米国国際貿易委員会(International Trade Commission, ITC)の行政法判事(Administrative Law Judge, ALJ)が、中国のアクションカメラメーカーInsta360(Shenzhen Arashi Vision Co., Ltd.)がGoProの知的財産権を侵害したとする初期判定を下した。この判定は、単なる二社間の特許紛争に留まらず、急成長する中国系テック企業と米国の老舗企業間の競争激化、そして知的財産権保護の重要性を象徴する出来事として、注目を集めている。

長年にわたりアクションカメラ市場を牽引してきたGoProが、新興勢力であるInsta360に対して知的財産権侵害を訴える背景には、変化する市場のパワーバランスと、両社が描く戦略の思惑が複雑に絡み合っている。この「初期判定」が意味するもの、そしてそれが市場と消費者に与えるであろう影響とは?

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ITC初期判定、GoProに軍配 — 何が侵害と認定されたのか

2025年7月11日、ワシントンD.C.に拠点を置くITCの行政法判事は、GoProが2024年5月に申し立てた訴えに対し、中国のカメラメーカーInsta360(Shenzhen Arashi Vision Co., Ltd.)がGoProの知的財産権を侵害したとする初期判定(Initial Determination)を下した。

GoProのプレスリリースによれば、この判定で特に重要視されたのは以下の2点である。

  1. 象徴的なカメラデザインの侵害: Insta360の製品、特に「Ace Pro」シリーズが、GoProの長年にわたる象徴とも言える「HERO」カメラのデザイン特許(U.S. Patent No. D789,435)を侵害していると認定された。アクションカメラの代名詞ともなったあの筐体デザインの独自性が、法的に認められた形だ。
  2. コア技術「HyperSmooth」の侵害: GoProの強力な手ブレ補正技術「HyperSmooth」に関する複数の特許請求(具体的にはU.S. Patents 10,574,894および10,958,840が関連すると見られる)が有効であると認められ、Insta360による侵害が認定された。これは、GoProの映像品質を支える中核技術の一つであり、同社の競争力の源泉でもある。

GoProの創業者兼CEOであるNicholas Woodman氏は、「我々は公正な競争を歓迎する。しかし、我々の知的財産が侵害されていると信じるならば、法的にそれを守る」と強い決意を表明。23年にわたるイノベーターとしての歴史と投資を、不当に利用されることは看過しないという姿勢を鮮明にした。

ただし、この判定はあくまで「初期判定」に過ぎない。ITCは2025年11月10日までに最終決定(Final Determination)を下す予定であり、それまでは法的な拘束力を持たない。初期判定が覆される可能性も残されている。

Insta360の猛反論 — 「訴訟はビジネス戦略」「我々はイノベーターだ」

GoProの勝利宣言に対し、Insta360は即座に猛反論を展開した。その主張は、GoProの発表とは全く異なる側面を浮き彫りにしている。

Insta360の声明によれば、GoProが主張した複数の特許のうち、安定化、水平維持、歪み補正、アスペクト比変換などに関する5つの実用特許(utility patents)については、「無効、非侵害、またはその両方」としてITCに退けられたというのだ。つまり、GoProが広範に主張した技術的優位性の多くは、法的には認められなかったとInsta360は主張する。

さらに、争点となったデザイン特許に関しても、「Insta360の予防的なデザイン更新は、GoProが主張するデザイン特許の範囲外にあることを行政法判事が確認した」と述べ、侵害の事実を実質的に否定する構えを見せている。

Insta360の創業者であるJK Liu氏は、この状況を「業界の誰もが知っていることを再確認したに過ぎない。未来は訴訟屋ではなく、イノベーターに属する」と痛烈に批判。GoProの動きを「市場シェアを守るために、より速く、より賢く、より俊敏な挑戦者の足を引っ張ろうとする、確立されたプレイヤーのおなじみの脚本だ」と断じ、法的な策略には屈しないと宣言した。

重要なのは、Insta360が強調するように、この初期判定は同社の製品販売に何ら影響を与えないという点だ。現在も米国を含む全世界で、同社の全製品ラインナップは制限なく製造・販売されている。

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法廷闘争の背景 — 王者の焦りと新星の台頭

この法廷闘争の根底には、アクションカメラ市場における劇的なパワーバランスの変化がある。かつて市場を席巻したGoProだが、その地位は決して安泰ではない。それは市場の調査結果が厳しい現実を物語っている。

GoProの市場価値は、2014年のピーク時には130億ドルに達したが、現在では3億3100万ドルへと97%以上も下落。一方、2015年設立のInsta360は、特に360度カメラの分野で驚異的な成長を遂げた。2021年末のパノラマカメラ市場では、Insta360が41%のシェアで首位に立ち、GoProは19%で3位に甘んじている。

この数字は、GoProが直面する「イノベーションのジレンマ」を映し出しているのかもしれない。HEROシリーズという大成功モデルに固執するあまり、360度カメラやモジュール型カメラといった新たな市場の波に乗り遅れた側面は否めない。その隙を突くように、Insta360は多様な製品ラインナップでユーザーの細かなニーズを的確に捉え、市場を侵食してきた。

今回の訴訟は、市場競争で劣勢に立たされたGoProが、自社の持つ強力な特許ポートフォリオを武器に、法廷という土俵で形勢逆転を図る戦略的行動と解釈できる。それは、技術的優位性を守るための正当な権利行使であると同時に、新興勢力の勢いを削ぐための防衛策でもあるのだ。

判決の行方と市場へのインパクト — アクションカメラの未来はどこへ

2025年11月10日に予定される最終決定が、今後の展開を大きく左右する。仮に初期判定が維持され、GoProの主張が全面的に認められた場合、Insta360は深刻な打撃を受ける可能性がある。

  • 製品の販売停止: 特にデザインが酷似しているとされた「Ace Pro」シリーズは、米国での輸入・販売が差し止められる可能性がある。
  • コア技術の変更: 「HyperSmooth」技術の侵害が確定すれば、Insta360の「FlowState」安定化技術は、全製品ラインにわたって設計変更を余儀なくされるか、最悪の場合、該当製品の販売が不可能になるシナリオも考えられる。

しかし、これはあくまで最悪のケースだ。法廷闘争は最終決定後も控訴審へと続く可能性が高く、最終的な決着までには数年を要することも珍しくない。

一方で、もしInsta360が逆転勝訴すれば、その影響もまた大きいだろう。GoProの「訴訟戦略」は失敗に終わり、ブランドイメージに傷がつく可能性がある。そして何より、市場は再び製品開発とイノベーションによる純粋な競争へと回帰するだろう。

この一件は、私たちに重要な問いを投げかけている。知的財産権はイノベーションを保護し促進するための盾なのか、それとも市場の独占を維持し競争を阻害するための矛なのか。GoPro対Insta360の法廷闘争は、その答えを探るための、アクションカメラ業界における一つの試金石となる。最終的な判決がどうであれ、この戦いを通じて両社が互いを刺激し、より優れた製品を生み出すことを、一人のユーザーとして、そして業界のウォッチャーとして切に願うばかりだ。


Sources