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米国、半導体規制の「次の一手」か?TSMC・Samsungらに中国向け適用除外の取り消しを通告、韓国半導体勢に大打撃か

Y Kobayashi

2025年6月22日

米中技術覇権を巡るチェスゲームは、新たな局面を迎えた。米国商務省が、台湾積体電路製造(TSMC)、Samsung Electronics、SK hynixという世界トップクラスの半導体メーカーに対し、中国国内工場への米国製技術・装置の輸出を事実上容認してきた「包括的許可(Waiver)」を取り消す可能性を検討していることが明らかになった。これは単なる規制強化に留まる物ではなく、世界の半導体サプライチェーンの根幹を揺さぶり、同盟国である台湾や韓国の巨大企業をも巻き込む、米国の新たな戦略的圧力の始まりである可能性を秘めた事態と言えるだろう。

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「交渉のカード」か、本気の規制強化か?米政府の狙い

Tne Wall Street Journalの報道によると、米国商務省で産業安全保障を担当するJeffrey Kessler次官は今週、TSMC、Samsung Electronics、SK hynixの3社に対し、この方針を直接伝えたとされる。この一報が伝わると、20日の米国株式市場ではNVIDIAやQualcomm、半導体製造装置大手のLam Research Corp.などが軒並み下落。市場がこのニュースの持つ重みを瞬時に理解したことを示している。

現在、これら3社は「検証済みエンドユーザー(Validated End User, VEU)」として、中国国内の自社工場に必要な米国製の製造装置などを、個別の許可申請なしに輸入できる特例措置を受けている。もしこの措置が撤回されれば、装置の輸入は逐次審査となり、事実上、工場の維持や技術のアップグレードが著しく困難になる。

ホワイトハウス関係者は、この動きが直ちに実行されるものではないと火消しに躍起だ。「現時点でこの戦術を展開する意図はない」「貿易協定が決裂した場合に備えた、我々の道具箱に入っているもう一つツールだ」と述べ、あくまで中国との交渉、特に中国が管理を強めるレアアース輸出ライセンスへの対抗措置という「交渉カード」としての側面を強調した。

しかし、この発言は裏を返せば、米国がいつでも引き金を引ける状態にしたことを意味する。それは、米国の対中半導体戦略が、いよいよ同盟国の企業が中国に持つ生産拠点という「聖域」にまで踏み込む覚悟を示唆していると言えるだろう。

激震走るサプライチェーン:3社の明暗、くっきりと

この米国の「次の一手」は、対象となる3社に不均等な衝撃を与える。台湾の經濟日報が報じたアナリストの分析によると、その影響は韓国勢に集中し、TSMCは比較的軽微に留まる可能性が高いようだ。

最も打撃を受ける韓国勢:SK hynixとSamsungの苦境

最も深刻な打撃を受けると見られるのが、SK hynixだ。同社はDRAM総生産量の約40%を中国・無錫の工場に、NANDフラッシュメモリ総生産量の約20%をIntelから買収した大連の工場に依存している。これは世界のDRAM供給量の約1割に相当する規模であり、この拠点の機能不全は同社の経営戦略を根底から揺るがしかねない。

Samsungもまた、大きな困難に直面する。同社のNANDフラッシュメモリの実に40%が中国・西安の工場で生産されており、これは世界のNAND供給量の10%を占める一大拠点だ。現在、両社は中国工場で次世代メモリへの技術アップグレードを進めているが、適用除外が取り消されれば、その道は事実上閉ざされる。技術の陳腐化は、競争の激しいメモリ市場において致命傷となり得る。

巧みなリスク分散:TSMCへの影響は限定的か

対照的に、TSMCへの影響は限定的と見られている。TSMCは中国に2つの工場を持つが、南京工場は16nm、上海工場はさらに古い130nmや180nmといった「成熟プロセス」に特化している。これは、米国の輸出規制が主に狙う先端プロセスとは一線を画す。

TSMCは地政学リスクを巧みに計算し、中国事業を「低リスク資産」として位置づけてきた。この戦略が、今回の米国の新たな圧力に対する強力な防波堤となっている。韓国のメモリメーカーが中国で抱える高リスクな状況とは、実に対照的だ。

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規制の刃は自らをも傷つける?米国が抱える「ジレンマ」

米国のこの一手は、中国の半導体産業に打撃を与える一方で、米国自身やグローバルなエコシステムに跳ね返ってくる「諸刃の剣」となる可能性を秘めている。

中国メーカーへの「贈り物」となる皮肉

業界関係者からは、この規制が結果的に中国の国内半導体装置メーカーを利することになる、という皮肉な見方が出ている。「これは(中国への)贈り物だ」というコメントは、その本質を突いている。

TSMCやSamsungが米国製の最新装置を中国工場に導入できなくなれば、代替策として中国国内の装置メーカー(例えば、AMECやNAURA Groupなど)の製品を採用せざるを得なくなるかもしれない。実際、WCCFtechのレポートによれば、これらの中国企業は2024年に最大45%もの収益増を記録している。米国の規制が、奇しくも中国の半導体製造装置における自給自足化を加速させるという、意図せざる結果を招く可能性があるのだ。

米国企業が被る経済的損失

NVIDIAのJensen Huang CEOはかつて、巨大な中国のAIチップ市場から締め出されることを「途方もない損失」と表現した。今回の措置は、Lam Research、KLA、Applied Materialsといった米国の装置メーカーにとっても、巨大な顧客を失うリスクを意味する。制裁の刃は、巡り巡って自国の企業の収益力をも削ぐジレンマを内包している。

終着点なき技術覇権争い:世界は新たな不確実性の時代へ

今回の米国商務省の動きは、米国の対中半導体戦略が、これまでの「先端プロセス技術」という点から、同盟国を巻き込んだ「サプライチェーン全体」という面へと、そのスコープを拡大させたことを明確に示している。

もはや、単なる貿易摩擦ではない。これは、世界の半導体供給網の再定義を迫る地殻変動だ。企業は、効率性だけでなく、地政学リスクを織り込んだ強靭なサプライチェーンの再構築という、かつてない難題に直面している。

米国が「道具箱」から取り出そうとしているこの新たなツールは、果たして交渉を有利に進めるための「脅し」で終わるのか、それとも実際に振り下ろされるのか。そして、中国はどのような対抗策を打ってくるのか。予測不能なチェスゲームの次の一手から、誰も目を離すことはできない。


Sources

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