Alphabet傘下の自動運転車開発企業Waymoと世界最大の自動車メーカー、トヨタ自動車が、自動運転技術の開発と展開を加速させるための戦略的提携に向けた予備的合意に至った。この動きは、ロボタクシー向けの新プラットフォーム開発に留まらず、将来的にトヨタの個人所有車にWaymoの先進的な自動運転技術が搭載される可能性を示唆しており、自動車業界と私たちの移動の未来に大きな影響を与える可能性があるものだ。
Waymoとトヨタ、自動運転で歴史的提携へ
Googleの親会社であるAlphabet傘下のWaymoとトヨタ自動車は、自動運転技術分野における協業を検討するための予備的合意に達したことを発表した。これは現時点では正式な契約ではなく、「協力の可能性を探る」段階であるが、両社のトップが公にその可能性に言及しており、今後の展開が注目される。
この提携検討の目的は大きく二つある。
一つ目は、両社の強みを組み合わせ、Waymoのロボタクシーサービス「Waymo One」で使用される新しい自動運転車プラットフォームを共同で開発することである。これは、既存の車両(Chrysler Pacifica、Juguar I-Pace、Hundai IONIQ 5など)に後付けでセンサーやコンピューターを搭載する従来のアプローチとは異なり、ロボタクシー専用に設計された車両が生まれる可能性を示唆している。
二つ目は、より広範な影響を持つ可能性のあるもので、Waymoの自動運転技術とトヨタの車両製造に関する専門知識を活用し、次世代の「個人の所有車」を強化する方法を探ることである。Waymoは、「Waymoの自動運転技術の魔法をトヨタの顧客に届ける」ことへの期待を表明しており、これは同社が商用のロボタクシー事業に加え、個人向け市場への技術展開を本格的に視野に入れ始めたことを示している。
この協業には、トヨタの先進ソフトウェア開発などを担うウーブン・バイ・トヨタも参加し、そのソフトウェアとモビリティイノベーションにおける強みを提供する予定だ。
なぜ今? 提携の背景にあるそれぞれの思惑
このタイミングでの提携発表には、両社の戦略的な意図が見え隠れしており、単なる技術協力以上の意味合いを持つ動きと言えそうだ。
Waymo: ロボタクシーから個人所有車への布石
Waymoは、自動運転技術の研究開発段階を経て、近年は商用ロボタクシーサービス「Waymo One」の展開に注力してきた。サービスはフェニックス、サンフランシスコ、ロサンゼルス、オースティンで展開されており、間もなくアトランタにも拡大予定である。最近では、週あたりの有料配車回数が25万回に達するなど、着実な成長を見せている。
しかし、Waymoはすべてのオペレーションを自社で抱え込むのではなく、効率化とスケールアップのためにパートナーシップ戦略を強化している。例えば、フェニックスでは車両フリート管理をMoove社に委託し、オースティンやアトランタ(予定)ではUberと提携し、配車アプリ連携や車両の清掃・メンテナンス・充電などのフリートサービスを分担している。
こうした動きに加え、今回のトヨタとの提携検討は、Waymoのビジネスモデルが新たな段階に入ろうとしていることを示唆している。特に注目すべきは、AlphabetのCEOであるSundar Pichai氏が、2025年第1四半期の決算説明会で「個人所有(の自動運転車)に関する将来的な選択肢」に言及したことだ。Waymoが技術ライセンスについて漠然と語ることは以前にもあったが、親会社のトップが公の場で個人所有車への展開可能性を示唆したのはこれが初めてであり、今回のトヨタとの提携発表の伏線となっていたと言える。
WaymoはこれまでにもJuguar・Landrover、Stellantis(旧Fiat Chrysler)、Daimler、Hundai、吉利汽車など、多くの自動車メーカーと提携してきた。しかし、これらの提携の多くは、Waymoのフリートで使用するための既存車両の改造やテスト車両の提供が中心であった。今回のトヨタとの提携検討は、明確に「個人所有車」への技術展開を視野に入れている点で、これまでのOEMパートナーシップとは一線を画す可能性がある。
トヨタ: 「交通事故死ゼロ」に向けた次の一手
一方、世界最大の自動車メーカーであるトヨタにとって、この提携は「交通事故死傷者ゼロ社会」と「すべての人に移動の自由を提供する(Mobility for All)」という長期的なビジョンの実現に向けた重要な一歩となる。トヨタはかねてより、人・クルマ・交通インフラを統合するアプローチで安全技術開発を進めており、その代表例が先進安全技術パッケージ「Toyota Safety Sense(TSS)」である。TSSは、技術は広く普及してこそ最大の効果を発揮するというトヨタの信念を反映している。
Waymoとの協業を通じて、トヨタはドライバー支援技術や自動運転技術の開発・採用をさらに加速させ、特に個人所有車における安全性と安心感を向上させることを目指している。トヨタの取締役・執行役員である中嶋裕樹氏は、「Waymoとは、自動運転技術を通じて安全性を向上させるという強い目的意識と共通のビジョンを共有している」と述べ、この協業がソリューションを世界中のより多くの人々に届け、「事故ゼロ社会」に一歩近づけることへの自信を示している。
トヨタが自動運転技術のリーダーであるWaymoと手を組むことは、自社単独での開発に加えて、外部の最先端技術を取り込むことで開発スピードを上げ、競争力を維持・強化しようとする戦略の表れと言えるだろう。かつてトヨタはテスラと提携し、出資もしていたが、2017年に関係を解消している。今回、Waymoという新たなパートナーを得て、自動運転分野での覇権争いに臨む構えだ。
提携がもたらす具体的な変化とは?
今回の予備的合意が正式なパートナーシップへと発展した場合、具体的にどのような変化が期待できるのだろうか。
Waymo One向け新型ロボタクシー登場の可能性
まず考えられるのは、Waymo Oneサービスで使用される、全く新しい自動運転車両プラットフォームの開発である。現在Waymoが使用しているChrysler Pacifica、Juguar I-Pace、そして導入予定のHundai IONIQ 5は、既存の市販車をベースにWaymoのセンサーやコンピューターシステムを搭載したものである。
しかし、トヨタとの共同開発となれば、設計段階から自動運転を前提とした、より最適化された専用車両が生まれる可能性がある。これは、乗客の快適性、センサー搭載の効率性、メンテナンス性など、あらゆる面でロボタクシーサービスに特化した進化をもたらすかもしれない。Waymoの共同CEOであるTakedra Mawakana氏も、トヨタの車両をWaymoの配車フリートに組み込む可能性に言及している。なお、このトヨタとの提携は、既存のヒョンデや吉利汽車の車両をWaymo Oneに導入する計画には影響しないとのことである。
マイカーにWaymoの技術? 個人所有車へのインパクト
より大きな注目を集めているのが、個人所有車へのWaymo技術の展開可能性である。もし実現すれば、トヨタが販売する乗用車に、Waymoが開発した高度な自動運転システムやドライバー支援システムが搭載されることになる。
Waymoは、自社の技術を「Waymo Driver」として一般化し、様々な車両プラットフォームやビジネスに応用可能にすることを目指している。Waymo Oneで培われた、数千万kmに及ぶ公道走行データと、人間のドライバーと比較して傷害事故率を81%削減したという実績を持つ安全技術が、私たちのマイカーに搭載される未来は、非常に魅力的である。
ただし、これが完全な自動運転(レベル4やレベル5)を意味するのか、あるいはより高度な運転支援システム(レベル2+やレベル3)の形をとるのかは、現時点では不明である。トヨタは「ドライバー支援技術および自動運転技術の開発と採用をさらに加速させる」と述べており、段階的な導入となる可能性が高い。いずれにせよ、世界トップクラスの自動運転技術と、世界最大の自動車メーカーの生産・販売網が結びつくインパクトは計り知れない。
また、Waymoとしても、同社のシステムが個人車両で利用可能になれば、おそらくサブスクリプションサービスとして提供され、ロボタクシー事業に加えて新たな収益源となる可能性にも繋がりそうだ。
業界への影響と今後の課題
Waymoとトヨタの提携検討は、自動運転技術を巡る競争環境にも変化をもたらす可能性がある。
競合他社の動向 (GM/Cruise, Tesla)
興味深いことに、General Motors(GM)も、傘下のCruiseによるロボタクシー事業での大規模な事故とそれに伴う事業縮小の後、今後は個人所有車向けの自動運転システム開発に注力する方針を明らかにしている。Waymoとトヨタの動きは、このトレンドをさらに加速させるかもしれない。
一方、長らく自動運転技術のパイオニアと見なされてきたTeslaは、異なるアプローチをとっている。WaymoがLiDARセンサーを重視するのに対し、Teslaはカメラベースのシステムに注力している。Teslaの「Full Self-Driving(FSD)」は、現時点ではドライバーの常時監視が必要なレベル2の運転支援システムに留まっている。TeslaのCEOであるElon Musk氏は、Waymoのロボタクシーは大量生産には高価すぎると批判し、自社の安価な車両とFSDでロボタクシー市場に参入する計画を表明しているが、その実現性や安全性については依然として疑問の声も多い。
Waymoとトヨタの提携は、LiDARを含むマルチセンサーフュージョンによる冗長性と安全性を重視するアプローチが、個人所有車市場においても主流となる可能性を示唆しているのかもしれない。
個人所有の自動運転車実現へのハードル
個人所有車への自動運転技術の展開には、大きな期待が寄せられる一方で、解決すべき課題も山積している。
最も大きな問題の一つが、事故が発生した場合の責任の所在である。システムが運転操作を行っている際に事故が起きた場合、責任はドライバーにあるのか、自動車メーカーにあるのか、それともシステム開発者(この場合はWaymo)にあるのか。法整備や保険制度の確立が不可欠となる。
また、自動運転技術が利用可能なエリアは、現時点では限定的である。Waymo Oneが特定の都市でサービスを提供しているように、高度な自動運転機能が利用できるのは、高精度な3Dマップが整備され、検証が行われた地域に限られる可能性が高い。全国どこでも自由に自動運転が使えるようになるまでには、まだ時間がかかるだろう。
さらに、技術的な安全性確保はもちろんのこと、消費者が自動運転技術を信頼し、受け入れるための社会的な受容性の醸成も重要な課題となる。
自動運転の未来を左右する提携
Waymoとトヨタ自動車による戦略的提携の検討は、自動運転技術の進化と普及における重要なマイルストーンとなる可能性を秘めている。ロボタクシー分野での協力に留まらず、個人所有車への技術展開を視野に入れている点は、特に注目に値する。
この提携が正式に決定され、具体的な開発が進めば、より安全で快適な移動社会の実現が加速するかもしれない。一方で、技術的、法的、社会的な課題も多く残されている。
両社が今後どのような具体的な協力関係を築き、どのような革新的な車両や技術を生み出していくのか。自動運転の未来、そして私たちの車の未来を占う上で、この提携の行方には大きく注目していきたいところだ。
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