2026年1月、カリフォルニア大学アーバイン校(UC Irvine)の電気工学研究チームが、物理的な光ファイバーケーブルに匹敵する通信速度を実現する新型トランシーバー(送受信機)を開発した。このシリコンチップは、次世代通信規格「6G」および「FutureG」への移行を決定づける技術的ブレイクスルーであり、140GHz(ギガヘルツ)という未踏の周波数帯域を利用して、毎秒120ギガビット(Gbps)という驚異的なデータ転送速度を達成しているのだ。

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「デジタルの限界」と「アナログの復権」:開発の背景

我々が日常的に利用する5GスマートフォンやWi-Fiルーターは、デジタル信号処理技術の進化によって支えられてきた。しかし、通信速度に対する人類の渇望は留まることを知らず、技術者たちは今、深刻な「壁」に直面している。それが「DAC/ADCボトルネック」と呼ばれる消費電力と発熱の問題である。

速度と消費電力のジレンマ

従来の無線通信システムでは、デジタル情報を電波として送信するために「デジタル-アナログ変換器(DAC)」を使用し、受信した電波をデジタル情報に戻すために「アナログ-デジタル変換器(ADC)」を使用する。

通信速度を上げれば上げるほど、これらの変換プロセスには膨大な電力が必要となる。UC IrvineのNanoscale Communication Integrated Circuits(NCIC)ラボのディレクターであり、本研究を主導したPayam Heydari教授は、この状況を次のように表現している。

「従来の回路設計のまま100Gbps(現在の無線デバイスの100倍の速度)を目指そうとすれば、チップ自体が熱で溶けてしまうでしょう。バッテリーなどは数分で尽きてしまう」

ムーアの法則に従いトランジスタを微細化するだけでは、もはやこの物理的な壁、あるいは「サンプリングのボトルネック」を越えることは不可能だったのである。

アナログ領域への回帰

Heydari教授率いる研究チームが出した答えは、直感に反するものであった。それは、「最も負荷のかかる計算処理を、デジタル領域からアナログ領域へ戻す」という発想の転換だ。

デジタル処理は柔軟性が高いが、超高速域では電力を食いすぎる。対してアナログ処理は、設計は複雑だが、物理現象を直接利用するためエネルギー効率が極めて高い。彼らは、デジタルとアナログの境界線を再定義し、チップ内のアキーテクチャを根本から作り直すことで、この難問を解決したのである。

Bits-to-AntennaとAntenna-to-Bits

UC Irvineのチームが開発したこの「エンドツーエンド・トランシーバー」は、送信機(Transmitter)と受信機(Receiver)の双方において、革新的なアーキテクチャを採用している。

1. 送信機:「Bits-to-Antenna」アーキテクチャ

従来の送信機が、デジタルデータを一度にアナログ波形に変換しようとしてDACに過大な負荷をかけていたのに対し、今回の新しい送信機は「モジュレーター」の概念を一新した。

論文の筆頭著者であるZisong Wang氏(現Marvell Technology Inc.)は、この手法を「RF領域での直接信号生成」と説明する。具体的には、デジタル信号をアナログに変換してから変調するのではなく、3つの同期したサブトランスミッターを用いて、無線周波数(RF)領域で直接信号を合成する手法をとった。これにより、最も電力を消費するDACを完全に排除することに成功したのである。

Wang氏はこれを非常にわかりやすい比喩で説明している。

「空港へ走っている最中に荷物を詰め込もうとするのではなく、家を出る前に完璧にスーツケースをパッキングしておくようなものです」

この「Bits-to-Antenna(ビットからアンテナへ直結)」技術により、100GHzを超える超高周波数帯域においても、極めてクリーンかつエネルギー効率の高い信号送信が可能となった。

2. 受信機:「Antenna-to-Bits」と階層的アナログ復調

送信された超高速信号を受け取る受信機側にも、同様の革新が必要であった。120Gbpsの信号をそのままデジタル化しようとすれば、巨大なADCが必要となり、スマートフォンなどに搭載することは不可能になるからだ。

これに対し、受信機に関する論文の筆頭著者であるYoussef Hassan氏(現Qualcomm)らが開発したのは、「階層的アナログ復調(Hierarchical Analog Demodulation)」という技術である。

受信した複雑な信号をいきなりデジタル化するのではなく、アナログ領域の段階で階層的に分解(Demodulate)する。いわば、データの玉ねぎの皮をアナログの手法で一枚ずつ剥いでいき、処理しやすい単純な形にしてからデジタル化するアプローチだ。

この手法により、受信チップはわずか230ミリワットという驚異的な低消費電力で動作する。これは、ポータブルデバイスへの搭載が十分に現実的な数値である。

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「無線ファイバー」がもたらす産業革命

Heydari教授はこの技術を「無線ファイバー・パッチコード(wireless fiber patch cord)」と呼ぶ。物理的なケーブルが存在しないにもかかわらず、光ファイバーと同等の速度と信頼性を提供するからだ。この技術の実用化は、単にスマホの動画が速くなる以上の、産業構造レベルの変革をもたらす。

データセンターの「脱配線」

現代のデータセンターは、サーバーラック間をつなぐ数千キロメートルにも及ぶ銅線や光ファイバーの管理に苦慮している。これらは冷却の妨げになり、ハードウェアのコストを押し上げる要因でもある。

今回の140GHz帯チップを用いれば、サーバーラック間の通信を「超高速無線リンク」に置き換えることが可能になる。配線のスパゲッティ状態が解消され、冷却効率が劇的に向上し、データセンターの運用コストと環境負荷が大幅に低減されるだろう。

6G時代のエッジAIと自動運転

自動運転車や自律型ロボットは、瞬時の判断のために膨大なデータをリアルタイムで処理する必要がある。しかし、すべてのデータをクラウドに送っていては遅延が生じる。

このチップが可能にする「エッジコンピューティング」の強化は、AI(人工知能)の処理をローカルデバイス側で完結させる能力を飛躍的に高める。複数の4K映画を一瞬で転送できるほどの帯域幅は、ロボット同士が視覚情報を非圧縮で共有し、協調動作を行う未来を現実のものにする。

シリコンフォトニクスとの競争

特筆すべきは、このチップが特殊な素材ではなく、標準的な22ナノメートル SOI(Silicon-on-Insulator)CMOSプロセスで製造されている点だ。

これは、既存の半導体製造ラインをそのまま利用できることを意味し、コストを抑えた大量生産(マスプロダクション)への道がすでに開かれていることを示唆している。高価な化合物半導体を必要とせず、シリコンチップでテラヘルツ波に近い領域を制御できたことは、工学的に極めて大きな成果である。

物理の壁を超えて

米国防総省の「Microelectronics Commons」プログラムの支援を受けて行われたこの研究は、無線通信技術が「速度」と「省電力」のトレードオフから解放される瞬間を我々に目撃させた。

UC Irvineの研究チームは、デジタル全盛の時代にあえてアナログ技術の知見を深化させることで、光ファイバーという物理的な制約からデータを解き放った。140GHz帯という「フロンティア」が開拓された今、6Gがもたらす世界は、我々の想像よりもはるかにシームレスで、そして物理的なケーブルの束縛から自由なものになるだろう。


論文

参考文献