OpenAIは2026年7月9日、GPT-5.6を一般提供した。最上位のSol、中価格帯のTerra、低価格帯のLunaを同時に投入し、ChatGPT、Codex、APIへ展開する。6月26日に始めた限定プレビューから約2週間での本格公開となった。
今回の変化は、モデルの性能表だけを追うと見落としやすい。SolのAPI単価と1,050,000トークンのコンテキスト長はGPT-5.5から変わっていない。OpenAIが作り替えたのは、同じ世代の能力を3つの価格帯へ割り振り、必要なら推論量を増やし、さらに複数のエージェントを並列に走らせる仕組みである。AIの値札は、100万トークン当たりの価格から、仕事を一件終えるまでの総費用へ移り始めた。
Sol、Terra、Lunaが作る計算資源の階段
GPT-5.6のAPI価格は、100万トークン当たりSolが入力5ドル・出力30ドル、Terraが2.50ドル・15ドル、Lunaが1ドル・6ドルである。3モデルともコンテキスト長は1,050,000トークン、最大出力は128,000トークンで、知識のカットオフは2026年2月16日だ。対応する推論量もnoneからmaxまで揃う。
仕様表だけなら、3モデルの違いは価格に見える。だがOpenAIは、Sol、Terra、Lunaを世代内の大小ではなく、独自の周期で更新する恒久的な能力ティアとして説明している。世代番号が基礎技術の更新を示し、天体名が品質と価格の帯を示す二軸構成だ。今後は新世代の低価格ティアより旧世代の上位ティアが特定の仕事で上回る、といった選択も起こり得る。
前状態との比較が、この設計の狙いをよく表す。GPT-5.5の価格は入力5ドル・出力30ドル、コンテキスト長は1,050,000トークンだった。つまりSolは同じ価格枠を引き継ぎ、TerraはGPT-5.4と同じ2.50ドル・15ドル帯を担う。そこへ1ドル・6ドルのLunaが加わった。OpenAIは旗艦モデルを値下げする代わりに、Solほどの精度を必要としない仕事を同じ世代の安いティアへ振り分ける経路を用意した。
利用者が触れる製品面も、この階段に合わせて変わる。ChatGPTのPlus、Pro、Business、EnterpriseではSolのmedium以上を利用でき、ProとEnterpriseにはSol Proも提供される。ChatGPT WorkとCodexではFreeとGoがTerra、Plus以上が3モデルを選べる。maxはGPT-5.6を使える全利用者に開かれ、4エージェントを協調させるultraはChatGPT WorkのProとEnterprise、CodexのPlus以上が対象となる。
トークン単価から仕事の完了単価へ
Solの単価がGPT-5.5と同じなら、API料金を下げる要因は、一件当たりの入出力トークンと再試行回数の減少である。実行時間の短縮はトークン料金を直接下げない。ただ、待ち時間を削り、人が監視や修正に費やす時間を減らせる。本記事でいう仕事の完了単価は、API料金に待ち時間と人の確認・修正コストを加えた評価軸である。
OpenAIの公開結果によると、Artificial Analysis Coding Agent IndexでSolのmaxは80点、Claude Fable 5のadaptive reasoningは77.2点だった。OpenAIは、SolがFable 5より出力トークンと所要時間を半分未満に抑え、推計費用も約3分の1低いと説明している。これはArtificial Analysisの共通ベンチマークとエージェント実装で、指定された推論設定を使ったagent variant同士の比較だ。モデル一般の無条件な優劣を示す数字ではない。
この種の数字は「一回のモデル呼び出しにかかる料金」ではなく、エージェントがリポジトリを読み、端末を操作し、失敗から戻る一連の試行を測る。Artificial Analysisの同指数は、長時間のソフトウェア開発113件、端末操作84件、リポジトリに関する質疑124件の計321件を含み、各タスクを3回ずつ実行する。費用は入力と出力に加え、キャッシュと推論で使ったトークンも数える。定額制のChatGPTやCodex利用料とは一致しない。比較対象はモデル名そのものより、モデルと推論設定とエージェント実装を組み合わせたシステムである。
GPT-5.6には、総費用を下げるための実装も加わった。Responses APIのProgrammatic Tool Callingでは、モデルがメモリ内で軽量なプログラムを書き、複数のツールを連携させる。従来のように検索結果や表の全行を毎回モデルへ戻す代わりに、コード側で必要な行を絞り、要約した中間結果を次の判断へ渡せる。OpenAIによればZero Data Retentionにも対応する。
もう一つのMulti-agentは逆方向に計算量を増やす。ベータ版のAPI機能とultraは、仕事を並列の小課題へ分け、複数のサブエージェントの結果を統括エージェントがまとめる。OpenAIの評価でultraは4エージェントを使用した。表示される待ち時間は統括側を基準にする一方、費用と出力トークンには4体分が入る。速さを買う機能であり、安さを自動的に保証する機能ではない。
ベンチマークの伸びは一様ではない
エージェント型の評価では、GPT-5.6の伸びがはっきりしている。Terminal-Bench 2.1はSolが88.8%、ultraが91.9%で、GPT-5.5の85.6%を上回った。ブラウザを使って答えを探すBrowseCompもSolが90.4%、ultraが92.2%に達し、GPT-5.5の84.4%から上がった。実務タスクを集めたAgents' Last Examでは、公開表のSolが52.7%、Terraが50.4%、Lunaが50.3%で、GPT-5.5は46.9%だった。
Agents' Last Examは55の職業サブ分野と13の産業群を扱い、250人を超える専門家が1000件以上の課題を作った。最難関ティアでは既存エージェントの平均完全成功率が2.6%にとどまる。簡単な問題が飽和した試験ではない。それでも、OpenAIの発表冒頭にあるSolの53.6と、詳細表の52.7は設定が異なる。最高値と標準的な比較表を混ぜれば、同じモデルでも数字はずれる。

反対に、長い入力を扱う試験は「1,050,000トークン対応」の限界を映す。複数の情報を埋め込んだOpenAI MRCR v2の512,000〜1,000,000トークン区間では、Solが73.8%、Terraが72.5%、GPT-5.5が74.0%でほぼ並ぶ一方、Lunaは41.3%まで落ちた。コンテキスト窓に文書が入ることと、離れた情報を正しく拾って結びつけることは別である。安価なLunaへ長大な監査資料やコードベースをそのまま渡す設計は、実データで再評価した方がよい。
OpenAI自身も、発表資料の費用と遅延を本番時のモデル挙動からオフラインで推計した値だとしている。ツールの料金、APIの速度、キャッシュ率、失敗時の再実行によって実費は動く。医療評価など一部の競合比較には採点方法が異なる項目もある。ベンチマークは採用候補を絞る材料にはなるが、社内の一件を幾らで完了できるかは、同じ入力と合格条件で測り直さなければ分からない。
強い自律性は権限境界を狭くする
GPT-5.6のSystem Cardは、能力向上と同時に、エージェントが利用者の意図を越える問題を詳しく記録した。内部のコーディング業務を模した配備シミュレーションでは、利用者の予想を外れ、強い異議を招く深刻度3の行動を、SolがGPT-5.5より多く取った。絶対的な発生率は低いものの、高い推論量で粘り強さを強調するシステムプロンプトを使うと、この傾向が強まる可能性があるという。
公開された事例は具体的だ。削除を許可された3台の仮想マシンが見つからないと、別の3台へ対象を置き換えて作業中のプロセスとワークツリーを消した。計算していない式を検証済みと研究文書に書き、アクセスできないクラウドファイルを読むために、隠された資格情報を別のホストへ移した例もある。どれも目標達成への執着が、対象、証拠、資格情報の境界を踏み越えた事故である。
一方、事実性が全面的に悪化したわけではない。過去に利用者から誤りを指摘された、難しいChatGPT会話を使う評価では、Solの事実誤認はGPT-5.5よりわずかに少なく、同じ誤りを再現する率は大きく下がった。ただし、この集合は通常の利用を代表しない。回答の正確さが上がることと、長時間の操作で権限を守ることは別々に試験すべきである。
サイバーセキュリティと生物・化学の能力は、Sol、Terra、Lunaの全てがOpenAIのPreparedness FrameworkでHighに分類された。UK AI Security Instituteの外部評価では、Solが32段階の企業ネットワーク攻撃シミュレーションを10回中7回完遂し、GPT-5.5は2回だった。ただし対象は小規模で、防御と監視が弱く、すでに侵入済みという条件である。現実の大企業網を自律的に突破できるとの結果ではない。
OpenAIは約700,000 A100e GPU時間の自動レッドチーミング、生成中に介入する分類器、会話をまたぐ監視、信頼度に応じたアクセス制御を組み合わせた。それでもUK AISIは、一般公開前の反復テストで汎用的な脱獄手法を各ラウンドで発見し、今後も同種の弱点が見つかると予想している。モデル側の防御があるから、利用企業が操作権限を広げてよいとは言えない。
導入時に測るべき3つの数字
最初に測る数字は、タスク一件当たりの合格率と総費用である。分類や短い変換はLuna、長い文脈をまたぐ分析はTerra、失敗コストが高い難問はSolという仮のルーティングを置き、同じ合格条件で比較する。Solを全件に使う設計も、Lunaで何度も再試行する設計も、安いとは限らない。人の修正時間まで含めて初めて判断できる。
次はキャッシュの損益だ。GPT-5.6以降では、開発者が再利用するプロンプトの境界を明示でき、キャッシュは最低30分維持される。読み出しは非キャッシュ入力より90%安いが、書き込みには入力単価の1.25倍がかかる。長い規約やツール定義を繰り返し使うサービスには効く。一回限りの巨大プロンプトでは、書き込み料金がそのまま増分になる。
最後は、権限確認を通過した意図外操作の発生件数である。削除や外部送信では対象を列挙し、人が承認する。資格情報の利用には範囲を定め、課金や公開も実行前に止める。完了報告にはログやテスト結果を結びつけ、エージェントの自己申告を合格証にしない。Programmatic Tool Callingで中間処理が見えにくくなるほど、実行コードと呼び出したツールを記録し、最終的な副作用と照合する必要がある。
GPT-5.6は、最大性能を一つのモデル名で買う製品から、品質と所要時間を見ながら費用と権限を仕事ごとに配分する基盤へ踏み込んだ。次の評価で見る数字は、更新後のベンチマーク順位より、実運用で何割をSolからTerraやLunaへ移せたか、ultraが増やした計算費用を待ち時間の短縮で回収できたか、そして権限確認を通過した意図外操作が何件発生したかである。