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TSMC、UAEに半導体ギガファブ建設か? 米政府と水面下で協議との報道

Y Kobayashi

2025年6月3日6:12AM

世界最大の半導体ファウンドリである台湾積体電路製造(TSMC)が、中東のアラブ首長国連邦(UAE)に最先端の半導体製造拠点、通称「ギガファブ」を建設する可能性を検討しており、米国政府関係者と協議を重ねていることが明らかになった。この動きは、TSMCのグローバル戦略における新たな一手であると同時に、米国の地政学的配慮やUAEの国家戦略が複雑に絡み合う、半導体業界の地殻変動を象徴する事案と言えるだろう。実現すれば中東初の巨大半導体工場群となるが、その道のりには数多くのハードルが存在する。

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巨額投資「ギガファブ」構想、アリゾナに匹敵する規模か

Bloombergの報道によると、TSMCがUAEで検討しているのは、アリゾナ州で建設中の施設に匹敵する規模の「ギガファブ」とのことだ。アリゾナプロジェクトには、複数の工場に加え、研究開発施設や後工程のパッケージング施設が含まれ、総投資額は1650億ドル(約26兆円)に上るとされる。UAEでのプロジェクトの具体的な投資額は現時点では不明だが、アリゾナの例を踏まえれば、こちらも巨額の資金が投じられる可能性が高い。

このギガファブ構想は、単一の工場ではなく、複数の工場が集積する巨大な複合施設を指すものと考えられる。TSMCはチップ設計会社であるNVIDIAやAMDなどから委託を受け、スマートフォンからAIモデルに至るまで、現代社会に不可欠な半導体を製造している。UAEに新たな生産拠点ができれば、グローバルな半導体供給網に大きな影響を与えることは間違いない。

しかし、計画はまだ初期段階であり、着工までには数年、あるいはそれ以上を要する可能性があると関係者は指摘している。

交渉の舞台裏:Biden政権からTrump政権へ、UAEの投資組織MGXも関与

このUAE進出計画を巡るTSMCと米国政府との協議は、Biden前政権下で始まり、一時は停滞したものの、Trump現政権下で再燃したと報じられている。具体的には、TSMCはここ数ヶ月の間に、トランプ政権の米国中東特使であるSteven Witkoff氏や、UAE大統領の弟が監督する有力な投資組織MGXの関係者と複数回にわたり会談を持ったとされる。

MGXはUAEの国家戦略において重要な役割を担う投資ファンドであり、AIや半導体といった先端技術分野への投資を積極的に進めている。TSMCとの協議にMGXが深く関与していることは、UAEが国家レベルでこのプロジェクトを推進しようとしていることの表れと言えよう。

Biden前政権はUAEの施設に対して米国がある程度の管理権を持つことを要求したが、UAE側はこれを受け入れがたい条件としたため、交渉は難航した経緯があるという。Trump政権下で交渉が再開された背景には、どのような条件提示や戦略的判断があったのか、注目される点だ。

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UAEの野望:石油依存からの脱却と「AIハブ」構想

UAEがTSMCの誘致に積極的な背景には、石油依存型経済からの脱却と、中東における「AIハブ」としての地位確立という国家戦略がある。豊富な石油資金を背景に、UAEは近年、AI、量子コンピューティング、クラウドインフラといった先端技術分野への投資を加速させている。

AI技術の基盤となる高性能半導体の安定確保は、この戦略を実現する上で不可欠だ。UAEは2030年までにGDPの最大13.6%をAI関連が占めるという野心的な目標を掲げており、国内に最先端の半導体製造拠点を有することは、その目標達成に向けた大きな推進力となる。

今回、MGXのような国家主導の投資組織が交渉の中心にいるという事実が、UAEがいかにこの分野に注力しているかを象徴していると言えるだろう。同国は豊富な土地、エネルギー、そして何よりも潤沢な資金力を有しているが、一方で半導体製造に必要な高度な技術を持つ熟練労働力は不足している。この課題をいかに克服するかが、プロジェクト実現の鍵の一つとなるだろう。

米国側の複雑な胸中:経済的影響と国家安全保障上のジレンマ

TSMCのUAE進出計画に対し、米国政府内には複雑な思惑と懸念が存在する。大きく分けて、経済的な影響と国家安全保障上のリスクという二つの側面から議論が行われているようだ。

経済的影響への懸念:

  • アリゾナプロジェクトへの影響: Trump政権の一部高官は、TSMCがUAEに新たな大規模投資を行うことで、CHIPS法に基づき巨額の補助金(66億ドル)を投じているアリゾナプロジェクトのリソース(資金、人材、経営資源)が分散され、計画に遅延や支障が生じることを懸念している。TSMCはアリゾナに総額1650億ドルを投じる計画であり、2025年だけでも420億ドルの支出が見込まれている。
  • 労働力不足の深刻化: UAEには現在、最先端の半導体工場を建設・運営できるだけの熟練した技術者や労働者が不足している。そのため、TSMCは他の拠点(台湾、米国、日本、ドイツなど)から人材を派遣する必要に迫られる可能性が高い。これが米国内のプロジェクトにおける人材確保をさらに困難にするのではないか、という見方もある。

国家安全保障上の懸念:

  • 技術流出リスク: これが最も深刻な懸念事項と言える。UAEは米国と友好関係にあるものの、地理的にイランと近く、また中国との経済的な結びつきも深めている。もし将来的にUAEの政治的立場が変化したり、何らかの形で機微技術が中国やイランといった国々に流出する事態になれば、米国の安全保障にとって重大な脅威となりかねない。
  • 管理の難しさ: AIデータセンターであれば、ライセンス供与や運用監視を通じてある程度のコントロールが可能だが、半導体製造工場(ファブ)の場合は、製造ノウハウそのものが移転され、現地でのサプライチェーンが構築される。これにより、米国が直接管理できない形で最先端半導体が生産・拡散するリスクが生じる。Biden前政権は中東の一部諸国へのNVIDIAやAMDの最新GPU輸出を制限した経緯があり、その背景にはUAEがロシアへの制裁回避のための「積み替え地点」になっているとの疑惑や、中国との関係深化があった。

一方で、Trump政権のAI・暗号資産担当顧問とされるDavid Sacks氏のように、米国のAI技術を積極的に世界に広めるべきであり、そうしなければ中国企業に市場を奪われるリスクがある、との意見も存在する。この計画を米国の影響力拡大の好機と捉えるか、リスクと捉えるかで、政権内の意見も割れている可能性が示唆される。

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TSMCのグローバル戦略:台湾リスク分散の次なる一手か

TSMCにとって、海外への生産拠点分散は、台湾有事といった地政学的リスクをヘッジするための重要な戦略である。長年、生産拠点を台湾に集中させてきたTSMCだが、近年は米中対立の激化や中国による台湾への圧力の高まりを受け、日本(熊本)、ドイツ(ドレスデン)、そして米国(アリゾナ)へと積極的に進出している。

UAEへのギガファブ建設が実現すれば、TSMCにとって中東初の生産拠点となり、グローバルな製造ネットワークのさらなる多角化を意味する。これは、特定の地域への過度な依存を避け、サプライチェーンの安定性を高める狙いがあると考えられる。しかし、新たな進出先が抱える独自のリスク(中東の政情不安、技術流出懸念など)をどう評価し、管理していくのかが問われることになる。

米国の承認が最大の鍵、実現への道のりは険しい

TSMCのUAEギガファブ構想は、まだ流動的であり、多くの不確定要素を抱えている。最大の鍵を握るのは、依然として米国政府の承認である。経済的影響、とりわけCHIPS法下で推進されている国内半導体産業復興策との整合性、そして何よりも国家安全保障上の懸念を払拭できるかどうかが焦点となる。

仮に米国政府の承認が得られたとしても、UAE国内における熟練労働者の育成・確保、巨大プロジェクトを支えるインフラ整備、そして中東特有の地政学的リスクへの対応など、乗り越えるべき課題は山積している。

TSMCの広報担当者は市場の噂にはコメントしないとし、現在の拡大計画に注力していると述べている。ホワイトハウス、Witkoff特使のオフィス、UAE外務省、MGXも、この件に関する問い合わせに応じていない。

この壮大な構想が、単なる「検討」で終わるのか、それとも半導体業界の新たな歴史を刻む一歩となるのか。関係各国の思惑が交錯する中、その行方から目が離せない。半導体は今や国家の戦略物資であり、その生産拠点の配置は、経済合理性だけでなく、国際政治の力学によっても大きく左右される時代に入ったと言えるだろう。


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