• 何が起きた: 2026年10月、炭化ケイ素(SiC)ウェハーの結晶欠陥をX線トポグラフ法で調べる国際規格「IEC 63068-5」が発行された。日本が提案し、国際標準化を進めてきた規格だ。
  • なぜ重要か: 光学検査やフォトルミネッセンス(PL)では区別しにくい結晶欠陥について、X線トポグラフ法を使った検出・分類の指針が国際規格として定められた。既存の検査手法を補完し、SiCウェハーの品質評価の精度向上につながることが期待される。
  • 次に見るべき点: 光学検査、PL、X線トポグラフ法を統合する「IEC 63068-6」は各国投票で提案が承認されたものの、規格開発プロジェクトの正式発足と規格の発行はこれからだ。製造現場での規格に準拠した評価手法の導入状況も注目される。

産業技術総合研究所(産総研)は2026年10月27日、炭化ケイ素(SiC)ウェハーの結晶欠陥をX線トポグラフ法で調べる試験方法の国際規格「IEC 63068-5」が、同年10月に発行されたと発表した。この規格は、産総研が電子情報技術産業協会(JEITA)などと連携し、産学官の協力によって日本から提案したものだ。SiCパワー半導体は電気自動車(EV)や再生可能エネルギー設備などで需要が拡大しており、ウェハーの品質とデバイスの信頼性を確保する技術の重要性が高まっている。

ただし、SiCウェハーをX線トポグラフ法で評価する試験方法は、すでにSEMIの業界規格にも存在する。今回のIEC 63068-5は、既存の試験方法と何が異なり、国際規格「IEC 63068」シリーズのなかでどのような役割を担うのか。規格の内容と標準化の経緯を整理すると、複数の検査手法を組み合わせて結晶欠陥をより正確に分類するという狙いが見えてくる。

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光学検査やPLでは区別しにくい欠陥をX線トポグラフ法で補完

IEC 63068-5の序文では、既存の検査手法が抱える課題について説明している。SiCウェハーの評価に用いられる光学検査やフォトルミネッセンス(PL)は、ウェハー表面の形状や不純物濃度の面内分布などに結果が左右されることがある。そのため、検査装置が欠陥を検出しても、その種類を正確に判別するには追加の目視確認が必要になる場合がある。

特に分類が難しい例として挙げられているのが、マイクロパイプ、貫通らせん転位(TSD)、貫通刃状転位(TED)、パーティクル混入の4種類だ。これらは異なる種類の欠陥でありながら、光学検査やPLでは似た特徴を示す場合がある。検出された異常がどの欠陥に該当するのかを正確に判断するには、別の物理的な情報を得られる検査手法が必要になる。IEC 63068-5は、X線トポグラフ法を使ってその判断を補完するための規格である。

3つの検査手法では、欠陥を捉える仕組みが異なる。産総研の説明によると、光学検査は顕微鏡などを用いてウェハー表面の形状や凹凸を調べる方法で、PLは光を照射した際に生じる発光を解析し、結晶内部の欠陥などを調べる方法だ。一方、X線トポグラフ法は、結晶によるX線回折を利用して、内部のひずみや結晶欠陥を画像として可視化する。表面形状や発光特性とは異なる情報を得られるため、光学検査やPLだけでは検出・分類が難しい欠陥の評価に役立つ。

重要なのは、X線トポグラフ法が従来の2手法を置き換えるものではなく、それぞれの検査結果を補い合う関係にあることだ。光学検査で確認した表面の異常や、PLで検出した発光特性の変化に、X線回折から得られる結晶内部の情報を組み合わせることで、欠陥の種類をより正確に判断できる可能性がある。IEC 63068-5の序文が特に重視しているのは、似た特徴を持つ欠陥の分類である。一方、産総研は、光学検査とPLだけでは検出そのものが難しい結晶欠陥にも、X線トポグラフ法が有効だと説明している。

産総研は、半導体デバイスの動作不良や故障を直接引き起こし、製品として使用できなくなる原因となる欠陥を「デバイスキラー欠陥」と呼んでいる。SiCパワー半導体では、こうした欠陥が製造歩留まりや長期信頼性に影響する可能性がある。しかし、すべての欠陥が同じ程度の影響を及ぼすわけではなく、欠陥の種類を正確に判別することが重要になる。そのため、異なる検査手法で得られた情報を照合できる共通の評価方法が求められてきた。

IEC 63068-5は欠陥の検出・分類指針と7種類の画像例を規定

IEC 63068-5が対象とするのは、SiCホモエピタキシャルウェハーの欠陥評価である。ホモエピタキシャルウェハーとは、単結晶基板の上に同じ結晶構造の薄膜を成長させたウェハーを指す。規格の適用範囲(Scope)では、X線トポグラフ検査システムを用いて欠陥を検出するための定義と使用指針を定め、欠陥の検出・分類に役立つX線トポグラフ画像も例示するとしている。産総研は、規格の対象をエピタキシャル層の欠陥と説明している。

規格の附属書A(参考)には、以下の7種類の欠陥について、X線トポグラフ画像の例が掲載されている。

  • マイクロパイプ
  • 貫通らせん転位(TSD)
  • 貫通刃状転位(TED)
  • 基底面転位(BPD)
  • スクラッチ痕
  • 積層欠陥
  • ポリタイプ混在

ただし、この7種類という数字は、附属書Aに掲載された画像例の数を表しており、規格が扱う欠陥を7種類に限定するものではない。規格本文の図1には、実験室で使用するX線トポグラフ(XRT)撮像システムの模式図も掲載されている。ただし、IECが公開しているプレビューの範囲では、測定条件に関する具体的なパラメーター値までは確認できない。規格の詳しい測定条件や判定基準を評価するには、全文を確認する必要がある。

IEC 63068-5を策定したのは、国際電気標準会議(IEC)のTC 47(半導体デバイス)である。産総研によると、具体的な審議はTC 47/WG 5(半導体デバイスのウェハーレベル信頼性)で進められた。規格の正式名称は、IEC 63068シリーズに共通する「パワーデバイス用炭化ケイ素ホモエピタキシャルウェハーの欠陥の非破壊認識基準」に相当する題名の第5部に当たる。規範参照文書には、欠陥の分類を定めたIEC 63068-1が含まれている。

今回の規格は、日本国内で進められてきた研究開発と標準化の成果を基にしている。産総研はX線トポグラフ法による欠陥評価技術の研究と、試験方法の標準化を一体的に進めてきた。その成果を基に、まず国内の業界規格として「JEITA EDR-4712/500」を制定し、その内容を国際規格の原案としてIECに提案した。TC 47/WG 5での国際審議を経て、2026年10月にIEC 63068-5として発行された。

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既存のSEMI M91・M93とは何が違うのか

SiCの結晶欠陥をX線トポグラフ法で評価する手法は、IEC 63068-5で初めて規格化されたわけではない。半導体製造装置や材料の国際業界団体であるSEMIも、SiC向けの試験方法を規格として定めている。代表的なものが「SEMI M91」と「SEMI M93」だ。ただし、これらはIEC 63068-5とは対象材料や評価する欠陥、測定結果の扱いが異なる。

SEMI M91は、SiCの結晶構造の一つである4H-SiCについて、X線トポグラフ法で貫通らせん転位(TSD)の密度を測定する試験方法だ。規格の要旨によると、円形の試験片と市販の4H-SiCウェハーを対象とし、TSD密度が5,000cm⁻²までの範囲に適用できる。測定した密度は、材料の受入検査にも使用できる。対象となる規格は2022年版である。

一方、SEMI M93は、X線トポグラフ法(XRT)またはX線回折イメージング(XRDI)を用いて、4H-SiC基板の基底面転位(BPD)密度を定量する試験方法だ。対象は円形の試験片と市販の4H-SiC基板で、エッチピットによる評価結果を使って測定を校正する手順を含む。こちらも材料の受入検査に利用できる規格であり、2023年版が発行され、2024年には技術改訂が行われている。

3つの規格を対象材料、評価する欠陥、得られる結果の観点から比較すると、次のようになる。

規格 対象材料 主な対象欠陥 評価内容・出力
SEMI M91 4H-SiCの試験片と市販ウェハー TSD TSD密度を測定。5,000cm⁻²まで適用でき、受入検査に使用可能
SEMI M93 4H-SiCの試験片と市販基板 BPD BPD密度を定量。エッチピットによる校正手順を含み、受入検査に使用可能
IEC 63068-5 SiCホモエピタキシャルウェハーのエピタキシャル層 エピタキシャル層の欠陥。附属書Aに7種類の画像例を掲載 欠陥の検出・分類のための定義、使用指針、画像例を規定

SEMI M91とM93は、特定の転位の密度を定量的に測定することに重点を置いている。これに対し、IEC 63068-5はエピタキシャルウェハーに存在する欠陥を検出・分類するための指針を定め、複数種類の欠陥について画像例を示す点が特徴だ。なお、この比較はSEMIの製品ページに掲載された要旨と、IECの公開プレビューに基づいており、測定精度や詳細な試験条件の優劣を比較したものではない。

両者の違いは、TSDを例にすると分かりやすい。SEMI M91ではTSDが単位面積当たりにどれだけ存在するかを測定する。一方、IEC 63068-5では、TSDがTEDやマイクロパイプ、パーティクル混入などと見分けにくい欠陥の一つとして取り上げられている。附属書AにはTSDとTEDの画像例も示されており、X線トポグラフ画像から欠陥の種類を判別する際の参考になる。同じTSDを扱っていても、一方は密度の定量、もう一方は検出と分類を主な目的としている。

また、SiCの結晶欠陥は、基板の段階とエピタキシャル層の段階で無関係ではない。SEMI M93の要旨によると、基板内のBPDの大半はエピタキシャル成長の過程でTEDに変わるが、一部はエピタキシャル層へ引き継がれたり、積層欠陥を形成したりする。こうした欠陥は、いずれもデバイスの故障につながる可能性がある。また、SEMI M91の要旨でも、基板内のTSDの多くがエピタキシャル層へ引き継がれ、表面にピットを形成する場合があると説明されている。

つまり、基板に存在する転位の密度を評価するSEMI規格と、エピタキシャル成長後のウェハーで欠陥を検出・分類するIEC 63068-5は、製造工程の異なる段階を対象としている。BPDはSEMI M93の定量対象であると同時に、IEC 63068-5の附属書Aにも画像例として掲載されている。これらの規格は競合するというよりも、基板からエピタキシャル層へと続くSiCウェハーの品質評価を、それぞれ異なる目的から支えるものと捉えられる。

約25年の研究成果が国際規格に、次は3手法を統合する第6部

産総研によると、今回の標準化につながる研究は2001年頃に始まった。当時、SiCエピタキシャルウェハーの結晶欠陥が半導体デバイスの製造歩留まりや信頼性に与える影響に着目し、ウェハー品質との関係を調べる研究が進められた。しかし、結晶欠陥の定義や分類方法、検査手法は研究機関や企業によって異なっており、測定結果を共通の基準で比較することが難しかった。こうした課題を解決するため、欠陥の分類と検査方法の標準化が進められてきた。

2010年度に始まった新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクトでは、欠陥分類の整理とともに、光学検査、PL、X線トポグラフ法の結果を比較する相関評価が進められた。2015年度以降は経済産業省の委託事業を通じて、国際標準化の取り組みが本格化している。委託事業は2015〜2017年度、2018〜2020年度、2021〜2023年度、2024〜2026年度の4期にわたり、継続して実施されてきた。

この成果を基に整備されてきたのが、IEC 63068シリーズである。2019年には欠陥分類と光学検査を扱う第1部と第2部が発行され、2020年にはPLを扱う第3部、2022年には光学検査とPLを組み合わせた評価方法を扱う第4部が加わった。そして2026年10月に、X線トポグラフ法を扱う第5部が発行されたことで、約7年をかけて5つの規格が整備された。

規格 主な内容 発行時期
IEC 63068-1 欠陥分類 2019年
IEC 63068-2 光学検査 2019年
IEC 63068-3 フォトルミネッセンス(PL) 2020年
IEC 63068-4 光学検査とPLを組み合わせた評価方法 2022年7月27日
IEC 63068-5 X線トポグラフ法 2026年10月

第1部から第3部の発行年は、産総研の発表に基づく。第4部の2022年7月27日という日付はIEC Webstoreの記載によるもので、第5部については産総研が2026年10月と発表している。なお、販売元のVDE Verlagは第5部の発行日を2026年10月6日としている。これらはIECでの規格発行時期であり、各国で国内規格として採用される日付とは別だ。

今回の第5部の発行により、光学検査、PL、X線トポグラフ法という3つの検査手法について、それぞれの個別規格がIEC 63068シリーズにそろったことになる。第2部は光学検査、第3部はPL、第5部はX線トポグラフ法を扱い、異なる測定原理に基づく欠陥評価を共通の規格体系の中で参照できるようになった。ただし、3つの検査手法を統合し、得られた結果を総合的に判断するための国際規格は、まだ完成していない。

その役割を担う予定なのが、次の「IEC 63068-6」だ。産総研によると、光学検査、PL、X線トポグラフ法を組み合わせた欠陥判別方法は、すでに国内の業界規格「JEITA EDR-4712/600」として整備されている。この成果を国際規格に発展させるため、2026年7月にIEC 63068-6の新規プロジェクトを提案した。7月24日から10月16日まで実施された各国投票では提案が承認されているものの、規格開発プロジェクトとしての正式発足は今後の予定であり、IEC 63068-6が発行されたわけではない。

産総研は、これらの国際規格に準拠した評価方法がSiCウェハーメーカーや半導体デバイスメーカーに導入されれば、品質のばらつきの低減や製造歩留まりの向上、コスト削減につながると期待している。また、耐圧10kVを超える超高耐圧SiCパワーデバイスの活用が期待される電力インフラ分野でも、信頼性の向上に貢献する可能性があるという。国内企業が蓄積してきた評価技術が国際的な共通基準として採用されれば、日本製SiC製品の品質や信頼性を海外の顧客に示しやすくなるとの見方も示している。ただし、歩留まりの改善幅やコスト削減額など、具体的な効果を示す定量データは公表されていない。

今後、産総研は各国の専門家と協力してIEC 63068-6の開発を進めるとともに、規格に準拠した試験方法を活用する産学官共同研究や技術支援、学会・セミナーを通じた普及活動に取り組む方針だ。今回のIEC 63068-5の発行は、X線トポグラフ法によるSiCウェハーの欠陥評価について、国際的に共通の試験方法を整備したという点で意義がある。一方、品質改善や歩留まり向上は、規格が発行された時点で達成されるものではなく、製造現場への導入と評価方法の定着によって初めて期待できる成果だ。今後はIEC 63068-6の正式な規格開発と発行に加え、3つの検査手法を組み合わせた評価が実際のSiC製造工程にどこまで普及するかが重要になる。