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「FirefoxはGoogleなしでは存続し得ない」Mozilla幹部が語る非営利団体のジレンマ

Y Kobayashi

2025年5月4日

「Firefoxが消えるかもしれない」― Mozilla幹部の証言は誇張された物ではなく、確かな現実となるかもしれない。米司法省(DOJ)によるGoogle独占禁止訴訟。その是正措置案が、皮肉にもインターネットの多様性を守る砦の一つと目されてきた独立系ブラウザ、Firefoxの息の根を止めかねないというのだ。長年にわたり、Googleからの巨額な資金提供に支えられてきた非営利団体Mozilla。その構造的な依存と、ユーザーが求める「検索品質」という抗いがたい現実が、彼らを未曾有のジレンマへと追い込んでいる。

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司法のメスが招く「意図せざる結果」

発端は、米司法省がGoogleの検索市場における独占的地位に対して起こした訴訟だ。裁判所は既に、Googleが検索市場で違法な独占状態にあると認定している。その大きな理由の一つが、AppleやMozillaといった企業に対し、自社の検索エンジンをデフォルト(初期設定)にする見返りとして巨額の支払いを行う排他的な契約を結んできたことだ。司法省は、この慣行が競争を阻害しているとして、是正措置を求めている

具体的には、Googleが第三者のブラウザ(Firefoxなど)にデフォルト検索エンジンとして採用されるために対価を支払うことを禁止する案などが挙がっている。 一見すると、これはGoogleの支配力を削ぎ、他の検索エンジン(MicrosoftのBingなど)やブラウザメーカーにとっては有利に働くように見える。しかし、Mozillaにとっては、事態はそれほど単純ではない。むしろ、存亡の危機に直結しかねない、悪夢のようなシナリオが現実味を帯びてきているのだ。

Mozillaの最高財務責任者(CFO)であるEric Muhlheim氏氏は、法廷で「非常に恐ろしい」と証言。司法省の提案がすべて実行されれば、Firefoxが「廃業に追い込まれる」可能性すらあると警告した。 独占を是正するためのメスが、意図せずして独立したプレイヤーを市場から退場させてしまうかもしれない。これはまさに、Mozillaが恐れる「意図せざる結果」 なのだ。

数字が語る「Google依存」の実態:収入の生命線

なぜMozillaはこれほどまでに危機感を募らせているのか?その答えは、同社の収益構造に隠されている。Muhlheim氏の証言によれば、Mozillaの営利部門の収益の約90%はFirefox関連からもたらされており、そのうち実に約85%がGoogleとの検索契約によるものだという。 つまり、Mozillaの活動資金の大部分は、Googleからの支払いに依存しているのが実情なのだ。

過去には、その契約金額が年間3億ドルにものぼると報じられたこともある(2011年時点)。 現在の正確な金額は明らかにされていないものの、「伝統的な機密保持要件の対象」 とされていることからも、その規模の大きさがうかがえる。Mozilla自身も、「検索収益がMozillaの年間収益の大部分を占めることは周知の事実」 と認めている。

Google Chrome、Microsoft Edge、Apple Safariといった巨大テック企業が背後にいるブラウザとは異なり、Firefoxは独自のOS、デバイス、アプリストアを持たない「独立系ブラウザ」だ。 この独立性こそがMozillaの矜持であり、存在意義でもあるのだが、同時にそれは収益源の確保という点で構造的な脆弱性を抱えていることを意味する。Googleからの収益という「生命線」が断たれれば、組織運営に深刻な影響が出ることは避けられない。Muhlheim氏は、もしこの収入が一度に失われれば、「会社全体で大幅な削減」を余儀なくされ、製品開発への投資縮小がユーザー離れを招き、さらなる収益減につながる「下降スパイラル」に陥る可能性があると、厳しい見通しを示している。

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「ユーザーは正直だ」過去の「脱Google」失敗が示す教訓

問題は、単に資金がなくなることだけではない。Mozillaが過去に経験した苦い失敗が、今回の危機にさらなる暗い影を落としている。

2014年から2017年にかけて、Mozillaは検索市場の競争促進を目的として、Firefoxのデフォルト検索エンジンをGoogleからYahoo!に切り替えるという大胆な試みを行った。 しかし、結果は芳しいものではなかった。多くのFirefoxユーザーは、Yahoo!の検索結果の質に不満を感じたのだ。一部のユーザーは設定を変更してGoogle検索に戻したが、Firefoxブラウザそのものから離れていってしまったユーザーも少なからずいたという。

この経験は、Mozillaにとって二つの重要な教訓を残した。一つは、ユーザーにとって検索エンジンの「品質」は極めて重要であり、デフォルト設定の影響力は大きいということ。そしてもう一つは、現状、多くのユーザーがGoogleを「最高品質の検索エンジン」 と見なしているという厳然たる事実だ。

Mozillaは現在、ユーザーに選択肢を提供することを重視しており、Firefox内では検索エンジンのショートカットや簡単なデフォルト設定変更機能、アドレスバーでの多様なオプション提供などを通じて、50以上の検索プロバイダを90以上の地域で利用可能にしている。 Googleとの契約も、Googleを排他的なプロバイダにするものではなく、他の選択肢を推進する能力を妨げるものではない、と強調する。

しかし、司法省の提案によってGoogleがデフォルトの座から強制的に排除され、仮に他の検索エンジン(例えばBing)がデフォルトになった場合、かつてのYahoo!の時と同じように、ユーザーが品質に不満を抱き、Firefoxから離れてしまうのではないか? Mozillaの懸念はここにある。そうなれば、資金不足に加えて、ユーザー基盤の縮小という二重の打撃を受けることになるのだ。

代替案なき苦境:Bingでは救えない? それとも…

では、Googleに代わる収益源は見つけられないのだろうか? 最有力候補として名前が挙がるのは、MicrosoftのBingだ。Mozillaは実際にMicrosoftと、Bingがデフォルトの座を引き継ぐ可能性について話し合いを持ったことがあるという。

しかし、ここにも複数の壁が立ちはだかる。まず、もしGoogleがデフォルト契約の入札から締め出されれば、競争相手が減ることで、Mozillaが交渉できるであろう収益分配率は低下する可能性が高い。 加えて、Mozillaが2021年から2022年にかけて実施した内部調査では、一部のユーザーのデフォルト検索エンジンをGoogleからBingに密かに切り替えたところ、Bingに切り替えられたユーザーが生み出す収益はGoogleの場合よりも少なかったことが判明している。 これは、Bingのトラフィック収益化能力が現時点ではGoogleに及ばない可能性を示唆しており、仮に全ユーザーがBingに移行した場合、Mozillaの収益が大幅に減少することを示唆している、とMuhlheim氏は説明する。

司法省は、彼らの提案が機能すれば、長期的にはGoogleに匹敵するような高品質な検索エンジンが複数登場し、Firefoxのデフォルトの座を巡って競争が生まれ、Googleが現在支払っている収益シェアを代替できるようになる、と期待しているのかもしれない。だが、Muhlheim氏はこの見方に懐疑的だ。「そのような未来が実現するのを待つ間」、Mozillaは大幅なコスト削減と戦略変更を余儀なくされ、「生き残るのに本当に苦労するだろう」と訴える。 時間がかかりすぎる、というわけだ。

司法省による反対尋問では、単一の顧客(Google)に収益の大部分を依存するリスクは、今回の訴訟の結果に関わらず、Mozilla自身も認識しているのではないか、と問われた。Muhlheim氏もこれには同意している。 また、別の独立系ブラウザであるOperaが、検索契約よりもブラウザ内広告から多くの収益を上げている例も示された。 これがFirefoxにとっての代替収益モデルとなりうる可能性はあるのだろうか? Muhlheim氏は、Firefoxが取るプライバシー保護を重視するアプローチを考えると、Operaのような広告ビジネスをスケールさせることは異なる課題があるだろう、と付け加えている。プライバシーというFirefoxの中核的な価値を守りながら、十分な代替収益を確保する道筋は、今のところ見えていないようだ。

Webの多様性を守る「Geckoエンジン」の砦

この問題は、単にMozillaという一組織、Firefoxという一ブラウザの存続問題にとどまらない。Web全体の健全性、特にその「多様性」に関わる重要な論点を含んでいる。その鍵となるのが、Firefoxの心臓部であるブラウザエンジン「Gecko」だ。

現在、Webを動かしている主要なブラウザエンジンは、実質的に3つしかない。Googleが主導するオープンソースの「Chromium」(Chrome、Edge、Braveなど多くのブラウザが採用)、Appleの「WebKit」(Safari)、そしてMozillaの「Gecko」だ。 この中で、Geckoは唯一、巨大テック企業ではなく、非営利団体によって開発・維持されているエンジンである。

Muhlheim氏は証言の中で、MozillaがGeckoを開発したのは、かつてMicrosoftがインターネットのプロトコルをすべて支配してしまうのではないかという懸念に対抗するためだったと述べ、Geckoの存在が異なるブラウザ間の相互運用性を確保し、Webへのアクセスが一社によってコントロールされるのを防ぐ上で重要な役割を果たしてきたと強調した。

もし、Mozillaが資金難によってGeckoの開発を縮小したり、最悪の場合、サポートを打ち切ったりすることになればどうなるか? それは、Webを動かす基盤技術の選択肢がさらに狭まることを意味する。 エンジン間の健全な競争が失われれば、Webをより速く、より安全に、より包括的にするための技術革新へのインセンティブは弱まるだろう。 Webサイトやアプリケーションは、残された少数のエンジン(実質的にはChromiumとWebKit)に最適化されるようになり、Mozillaが重視してきたプライバシー、アクセシビリティ、そしてユーザー選択といった価値よりも、商業的なビジネスモデルや巨大テック企業の優先事項がWebの進化の方向性を決定づけることになるかもしれない。 「オープンなウェブは、Webサイト、アプリ、コンテンツが相互運用し、どこでも機能する場合にのみ、オープンであり続ける」 というMozillaの主張は、まさにこの点を突いている。

矛盾する要求? 選択肢自体は支持、だが「検索エンジン選択画面」は否定

興味深いのは、Mozillaの「選択肢」に対するスタンスだ。彼らは、スマートフォンやデスクトップPCにおいて、ユーザーがどのブラウザを使用するかを選ぶための「ブラウザ選択画面」の導入は支持している。これは当然、Firefox自身のシェア拡大につながる可能性があるからだ。

しかし一方で、ブラウザ内でどの検索エンジンをデフォルトとして使うかを選ぶための「検索エンジン選択画面」については、支持していない。 Muhlheim氏は、Firefoxにはすでに「千もの異なる検索ポイントがある」と述べ、ユーザーには定期的に複数の検索オプションがあることをリマインドしていると証言。 「選択は私たちにとって中核的な価値だが、コンテキストが重要だ 」とし、「選択に至る最善の方法が常に選択画面であるとは限らない」と付け加えた。

これは一見、矛盾しているようにも聞こえる。なぜブラウザ選択画面は良くて、検索エンジン選択画面はダメなのか? 表向きはユーザー体験への配慮(頻繁な選択要求は煩わしい)かもしれないが、同時に、デフォルト検索エンジンからの収益を維持したいという現実的な計算も働いているのではないか、と勘繰りたくもなる。あるいは、前述のYahoo!への切り替え失敗の経験から、質の低い選択肢をユーザーに提示すること自体が、結果的にユーザー離れを招くリスクがあると考えているのかもしれない。

求められる解決策とは? – 独占打破と多様性維持の両立

MozillaのCEO、Laura Chambers氏は、Muhlheim氏の証言を受けて、「この訴訟は今後何年にもわたってインターネットの競争環境を形作ることになる。いかなる是正措置も、人々がプライバシー、イノベーション、選択のために依存している独立した代替手段を弱体化させるのではなく、強化するものでなければならない」と強調した。 彼女は、検索競争の改善がブラウザ競争を犠牲にするようなことがあってはならないと訴え、裁判所に対して、最終的な是正措置において小規模・独立系ブラウザが害を受けないように配慮すべきだと求めている。 「さもなければ、我々は一つの独占を別の独占と交換するリスクを冒し、私たちが何十年もかけて守ってきた、活気に満ちた、人々中心のウェブが消え始める可能性がある」 という言葉には、切実な響きがある。

訴訟を担当するAmit Mehta判事も、この問題の複雑さを認識しているようだ。判事はMuhlheim氏に対し、もしGoogleと同等の品質と収益化能力を持つ競合検索エンジンが少なくとも一つ存在すれば、それはMozillaにとって利益になるのではないか、と問いかけた。Muhlheim氏は、「もし我々が突然そのような世界にいれば、それはMozillaにとってより良い世界だろう」と答えている。 つまり、問題はGoogleの存在そのものではなく、健全な競争相手が不在であること、そして現状の是正措置案が、その競争環境が整う前に、競争の担い手となりうるプレイヤー(Firefox)を弱体化させてしまう可能性にある、ということだろう。

Mozillaが直面しているのは、非営利団体が巨大な商業的競争の中で、技術革新と社会貢献というミッションをいかにして持続させていくか、という根本的な課題でもある。Googleからの資金提供は、Mozillaがそのミッションを追求するための重要な支えとなってきたが、同時にそれは構造的な依存を生み、外部環境の変化に対する脆弱性をもたらした。理想を追求するためには、現実的な資金が必要となる。このジレンマは、Mozillaだけでなく、テクノロジーの世界でより良い未来を目指そうとする多くの組織にとって、共通の悩みなのかもしれない。

司法省の判断、そして裁判所の最終的な決定がどのようなものになるかは、まだ見えない。しかし、その結果は、単にGoogleという一企業の未来だけでなく、Firefoxの存続、ブラウザエンジンの多様性、ひいては私たちが日々接しているインターネットそのものの未来を左右することになるだろう。願わくば、短期的な独占是正だけでなく、長期的なWebの健全性と多様性を守るための、賢明な判断が下されることを期待したい。


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