ロボットに「見て考えて動く」能力を持たせるには、膨大な訓練データと長い評価サイクルが必要だ。実際の工場や道路でのデータ収集には危険と費用がかかり、シミュレーション環境を構築するにも専門チームと数ヶ月の時間を要してきた。物理的な世界を理解させるという工程がボトルネックになり、ロボットや自動運転の開発速度を大きく制約してきた。

NVIDIAが2026年5月31日にGTC Taipeiで発表したCosmos 3は、この制約を根本から解消しようとするモデルだ。テキスト・画像・動画・環境音・アクション軌跡という5種類のモダリティを単一モデルで処理するomnimodelとして設計されており、物理AIの訓練・評価サイクルを数ヶ月から数日に短縮するとしている。NVIDIA創業者兼CEOのJensen Huangは「物理AIのビッグバンはすぐそこまで来ている。Cosmos 3はロボット・自動運転・産業視覚AIを構築する開発者に世代を超えた跳躍をもたらす」と述べた。

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「omnimodel」が意味すること:単一モデルで物理世界を推論・生成する

物理AIの開発では、能力の断片化が長年のボトルネックになってきた。シーンを理解するモデル、動作を計画するモデル、環境をシミュレートするモデルをそれぞれ個別に用意し、パイプラインでつなぐ設計が一般的だった。モデル間のインターフェース設計、データ形式の変換、各モデルの個別チューニングが開発工数を押し上げていた。

Cosmos 3はこれらの機能を1つのモデルに統合する。テキストで「右腕を45度持ち上げてから把持動作へ移行する」と記述した指示を理解し、その動作の映像を生成し、物理的に整合する環境の変化を予測する一連の処理が単一モデル内で完結する。世界モデル(world model)としての機能と、行動計画モデル(action model)としての機能が統合されている点がCosmos 3の核心だ。

モデルサイズはCosmos 3 Nanoが16Bパラメータ、Cosmos 3 Superが64Bパラメータで提供されており、エッジデバイス向けのCosmos 3 Edgeが近日公開予定だ。Cosmos 3 NanoはNVIDIA RTX PRO 6000搭載のワークステーションで動作可能で、クラウドに頼らない現場での推論も視野に入る。モデルウェイトはすべて完全オープンで公開されており、研究機関や中小規模の開発チームも制約なく利用できる。

Artificial Analysis・Physics-IQ・PAI-Bench・R-Benchの世界生成精度、RoboLab・RoboArenaのアクションポリシー、VANTAGE-Bench・TARの視覚理解という7種以上のベンチマークで、オープンモデルの中で首位を記録している。推論ベンチマークのReasonerスコアはSuperが73.7、Nanoが69.6と、大きなサイズ差(64B対16B)に対してNanoが健闘している数値だ。

MoTアーキテクチャはどう機能するか:推論と生成を別々のTransformerが担う

推論と生成を2つの独立したTransformerで分担するmixture-of-transformers(MoT)アーキテクチャが、Cosmos 3の処理の核をなしている。推論Transformer(Reasoner)と生成Transformer(Generator)がそれぞれ独立したタワーとして並走し、処理の性質によって使い分けられる。

Reasonerは「何が起きているか・何をすべきか」の論理的な推論を担う。入力された観察データからシーンの構造を解析し、次に取るべき行動の計画を言語的な推論として生成する。Generatorはその推論結果を受け取り、実際の動画・画像・アクション軌跡として具体化する。単純に言えば、前者が「考える」機能、後者が「描く・動く」機能を受け持っている。

従来の単一Transformerモデルでは、推論と生成という性質の異なる処理を同じパラメータ空間でこなさなければならなかった。推論に強いモデルと生成に強いモデルの間にはアーキテクチャ的なトレードオフが存在し、どちらかに最適化すると他方が犠牲になりやすかった。MoTはその二律背反を緩和する。

2タワー構成による訓練効率の向上も見逃せない数値が出ている。Reasonerの事前訓練サンプル数は2,200万件、Generatorには画像7億6,700万枚・動画クリップ3億4,770万本が投入されている。各タワーが専門に特化した形で訓練されるため、同規模の単一モデルより効率的にそれぞれの能力を向上させられるというのがNVIDIAの主張だ。Cosmos 3 NanoのパラメータはReasoner 8B+Generator 8Bの合計16Bで、Superは32B+32Bの合計64Bという構造になる。

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Samsung・LG・Li Autoが採用:産業への実装が始まっている

Samsung ElectronicsLG Electronics・Doosan Roboticsといった製造大手が、Cosmos 3の発表と同日に採用を相次いで表明した。自動運転ではLi Autoが採用を進めており、Agile RobotsはヒューマノイドロボットThor 3と産業用アームFR3へのCosmos 3統合実装を開始している。Skild AIもロボティクス向けの活用開発に着手している。

Cosmos 3が産業現場での評価サイクルを変える仕組みは、シミュレーションの質と速度にある。ロボットが新しい環境で正しく機能するかを確かめるには、これまで実機テストや精密なシミュレーター構築が必要だった。Cosmos 3を使えば、テキストで記述した新環境の動画を生成し、そこでのアクション軌跡の正確さをモデル内で評価できる。工場ラインの変更やエンドエフェクターの交換に伴う再訓練が、クラウド上で一元的に処理できるようになる。

Li Autoのような自動運転企業にとっては、エッジケースのシナリオ生成が特に重要だ。物理的に再現するには危険なシーン—濃霧の中での高速道路合流や、子どもが急に飛び出すケースなど—を物理整合性の高い映像として生成し、そこでのセンサーフュージョン判断を評価できる。実走行テストに必要なデータ収集コストと期間を大幅に圧縮する可能性がある。

物理AI訓練の高速化は、ロボット・自動運転産業の競争構造を根本から変える。従来は開発コストと期間の長さが大手企業の参入障壁として機能していたが、Cosmos 3によってその障壁が低下する。開発コストが下がり訓練期間が短縮されることで、スタートアップや中小メーカーの参入が加速する可能性がある。

ただし、モデルがオープンであることと、それを実装・運用できることは別だ。Samsung・LGのような企業が採用を進める背景には、高性能なCosmos 3を自社のドメイン知識と組み合わせてファインチューニングし、本番環境でデバッグ・改善できるエンジニアリング体制があってはじめて価値が生まれる。基盤モデル層ではオープン化が進む一方、その上のアプリケーション層・実装層では、統合ソリューションや業界別の最適化で差別化する競争が加速する構造が生まれるだろう。

NVIDIAが物理AIに賭ける理由:GPU需要を次の成長エンジンへつなぐ

生成AI(GenAI)の言語・画像モデル分野では、OpenAI・Google・MetaがNVIDIAのGPUを大量に購入して競争を繰り広げてきた。しかしその競争は成熟段階に入りつつあり、次の大規模なGPU需要を生む領域として、NVIDIAは物理AI——ロボットと自動運転——を位置づけている。NVIDIA自身の試算では、世界の製造・物流・輸送分野に導入されるロボットの数は今後10年で数十億台規模に拡大し、各システムの訓練・評価・最適化がGPUクラスターを常時必要とする形になる。

NVIDIAがCPU後のGPU時代に確立したのは「演算インフラとしての支配的地位」だった。Cosmosはその次の構造的支配を物理AI基盤モデルで目指す戦略と見てよい。Cosmosをオープン化することで、産業全体の物理AI開発が底上げされ、それが最終的にはNVIDIA製GPU・AI基盤の需要拡大に直結する構図だ。モデルをオープンにするほど競合に技術を渡すリスクは高まるが、エコシステム全体の拡大がその損失を上回ると判断している。

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Cosmos Coalitionが示すオープン戦略の構造的意図

Cosmos 3の発表と同時にNVIDIAはCosmos Coalitionの設立を発表した。創設メンバーはAgile Robots、Black Forest Labs、Generalist、LTX、Runway、Skild AIの6社で、Cosmos 3のオープンウェイトを活用したアプリケーション・ツール・コンテンツの開発を連携して進める枠組みだ。

Google DeepMindのGenie 2やMeta AIのV-JEPA 2との競争環境を踏まえると、NVIDIAが完全オープンを選んだ意図が見えてくる。競合の物理AI基盤モデルが多くの場合クローズドな提供にとどまる中、モデルを公開することで得られるフィードバックとファインチューニングデータの多様性、開発者コミュニティとの接点はクローズドでは得られない資産だ。Cosmos 1(2025年1月)でworld foundation modelの概念を打ち出し、Cosmos 2でビデオ生成精度を強化した経緯があり、Cosmos 3ではReasonerとGeneratorの統合という技術的飛躍とCoalitionによる開発者エコシステムの組織的拡張を同時に図っている。

Cosmos 3 Edgeの公開がその試金石になる。エッジデバイスでリアルタイム推論が動けば、クラウド接続を前提としない産業ロボットへの組み込みが現実的になる。Samsung・LGが製造ラインに投入できるモデルがローカルで完結して動作するかどうか——その実績が積み上がった時点で、CosmosがNVIDIA版の「物理AI産業標準」として定着しているかどうかが判明する。