データセンターのサーバーラック1本が消費する電力は、かつての「1家庭の年間電力に相当する水準」を超えつつある。従来の30kWから現在は50〜300kW/ラックへ急増し、近い将来には1MWを超えるとの予測も出ている。これほどの電力密度に対応するパワーコンバータは、効率の限界に近づいた従来のシリコン半導体ではもはや追いつかない。GaN半導体はシリコンの10〜20倍速くスイッチングできる性能を持ちながら、製造・パッケージングの段階でその速度を活かしきれないという矛盾を長らく抱えてきた。

米エネルギー省のオークリッジ国立研究所(ORNL)がローム株式会社のデバイスを使って開発した標準化ビルディングブロックは、この矛盾を解決する設計だ。AIデータセンターのシリコン限界に直面する事業者、EV向けパワーエレクトロニクスの効率改善を迫られるメーカー、マイクロインバータの小型・高効率化を求める太陽光事業者等はいずれも共通課題を抱えており、ORNLの標準化モジュールはその「共通解」として機能する設計になっている。

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GaN半導体が10〜20倍速でも普及しなかった理由

GaNのスイッチング速度は確かに圧倒的だ。バンドギャップ3.4 eVはシリコンの約3倍で、高電圧・高温環境でも安定して動作でき、スイッチング周波数はMHz帯に達する。周波数が上がると、電力変換に必要なインダクタやコンデンサといった受動部品を小型化できる。これがGaNを「パワーエレクトロニクスの理想材料」と呼ばせてきた理由だ。

だが実際の製品でGaNを使うと、半導体そのものの性能よりも「パッケージが足を引っ張る」という問題が顕在化した。寄生インダクタンス(parasitic inductance)と呼ばれる現象がその核心にある。導線やボンディングワイヤには意図しないインダクタンス成分が生じ、電流がMHz級の高速で切り替わる瞬間に電圧スパイク(オーバーシュート)を引き起こす。GaNほどスイッチングが速いと、この電圧スパイクがデバイスの耐圧を超えて素子を破壊するリスクがあり、さらにEMI(電磁障害)も増大して周辺回路への干渉問題が付随する。「速く動けるが、速く動かすと壊れる」——このジレンマに、GaN普及を進めようとするエンジニアは長く直面してきた。

パッケージングの形状・材料・配線経路を最適化し、寄生インダクタンスを徹底的に低減する。ORNLの設計はこの一点に集中することで、GaNが本来持つ速度をそのまま引き出せる構造を実現した。ロームが開発するEcoGaN™シリーズは3MHzを超える周波数での動作に対応しており、このデバイスを活かすには寄生インダクタンスを抑えたパッケージが不可欠だった。ORNLのビルディングブロックはそのような設計上の要件を標準モジュールとして具現化した最初の試みの一つだ。

GaN半導体がシリコンより高性能なのに歴史的に普及が遅れてきた理由はもう一つある。シリコンは数十年の製造実績があり、信頼性評価・設計ツール・エンジニアの経験値が蓄積されている。対してGaNは「デバイスは優秀でも、それを囲む回路・パッケージ・評価手法が追いついていない」という産業インフラの問題を抱えてきた。ロームがTSMCの650V GaN HEMTプロセスを採用し(2023年以降)、Power Discrete・Power ICs・Power SiP(GaN HEMTとゲートドライバを1パッケージに統合)というEcoGaN™のフルラインアップを展開しているのも、この「周辺インフラごとGaN普及を後押しする」戦略の一環だ。ORNLの研究がロームのデバイスを採用した背景には、こうしたエコシステムの充実が国立研究所レベルの実証実験を可能にしたという側面もある。

7kWモジュールを「積み木」にする設計思想

ORNLが開発したビルディングブロックモジュールは、LLC型(Inductor-Inductor-Capacitor型)の7kWコンバータとして設計されている。LLCコンバータは共振型の電力変換回路で、スイッチングのタイミングを電流のゼロクロス点に合わせることでスイッチング損失を最小化できる。これはGaNの高周波特性と組み合わせたときに効率を最大化しやすいアーキテクチャだ。

デジタル回路がロジックセルを組み合わせて任意の回路を構成するように、パワーコンバータでも同じ方法論を取る。7kWモジュールを並列接続すれば14kW21kWと電力を増やせ、アプリケーションごとに回路全体を再設計する必要がなくなる。ORNL研究員のPrasad Kandulaは「将来的にはAIデータセンターアプリケーションに役立てることを意図している。サーバー1台あたり4〜8台のコンバータが必要で、企業データセンターでは数百〜数千台のサーバーを使用する」と述べている。1データセンターあたり最大で数万台規模に達するという試算が、この設計思想の根拠だ。

標準化の効果はスケール時のコストにも及ぶ。通常、パワーコンバータは用途ごとに個別に設計・安全認証を取得する必要がある。共通モジュールを複数のアプリケーションで使い回せれば、1つの設計に対する資格取得コストをEV・太陽光・データセンターの3市場に分散できる。これは製造コストの議論であると同時に、新市場への参入スピードの議論でもある。GRID-C(Grid Research Innovation and Development Center)でのテスト環境は、材料からシステムレベルまで一体的に検証できる施設であり、業界パートナーが実規模で新技術を試せる点でこの「標準化→横展開」の戦略を後押しする。

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AIデータセンターが抱える「電力密度の壁」

2010年代後半のデータセンターは、ラック1本あたり30kW前後というのが業界標準だった。当時の設計思想では、空調・電源設備の限界に合わせた数字でもあった。それがGPUクラスタの普及で様変わりした。大規模言語モデルの学習・推論に使われるNVIDIA H100/H200やBlackwellシリーズは消費電力が1枚700W超に達し、8〜16枚を1ノードに搭載すれば1ノードだけで数kWを消費する。現在のAIデータセンターでは50〜300kW/ラックが実態であり、さらに近い将来1MW超に達する見通しが業界内で語られている。

この変化がパワーコンバータの設計要件を根本から書き換えた。AIデータセンターの電力系統では、電力会社から受け取る高圧交流を段階的に降圧し、最終的にGPU・CPUが動作する48V(あるいは12V)の直流に変換する。800V→48Vの変換段階は特に熱損失が集中しやすく、ここに高効率・高電力密度のコンバータが求められる。GaNの高周波スイッチングはこの変換段階でコンバータを小型化しつつ発熱を抑えるのに直接的に貢献する。

サーバー1台あたり4〜8台のコンバータが必要で、データセンターが数百〜数千台のサーバーを運用するとすれば、1施設あたりのコンバータ総数は最小でも数千台、大規模施設では数万台に達する。この規模で個々のモジュールに互換性がなく、用途ごとに設計・認証をやり直す現行方式を維持すれば、コストと導入リードタイムの問題が累積する。1MWラックが現実になる前に標準化の基盤を整える——これは競争上の優位性ではなく、市場全体の成長を可能にするインフラ整備だ。SiCとGaNの役割分担が定まりつつある現在のタイミングで国立研究所がこの基盤を提示することで、後発企業も標準化に追従しやすくなり、GaN市場全体の拡大速度が加速する構造になる。

SiCとGaNの住み分けと広バンドギャップ半導体の市場展開

SiC(Silicon Carbide: 炭化ケイ素)はGaNと競合するのではなく、用途が明確に分かれつつある。次世代半導体の両雄と呼ばれるが、役割の住み分けは合理的だ。SiCは耐圧1700V超の高電圧・大電力領域を担い、大型EV(乗用車・トラック)のメインインバータや大規模産業機器での採用が進んでいる。業界予測ではEVの多数がSiCインバータを採用する方向に向かっている。ただしEV市場のシフト速度は各地域の政策・補助金に左右されるため、採用比率の変動要因として年単位で見直しが必要だ。一方GaNは800V以下の中電圧・高周波領域——データセンターの変換段階、家庭用太陽光のマイクロインバータ、急速充電器——で優位を発揮する。

マイクロインバータの分野はGaN普及の先行例として機能している。太陽光パネル1枚単位に設置する小型インバータは高周波・小型・軽量が求められ、GaNの物性と合致する。この市場でGaNが量産実績を積むことで、製造コストと設計ノウハウが蓄積されてきた。ORNLのビルディングブロックはEV向けモータードライブと太陽光インバータを明示的な応用先として挙げているが、これは偶然ではない。両市場が共通して求める「小型・高周波・高信頼性」という要件がGaNの特性と一致しており、同一モジュールで複数市場をカバーできる根拠はここにある。

広バンドギャップ(WBG: Wide Bandgap)半導体市場全体(SiCとGaNの合算)は、IDTechExの予測では2036年までに652億ドル規模に達し、CAGR(年平均成長率)10%での拡大が見込まれている。グローバルのパワーコンバータ・インバータ市場は2024年に663億ドル規模で、2033年には1,271億ドルへ拡大するとの予測があり、AIデータセンターとEV向けの需要がこの成長を牽引する構造になっている。GaN採用の課題として挙げられるのはコスト・認証要件・設計経験の不足であり、業界アナリストの多くはこの3点の解消に3〜5年を見込んでいる。

ORNLが開発した標準化モジュールは、その認証コストと設計障壁を横断的に下げることを狙っている。GaN固有の性能問題である寄生インダクタンスを解決したモジュールが標準部品として広まれば、個社ごとの試行錯誤の繰り返しなしに市場全体の採用が加速する。AIデータセンター・EV・太陽光という3市場の電力需要が同時に急拡大しているこのタイミングで、GaN普及の「共通基盤」になりうるモジュールを国立研究所が開発した意味は、単一メーカーの製品発表とは性質が異なる。民間企業のGaN採用を後押しするエコシステムの起点になるかどうかが、今後の焦点だ。