• 何が起きた: 韓国機械研究院(KIMM)が11月2日、窒素を冷媒とする産業用チラーを開発し、−120℃以下で15kWの冷却能力を研究チームの試験で確認したと発表した。
  • なぜ重要か: 半導体の極低温エッチングでは高GWPの不燃性冷媒が使われてきたが、EUは規制を強化している。窒素を使う新方式は代替候補となる可能性がある。
  • 次に見るべき点: 運転条件の詳細と第三者による性能検証、技術移転先の2027年製品化目標、15kWの冷却に90kWの電力を要する効率面の課題。

韓国機械研究院(KIMM)のJunseok Ko室長らの研究チームは2026年11月2日、窒素ガスの圧縮・膨張を利用するターボブレイトン式の産業用チラーを開発し、−120℃以下で15kWの冷却能力を確認したと発表した。装置は幅1.6m、奥行1.6m、高さ2.1mの筐体に収められており、韓国の半導体チラーメーカーCHAGO ENGINEERINGへの技術移転も完了している。同社は2027年の製品発売を目指す。

半導体の極低温エッチングに使われるチラーは、従来、地球温暖化係数(GWP)の高い冷媒に頼ってきた。EUは2027年から高GWP冷媒を使うチラーの市場投入を規制するが、半導体製造用の一部機種には2029年末まで適用除外を認めている。窒素を冷媒とする今回の装置は代替技術として期待されるものの、性能値は研究チーム自身の試験によるもので、15kWの冷却に90kWの電力を消費する。実用化に向けては、運転条件の詳細や効率の検証が必要だ。

AD

極低温エッチングで高GWP冷媒が使われてきた理由

半導体製造では、NANDフラッシュメモリの高積層化に伴い、深く細い穴を精密に加工する技術が重要になっている。その一つが、低温環境でエッチングを行う極低温エッチングだ。Lam Researchは2019年に同技術を世界で初めて量産工程に導入したとしており、2024年7月31日の発表では、NAND製造に使われている同社の高アスペクト比絶縁膜エッチングチャンバー7,500基超のうち、約1,000基が極低温技術を採用していると説明した。同社上級副社長のSesha Varadarajanによれば、極低温エッチングを利用して製造されたウェハーはすでに500万枚に達していた。

釜慶大学の研究チームが2024年10月に学術誌『Energies』で発表した論文によると、極低温エッチングは−70℃未満で行われ、−100℃前後では垂直方向に加工が進む異方性が高まる。しかし、エッチング装置から流入する大きな熱負荷を受けながら、こうした低温を安定して維持するのは容易ではない。そのため、極低温エッチング用チラーには主にカスケード混合冷媒サイクル(CMRC)が使われてきた。KIMMも今回の発表で、エッチング工程には−100℃前後の冷却流体を供給するチラーが必要だと説明している。

冷媒の選択を難しくしているのが、半導体工場の安全要件だ。前述の論文によれば、半導体業界では不燃性のA1区分に分類される冷媒のみが認められている。低温で高い冷却能力を得やすい炭化水素系の混合冷媒は可燃性のため採用が難しく、不燃性を維持しながら−100℃級の冷却を行うには、R14やR23などGWPの高い冷媒が使われてきた。既存のA1冷媒には高GWPのものが多く、論文では代替候補を探るため、微燃性のA2L区分まで対象を広げて検討している。

つまり、極低温エッチング用チラーの課題は、単に低温を達成することではない。不燃性、高い冷却能力、環境負荷の低さを同時に満たす必要があり、従来の蒸気圧縮式では冷媒の選択肢が限られていた。KIMMは、冷媒を窒素に変更し、冷却方式そのものを見直すことで、この問題に取り組んだ。

窒素の圧縮と膨張で−120℃以下を生み出す仕組み

KIMMが採用したターボブレイトン式冷凍機は、圧縮機、熱交換器、膨張機を組み合わせた冷却システムだ。まず窒素ガスを圧縮し、その過程で生じた熱を熱交換器から外部へ放出する。続いて高圧の窒素を膨張機で膨張させることで温度を下げ、冷却対象から熱を受け取った後、再び圧縮機へ戻す。家庭用エアコンなどで使われる蒸気圧縮式が冷媒の蒸発と凝縮を利用するのに対し、ターボブレイトン式では窒素を気体の状態で循環させる。

窒素のGWPは0であり、KIMMは環境負荷の低さに加え、安全性も利点として挙げている。研究チームは運転圧力を10気圧以下に抑える設計を採用した。また、圧縮機などの高速回転部分には、回転軸を磁力で支持するオイルフリーの磁気軸受を使用し、毎分6万回転で運転する。極低温環境では通常の潤滑油が凍結し、故障や性能低下につながるおそれがあるためだ。KIMMによれば、主要部品の開発からシステム設計、製造、運転、制御までの技術を研究チームが独自に確保し、工場での設置面積を抑えるため構造も簡素化したという。

研究チームの試験では、起動から30分以内に−120℃以下まで冷却し、60分以内に目標の冷却負荷15kWで運転できた。定格運転時の消費電力は90kWで、冷却能力を消費電力で割った成績係数(COP)は0.167となる。これは冷却能力1kWを得るために約6kWの電力を消費する計算だ。ただし、放熱側の温度、冷却流体の種類、温度安定性、連続運転時間などは明らかにされていない。対応する学術論文や第三者による測定結果も示されておらず、現時点では研究チームが公表した試験値にとどまる。

ターボブレイトン式自体は新しい技術ではない。フランスのAir Liquideは産業用・研究用冷凍機としてTBFシリーズを展開しており、最大機種のTBF-2700は150K(約−123℃)で最大925kWの冷却能力を持つ。KIMMの成果は、既存の冷却原理を半導体製造に適した比較的小型の産業用チラーに組み込んだ点にある。研究はKIMMの機関固有事業「半導体工程用超低温ターボブレイトン冷凍システムの開発」の一環として進められた。

AD

ネオンから窒素へ移行、2027年の製品化を目指す

KIMMのエネルギー貯蔵システム研究室は、2018年からターボブレイトン式の極低温冷却技術を研究してきた。2024年には−100℃で10kW超の冷却能力を達成しており、冷却業界誌『Cooling Post』は同年2月22日、この段階ではネオンを冷媒として使用し、冷却能力を5.5〜11kWの範囲で調整できたと報じている。当時主任研究員だったKoは、次の開発段階では窒素へ切り替え、3年以内に産業用チラーに適した装置へ発展させる方針を示していた。

今回の発表は、その発言から約2年8カ月後にあたる。Koは、2024年に産業用チラーの開発を目標に掲げて以来、製品化に適した水準まで技術を高めてきたと説明している。こうした開発の進展と、EUの冷媒規制に関する主な動きを時系列で整理すると、次のようになる。

時期 主な出来事
2018年 KIMMがターボブレイトン式極低温冷却の研究を開始
2024年2月 ネオン冷媒で−100℃、10kW超の冷却を達成。次の段階で窒素へ移行する方針を表明
2025年7月18日 ドイツ当局が半導体製造用チラーの規制適用除外を欧州委員会に申請
2026年2月10日 欧州委員会が適用除外を認める実施規則2026/286を採択
2026年11月2日 KIMMが窒素冷媒で−120℃以下、15kWの試験結果を発表
2027年 技術移転先のCHAGO ENGINEERINGが製品発売を目指す
2027年1月〜2029年12月 EUの半導体製造用チラーに対する適用除外期間

2024年のネオン冷媒による−100℃、10kW超から、2026年には窒素冷媒で−120℃以下、15kWへと性能が向上した。さらに、2027年という製品発売目標は、EUが半導体製造用チラーに認めた規制の猶予期間の初年と重なる。

EUのF-gas規則(EU 2024/573)付属書IV第7項では、2027年1月1日から、フッ素系温室効果ガスを使用する定置型チラーの市場投入が制限される。対象となるのは、定格冷却能力12kW以下でGWP 150以上の冷媒を使用する機種と、12kW超でGWP 750以上の冷媒を使用する機種だ。ただし、運転場所の安全要件を満たすために必要な場合は例外が認められる。

ドイツ当局は2025年7月18日、規制に適合する半導体製造用チラーが市場に存在しないとして、欧州委員会に適用除外を申請した。対象は、12kW未満でGWP 150以上の冷媒に依存する機種と、−50℃未満で運転する12kW超でGWP 750以上の冷媒を使用する機種である。CO2などを利用した低GWP冷媒への移行は進んでいるものの、温度、安全性、性能のすべての要件を満たす代替品は、半導体製造の全用途ではまだ実用化されていないという理由だった。

欧州委員会はこの申請を認め、代替技術への移行には3年間の猶予が必要と判断した。2026年2月10日に採択された実施規則2026/286により、対象機種には2027年1月1日から2029年12月31日まで適用除外が認められる。ただし、適用除外を受けるにはF-gas規則第12条2項に基づく表示が必要となる。なお、欧州委員会は2026年9月8日の実施規則2026/1975でも、圧縮空気の乾燥に使用する12kW以下のチラーなどに、2027年から2030年までの適用除外を認めている。

KIMMの装置は、冷却能力15kW、到達温度−120℃以下という点で、EUが適用除外を認めた半導体用チラーのうち、12kW超かつ−50℃未満で運転する区分と性能条件が重なる。窒素はフッ素系温室効果ガスではないため、今回の規制の禁止対象には含まれない。ただし、これは仕様と規制の条件が一致するという話であり、KIMMやCHAGO ENGINEERINGがEU市場で販売する計画を発表したわけではない。

国内メーカーの製品と比較して見える温度と効率の違い

日本でも、低GWP冷媒を利用した半導体向け極低温チラーの開発が進んでいる。前川製作所は2024年1月16日、伸和コントロールズと共同で、ターボブレイトン冷凍機を搭載した半導体エッチング用チラー「Oberon」を開発したと発表した。自然冷媒を使い、−70℃で9kWの冷却能力を持つもので、前川製作所は「業界初、自然冷媒で−70℃を達成」と説明している。伸和コントロールズの試算では、従来の蒸気圧縮式と比べて30%の省エネルギー運転が可能とされ、フィールドテストを経て2025年以降の販売を目指す計画だった。

荏原製作所も2026年8月13日、−60℃の極低温チラー「RJ-TTC型」を半導体市場向けに初めて出荷したと発表している。『MONOist』の報道によれば、従来品と比較して電力と水の消費量を約30〜50%削減できるという。

これらの製品と、前述の『Energies』論文に掲載された冷媒サイクルのシミュレーション結果を比較すると、次のようになる。なお、温度や冷却能力、効率の評価条件が異なるため、数値は各社・論文の公表値をそのまま示した。

方式・製品 到達温度 冷却能力 冷媒・GWP 効率 データの種類
KIMMの窒素ターボブレイトン −120℃以下 15kW 窒素、GWP 0 COP 0.167(システム消費電力90kW基準) 研究チームの試験値(2026年)
従来型の混合冷媒カスケード −100℃以下のブライン 5kW 低温側冷媒のGWP 6997 最良COP 0.27(圧縮機動力基準) シミュレーション(2024年)
低GWP混合冷媒カスケード −100℃以下のブライン 5kW 低温側冷媒のGWP 14.1 最良COP 0.41(圧縮機動力基準) シミュレーション(2024年)
前川製作所「Oberon」 −70℃ 9kW 自然冷媒(種類は未記載) 従来の蒸気圧縮式比30%省エネ メーカー発表・試算(2024年)
荏原製作所「RJ-TTC型」 −60℃ 非公表 非公表 従来品比で電力・水消費を約30〜50%削減 メーカー発表に基づく報道(2026年)

公表された数値の中では、KIMMの装置が最も低い温度に達しており、冷媒のGWPも0だ。ただし、COPを比較する際には注意が必要となる。KIMMの0.167はシステム全体の消費電力に基づく実測値であるのに対し、論文の0.27と0.41は圧縮機動力を基準としたシミュレーション値だ。さらに、冷却温度は−120℃以下と−100℃以下、冷却能力は15kWと5kWで異なるため、これらの値から方式ごとの優劣を直接判断することはできない。論文に示されたGWPも、低温側サイクルで使用する冷媒の値である。

また、冷媒のGWPが0だからといって、チラーの運転による温室効果ガス排出がなくなるわけではない。『Energies』論文では、冷媒漏出による直接排出と、運転電力の発電、材料・冷媒の製造や廃棄に伴う間接排出を合算するライフサイクル気候性能(LCCP)を評価している。その結果、総排出量に占める間接排出の割合は、従来冷媒を使用したケースで92%、低GWP冷媒を使用したケースで95%だった。つまり、冷媒を低GWPに変更しても、システム全体では電力消費などによる間接排出が大部分を占める。

KIMMの窒素チラーでは、冷媒の漏出による直接的な温暖化への影響は生じないものの、15kWの冷却能力を得るために90kWの電力が必要となる。実際の環境負荷は運転時間や電力の供給源によって変わるため、冷媒のGWPだけでなく、システム全体のエネルギー効率とライフサイクル排出量を評価する必要がある。

AD

2027年の製品化と2029年末の規制猶予終了に向けた課題

KIMMの技術はすでにCHAGO ENGINEERINGへ移転されているが、2027年の製品発売は現時点で目標にとどまる。同社は、韓国の電子新聞が2023年に報じたところによれば、2019年にSK hynixの社内ベンチャー制度「Hi-Garage」から独立した半導体チラーメーカーで、ヘリウムを冷媒とするチラー「クライオエンジン」を開発している。今回の窒素チラーについては、製品版でも−120℃以下、15kWという仕様を維持するのか、消費電力や連続運転性能をどこまで改善できるのかが注目される。

研究開発そのものも続く。KIMMによれば、同研究室は今回の装置とは別に、−200℃までの大容量冷却技術を確保しており、今後は−250℃、さらに−269℃へと段階的に到達温度を引き下げる計画だ。Koは今回の成果を基盤に、半導体製造だけでなく、幅広い産業へ応用できる極低温冷却技術の開発を続ける方針を示している。

一方、今回の窒素チラーを既存の高GWP冷媒方式に代わる実用的な選択肢として評価するには、まだ重要なデータが不足している。放熱側の温度や冷却流体の条件、温度安定性、連続運転時の消費電力などが公表され、第三者による性能測定が行われることが望ましい。特にCOP 0.167という値は、既存方式と評価条件をそろえたうえで検証する必要がある。

EUが半導体製造用チラーに認めた適用除外は、2029年12月31日に期限を迎える。KIMMの窒素冷媒方式は、規制対象となる高GWP冷媒を使わずに−120℃以下の冷却を達成した点で意義がある。ただし、半導体工場での実用性を左右するのは、到達温度だけではない。2027年に予定される製品化に向けて、長時間の安定運転、電力消費、導入コストを含めた具体的な性能が明らかになるかが、今後の評価の焦点となる。