Thinking Machines Labは2026年7月30日、マルチモーダルAI「Inkling-Small」をオープンウェイトで正式公開した。7月15日の大型モデル「Inkling」発表時には試作版にとどまり、重みの公開日は決まっていなかった。今回は全重みをHugging Faceで公開し、Tinkerでの微調整とPlaygroundでの利用も始めた。注目すべきは、大型版の3割弱まで縮めたモデルが、推論やコーディングの一部評価で大型版を上回ったことだ。

ただし、「Small」は同社の製品群の中での呼び名だ。量子化版でも合計180GB以上のGPUメモリを求め、一般的なPCで動くモデルではない。ベンチマークでも知識量と事実性は大型版に及ばない。Inkling-Smallは、どの能力を残せば企業向けAIの運用費を下げられるかという、より現実的な設計判断を表している。

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プレビュー後2週間の追加学習と全重み公開

Inkling-Smallは総パラメータ数2760億、1トークンの処理で使う稼働パラメータ数は120億である。大型Inklingはそれぞれ9750億410億だ。Thinking Machinesは「4分の1のサイズ」と説明するが、公式値の比率は総数で28.3%、稼働数で29.3%になる。厳密には、大型版の約3割と捉える方が近い。

小さくなっても、設計の骨格は引き継いだ。42層のデコーダー専用Transformerで、Mixture-of-Experts(MoE)層は各トークンを256個の選択型エキスパートから6個へ振り分け、2個の共有エキスパートを常時使う。テキストに加えて画像と音声を入力でき、最大100万トークンのコンテキストに対応する。画像は40×40ピクセルのパッチへ分けて4層のhMLPで処理し、音声はdMelスペクトログラムへ変換する。

性能を保てた理由は、既存モデルをそのまま切り詰めたからではない。Inkling-Smallは大型版より後に学習を始めたため、事前学習データの配合と学習手順を改良できた。試作版の事後学習には、大型Inklingを教師にするオンポリシー蒸留も一部使った。さらに試作版から、AIがツールを操作してコードを書く能力を鍛える強化学習を2週間続けた。正式版は、この追加学習を終えた別のチェックポイントである。

約3割のモデルが大型版を上回った領域

同社の比較では、Inkling-Smallは推論とコーディングの複数項目で大型版を上回った。主な差は次の通りである。

評価 Inkling-Small Inkling
SWE-bench Verified 80.2% 77.6%
Terminal Bench 2.1 64.7% 63.8%
HLE(ツールなし) 31.6% 29.7%
IFBench 82.2% 79.8%
SimpleQA Verified 20.6% 43.9%
Tau 3 Banking 15.5% 23.7%

この結果は、小型化の効果が一様ではないことを示す。ソフトウェア課題を解くSWE-bench Verifiedや、指示に従えるかを測るIFBenchではSmallが上回る。一方、短い事実問題を扱うSimpleQA Verifiedは半分以下に落ちた。Thinking Machinesも、知識の網羅性と事実性では大型Inklingが優位だと認めている。検索や社内データを組み合わせる用途と、モデル内部の知識へ直接頼る用途では、選ぶべきモデルが変わる。

比較条件にも幅がある。両モデルは推論量を表すeffortを0.99、温度を1.0に設定し、コーディング評価では最大25万6000トークンの処理を認めた。SWE-bench Verifiedはbash専用ハーネス、Terminal Bench 2.1は社内ハーネスを使う。したがって、表の数字をあらゆる実務での優劣とみなすことはできない。

独立評価を行うArtificial Analysisでは、9種類の評価を統合したIntelligence Index v4.1がInkling-Smallで40、大型Inklingで41だった。提供元とは別の測定でも総合差が1点に収まったことは、小型版の性能維持を補強する。ただし、集約点が近くてもSimpleQA Verifiedのような大きな弱点は消えない。

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180GBまで下がった自社運用の壁

自社運用の条件は大型版より大きく下がった。BF16版は合計600GB以上のGPUメモリが必要で、公式構成はNVIDIA B300を4基、またはH200を8基である。NVFP4量子化版なら180GB以上へ減り、W4A4ではB300を1基、W4A16ではH200を2基使う。大型InklingはBF16で2TB以上、NVFP4でも600GB以上を求めるため、Smallの必要量はどちらも約30%になった。

それでも個人のノートPCや一般的なワークステーションからは遠い。MoEでは毎回動かすパラメータが120億に限られても、2760億の重み自体はGPU側に保持しなければならないからだ。実際の選択肢は、企業のGPUサーバー、外部の推論事業者、Thinking MachinesのTinkerに分かれる。

TinkerのServerless Inferenceは、100万トークン当たり入力0.30ドル、出力1.20ドルで提供される。大型Inklingは入力1.00ドル、出力4.05ドルなので、Smallはどちらも約7割安い。ただし、このサービスはベータ版であり、同社は負荷の高い本番利用をまだ推奨していない。

微調整も期間限定で50%引きになっている。6万4000トークン版の100万トークン当たり料金は、出力の生成が1.44ドル、学習が1.73ドルだ。大型版は4.68ドル5.61ドルである。価格差は明確だが、割引の終了日は示されていない。導入時には通常料金へ戻った場合も見積もる必要がある。

Apache 2.0だけでは決まらない利用条件

モデルカードとHugging Faceは、Inkling-SmallのライセンスをApache 2.0と表示している。だが、利用条件はApache 2.0だけで完結しない。Thinking Machinesは別に「Model Acceptable Use Policy」を設け、モデルの重みやパラメータ、関連資料、その改変版へ適用すると定めた。重みを取得または利用すると同意したものと扱われる。

この規約は、権利に影響する判断の完全自動化、無許可の監視、悪意あるコードの作成などを制限する。Thinking Machinesは規約を更新でき、更新後も利用を続ければ新しい条件へ同意したものとみなす。企業が自社システムへ組み込むなら、重みを保存できるかという技術面と、用途が規約に合うかという法務面を分けて確認しなければならない。

呼称も「オープンソースAI」より「オープンウェイト」が正確だ。Open Source InitiativeのOpen Source AI Definition 1.0は、あらゆる目的で使い、研究し、変更し、共有できることに加え、学習データの詳細情報と完全な学習・実行コードを求める。Thinking Machinesの学習データ文書は、公開情報、第三者から得たデータ、合成データを使うという全サービス共通の説明であり、Inkling-Small固有のデータ一覧や完全な学習手順は示していない。

Inkling-Smallの価値は、家庭用モデルへ降りてきたことではなく、企業が管理できる計算設備の範囲へ一歩近づいたことにある。コーディングやツール操作では大型版を上回る一方、知識を直接問う評価では差が開いた。導入判断を分けるのは総合点ではない。自社の課題を使った評価でこの得意不得意を再現できるか、180GB以上の実行環境とベータ版APIのどちらが安定するかが、次に確かめるべき条件となる。