1946年にPaul Erdősが平面上の点集合に関する予想を書き留めたとき、彼はおそらく80年後にその答えが機械から来ると想像しなかった。今や、その後継ともいえる問題たちが、約2,000ドルの計算コストによってまとめて攻略されたと報告されている。
80年越しの問いと1978年止まりの記録
数学の未解決問題には「10年以上進展なし」という状態が珍しくない。それはたいてい、手持ちの道具では近づけないことを意味する。標準的な手法を試し尽くして残るのが「難問」だからだ。
高次元球充填の上限はその典型だ。Kabatiansky-Levenshteainが1978年に立てた上限は、半世紀近く誰も改善できなかった。球をできるだけ密に詰め込む問題は直感的に単純に見えるが、次元が上がるほど幾何学の道具は機能しなくなる。同様に、「非ソフィック群」の問題もある。Mikhail Gromovが1999年に群論の文脈でソフィシティ(局所的に有限な近似可能性)という概念を導入して以来、そのような性質を持たない群が本当に存在するのかどうかは未解決だった。存在証明は群論の中核に位置する問いで、27年間手がつかなかった。
Erdős自身が残したカタログに番号付きで収録された問題も複数含まれる。Erdős問題183(多色三角形Ramsey数の下限)、問題146と180(極値グラフ理論)。これらは数学コミュニティが問題として「公式に登録」しているものだ。
Astraが踏み込んだ方法
OpenAIが今回用いたのは、次世代モデルの内部版「Astra」と呼ばれるシステムだ。AstraはOpenAIが次の主要モデルと位置づけるシリーズで、複数のエージェントを束ね、数時間から数日に及ぶ長期的なタスクを処理できるよう設計されている。
発表によると、Astraは10問の解を見つけるために要したトークンコストが、Sol APIレートで約2,000ドルだったとされる。一般的な博士課程の学生が難問一つに費やす時間と比較するのは単純ではないが、この数字は議論の起点になる。答えを見つけるコストと、答えを理解して文脈に置くコストは別物だということを。
各結果は二つのかたちで記録された。一つは249ページの論文草稿で、人間がAstraと同じモデルを使って原稿に仕上げた。もう一つはLean 4の証明書だ。Lean 4は定理証明支援系の一種で、各証明の論理ステップを機械が逐一検査できる。AIが数学的「幻覚」を起こすという批判への直接の応答がこの形式にある。証明が正しいかどうかはソフトウェアが確認できる。数学者が読んで判断するよりも先に、機械的な正当性が担保される。
Astraのアプローチが端的に示されたのが、2026年5月に先行発表されたErdős単位距離予想の反証だ。平面上のn点でunit distanceとなるペアの数はn^{1+o(1)}程度に収まるとErdősが1946年に予想していたが、AIシステムはこれを破る点集合の無限族を発見している。標準的な幾何学的手法ではなく、代数的整数論の技法(類体塔とGolod-Shafarevich理論)を援用するアプローチで、外部の数学者Timothy Gowers、Noga Alon、Thomas Bloomが確認してarXivに掲載した。その後、Will Sawinが精緻化を加え、改善指数はδ≈0.014と明示されている。
象徴的な四つの突破
今回の10問のうち、成果の種類が異なる四つを取り上げる。数値の新旧対比で語れるものから、論理的な反転まで、それぞれ別の意味で転換点になる。
高次元球充填の上限は、1978年のKabatiansky-Levenshteainが導いた上限が、半世紀近く改善されないまま殘っていた。Astraはその上限をCohn-Elkies閾値まで押し下げた。線形計画法に基づくこの手法の限界地点に到達すること自体が、長年の目標だったのだ。
**マルチカラーRamsey数(三角形)**では、従来は指数的な下限が知られていたが、Astraが示したのは超指数的な下限だ。Ramsey理論は「十分に大きな構造には必ず規則性が現れる」という定理の系統で、下限の超指数的な改善はその規則性が現れるまでの閾値が思ったより遠くにあることを示す。これがErdős問題183の解決だ。
この不等式が示すのは概念的には単純な話だ。k色で三角形を避けようとするとき、その限界点は従来考えられていたよりずっと遠い、ということだ。
Connes剛性予想の反証は数値による比較ではなく、命題そのものの転倒だ。「性質(T)を持つ特定の群はvon Neumann代数によって一意に決まる」というAlain Connesの予想に対し、Astraは「同一のvon Neumann代数を持ちながら互いに非同型な性質(T)群が無限に存在する」ことを示した。予想は偽だった。
また、算術回路複雑度の結果では、置換行列式(パーマネント)を算術式で計算する際の下限がのオーダーに確立された。パーマネントの計算困難性は理論計算機科学における中心的なテーマで、この下限は実際の回路設計の難しさの根拠になる。
数学者コミュニティとAIの間にある亀裂
これらの発表は、数学コミュニティが既に議論の渦中にある時期に届いた。2026年6月2日、国際数学連合(IMU)の支持を得た「ライデン宣言」が発表された。15大学16人の研究者が起草し、Fields賞受賞者のTerence Taoも名を連ねるこの宣言は、AIの禁止を求めるものではない。
宣言が問うのは別のことだ。AIが生成した証明を誰がどう検証するのか。商業的AIに数学研究が依存するようになったとき、アジェンダの設定権は誰が持つのか。ブラックボックスが出した結果が既存の人間の仕事の無断の再構成である可能性、その評価の方法すら定まっていない。これらは技術的な透明性だけでは片付けられない問いだ。
OpenAI自身もこの緊張を認識している。発表文の中で「研究成果がどのように生み出されたかを帰属表示は正直に反映すべきだ」と明記し、AIが生成した証明を人間の成果として主張することを明確に否定した。人間が担った役割は、論文の草稿化とLean形式化だとしている。
ただし、この立場表明が数学コミュニティの懸念をどこまで解消するかは未知数だ。ライデン宣言が求めるのは技術的な透明性だけでなく、研究アジェンダへの商業的影響力を抑制する構造的な措置でもあるからだ。
AIが届かないもの
OpenAIは同時に、モデルが解いていないものを明示している。ミレニアム懸賞問題は今も未解決のままだ。それは七つの問題のうち唯一解決されたPoincaré予想が2003年にGrigori Perelmanによって証明されたように、これらの問題は数学の核心に座っており、単に複雑な計算を重ねれば届くものではないと考えられている。
より根本的な問いは残る。Lean 4が各ステップを正当と確認したとしても、その証明を数学者が読んで「なぜそうなるのかを理解した」と言えるかどうかは別の話だ。エルデシュ単位距離の反証について、外部の数学者が確認作業を経て「digested」版を書いたという事実は、機械的な検証と人間の理解の間に埋めるべき距離があることを示している。
非ソフィック群の構成が正しいとして、その構成がなぜ機能するのかを直感的に理解し、別の文脈に活かせる数学者が何人生まれるか。証明の存在と証明の理解は別物だという数学の古くからの直観は、AIの時代においても有効なはずだ。
