自律走行システム(Automated Driving System、以下ADS)を搭載した車両の開発は、ハードウェアとソフトウェアの双方で急速に進んでいる。しかし米国の連邦自動車安全基準(Federal Motor Vehicle Safety Standards、以下FMVSS)は、車両を人間が運転する前提で設計されたものがほとんどであり、ADS専用車両にとって「人間向けの装備を搭載しなければならない」という矛盾した状況が生じていた。

その矛盾が最も具体的に現れるのが、FMVSS No.135「軽量車両ブレーキシステム基準」である。同規格は現在、サービスブレーキをフットペダルで作動させることを義務付けており、人間が乗り込んで操縦する意図が一切ない車両にも、物理的なブレーキペダルの装備を求めている。NHTSAは2026年6月26日、この矛盾を解消するNPRM(Notice of Proposed Rulemaking)を連邦公報(91 FR 38593、文書番号2026-12981)に掲載し、改正案のパブリックコメントを開始した。

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ADS車両が直面するFMVSS No.135の壁

FMVSS No.135は1995年に制定され、欧州規格との調和を目的として乗用車のブレーキ要件を定めた基準だ。2002年にはGVWR(総重量)3,500kg以下の多目的乗用車・トラック・バスにも適用範囲が拡大された。同規格のS5.3.1項は「サービスブレーキはフットペダルで作動させること」「パーキングブレーキは手または足で操作できる独立した制御装置を持つこと」を要求している。

ADS専用設計の車両にとって、この要件は開発上の制約であるだけでなく、安全上の逆機能をはらむ。NHTSAの提案書はこの点を明示しており、「乗客が操作するためのブレーキペダルが、ADSの動作に直接干渉できる場合、乗客による意図的または非意図的な誤操作という安全リスクが発生しうる」と述べている。ペダルなし車両においては、乗客は「ドライバー」ではなく「パッセンジャー」であり、ドライバー向けの装備を義務付けることは安全性を高めるのではなく低下させる可能性があるという論理だ。

提案の三本柱

NHTSAが今回のNPRMで提案している変更点は大きく三つの領域にまたがる。

ブレーキ制御装置と試験手順

最も注目される変更が、ADS搭載の手動操作なし車両における「フットペダル式サービスブレーキ」「手動パーキングブレーキ」の要件撤廃だ。代わりに、これらの車両では「サービスブレーキ制御装置と、パーキングブレーキ制御装置が車載システムによって作動すること」を求める条文に改める。

「サービスブレーキ制御装置(service brake control)」という用語の定義も新たに追加される。手動操作なし車両においては、ブレーキペダルへの踏力ではなく、ADSからの電子ブレーキ指令を機械的制動力に変換する車載部品——例えばリニアアクチュエータ——がこの定義に該当する。停止距離(stopping distance)の定義も修正される方針で、ペダル付き車両では「ペダルへの力の最初の印加時点から完全停止までの距離」、ペダルなし車両では「サービスブレーキ制御装置への電子指令信号の最初の送信時点から完全停止までの距離」と区別して定義される。

ただし、停止距離に関する性能要件はいかなる変更も提案されていない。制動の物理的能力を担保する試験は維持しつつ、その作動方法の多様化を認める構造だ。

警告テルテールの表示要件

現行基準では、ブレーキ警告灯(「brake system warning indicator」)はドライバー前方に明確に見える位置への設置が義務付けられている。しかしドライバーの存在しないADS車両では、「ドライバー前方」という位置指定自体が成立しない。

NHTSAは改正案で、ADS車両における「brake system warning telltale」(名称もFMVSS No.101の用語定義に統一)を「すべての指定座席位置から明確に視認できること」と定めることを提案している。パーキングブレーキ作動時の警告灯点灯については、ADSが車載システムとしてパーキングブレーキの状態を自律的に管理するため、ADS車両を適用除外とする。

NHTSAはモバイルアプリ通知や車内アラートなど補完的な安全情報伝達手段の活用も奨励している。乗客が安全クリティカルな情報を主体的に確認・意思決定できる設計を担保することを目的とした内容だが、現時点では奨励にとどまり義務規定ではない。

パーキングブレーキのフリクション型要件の撤廃

FMVSS No.135はパーキングブレーキに「摩擦型(friction type)」システムの採用を義務付けており、現行では機械式ドライブトレインロックなど代替設計を採用するメーカーは摩擦型システムを補完する形でしか採用できない。NHTSAは今回、「5分間、20%勾配の上り下り方向で車両を静止させ続ける」という既存の性能要件は維持しつつ、摩擦型システムの指定を撤廃することを提案した。

完全電気作動式パーキングブレーキは適用除外の対象ではないが、停電時に保持力を失うシステムを認めるものでもない。「電力を失っても係合状態を機械的に保持できること」という要件は維持される。

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Cybercabと規制コンプライアンスの具体的な接点

Tesla Cybercabはステアリングホイールもブレーキペダルもない設計で開発されており、現行のFMVSS No.135の認証要件との矛盾が製品化の障壁となっていた。今回のNPRMはその障壁を直接取り除く。

NHTSAは提案書の中で、現時点でこのような車両は消費者向けには販売されていないが、製造業者やライドシェア事業者による限定的な展開は進んでいると認識しており、「テクノロジーが成熟する過程」における規制の近代化として本NPRMを位置づけている。同局は今後、ADS搭載車両の安全性能を評価する独立した試験基準を別途開発・制定する方針を明らかにしており、今回の改正はあくまでFMVSS No.135が持つ「設計的障壁」の除去であって、ADS全体の安全評価体系の完成ではない。

ZooxやWaymoが運行するロボタクシー型ADS車両の規制適合コストにも影響が出る可能性がある。これまで不要なペダル機構を搭載し続けることに設計・製造上のコストを割いていたメーカーにとって、改正が最終規則化されれば直接的な設計自由度の拡大となる。

ADS自体の判断能力を評価する基準は未整備

今回の改正が問うのはブレーキの物理的な制動能力だけであり、ADS自体が適切なタイミングでブレーキ指令を出せるかどうかという問いには答えない。NHTSAの提案書は、停止命令の有無(whether the brakes are actuated)はADSの性能問題として別途扱われると明記しており、その評価体系はまだ制定途上にある。

NHTSAは既存の欠陥調査・強制執行権限を用いて不安全なADS動作に対処することを表明しているが、その執行には法的なあいまいさが伴う。49 U.S.C. 30102の「欠陥(defect)」定義は設計・製造上の問題を想定しており、ADSの判断ミスがこの定義に当てはまるかどうか法的に未確定なため、NHTSAが調査を開始する法的なトリガーを欠く状態が続く。何をもって不安全と判断するかの客観的な基準が整備されない限り、執行の実効性は担保されない。今回の改正を受けてADS専用車両の市場投入が加速するとすれば、この安全評価の空白が埋まるペースとの競争が始まることになる。

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技術的補足:ABS要件の整理とその背景

FMVSS No.135には現在、ABS非搭載車両向けの試験要件(S7.2「車輪ロックアップ順序」、S7.4「接着利用」)が残存している。2007年にFMVSS No.126「電子式横滑り防止装置」が施行されて以降、同規格の対象車両はすべてABS装備が義務付けられており、これらの条文は実質的な意味を失っている。NHTSAは今回、これらの廃止を提案し、同時に誤記された初期ブレーキ温度(IBT)やペダル力の上限・下限表記の誤りも修正する。

テルテールの名称については、「brake system warning indicator」を「brake system warning telltale」に統一することが提案されており、FMVSS No.101の用語体系との整合性が図られる。ABS非搭載車両向けの「ABS装備時に限り」という条件付き条文(S5.3.2)も、全対象車両がすでにABS装備済みであることを踏まえて条件節を削除し、「ABSを部分的または完全に無効化する制御装置は禁止する」という形に簡素化される。

パブリックコメントと今後のスケジュール

NHTSAは本NPRMに対するパブリックコメントを2026年7月27日まで受け付けている。提出は連邦電子パブリックコメントポータル(regulations.gov)またはFAX・郵送でも可能で、ドケット番号「NHTSA-2026-0728」が付与されている。

最終規則が本提案通りに制定された場合、NHTSAは発効日を可能な限り早期——180日を下回る期間または最終規則公示と同時——とする意向を表明しており、移行期間なしの即時適用を志向している。ただし49 U.S.C. 30111(d)の規定上、原則として制定から180日未満での発効には「公益上の正当な理由」の書面公示が必要であり、この手続きをNHTSAが踏むかどうかも注目点の一つだ。

今回のFMVSS No.135改正提案は、2022年に完了した乗員保護基準の改正(ADS車両向け)、2026年初頭に公示されたFMVSS No.102(変速機)、No.103/104(ウィンドシールド除霜・ワイパー)、No.110(タイヤ選択)の各NPRMと並ぶ、NHTSAによるADS規制近代化の一連の取り組みの一環だ。これらを積み重ねることで、FMVSS全体がADS専用車両を想定した体系へと段階的に転換していく過程が続いている。