を置き換えられない。技術、物流、製造の数字を同じ量産計画へ束ねる必要がある。
2028年は、Porscheがこうした問いへ答える節目になる。性能と寿命を確かめ、安全性を示す。さらに、回収率と供給量の関係、歩留まりとコストの関係を公開できれば、今回のセルは規制を見据えた実証から量産候補へ変わる。逆に、その数字が出なければ、100%という比率は技術的な到達点にとどまる。閉ループ電池の成否を決めるのは、再生材の純度と、同じ品質を必要な量と価格で繰り返し供給できるかである。



