英国下院のビジネス・イノベーション・科学・貿易委員会は2026年11月5日、重要鉱物の供給網を巡る報告書(HC 132)を公表し、英国が中国に「危険なほど依存している」と警告した。しかし、報告書の数値を政府の元資料と照合すると、依存度を引き下げる政策以前に、その効果を測る指標にも問題があることが分かる。例えば、報告書が「2030年のリチウム需要は2024年の45倍」とする数値は、実際には6年間の累計需要と単年需要を比較したものだった。年平均に換算すると増加率は約7.5倍となる(編集部計算)。さらに、政府が掲げる「単一国への依存度60%以下」という目標も、戦略本文と発表資料で対象範囲の説明が異なっている。中国への供給依存が深刻な問題であることに変わりはないが、対策の進捗を評価するには、需要と依存度を測る基準を明確にする必要がある。
英下院委員会が警告する中国依存と10項目の評価基準
英下院委員会は11月5日の発表で、中国が重要鉱物の供給網を支配している状況は、英国の経済安全保障に重大なリスクをもたらすと指摘した。報告書は、リチウムの需要が2030年までに45倍、レアアースが16倍になるという政府推計を紹介し、供給源の多様化を急ぐよう求めている。これに対し政府報道官は、国内生産とリサイクルの拡大に4億ポンドを投じていると説明したうえで、2035年までに国内生産で需要の10%、リサイクルで20%を賄い、単一国からの調達割合を60%以下に抑える目標を掲げた。
委員長のLiam Byrneは、中国がレアアースの供給支配を初めて外交上の圧力として利用してから16年が経過したにもかかわらず、英国は依然として危険なほど無防備な状態にあると批判した。報告書によると、中国は2010年に日本向けのレアアース輸出を非公式に停止し、その影響で価格は26倍に高騰したという。委員会は、同様の供給途絶に英国が十分備えられていないと懸念している。
委員会は政府の重要鉱物政策を評価するため、10項目のテストを設定した。しかし、現時点ではそのうち1項目でも合格していると確信できないとしている。今回の数値の問題と特に関係するのは、必要な重要鉱物の量と価値を把握しているかを問う「テスト2」と、供給網のボトルネックや脆弱性を特定しているかを問う「テスト4」だ。どちらも、英国が何をどれだけ必要とし、どの国にどの程度依存しているかを正確に把握することが前提となる。
報告書の主要な勧告の一つが、「重要鉱物金融機構(Critical Minerals Finance Facility)」の設立だ。英国研究・イノベーション機構(UKRI)、British International Investment、英国輸出信用保証局(UK Export Finance)、National Wealth Fundの資金や支援機能を連携させ、国内外の重要鉱物関連事業を一元的に支援する構想である。補助金や出資、融資、保証に加え、長期購入契約や最低価格保証も活用するよう求めている(勧告30・31)。なお、政府の重要鉱物戦略「Vision 2035」では、国内の重要鉱物関連事業に最大5,000万ポンド(約107億円、2026年11月5日の1ポンド=213.27円で換算)を拠出する方針が示されているが、これは委員会が提案した新たな金融機構の予算として確定したものではない。
「リチウム需要45倍」は6年間の累計と単年の比較だった
報告書の表1には、英国のリチウム需要が2024年の2,525トンから2030年の11万3,400トンへ増え、約45倍になると記載されている。2030年の列には「2030年の英国の需要(UK demand in 2030)」と書かれており、2030年の1年間に必要な量が2024年の45倍になると読める。レアアースについても、2024年の1,161トンから2030年の1万8,020トンへ増加し、約16倍になると説明している。
ところが、出典である英国政府の重要鉱物戦略の技術付属書を確認すると、同じ数値を掲載した表には「累計需要推計(cumulative demand estimates)」という見出しが付いている。つまり、2030年の数値は2030年単年の需要ではなく、2025年から2030年までの6年間の累計需要を表している。この違いは、需要が毎年一定と仮定されているアンチモンの数値からも確認できる。
| 表の年次 | アンチモン需要(トン) | 2024年との比 |
|---|---|---|
| 2024年 | 428 | 1倍 |
| 2027年 | 1,284 | 3倍 |
| 2030年 | 2,568 | 6倍 |
| 2035年 | 4,707 | 約11倍 |
技術付属書は、需要の成長率に関するデータがない鉱物について、年間需要が一定と仮定して累計を算出したと説明している。アンチモンの場合、年間428トンという前提であれば、2027年の1,284トンは3年分、2030年の2,568トンは6年分、2035年の4,707トンは約11年分に相当する。数値の増え方は2025年からの経過年数と一致しており、各列が単年ではなく累計需要を表していることが分かる。なお、Vision 2035の戦略本文でも、同じ表は累計需要推計として掲載され、防衛産業の需要を推計対象から除外したと明記されている。
この定義に従うと、リチウムの11万3,400トンは2025〜2030年の6年間の累計需要となる。6で割った年間平均需要は1万8,900トンで、2024年の2,525トンと比較すると約7.5倍だ。これは政府の技術付属書にある炭酸リチウム換算(LCE)の数値を使った編集部の計算である。報告書の「45倍」は6年間の累計と2024年の単年需要を比較した数字であり、「約7.5倍」は6年間の年平均と2024年を比較した数字となる。比較対象が異なるため、45倍を2030年単年の需要増加率として扱うことは適切ではない。
ただし、約7.5倍という数字も2030年単年の需要を表すものではない。技術付属書によると、リチウムの累計需要は2025〜2027年の3年間で2万8,680トン、2028〜2030年の3年間では8万4,720トンとなっており、後半に需要が大きく増える想定だ。後半3年間の平均は年間2万8,240トンで、2024年の約11.2倍となる。したがって、2030年単年の需要は6年間の平均を上回る可能性があるが、確認した資料には各年の需要が記載されておらず、2030年だけの増加率は算出できない。
報告書は45倍という数値を政府推計として紹介しているものの、確認した政府資料には倍率そのものの記載はなく、計算の基礎となる2024年の2,525トンと2030年までの累計11万3,400トンが示されている。倍率を誰が算出したかは確認できない。同様にレアアースを計算すると、6年間の平均需要は年間約3,003トンで2024年の約2.6倍、2028〜2030年の3年間の平均でも約2.9倍となる(編集部計算)。重要鉱物の需要が急増するという大きな方向性は変わらないが、異なる期間の数値を比較すれば、増加の規模を誤って伝えることになる。
「単一国60%以下」目標にも定義の食い違い
需要の推計だけでなく、政府が掲げる供給依存度の目標にも説明の不一致がある。Vision 2035は、2035年までに重要鉱物の年間需要の少なくとも10%を国内生産、20%をリサイクルで賄い、単一国からの供給割合を60%以下にするという3つの目標を示している。問題は、この60%が重要鉱物全体の合算値を指すのか、それぞれの鉱物に適用されるのかという点だ。
Vision 2035の戦略本文では、重要鉱物の年間需要を「合算(in the aggregate)」した値について、いずれか1か国からの供給割合を60%以下にすると定めている。一方、2025年11月22日の政府発表では、どの重要鉱物についても、1か国からの輸入割合を60%以下にするという説明になっている。さらに、2026年6月11日の議会答弁でも、個々の重要鉱物について単一国からの調達を60%以下にする方針が示された。政府は一貫して供給源の多様化を目指しているものの、戦略本文と対外的な説明では、目標の対象範囲が一致していない。
この違いは、目標を達成したかどうかの判断に直接影響する。鉱物ごとに60%以下を求めるなら、リチウムもレアアースも、それぞれ特定の国への依存度を基準以下に抑えなければならない。一方、すべての重要鉱物を合算する方式では、個別の鉱物で依存度が高くても、全体の数値に埋もれる可能性がある。さらに、戦略本文の60%目標の記述だけでは、異なる鉱物を重量と金額のどちらで合算するのか明確ではない。政府は目標の測定に英国歳入関税庁(HMRC)の原産国別輸入統計を使用するとしているが、合算方法については説明が必要だ。
ただし、鉱物別の依存度に関するデータが一切公表されていないわけではない。2026年6月11日の議会答弁では、HMRCの輸入統計をもとに、2023〜2025年の各鉱物について最大の輸入元となった国と、その国が輸入重量に占める割合を公表している。2025年の値では、レアアースは中国が47%、黒鉛は中国が69%、タンタルは中国が63%を占める。一方、リチウムの最大輸入元はチリで68%だった。これらは原産国別の輸入重量に基づく数字であり、英国が中国の精製能力や、中国を経由する供給網にどれだけ依存しているかを直接表すものではない。また、最大輸入元だけを示した表なので、中国が最大輸入元ではない鉱物については、中国からの輸入割合を読み取れない。
日本の事例も、全体の依存度と個別の鉱物の依存度が異なることを物語っている。野村総合研究所の木内登英氏による2025年11月の分析では、日本が輸入するレアアースの中国依存度は、尖閣問題が起きた頃の約90%から60%程度まで低下したとされる。しかし、電気自動車のモーターなどに使用するジスプロシウムやテルビウムといった重希土類については、依然としてほぼ100%を中国に依存しているという。英国でも特定の鉱物に依存が集中している可能性を評価するには、鉱物別の輸入割合だけでなく、採掘・精製段階を含めた供給網の分析が必要となる。
政府回答で需要と供給リスクの評価基準は明確になるか
もっとも、需要の倍率や目標の定義に問題があっても、中国への供給集中という根本的なリスクが変わるわけではない。報告書が引用する国際エネルギー機関(IEA)の推計では、中国は戦略鉱物20種類のうち19種類で世界最大の精製国となっており、その平均シェアは70%に達する。また、英国重要鉱物情報センター(UK CMIC)の評価として、中国が世界のガリウム生産の95%、ゲルマニウムの93%、タングステン供給の79%を占めると紹介している。こうした集中は、需要の推計方法を修正しても解消されない。委員会が供給源の多様化を急ぐよう求める背景には、実際の供給網における深刻な偏りがある。
政府が安全保障上の理由から詳細な情報を公表していないことも、議会による政策評価を難しくしている。報告書によると、政府は自国で維持すべき能力の一覧について、技術の進歩によって情報が古くなることや、敵対的な主体に脆弱性を知られるおそれがあることを理由に公開を拒んだ。これに対し委員会は、日本が重要物資の一覧を公表している事例を挙げ、透明性の向上を求めている。
中国の精製能力への集中こそが本質的な問題であり、需要増加率が45倍でも7.5倍でも供給リスクは変わらない、という反論には合理性がある。しかし、それは政策の成果を測る指標が不明確なままでよいことを意味しない。必要量や依存度を正確に把握できなければ、どの鉱物を優先して調達先を多様化すべきか、どの対策にどれだけ資金を投入すべきかを判断しにくくなる。委員会のテスト2とテスト4が問うのも、まさにこうした政策判断の基礎となる情報だ。
委員会は勧告9で、国内調達を進める鉱物と、同盟国との協力によって供給リスクを下げる鉱物を明確にするよう求めている。さらに、鉱物ごとに国内生産と同盟国からの供給が英国の需要全体に占める割合の見込みを示し、進捗を毎年議会へ報告することも提案した。これが実施されれば、供給源の多様化がどの程度進んでいるかを継続的に検証しやすくなる。ただし、勧告9は鉱物別の年間需要や対中依存度の全面的な公表を直接求めているわけではない。
今回の分析についても、今後の資料によって検証できる点がある。まず、政府または委員会が、2030年の11万3,400トンは累計需要ではなく単年需要だと説明し、その根拠を示した場合には、45倍という数値に対する評価を見直す必要がある。また、政府が鉱物別の年間需要を公表し、60%目標の集計方法と適用範囲を明確にすれば、現在の資料に残る不一致は解消される。2026年6月の議会答弁ですでに一部の鉱物別輸入データは示されているため、今後はそれを政策目標や供給網全体のリスク評価にどう結び付けるかが問われる。
英国の重要鉱物政策に必要なのは、中国への依存を減らすという方針だけではない。どの鉱物が何トン必要で、どの国にどれだけ依存し、対策によってその割合がどう変化したのかを、一貫した指標で示すことが重要だ。委員会への政府回答では、年間需要の推計と供給依存度の定義が明確になり、政策の進捗を数字で検証できるようになるかが注目される。



