TOPPANホールディングス、アイシン、旭化成、ソフトバンク、AGC、DICの6社は2026年10月28日、量子コンピュータとAIを活用した材料開発の共同研究に取り組むと発表した。研究期間は2026年度から2028年度までの3年間で、次世代電池や光機能性材料、超電導材料などを対象とする。量子計算と従来の計算手法、AIを組み合わせて材料の特性を予測し、その結果を実際に合成した材料の測定値と比較する計画だ。量子コンピュータを材料開発に活用する研究は進んでいるものの、今回の取り組みで予測精度や開発効率がどこまで改善するかは、これから検証される。6社は計算と実験を組み合わせることで、幅広い材料分野に応用できる開発手法の確立を目指す。
量子コンピュータとAIを組み合わせ、材料の性質を予測
新しい材料の開発では、実際に合成する前にその性質を予測できれば、有望な候補を絞り込み、実験の効率を高められる。今回の共同研究は、こうした材料の特性予測に量子計算と従来の計算手法、AIを組み合わせ、その有効性を検証するものだ。6社は研究の背景として、AIの学習に必要な高品質データの確保が難しいことや、従来の計算手法では精度や計算規模を拡大する際に多くの計算資源が必要になることを挙げている。量子コンピュータには、分子や電子の振る舞いを従来より効率的にシミュレーションできる可能性があり、その特性を材料開発に必要なデータの生成や予測に生かせないかを探る。
ただし、現在の量子コンピュータには、利用できる量子ビット数や計算中に発生するエラーなどの制約があり、大規模な材料シミュレーションを単独で処理することは難しい。そこで今回の研究では、量子コンピュータだけに頼るのではなく、スーパーコンピュータやAIと組み合わせる手法を採用する。ソフトバンクは、量子コンピュータとスーパーコンピュータを連携させる計算基盤を担当し、生成したデータをAIに活用する仕組みを検証する。量子計算によってデータ不足や計算コストの問題が解決されたわけではなく、既存の計算技術と組み合わせることで、どのような改善が得られるかを調べる段階にある。
6社が役割を分担、電池から超電導材料まで幅広く検証
新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は2026年7月17日、ポスト5G事業のユースケース創出に向けた大型実証の実施体制を公表した。その別添資料の1ページ目には、今回の共同研究に参加する6社が、同じ研究課題の実施者として記載されている。10月28日の発表は、この採択を受けた協定の締結と、具体的な研究内容、各社の役割を明らかにしたものだ。
6社の共同発表によると、ソフトバンクが量子コンピュータとスーパーコンピュータの連携基盤を担当し、他の企業がそれぞれの専門分野で材料への適用を検証する。各社の研究対象と役割は次のとおりだ。
| 企業 | 対象材料 | 予定する研究内容 |
|---|---|---|
| TOPPANホールディングス | 添加材料 | 量子アルゴリズムと従来のアルゴリズムを組み合わせ、AIとの統合や実験結果のフィードバックを検討 |
| アイシン | 超電導材料 | 量子計算を適用し、既存の計算手法と比較 |
| 旭化成 | 電解液などの有機化合物、高分子、電極などの無機材料 | 各種材料に対する量子計算の適用可能性を検証 |
| ソフトバンク | 次世代電池など | 量子コンピュータとスーパーコンピュータを連携させてデータを生成し、AIによる活用を実証 |
| AGC | 光学硝材などの無機材料、電子材料などの有機材料 | 従来の計算手法、AI、量子計算を組み合わせ、材料設計の指針を構築 |
| DIC | 色材、半導体材料 | 材料を合成する前に特性を予測する研究手法を検討 |
研究対象は電池材料から超電導材料、光学硝材、色材、半導体材料まで幅広い。ただし、材料ごとに予測すべき物性や求められる精度は異なるため、同じ手法がすべての材料に有効とは限らない。例えば、アイシンは超電導材料に量子計算を適用し、従来手法との比較を行う一方、DICは色材や半導体材料について、合成前に特性を予測する手法を検討する。こうした異なる材料分野での検証を通じて、量子計算がどのような問題に適しているかを明らかにすることが重要になる。複数の材料を研究対象に含めたこと自体が、あらゆる材料に対応できる汎用的な開発基盤の完成を意味するわけではない。
計算による予測を実際の材料合成で検証
今回の共同研究では、量子計算とAIの統合に加え、さまざまな材料への適用可能性の検証や、材料の合成・評価結果とシミュレーション結果の比較を予定している。NEDOの大型実証も、計算機上での検証にとどまらず、実環境を含めた実証を重視する取り組みとして位置付けられている。研究では、まず計算やAIを使って材料の特性を予測し、実際に材料を合成して測定した値と照らし合わせる。この比較によって、計算による予測が現実の材料の性質をどの程度正確に捉えているかを評価する計画だ。
材料開発では、シミュレーションで有望と判断された候補が、実際に合成しても期待どおりの性質を示すとは限らない。そのため、計算結果と実験結果を比較することは、予測手法の有効性を判断するうえで重要になる。予測値が実測値に近ければ、実験に進める候補の選定に役立つ可能性があるが、どの程度の精度が得られるかは今後の検証次第だ。量子計算を組み込むことで従来手法より優れた結果が得られるかについても、現時点では結論が出ていない。
さらに、研究では実験から得られた結果を次の計算や予測に反映させる仕組みも検討する。TOPPANホールディングスは、実験結果を計算にフィードバックする手法を研究項目に含めており、6社は量子計算、AI、実験データを統合した継続的に改善できる基盤の構築を目指す。これは、計算で材料の性質を予測して終わるのではなく、実験で得られた知見を次の予測に生かし、材料開発の精度を高めていくという考え方だ。ただし、企業間でどのようにデータを共有するのか、研究成果の知的財産をどう扱うのかといった具体的な条件は、今回の発表では明らかにされていない。
量子計算の実用性を判断するには、従来手法との比較が不可欠
今回の共同研究で重要なのは、量子コンピュータを利用したという事実ではなく、それによって材料開発にどのような改善が生まれるかだ。例えば、同じ材料と同等の予測精度を条件に、量子計算を組み込んだ手法と従来の計算手法を比較すれば、量子計算を追加した効果を評価する手掛かりになる。ただし、これは研究成果を検証する際に必要と考えられる比較方法であり、6社が具体的な比較条件を決定したと発表したわけではない。
また、計算による予測値が実験結果と一致したとしても、それだけで量子計算の有効性が証明されるわけではない。同じ予測精度を従来手法でも達成できるのであれば、量子計算を利用することによる追加的な利点を示す必要がある。評価には予測誤差だけでなく、計算時間や必要な計算資源、実験する材料候補を絞り込む際の有効性なども関わってくる。計算の一部が高速化しても、材料の選定から合成、評価までを含む開発工程全体の時間や費用が削減されるとは限らないためだ。
現時点で公開されているのは、6社の共同プレスリリースとNEDOの事業資料であり、具体的な実験結果を示す研究報告ではない。評価対象となる試料数や材料の組成、使用する量子コンピュータの機種、測定条件などは明らかになっていない。計算時間や予測精度がどの程度改善する見込みなのかについても、定量的なデータは公表されていない。また、公表資料には今回の研究に対応する査読論文やプレプリントの情報、独立した研究機関による追試結果も示されておらず、性能や再現性を実測データに基づいて判断することはできない。
2026年度から2028年度にかけて実施される共同研究では、量子計算を含む手法と従来手法の比較に加え、予測結果と実際の材料特性がどの程度一致するかが重要になる。こうした検証結果が具体的な数値と実験条件を伴って公開されれば、量子コンピュータとAIの組み合わせが材料開発の効率化にどこまで貢献するのか、より客観的に評価できるようになる。今回の取り組みは、量子計算の実用的な価値を、計算性能だけでなく実際の材料開発の成果から検証しようとする試みといえる。



