テクノロジーと科学の最新の話題を毎日配信中!!

素粒子物理学の革新を加速する量子センサー技術:4D高精度検出に成功

Y Kobayashi

2025年4月27日

フェルミ国立加速器研究所(Fermilab)、カリフォルニア工科大学(Caltech)、NASAジェット推進研究所(JPL)などの研究機関からなる国際共同研究チームが、素粒子物理学の実験に革命をもたらす可能性を秘めた新型量子センサーの実証試験に成功した。この「超伝導マイクロワイヤ単一光子検出器(Superconducting Microwire Single-Photon Detectors: SMSPD)」と呼ばれる技術は、高エネルギー粒子をこれまでにない高い時間分解能と空間分解能で同時に捉える「4次元検出」を可能にし、未来の巨大加速器が生み出すであろう膨大なデータの中から、未知の素粒子やダークマターの発見へと繋がる微かな兆候を捉える切り札になると期待されている。

スポンサーリンク

加速器の進化が生む「データ洪水」という課題

物質、エネルギー、空間、時間といった宇宙の根源的な謎を探求するため、物理学者は巨大な粒子加速器を用いて素粒子を光速近くまで加速し、衝突させている。この高エネルギー衝突は、既知の素粒子だけでなく、現在の物理学の標準模型では説明できない未知の粒子を生み出す可能性を秘めている。

科学者たちは、さらに高エネルギー、高輝度の次世代加速器の建設を計画している。これらの未来の加速器(例えば、計画中のFuture Circular Collider(FCC)やミューオンコライダー)では、粒子衝突の頻度とそこから生成される粒子数が飛躍的に増大し、まさに「亜原子の嵐」「データの洪水」と呼べる状況が生まれる。毎秒数百万回もの衝突で生成される膨大な粒子群の中から、真に重要な物理現象や新粒子の痕跡をいかにして正確に捉え、識別するのか。これは、次世代の素粒子物理学が直面する極めて重要な課題である。既存の検出技術では、この圧倒的な情報量を捌ききれず、貴重な発見の機会を逃してしまう恐れがあるのだ。

切り札は量子技術:SMSPDセンサー登場

この課題に対する有望な解決策として、研究チームが開発・試験を進めているのが、量子センサー技術を応用したSMSPDである。量子センサーとは、その名の通り量子力学的な原理を利用して、個々の粒子のような極めて微小な信号を高感度で検出するデバイスだ。

SMSPDは、もともと量子通信や天文学の分野で注目されていた「超伝導ナノワイヤ単一光子検出器(Superconducting Nanowire Single-Photon Detectors: SNSPD)」をベースに開発された。SNSPDは、例えばJPLが最近実施した深宇宙光通信(DSOC)実験で、レーザー光に乗せた高精細データを宇宙から受信するのに使われるなど、その性能は実証済みである。

しかし、素粒子実験の要求に応えるためには、改良が必要だった。高エネルギー衝突では、多数の粒子がシャワーのように飛散するため、より広い面積でこれを受け止める必要がある。そこで研究チームは、検出素子のワイヤをナノメートル幅からマイクロメートル幅(マイクロワイヤ)へと変更し、センサーの有効面積を拡大したSMSPDを開発した。これにより、粒子衝突で生成される「スプレー」状の粒子群を効率的に捉えることが可能になった。

重要なのは、この改良が、SNSPDが持つ本来の量子的な高感度性や高速応答性を損なうことなく達成された点である。センサーの製造は、この分野で世界トップクラスの技術を持つJPLが担当した。

スポンサーリンク

フェルミラボでの実証:4次元検出能力を証明

研究チームは、このSMSPDアレイ(8チャンネル、2×2 mm²)をシカゴ近郊のフェルミ国立加速器研究所試験ビーム施設(FTBF)に持ち込み、その性能を検証する実験を行った。実験では、エネルギー120 GeV(ギガ電子ボルト)の陽子ビームと、8 GeVの電子およびパイ中間子の二次粒子ビームをセンサーに照射した。これは、SMSPDが高エネルギーの「荷電粒子」を検出する能力を実証する、世界で初めての試みであった(量子通信や天文観測では主に光子を検出する)。

実験結果は目覚ましいものであった。

  • 高効率な荷電粒子検出: SMSPDは、陽子、電子、パイ中間子といった異なる種類の荷電粒子を高い効率で検出できることを証明した。
  • 優れた4次元(4D)分解能: 最大の注目点は、粒子の到達「時間」と「位置(空間座標)」を、従来技術よりも高い精度で同時に測定できる能力が示されたことである。研究論文(arXiv:2410.00251v2)によれば、時間分解能は約1.15ナノ秒(ns)を達成。空間分解能も数十マイクロメートル(µm)レベルであり、これは素粒子物理学における「4次元トラッキング」の実現に向けた大きな一歩と言える。

フェルミ国立加速器研究所の科学者であり、Caltechの研究員でもあるSi Xie氏は、「通常、素粒子実験では、時間分解能か空間分解能のどちらか一方を優先するようにセンサーを調整する必要がありますが、SMSPDは両方を同時に高いレベルで達成できる可能性があります」と、その革新性を語る。

この4次元検出能力は、喩えるならば、混雑した駅の構内を監視する高性能セキュリティカメラのようなものだ。空間的な解像度(どこにいるか)だけでなく、時間的な解像度(いつそこにいたか)も高ければ、雑踏の中から特定の人物(=重要な物理現象)を正確に追跡・識別できる。未来の加速器実験では、何百もの粒子相互作用が重なり合って発生するため、このような精密な時空間情報が、事象の再構成やノイズ除去に不可欠となる。

素粒子物理学への影響と未来への展望

今回のSMSPDの実証成功は、素粒子物理学の将来に大きな影響を与える可能性を秘めている。

  • 新粒子・暗黒物質探索の加速: 従来の検出器では捉えきれなかった、より質量の軽い粒子や、相互作用の弱いエキゾチックな粒子(暗黒物質候補など)を検出できる可能性がある。シー・シエ氏は「これは始まりに過ぎない。我々は以前よりも軽い粒子や、暗黒物質を構成するかもしれないエキゾチック粒子を検出できる可能性を手にしている」と述べる。
  • 次世代加速器実験への貢献: FCCやミューオンコライダーといった将来計画において、SMSPDのような高性能検出器は、その性能を最大限に引き出すための鍵となるだろう。研究を主導したフェルミラボの科学者、Cristián Peña氏は、「SMSPDのような最先端検出器の研究開発に取り組むことに興奮しています。これらは将来の重要なプロジェクトで不可欠な役割を果たす可能性があります」と語る。
  • 宇宙の根源への迫求: カリフォルニア工科大学教授Maria Spiropulu氏は、「今後20~30年で、粒子コライダーはエネルギーと強度の両面でパラダイムシフトを迎えます。より精密な検出器が必要であり、だからこそ我々は今日、量子技術を開発しているのです。新粒子や暗黒物質の次世代探索を最適化し、時空の起源を探るために、量子センシングを我々のツールボックスに加えたい」と、その長期的なビジョンを強調する。

分野を超えた連携と量子技術の広がり

この研究成果は、素粒子物理学という単一分野にとどまらない、学際的な協力の賜物である。フェルミ国立研究所(加速器と実験施設)、カリフォルニア工科大学(物理学研究、量子ネットワーク研究拠点INQNET)、JPL(センサー設計・製造、宇宙応用)、そしてチリのバルパライソにあるフェデリコ・サンタ・マリア工科大学(Universidad Técnica Federico Santa María)やスイスのジュネーブ大学といった国際的なパートナー機関が結集した。

特に、JPLでのセンサー開発技術や、CaltechとAT&Tが共同設立したINQNETプログラムでの量子ネットワーク研究(量子テレポーテーション実験など)との間には、技術的な相乗効果が見られる。これは、基礎科学の探求から生まれた先端技術が、量子情報科学や宇宙通信といった異なる分野へと応用され、さらにそれが再び基礎科学のフロンティアを押し広げるという、好循環を示している。

この研究は、米国エネルギー省(DOE)、フェルミ国立研究所、チリ国立研究開発庁(ANID)などからの資金提供を受けて進められた。分野を超えた専門知識とリソースの結集が、次世代の科学的挑戦に応える革新的な計測技術を生み出した好例と言えるだろう。

SMSPD技術はまだ開発の初期段階にあるが、今回の成功は、素粒子物理学が直面する課題を克服し、未知なる宇宙の姿を解き明かすための、強力な新兵器が登場したことを示唆している。量子センサーが、私たちの宇宙観を塗り替える次なる発見への扉を開く日も、そう遠くないのかもしれない。


論文

参考文献

Follow Me !

\ この記事が気に入ったら是非フォローを! /

フォローする
スポンサーリンク

コメントする