PewDiePieが、家庭用PC上で日常作業をこなすAIモデル「Ajax」を発表した。Alibabaの「Qwen3.5-9B」を追加学習し、自身が開発を進めるAIワークスペース「Odysseus」のツール操作に最適化したモデルで、回答を拒否する傾向も弱めたという。ただし、2026年10月3日時点の公式ページでは、カウントダウンに代わって「準備ができたら公開する」と案内されており、モデルの配布開始は確認できない。
Ajaxが目指しているのは、検索やメール、予定管理といった日常作業を手元のAIに任せることだ。そこで重要になるのは、幅広い質問に答えられるかだけではない。適切なツールを正しく使えるか、家庭用PCで実用的に動かせるかといった点も問われる。「無検閲」「ローカル」という説明を、実際の動作や利用条件に分けて見る必要がある。
Ajaxが目指すのは、日常作業を正しくこなすAI
Odysseusは、チャットや文書編集、メールなどを一つの画面から扱えるAIワークスペースだ。カレンダーやメモリー機能も備え、ローカルで動かすモデルと外部API経由のモデルの両方を接続できる。Ajaxは、このOdysseus上でのツール操作に合わせて追加学習するモデルで、AIモデルと利用環境を一体で最適化する取り組みといえる。
PewDiePieはGitHub上の開発議論で、既存のローカルモデルをOdysseusで使った際に起きる問題を具体的に挙げている。Odysseusから渡される長い指示をうまく処理できない、ツールの定義を誤解して無効な呼び出しを生成する、利用者がツール操作に適さないモデルを選んでしまう、といった問題だ。目標としているのは、単にベンチマークで高得点を取ることではなく、適切なツールを選び、正しい引数を渡し、結果を簡潔に返せるモデルである。
たとえば、予定を追加してほしいと頼まれた場合、日付や内容を整理したうえで、カレンダー用のツールへ正しい形式で渡す必要がある。もっともらしい文章を返すだけでは、実際の作業は完了しない。ツールからエラーや空の結果が返ってきたときに、処理が成功したかのような報告をせず、次に必要な操作を選べることもエージェントには求められる。
開発議論では、成功したツール操作の記録を使った教師あり追加学習から始め、適切なツールの選択やエラーからの復旧を学ばせる方針が示されている。これはあくまで開発方針であり、Ajaxの完成版がすでにその性能を達成したことを示す結果ではない。それでも、小型モデルの役割を「何でも答えるAI」ではなく、「特定の環境で仕事を確実に進めるAI」へ絞る狙いは分かる。
拒否を減らしても、回答や操作が正しくなるとは限らない
Ajaxの公式説明では、回答拒否につながる挙動を弱め、制限の少ない利用体験を目指したとしている。「無検閲」という表現は、主にこうした調整を指すと考えるのが妥当だ。あらゆる質問に正しく答えられることや、危険な操作を防げることまで意味する言葉ではない。
回答拒否を抑える技術の具体例として、公開ツール「Heretic」がある。Hereticは、モデルが拒否しやすい質問と通常の質問に対して示す内部反応の差から、拒否に結び付く方向を見つけ、その影響を弱める手法を実装している。入力文を工夫してモデルを説得する方法とは異なり、モデル内部の計算そのものに手を加える。
ただし、拒否を減らすための調整によって、もともとの回答能力まで損なわれる可能性がある。Hereticは、拒否の頻度を減らす一方で、通常の質問に対する出力が元のモデルから大きく変わらないよう調整する。後者の評価にはKLダイバージェンスという指標を使うが、この数字だけであらゆる用途の品質を保証できるわけではない。
Hereticは、回答拒否を抑える一般的な仕組みを理解するための例であり、ここからAjaxの具体的な調整方法や性能を推測することはできない。Ajaxを評価するなら、拒否がどの程度減ったかと、ツールへ正しい引数を渡せるかを別々に確認する必要がある。回答を拒まなくなった一方で、誤った操作までためらわず実行するようでは、エージェントとしての信頼性は高まらない。
9Bモデルを家庭用PCで動かすには
基盤となるQwen3.5-9Bの公式仕様では、言語モデル部分のパラメーター数は90億である。家庭用PCで動かすには、まず、この学習済みパラメーターである「重み」をメモリーへ収める必要がある。
必要容量を単純計算すると、90億個の重みを1個あたり16ビットで保存する場合、90億×16÷8で約18GBになる。4ビットなら、90億×4÷8で約4.5GBだ。いずれも十進表記のGBで計算した、モデルの重みだけを対象とする理論上の概算である。量子化とは、こうした数値をより低い精度で保存することで、必要な容量や計算負荷を減らす手法だ。
ただし、この約4.5GBをAjaxに必要な最低VRAMと考えることはできない。量子化に付随する情報のほか、推論中の作業領域や入力内容を保持するためのキャッシュも必要になる。基盤となるQwenの視覚処理部分も、この概算には含めていない。実際に必要なメモリー容量は配布形式や実行ソフトによって変わり、応答速度もパラメーター数だけでは決まらない。
PewDiePieの開発議論では、幅広いローカル環境で利用できるよう、Q4量子化版やGGUF形式を配布候補として挙げ、実行環境としてllama.cppやvLLMを想定している。ただし、これらは開発段階で示された方針であり、公開前のAjaxについて、特定のGPUでの速度や最低動作環境を保証するものではない。
Odysseus自体の導入方法にも注意が必要だ。公式セットアップガイドでは、Apple Silicon搭載Macの場合、DockerコンテナからMetal GPUを利用できないため、GPUでモデルを動かす場合はネイティブ実行を選ぶよう案内している。Odysseusそのものを起動できることと、AIモデルを実用的な速度で動かせることは別の問題だ。
「ローカル」と「無検閲」を実際の条件に分けて考える
Odysseusは、ローカルでのAI推論だけでなく、外部API経由のモデルにも接続できる。メールではIMAP/SMTP、カレンダーではCalDAVとの連携に対応しており、利用するサービスや設定によっては外部との通信も発生する。Ajaxの公式ページが掲げる、プライベートな環境で日常作業をこなすという目標についても、AIモデルをどこで動かすかと、外部サービスへどのデータを送るかは分けて考える必要がある。
2026年10月3日に確認したAjaxの公式説明と、OdysseusのREADME・脅威モデルを、回答の挙動と接続・操作の仕組みに分けると、確認すべき点は次のようになる。これは実際にAjaxを動かして測定した結果ではなく、公開資料に記載された機能や設計を整理したものだ。
| 確認する対象 | 公開資料が説明する仕組み | 利用者が確かめる条件 |
|---|---|---|
| 回答の拒否 | Ajaxは拒否につながる挙動を抑制 | 拒否率だけでなく、回答やツール引数が正しいか |
| モデルの実行場所 | Odysseusはローカルモデルと外部APIの両方に対応 | 実際に選択した接続先と、そこへ送信される入力内容 |
| 外部サービスとの通信 | メールやカレンダーなどと連携 | どのサービスへ、どのデータを送る設定になっているか |
| ツールの実行権限 | 管理者はシェルやファイル、メールなどを操作可能 | 誰の権限で動き、どこまで操作を許可するか |
表の根拠はAjaxの説明、Odysseusの機能一覧、脅威モデルの権限設計である。Ajaxで回答拒否を減らす仕組みと、Odysseusが管理するモデルの接続先、外部サービスとの連携、ツールの権限は、それぞれ別のものだ。「無検閲」であることだけで、通信内容のプライバシーや操作の安全性まで保証されるわけではない。
操作権限の広さは、自分のPC上で実際の仕事を進めるAIエージェントならではの問題でもある。Odysseusの開発版の脅威モデルでは、信頼できる利用者がプライベートネットワーク内で使うことを前提とする一方、シェルやファイル操作を隔離するサンドボックスがないことを既知の課題として挙げている。これらのツールはOdysseusを動かしているプロセスの権限で実行され、ネットワークへの送信を制限する仕組みや、アクセスできるファイル領域を隔離する仕組みもないと説明している。
同文書では、Webページやメールなどに埋め込まれた指示によってAIが意図しない操作へ誘導される「プロンプトインジェクション」も、対処すべき脅威として挙げている。モデルをローカルで動かしていても、AIに読ませる情報そのものが安全とは限らない。これは開発側が認識している設計上の課題であり、Ajaxで実際に事故が起きたという報告や、安全性を検証した結果ではない。
配布後には、モデルのライセンスも確認する必要がある。基盤モデルのQwen3.5-9BはApache-2.0、OdysseusのコードはAGPL-3.0-or-laterだが、それぞれ別の成果物に適用されるライセンスである。Ajaxの重みをどの条件で利用・再配布できるかは、Ajax自身に設定されるライセンスを確認して判断する必要がある。
Ajaxの公開後に実用性を評価するなら、同じPCと量子化条件で元のQwenモデルと比較し、予定の登録や文書編集といった一連の作業を最後まで正しく完了できる割合と、処理にかかる時間を測るのが分かりやすい。小型モデルでも、ツール操作の信頼性を保ちながら必要な計算負荷を抑えられるのであれば、家庭用PC上のAIに日常作業を任せる現実味は高まる。



