中国の有人宇宙飛行計画で副総設計師を務める王翔は、2026年10月31日に北京で開幕した第7回有人宇宙飛行学術大会で、2030年までの有人月面着陸に向けた具体的な飛行計画を説明した。中国は2基の長征10号ロケットを使い、月着陸機「攬月(Lanyue)」と有人宇宙船「夢舟(Mengzhou)」を別々に月へ送り、月周回軌道でドッキングさせる方式を採用する。3人の宇宙飛行士のうち2人が月面に降り立ち、活動を終えた後に月周回軌道へ戻る計画だ。月着陸機の地上試験とロケットの低高度飛行試験はすでに完了しているが、長征10号、夢舟、攬月の初飛行は今後に控えており、有人着陸に先立って宇宙船と着陸機を無人で飛ばす方針も示された。一方、米国は2026年4月にArtemis IIによる有人月フライバイを終え、2028年の月面着陸を目指している。両国の計画を比較すると、中国がこれまでに達成した技術的な節目と、有人着陸までに残された課題が見えてくる。
2基の長征10号で宇宙船と着陸機を別々に打ち上げ、月周回軌道でドッキング
新華社によると、王翔は中国の月面着陸方式を「2回の打ち上げと月周回軌道でのドッキング」と説明した。2基の長征10号ロケットを使って攬月と夢舟をそれぞれ打ち上げ、地球から月へ向かう月遷移軌道に投入する。両機は月周回軌道で合流してドッキングし、宇宙飛行士が夢舟から攬月へ乗り移った後、月面へ降下する。この方式では、地球と月の間を往復する宇宙船と、月周回軌道から月面への着陸・離陸を担う機体を分離する。
CCTVの説明によると、夢舟には3人の宇宙飛行士が搭乗し、そのうち2人が攬月に乗り換えて月面へ向かう。残る1人は夢舟とともに月周回軌道にとどまる。月面での活動を終えた2人は攬月で離陸し、軌道上で待機する夢舟と再びドッキングする。その後、3人全員が夢舟に乗って地球へ帰還する計画だ。つまり、夢舟が地球と月周回軌道の往復を担当し、攬月が月周回軌道と月面の往復を受け持つ。
王翔は、この方式を採用した理由として、現在の技術力や設備との適合性と、将来的な月探査への発展性を挙げた。新華社によると、同氏は2機が月周回軌道で「握手」する方式について、継続的な有人月探査を進めるうえで有利だと説明している。宇宙船と着陸機を別々に開発することで、それぞれの役割が明確になり、機体の標準化も進めやすくなるという。長期にわたって運用できる宇宙機の系列を構築することも視野に入れている。
この計画を支えるのが、大型ロケットの長征10号だ。中国日報が2024年に伝えた仕様によると、長征10号は全長92.5m、打ち上げ質量約2,189トン、離昇推力約2,678トンで、月遷移軌道へ27トン以上の貨物を送り込める。一方、ブースターを省いた派生型「長征10号A」は全長約67m、打ち上げ質量約740トン、離昇推力約892トンで、地球低軌道への打ち上げ能力は14トン以上となる。長征10号Aは第1段の再使用にも対応する設計だ。有人月面着陸では大型の長征10号を2基使用し、攬月と夢舟をそれぞれ月へ送り出す。
月着陸機の地上試験とロケットの低高度飛行は完了、主要3機種の初飛行はこれから
新華社の10月31日付の報道によると、中国はこれまでに夢舟のゼロ高度脱出試験、攬月の着陸・離陸試験、長征10号の低高度飛行試験、夢舟の最大動圧条件での緊急脱出試験を順次完了している。一方、長征10号、夢舟、攬月の初飛行については、今後計画どおり実施する方針が示された。つまり、これまでに完了したと公表されている大型試験は地上と低高度での検証であり、主要3機種による本格的な飛行試験は今後の課題となる。
攬月の着陸・離陸試験は2025年8月6日、河北省懐来県にある地球外天体着陸試験場で実施された。中国政府網によると、この試験では着陸と離陸を組み合わせた総合検証に成功している。模擬月面への着陸から再離陸までの一連の動作を地上施設で確認するもので、月面での着陸・離陸に必要な技術を検証する重要な段階となった。ただし、実際の月面環境で着陸や離陸を行ったわけではない。
長征10号と夢舟を組み合わせた飛行試験は、2026年2月11日に文昌発射場で実施された。新華社によると、北京時間11時00分(日本時間12時00分)に長征10号が点火して上昇し、最大動圧の条件に達したところで、夢舟がロケットからの指令を受けて分離・脱出した。その後、長征10号の第1段と夢舟の帰還カプセルは、それぞれ予定された海域に着水した。これにより、ロケットの低高度飛行と、飛行中の宇宙船の緊急脱出機能を組み合わせた検証が行われた。
最大動圧とは、飛行中の機体が受ける空気の動圧が最大になる条件を指す。ロケットの上昇中は速度と大気密度の変化によって動圧が変わるため、この条件での脱出試験は、宇宙船が大きな空力負荷を受ける状況でも安全に分離できるかを確かめるうえで重要となる。今回の試験では、夢舟が実際の飛行中にロケットから分離し、脱出できることを検証した。一方、これに先立って完了したゼロ高度脱出試験は、発射台上の高度ゼロから緊急脱出する状況を想定したもので、両者は異なる飛行段階の安全性を確認する試験である。
新華社は2月の試験について、長征10号にとって初めての点火を伴う飛行であり、中国初の最大動圧条件での脱出試験だったと伝えている。また、中国の有人宇宙船の帰還カプセルとロケット第1段が海上に着水する初の試験であり、新設された発射台も初めて使用された。王翔も10月の会議で、この低高度飛行において「国内初となるロケットの再突入回収を達成した」と説明している。ただし、試験に使用されたロケットと宇宙船はいずれも初期試作段階の機体で、ロケットは第1段のみの構成だった。軌道投入を目指す飛行ではなかったため、新華社は長征10号の初飛行を引き続き今後の予定として位置づけている。
有人着陸の前に無人で全工程を検証、中国が示した2つの基本方針
王翔は10月の会議で、有人月面着陸に向けた試験計画を組み立てるうえで、2つの基本方針を示した。CCTVによると、1つ目は月周回軌道で必要となる技術を、宇宙ステーションを利用して地球低軌道で可能な限り事前検証することだ。2つ目は、有人で実施する飛行を、可能な限り無人で先に実施することだ。いずれも「可能な限り」という条件が付けられており、すべての工程を事前に完全再現することを意味するものではない。
最初の方針に沿って、中国は長征10号と夢舟の地球低軌道版を先に運用する計画だ。王翔によると、まず長征10号の地球低軌道向け派生型を使って夢舟の地球低軌道版を打ち上げ、中国の宇宙ステーション「天宮」に向かう任務を実施する。この段階でロケットの基本技術や、宇宙船が地球の大気圏へ再突入して帰還する工程を検証する。その後、月面着陸向けの長征10号と夢舟を使い、月への飛行に進む。地球低軌道で確認できる技術を先に検証し、段階的に月探査へ移行する構成となっている。
2つ目の方針に基づいて計画されているのが、攬月と夢舟による無人試験飛行だ。CCTVは、有人月面着陸に先立って両機を無人で飛ばし、有人着陸に必要な一連の工程を検証すると報じている。王翔の説明によると、攬月は打ち上げから月周回軌道への投入、夢舟とのドッキング、月面への着陸と滞在、月面からの離陸、夢舟との再ドッキングまで、有人飛行で予定されている全工程を無人でたどる計画だ。主要技術を可能な限り事前に検証することで、有人飛行時の安全性と信頼性を高める狙いがある。
無人飛行では、月面環境に関するデータも収集する予定だ。攬月は月面の温度や月の塵の状態、機体の動作に関する情報などを取得する。また、中国は攬月に搭載する電力使用機器を全国から募集しており、1回の任務に搭載する機器の総質量は50kg以下、総消費電力は100W以下という条件を示している。有人宇宙飛行計画弁公室の募集公告では、消費電力については「原則として100W以下」と規定されている。
CCTVは今後の重要な任務として、長征10号の技術検証飛行、夢舟と攬月の初飛行、無人月探査機「嫦娥7号」の飛行を挙げた。ただし、新華社とCCTVの報道では、各任務を具体的に何年に実施するかまでは示されていない。一方、Ars Technicaは11月2日、SNSに投稿された会議の発表資料とされる画像を基に、2027年初めから2029年にかけて無人試験飛行を段階的に実施する日程が示されていたと報じた。この日程は公式報道で確認されたものではなく、実際の実施時期については今後の正式発表を待つ必要がある。
米国は有人月フライバイを完了、中国は主要機体の初飛行を控える
米国では2026年4月1日、フロリダ州ケネディ宇宙センターの39B発射台からArtemis IIが打ち上げられた。NASAの記録によると、宇宙船Orionにとって初の有人飛行となったこのミッションでは、約10日間をかけて月の近くを通過し、地球へ帰還した。ただし、月周回軌道には投入されておらず、飛行方式は月フライバイだった。搭乗したReid Wiseman、Victor Glover、Christina Koch、カナダ宇宙庁のJeremy Hansenの4人は、4月10日午後8時07分(米東部夏時間)にサンディエゴ沖へ着水した。飛行中に地球から最も遠ざかった地点は25万2,756マイル(約40万6,800km)に達した。
続くArtemis IIIでは、月への飛行ではなく、地球低軌道での技術検証が予定されている。NASAによると、2027年に4人の宇宙飛行士を乗せたOrionを地球低軌道へ送り、Blue OriginとSpaceXが開発する月着陸機の試験機とのドッキングなどを実施する計画だ。ミッション期間は14日間を予定している。NASAでArtemis計画のマネージャーを務めるJeremy Parsonsは、地球周回軌道で行う試験について、宇宙飛行士を再び月面へ送り出す前にリスクを減らすことを目的としていると説明した。NASAは2026年10月23日のブリーフィングで、2028年の米国人による月面着陸を目指す方針を示し、Artemis IVを最初の月面着陸ミッションと位置づけている。
中国と米国の計画は、宇宙船と着陸機を別々に打ち上げる点で共通するものの、両機をドッキングさせる場所には違いがある。中国は夢舟と攬月を月周回軌道で合流させる方式を採用する。一方、NASAが見直した運用計画では、SpaceXの月着陸機Starshipは地球周回軌道でOrionを待ち、両機がドッキングした後、結合した状態で月の低い周回軌道へ向かう。SpacePolicyOnlineによると、Blue Originの月着陸機「Blue Moon MK2」は月周回軌道でOrionと合流する計画だ。
両国が公表した計画について、実施済みの試験と、公式発表で時期が示された今後の主要任務を時系列で整理すると、次のようになる。中国の年ごとの試験日程については公式報道で確認できていないため、Ars Technicaが紹介した発表資料に基づく予定は含めていない。
| 時期 | 国 | 出来事 | 状態 |
|---|---|---|---|
| 2025年8月6日 | 中国 | 河北省懐来県で攬月の着陸・離陸の総合検証試験を実施 | 実施済み |
| 2026年2月11日 | 中国 | 長征10号の低高度飛行と夢舟の最大動圧条件での緊急脱出試験を実施 | 実施済み |
| 2026年4月1日〜10日 | 米国 | Artemis IIで4人の宇宙飛行士が約10日間の月フライバイを実施 | 実施済み |
| 2026年10月31日 | 中国 | 第7回有人宇宙飛行学術大会で、完了済みの試験と今後の飛行計画を説明 | 実施済み |
| 2027年 | 米国 | Artemis IIIで地球低軌道における月着陸機2種の試験機とのドッキング試験を実施 | 予定 |
| 2028年 | 米国 | Artemis IVによる有人月面着陸 | 目標 |
| 2030年まで | 中国 | 3人の宇宙飛行士のうち2人が月面に着陸 | 目標 |
現時点で中国が完了を公表している主な試験は、2025年8月の攬月の着陸・離陸試験と、2026年2月の長征10号の低高度飛行試験だ。いずれも地上または低高度での検証であり、長征10号、夢舟、攬月の本格的な初飛行は今後に控えている。一方、米国は2026年4月のArtemis IIで有人宇宙船を月の近くまで送り、帰還させることに成功した。今後は2027年のArtemis IIIで着陸機とのドッキングなどを検証し、2028年の月面着陸を目指す計画となっている。
両国の試験計画には、有人月面着陸までの工程にも違いが見られる。Ars Technicaは、中国の計画にはApollo 8やArtemis IIのような、有人宇宙船で月を周回したり月の近くを通過したりする独立した飛行が含まれていないと指摘している。実際、新華社とCCTVが紹介した今後の任務にも、有人で月周回飛行を行う計画は挙げられていない。公表された工程では、有人飛行に先立って夢舟と攬月を無人で月へ送り、月周回軌道でのドッキングや月面着陸・離陸などを検証する方針だ。
ただし、米国の2028年、中国の2030年までという着陸時期はいずれも目標であり、計画が遅れる可能性は残る。NASAの航空宇宙安全諮問委員会(ASAP)についても、Artemis IV以降の計画をめぐり、月着陸機の準備状況や、各社に求められている無人着陸試験が1回にとどまることなどへの懸念が報じられている。着陸前に段階的な検証を重ねてリスクを減らすという基本方針は、中国の王翔とNASAのJeremy Parsonsの説明に共通している。
中国の有人月面着陸計画が次の段階へ進むうえで重要になるのは、長征10号の技術検証飛行と、夢舟および攬月の初飛行が実際に成功するかどうかだ。米国側では、2027年のArtemis IIIでOrionと2社の月着陸機の試験機が地球低軌道でドッキングできるかが次の重要な節目となる。両国とも有人月面着陸までに複数の技術的な課題を残しており、今後の試験結果が目標達成の見通しを左右することになる。



