2026年5月18日、米国の核兵器シミュレーション拠点であるサンディア国立研究所が、NVIDIAのGPUではなくNextSiliconMaverick-2アクセラレーターを採用したSpectraスパコンのFull System Acceptance(全システム承認)を取得した。トップ500スーパーコンピューターの9割超がGPU搭載という現状の中で、最も精度要求の厳しい計算拠点が意図的にGPUを外した判断は、業界の地殻変動を示している。背景にあるのは、AIブームに伴うNVIDIAのFP64(64ビット浮動小数点演算)性能の後退と、それに起因するHPC(高性能計算)機関の危機感だ。

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GPU不要のスパコンがサンディアで承認されるまで

サンディア国立研究所は冷戦終結以降、核実験に代わってシミュレーションで核兵器の有効性と安全性を維持する機関として機能してきた。シミュレーション精度が国家安全保障に直結するため、その計算基盤が単一ベンダーのアーキテクチャに依存することは、戦略的に容認しにくい。GPUメーカーの設計方針が変わるたびに既存コードを書き直すリスクを、核施設は引き受けられない。

Spectraはサンディア国立研究所のVanguardプログラムの第2号システムだ。第1号は2018年稼働のARMアーキテクチャ採用システムAstraであり、このプログラム自体が「主流以外のアーキテクチャをHPCで実証する」目的で設計されている。Spectraは64ノード、128台のMaverick-2アクセラレーターで構成される。サーバーはPenguin SolutionsのOCP対応Tundraを採用し、冷却にはChilldyneの負圧液冷システムを使う。

ベンチマークとして実施されたのはHPCG(高性能共役勾配法)、LAMMPS(分子動力学シミュレーション)、SPARTA(希薄気体のモンテカルロシミュレーション)の3種類で、いずれもサンディア国立研究所が実際に使うワークロードだ。NextSiliconの自社データでは、Maverick-2 1台あたりのHPCG性能は約600 GigaFLOPS FP64、消費電力は競合GPU比約半分とされる。サンディア国立研究所が独自の検証プロセスを経てFull System Acceptanceを付与した事実は、同研究所がその数値を確認したことを意味する。

サンディア国立研究所の上級科学者James Larosは「我々のミッションは任意ではないため、選択肢を保持する必要がある」と述べた。核兵器シミュレーションという任務に特定ベンダーへの依存が絡み合うとき、技術選択は純粋なコスト比較では完結しない。

データフロー型が従来GPUより速くなれる仕組み

フォン・ノイマン型のプロセッサは「命令を読み込む→データを取り出す→演算する→結果を書き戻す」というサイクルを繰り返す。GPUはこのサイクルを数千のコアで並列実行することで性能を稼いでいるが、命令とデータが同一のメモリ空間を行き来するボトルネックは根本的に解消されていない。特に大規模データセットに継続的にアクセスするHPCワークロードでは、この「フォン・ノイマンのボトルネック」がスループットを頭打ちにする。

Maverick-2が採用するICA(Intelligent Compute Architecture)は、演算の「流れ」をグラフとして表現するデータフロー型の設計だ。入力データが揃ったノードから順番に自動的に処理が実行されるため、命令フェッチのオーバーヘッドがない。さらにICAは動的な適応レイヤーを加えており、CPUでアプリを実行しながら頻繁に現れる演算パターンを検出し、その演算に最適化されたデータフローをチップ上に再設定する。

開発者がコードを書き直す必要がないことが、このチップの主要な訴求点だ。CUDA(NVIDIAのGPU向け並列計算フレームワーク)との互換性を持ち、Python、C++、Fortranにそのまま対応する。ハードウェアがソフトウェアの挙動に自動適応するため、研究者は既存のコードベースを維持したまま移行できる。数十年分の科学計算コードを抱える機関にとって、これは無視できない利点だ。

こうした特性が評価されたのは、NVIDIAがAI向け低精度演算に開発資源を集約し、HPC向けの高精度演算設計から遠ざかっていく中で起きた。その経緯こそが、新興アーキテクチャに日の目を当てた構造的な背景だ。

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NVIDIAがFP64を削り、AMDが200 TFLOPSで逆走する理由

NVIDIAが高精度演算を後回しにした経営的論理

推論・訓練で多用されるFP8・FP16・BF16の低精度演算市場は、HPC向けFP64市場の規模を大幅に上回り、利益率も高い。NVIDIAの2024年度データセンター売上は前年比2.4倍増の475億ドルに達したが、その大半をAI向けが占める。開発リソースをAI用途の低精度演算最適化に集約することは、株主価値の観点から合理的な判断だった。

その結果として現れたのが、FP64性能の世代的後退だ。Blackwellアーキテクチャを採用するRubinのネイティブFP64性能は33TFLOPSで、前世代H100の約40TFLOPSからさらに低下した。AIチップとして見れば卓越した製品でも、HPCの文脈では逆方向に進んでいる。

Ozakiスキームはサンディア国立研究所のワークロードに届かない

NVIDIAがFP64エミュレーションの答えとして示したOzakiスキームは、3つの技術的限界を持つ。低精度演算を組み合わせてFP64相当の精度を出す数値的手法で、NVIDIAは「200 TFLOPS相当」と主張しているが、AMD FellowのNick Malayaはこのスキームの問題点を具体的に列挙した。

OzakiスキームはIEEE 754規格に準拠していない。格納・演算の誤差挙動が標準と異なるため、再現性を要求する科学計算では問題になりうる。正方行列以外のワークロードでは実FP64より低性能になる点も実害が大きい。サンディア国立研究所がベンチマークに使うLAMMPS(分子動力学シミュレーション)はベクトル演算が支配的なワークロードで、OzakiスキームはLAMMPSのような構造を持つアプリケーションにそもそも適していない設計だ。HPCアプリケーションの90%を占めるベクトル計算では有効に機能しないとMalayaは指摘しており、「Rubin上で200 TFLOPS相当のFP64性能が得られる」という主張は、サンディア国立研究所が実際に使うワークロードには当てはまらない。

AMDが切り込む隙間

MI430Xはネイティブ(真の意味での)FP64で200 TFLOPSを超えることをAMDが予測しており、HBM(高帯域幅メモリー)帯域幅も前世代MI355比で2.5倍の19.6 TBpsに達する見込みだ。2028年にDOE(米エネルギー省)のORNL(オークリッジ国立研究所)へ納入予定のDiscoveryスパコンはAMD Instinct MI430XとEPYCプロセッサーを組み合わせる。フランスCEA/GENCIのAlice Recouqueは、MI430X搭載の欧州システムで1 exaflop HPL(実行性能)を超えることを見込んでおり、欧州の基幹インフラにもこの路線が採用されつつある。

DOEの科学担当次官Darío Gilは、FP64を「非常に重要」と位置づけ、シミュレーションからAI訓練データ生成のパイプライン全体に不可欠だと述べた。精度の高いシミュレーションがあって初めてAIの訓練データが生まれるという連続したパイプラインとして捉えれば、FP64の後退はHPCにとどまらず、AIの品質そのものに跳ね返るリスクを生む。

NVIDIAの戦略的賭けが生んだ足場

DOEは2026年、2億9300万ドルのGenesis Missionプログラムを立ち上げた。Phase Iで9カ月・50〜75万ドル、Phase IIで3年・600〜1500万ドルという段階的な助成構造で、次世代の計算アーキテクチャ開発を複数の軸で推進しようとしている。Spectraの承認はその文脈と地続きで、特定アーキテクチャへの依存を技術的に検証しながら分散していく方向性の表れだ。

NVIDIAはAI需要の爆発的成長を捉えることで、株式市場と産業界で圧倒的な地位を固めた。しかしその選択の裏面として、HPC・科学計算という別の軸でAMDとNextSiliconに足場を渡した。規模こそ小さいが、国家安全保障・エネルギー研究・気候シミュレーションという領域は戦略的重みが高い。

Genesis Mission、AMDによる主要調達獲得、NextSiliconによるSpectra承認―この3つの動きが同時に進行しているいま、HPC市場のGPU一強という構図はすでに動き始めている。2028年のDiscovery納入は、その転換が確定する時点に過ぎない。Spectraが今週サンディア国立研究所での承認を得た事実は、その足場が「実証済み」のラベルを得た瞬間であり、業界の地殻変動がすでに可視化されたことを示す。