Samsung Electronicsが、車載アプリケーションプロセッサ(AP)「Exynos Auto」の後継製品の開発を終了する方針だと、韓国の文化日報が報じた。Hyundai MotorやBMW向けの既存契約は履行したうえで、半導体設計を担うSystem LSI事業部の開発資源を、スマートフォン向けAPやイメージセンサーに集中させるという。ただし、Samsungは現時点で車載AP事業からの撤退を正式に発表していない。一方、子会社のHARMANは、競合するQualcommの半導体を使った車載システムの開発を進めている。自社製APの開発を終了したとしても、Samsungグループとしての車載事業は継続・拡大できる構図だ。
SamsungがExynos Autoの後継開発を終了か、既存契約は継続
韓国・文化日報の報道によると、Samsungが開発終了を決めたとされるのは、車載AP「Exynos Auto」の後継製品だ。
同社はHyundai MotorとBMW向けに契約済みのチップについては生産・供給を続けるものの、既存契約に基づく生産が完了した後、新たなExynos Autoの開発や量産を行わない方針だという。
つまり、今回の報道は契約済み製品の即時供給停止を意味するものではない。また、Samsungが手がける車載半導体すべての開発・製造を終了するという話でもない。
SamsungがHyundai Motorとの車載半導体分野での協業を発表したのは2023年6月だった。
当時、同社は車載AP「Exynos Auto V920」がHyundaiの次世代車載インフォテインメント(IVI)システムに採用されたと発表し、2025年の投入を予定していた。
IVIは、デジタルメーターやナビゲーション、音楽・動画再生など、車内の情報表示とエンターテインメント機能を扱うシステムだ。
Exynos Auto V920の公式仕様によると、10コアのArm Cortex-A78AE CPUを搭載し、最大6画面のディスプレイと12台のカメラに対応する。
GPUにはAMDのRDNA 2アーキテクチャを採用したXclipseを使用し、AI処理用のNPUも備える。運転者の状態を監視する機能や、車内の情報表示など、複数の処理を同時に実行できる設計だ。
車載APには、スマートフォン向けのチップとは異なる要件もある。
例えば、走行中にメーターや車両情報の表示が停止すれば、安全性に影響する可能性がある。このため、単に処理性能が高いだけでなく、故障を検出し、適切に対処する仕組みが必要になる。
V920には、自動車の機能安全規格であるASIL-Bの要件に準拠した安全監視回路も組み込まれている。
ただし、V920は主にIVI向けの製品であり、この採用実績をもって、Samsungが自動運転システム全体を制御する半導体でも同じ成果を上げていると判断することはできない。
今回の撤退報道についても、IVI向けAPの後継開発を終了する方針と、車載用の通信チップやイメージセンサーなど、ほかの半導体事業の動向は分けて考える必要がある。
なお、既存のHyundaiやBMW向け契約がいつ完了するのか、その後の保守や供給体制をどうするのかについては、現時点で明らかになっていない。
車載APは開発費が高く、採用実績だけでは採算を確保しにくい
Samsungが車載AP事業の縮小を検討している背景には、開発費の高さと競争の激しさがあると報じられている。
自動車向け半導体は、スマートフォンなどの民生機器向け製品に比べて、厳しい安全性や耐久性の要件を満たす必要がある。
Samsung Foundryの車載向けサービス紹介では、自動車の想定使用期間を15年とし、極端な温度変化や電磁干渉、継続的な振動に耐えられるパッケージング技術を説明している。
ただし、これはExynos Autoの供給契約が15年間続くことを意味するものではない。車載半導体には、長期間にわたり過酷な環境で動作することを前提とした設計や検証が求められるということだ。
こうした要件を満たすには、多額の研究開発費と検証費用がかかる。
さらに、自動車メーカーごとに異なる機能や仕様への対応も必要になる。大手メーカーに採用されたとしても、十分な販売数量を確保し、次世代製品の開発費まで回収できるとは限らない。
文化日報は、こうした開発負担の大きさと販売規模の確保の難しさが、Samsungの車載AP事業の採算を圧迫していると報じている。
もっとも、SamsungがHyundaiやBMWとの個別契約でどれだけの利益を得ているかは、公表資料からは分からない。今回の報道だけで、特定の製品や契約が赤字だったと断定することはできない。
一方、競合するQualcommは、車載半導体の採用を世界的に拡大している。
Qualcommは2026年1月の発表で、Snapdragon Cockpitを搭載した車両が2025年6月時点で世界累計7,500万台を超えたと説明した。
これは同時点までの累計搭載規模を示したものであり、年間販売台数や車載半導体市場全体におけるシェアを表す数字ではない。それでも、Qualcomm製品が幅広い車種に採用されていることは分かる。
さらに、同社は車内の情報表示・エンターテインメント機能と、先進運転支援システム(ADAS)の処理を一つのSoCに統合する「Snapdragon Ride Flex」の展開も進めている。
Qualcommによると、Ride Flexは世界で8つの車両開発プログラムに採用され、すでに量産車への搭載が始まっている。
こうした製品では、CPUやGPUの処理性能だけでなく、複数の車載機能を統合できることや、それを支えるソフトウェア基盤も競争力を左右する。
自動車メーカーにとっては、個別の機能ごとに異なる半導体を使うよりも、統合されたシステムを採用することで、開発の複雑さやコストを抑えられる可能性があるためだ。
SamsungがExynos Autoの後継開発を続ける場合も、こうした競争環境の中で製品を差別化し、継続的な採用と十分な販売規模を確保する必要がある。
HARMANはQualcomm製チップを採用、Samsungの車載事業は継続可能
今回の報道を考えるうえで重要なのが、Samsung傘下のHARMANの存在だ。
HARMANは、車載インフォテインメントやオーディオ、コネクテッドカー向けシステムなどを開発・提供している。
同社はSamsungの子会社でありながら、車載システムの開発にSamsung製のExynos Autoだけを使っているわけではない。
実際、HARMANとQualcommは2025年9月10日、車載向けAIシステムの開発で協業すると発表している。
この協業では、HARMANの「Ready」製品群とQualcommの「Snapdragon Cockpit Elite」を組み合わせ、生成AIを活用した次世代の車内システムを開発する。
HARMANのReady製品群には、車内でのAIアシスタント、ARを活用した情報表示、運転者の状態監視などに対応する製品が含まれる。
Qualcomm製のSoCを活用することで、HARMANは自社で車載APを設計しなくても、こうしたシステムの開発と販売を進められる。
両社はさらに、車両の中央演算装置向けにも「Snapdragon Ride Elite」と「Snapdragon Ride Flex」を利用する方針を示している。
これらのSoCは、ADASのように高い安全性が求められる処理と、映像や音声などの処理を並行して実行できる設計だ。
HARMANにとって重要なのは、半導体そのものを自社開発することではなく、必要な性能を備えた半導体を組み込み、自動車メーカーが求めるシステムを提供することである。
そのため、SamsungがExynos Autoの後継開発を終了したとしても、HARMANの車載システム事業まで縮小する必要はない。
Samsungの車載事業は、半導体設計・製造受託・システム提供に分かれる
Samsungグループの車載関連事業を整理すると、大きく3つの役割に分けられる。
| 事業 | 主な役割 | 公式資料で確認できる動き |
|---|---|---|
| System LSI | Exynos Autoなど、自社ブランドの車載半導体を設計 | 2023年6月にExynos Auto V920のHyundai向け採用を発表 |
| Samsung Foundry | 顧客が設計した車載半導体を受託製造 | IVI向けに14nm、8nm、5nm、4nmプロセスを使った量産を案内 |
| HARMAN | 半導体を組み込んだ車載システムや中央演算装置を提供 | 2025年9月にQualcommとの協業を発表。2026年7月のSamsung決算でも中央演算装置を成長分野に位置づける |
この表は、2026年10月9日までに公表された情報を基に、それぞれの事業が担う役割を整理したものだ。各事業の利益率や今後の継続を保証するものではない。
ここで重要なのは、自社ブランドの車載APを開発することと、顧客から車載半導体の製造を受託すること、さらに他社製の半導体を使って車載システムを提供することは、それぞれ異なる事業だという点だ。
仮にSystem LSIがExynos Autoの後継開発を終了しても、Samsung Foundryが他社の車載半導体を製造する事業には、直接的な影響が及ばない可能性がある。
HARMANについても、Qualcommなど外部の半導体メーカーと協業することで、車載システム事業を拡大できる。
実際、Samsungの2026年第2四半期決算では、HARMANの自動車関連事業の売上拡大が業績改善に寄与したと説明されている。
同社は2026年下半期についても、中央演算装置など成長が見込まれる車載分野での需要獲得を目指す方針を示した。
ただし、HARMANとQualcommの協業は今回の撤退報道より前に発表されたものだ。SamsungがExynos Autoの開発終了を決めたためにQualcommとの協業が始まったという因果関係は確認されていない。
それでも、Samsungが自社製APの開発を縮小しながら、グループとして車載事業の成長を目指せることを示す事例といえる。
モバイルAPとイメージセンサーに開発資源を集中する狙い
文化日報の報道によると、Samsungは車載APの後継開発を終了し、System LSI事業部の開発資源をスマートフォン向けAPとイメージセンサーに集中させる方針だという。
この方向性は、Samsungが公式に示している事業戦略とも一致している。
Samsungが2026年7月30日に発表した第2四半期決算によると、System LSI事業部はモバイルSoCとイメージセンサーの販売拡大によって、2026年上半期の売上高が過去最高となった。
同社は下半期についても、次世代の高性能モバイルSoCの販売拡大を目指すとともに、顧客向けカスタムSoCやイメージセンサーの競争力強化を進める方針を示している。
車載APからの撤退が報じられる一方で、モバイルAPやイメージセンサーへの集中は、すでに公式に示されていた戦略と重なる。
Samsungにとって、スマートフォン向けAPの開発には複数の利点がある。
自社開発したExynosの採用が増えれば、System LSI事業部は販売規模を拡大できる。
そのチップをSamsung Foundryが製造すれば、半導体の受託製造事業でも生産量の増加が期待できる。
さらに、スマートフォンを担当するMX事業部にとっては、QualcommやMediaTekなど外部メーカーから調達するAPへの依存を減らせる可能性がある。
実際、Samsungの第2四半期決算では、MX・Networks事業の利益が部品コストの上昇によって圧迫されていた。
自社製APの採用を増やすことは、スマートフォン部門にとっても調達コストを管理するための選択肢となる。
ただし、グループ内で使用する半導体を外部調達品から自社製品へ切り替えただけで、Samsung全体の利益が自動的に増えるわけではない。
自社製APが競合製品に匹敵する性能や電力効率を備え、十分な製造歩留まりを確保し、開発費を含めた総コストを抑えられることが重要になる。
半導体設計部門の売上高が増えることと、グループ全体の採算が改善することは区別して考える必要がある。
製造技術の面でも、Samsungはモバイル向け半導体への投資を進めている。
同社の第2四半期決算では、Foundry事業が2026年下半期に、第2世代2nmプロセスを使う新たなモバイル製品の生産を拡大する計画が示された。
これは、先端製造技術とモバイル向け半導体の開発を強化するというSamsungの方針を裏づけるものだ。
ただし、この計画だけで、2027年に発売される特定のGalaxyスマートフォンでExynosの採用率がどの程度になるかや、収益がどれだけ改善するかを判断することはできない。
文化日報が伝えた、System LSI事業部が2027年の通年黒字化を目指しているという情報についても、現時点では事業再編によって達成を目指す目標であり、実現が確定したものではない。
Apple向けイメージセンサーの供給、公式発表で確認できる範囲は
System LSIの今後を考えるうえでは、Appleとの半導体協業も注目される。
文化日報の報道では、SamsungがApple向けのイメージセンサーを受注し、米テキサス州オースティンの工場ですでに量産を開始したとも伝えられている。
ただし、SamsungとAppleの協業について、公式に確認できる内容と、報道で伝えられている製品の詳細は区別する必要がある。
Appleは2025年8月6日の発表で、Samsungのオースティン工場に新たな半導体製造技術を導入し、世界で販売するiPhoneを含むApple製品向けにチップを供給する計画を明らかにした。
Appleは、この製造技術について、世界のほかの場所では使用されていない新しい技術だと説明している。
一方、この公式発表では、対象となるチップがイメージセンサーであるとは明記されていない。また、量産開始時期や、どのiPhoneに採用されるかについても具体的な説明はない。
したがって、AppleとSamsungの半導体製造分野での協業は公式に確認できるものの、Apple向けイメージセンサーの量産開始まで公式に確認されたと判断することはできない。
それでも、System LSIにとってイメージセンサーが重要な事業であることは、Samsung自身の決算からも明らかだ。
同社はすでにモバイルSoCとイメージセンサーの販売拡大がSystem LSIの売上増加に寄与していると説明している。
今後、Appleのような大口顧客への供給が拡大すれば、自社のGalaxyシリーズ向けだけに依存せず、半導体の設計や製造に投じた資金を回収する機会が広がる可能性がある。
ただし、その効果は実際の供給数量や契約条件、製造コストによって変わるため、受注の有無だけで収益性を判断することはできない。
車載APからの撤退は、Samsungの半導体戦略の転換点となるか
SamsungがExynos Autoの後継開発終了を正式に決めた場合、それは車載半導体市場そのものから撤退するというよりも、限られた開発資源を、より収益性が期待できる事業へ集中させる判断と捉えられる。
同社には、System LSIによる自社半導体の設計、Foundryによる製造受託、HARMANによる車載システムの開発・提供という複数の事業がある。
そのため、自社ブランドの車載AP開発を終了したとしても、ほかの企業が設計した車載半導体の製造や、車載システムの販売を続けることは可能だ。
一方、モバイルAPやイメージセンサーへの投資を強化しても、それが収益改善につながるかどうかは、今後の採用規模と製造コスト次第となる。
特に、自社製モバイルAPの採用拡大がFoundryの稼働率向上やスマートフォン部門の調達コスト削減につながるか、外部顧客向けのイメージセンサー事業が継続的な利益を生み出せるかが重要になる。
また、Exynos Autoについても、後継開発の終了だけでなく、既存顧客への供給や保守対応をどのように継続するかを確認する必要がある。
今回の報道が事実であれば、Samsungは車載市場への関与を維持しながら、自社半導体の開発資源をモバイルAPとイメージセンサーへ集中させることになる。
その戦略が成果を上げるかどうかは、車載APの開発費削減だけでなく、重点分野での採用拡大と、Samsung全体の利益改善につなげられるかによって決まる。
