世界的なAIブームの到来と脱炭素化に向けたエネルギー転換の加速を背景に、次世代パワー半導体である窒化ガリウム(GaN)産業がかつてない転換期を迎えている。半導体受託製造(ファウンドリ)で世界最大手のTSMCがGaN事業からの段階的な撤退を表明する一方で、その技術を傘下のVanguard International Semiconductor(VIS)や米GlobalFoundries(GF)にライセンス供与するという戦略的な動きを見せている。この変化は、単なる一企業の事業再編に留まらず、パワーデバイス市場における高度な分業体制の確立と、AIデータセンター、電気自動車(EV)、さらにはヒューマノイドロボットといった次世代産業の成長を支える供給エコシステムの再構築を意味している。

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急成長するGaN市場の現在地と2030年への展望

GaNデバイス市場は、現在まさに「黄金の成長期」の入り口に立っている。調査会社TrendForceの予測によれば、世界のGaNパワーデバイス市場は2024年の3億9,000万米ドルから、2030年には35億1,000万米ドル規模へと拡大する見通しだ。この期間の年平均成長率(CAGR)は44%という驚異的な数字に達すると予測されており、従来のシリコンベースの半導体が物理的な性能限界に近づく中で、GaNへの期待がいかに大きいかを物語っている。

GaNは、高い電子移動度、高い絶縁破壊電界、そして優れた熱伝導率という物理的特性を持つ。これらの特性は、電力変換効率の向上、電力密度の最大化、そしてデバイス全体の小型化に直結する。これまでGaNの主な用途はスマートフォンの急速充電器などの消費者向け製品が中心であったが、今後はより厳しい信頼性と効率が求められるデータセンターの電源ユニット、EVの車載充電器、産業用制御システム、そして高度なエネルギー管理システムへとその主戦場を移していくことになる。

TSMCの戦略的撤退とリソースの再配置

こうした成長市場を前にしながら、TSMCがGaNファウンドリサービスから退くという決断を下したことは、業界に大きな衝撃を与えた。TSMCは2025年7月にGaN事業からの段階的撤退を発表しており、2027年7月31日をもって同サービスを完全に終了する予定である。

この決断の背後には、経営リソースの選択と集中という明確な意図がある。現在、世界中で爆発的に需要が拡大しているAIチップ向けの先端プロセス製造は、GaN製造に比べてウェハーあたりの売上高や収益性が圧倒的に高い。TSMCにとって、現時点では市場規模が相対的に小さく、期待される収益率に達していないGaN事業を継続するよりも、最先端のロジック半導体製造にリソースを全振りする方が理にかなっているのである。

しかし、TSMCは自社が蓄積してきた高度なGaN技術を死蔵させる道は選ばなかった。自社のエコシステム内、あるいは戦略的パートナーへと技術を継承させることで、業界全体の発展を促す「技術の伝道師」としての役割を担うことにしたのである。その最大の受け皿となったのが、同社が筆頭株主として関与するVISである。

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VISが手にする「世界唯一」のデュアル基板プラットフォーム

2026年1月28日、VISはTSMCから650Vの高耐圧および80Vの低耐圧GaNプロセス技術のライセンス供与を受ける契約を締結したと発表した。この合意により、VISは自社の技術ロードマップを劇的に加速させることが可能になる。

VISの戦略における特筆すべき点は、TSMCから導入するGaN-on-Si(シリコン基板上の窒化ガリウム)技術を、同社が既に展開している独自のGaN-on-QST(QST基板上の窒化ガリウム)プラットフォームと統合させる点にある。これにより、VISはシリコン基板とQST基板という、特性の異なる二種類の基板を用いたGaN製造サービスを同時に提供できる、世界で唯一のファウンドリとなる。

QST基板は熱膨張係数がGaNに近く、厚膜のGaN層を成長させる際の歪みを抑えることができるため、高耐圧・大電力アプリケーションに適しているとされる。VISは、この二つのプラットフォームを組み合わせることで、200V未満の低耐圧から、650Vの高耐圧、さらには1200Vの超高耐圧に至るまでのフルラインナップを構築しようとしている。これは、モバイル端末の電力管理から、AIサーバー、さらには産業用の大型電力変換装置までを網羅する野心的な計画である。

製造基盤の確立と量産へのタイムライン

技術導入の次のステップは、実際の製造ラインでの安定化と歩留まりの確保である。VISはこの新技術を、定評のある同社の8インチウェハー製造ラインに展開し、プロセスの安定性と高い歩留まりを確保する計画である。

開発作業は2026年初頭から本格的に開始され、2028年上半期には量産を開始するスケジュールが組まれている。VISは2025年時点で台湾とシンガポールに計5つの8インチファブを保有しており、月産能力は約28万6,000枚に達している。この強固な製造基盤を次世代GaN技術に割り当てることで、同社はパワー半導体市場におけるプレゼンスを一気に高める狙いだ。

VISのジョン・ウェイ社長は、この提携が同社のコンパウンドセミコンダクター(化合物半導体)における戦略的地位を強化し、グリーンエネルギーとインテリジェント技術の実現に向けた次世代の電力変換ソリューションを顧客に提供することを約束している。

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GlobalFoundriesの参戦と北米市場の動向

TSMCの技術継承先はVISだけに留まらない。米国の主要ファウンドリであるGlobalFoundries(GF)もまた、2025年11月にTSMCから650Vおよび80VのGaN技術のライセンスを取得している。

GFがこの技術を手にしたことは、特に北米や欧州の車載・産業機器市場において大きな意味を持つ。データセンターや電気自動車、産業システムといった分野では、地政学的なリスクを考慮したサプライチェーンの多様化が求められており、欧米に拠点を置くGFがTSMC譲りの信頼性の高いGaNプロセスを提供できることは、現地の顧客にとって強力な選択肢となるからである。

このように、TSMCが開発した技術がVISとGFという二つの有力なファウンドリに分散して継承されることで、世界的なGaNの供給体制はより強固で安定したものへと変化していく。

次世代アプリケーションが牽引する爆発的な需要

GaN技術が真に必要とされている背景には、現代社会が抱える電力消費の増大という課題がある。特にAIデータセンターの急増は、電力効率の極限までの追求を強いている。サーバー用電源の効率がわずか数パーセント向上するだけで、メガワット単位の電力削減が可能になるからだ。GaNの高い電力密度は、電源ユニットの小型化も可能にするため、サーバーラック内の貴重なスペースを演算リソースにより多く割り当てることが可能になる。

また、電気自動車の分野では、航続距離の延長と充電時間の短縮が至上命題となっている。GaNベースのオンボードチャージャー(OBC)やDC-DCコンバータは、車両の軽量化とエネルギー効率の向上に大きく寄与する。さらに、今回のソースで注目されているのが「ヒューマノイドロボット」への応用である。複雑な動作を長時間持続させる必要があるロボットにとって、軽量で高効率なパワーデバイスは、バッテリー駆動時間を左右する極めて重要なコンポーネントとなる。

半導体分業モデルの新たな到達点

今回のTSMCの動きは、半導体業界における「分業」の概念を一段上のレベルに引き上げたと言える。最先端の微細化を追求するロジック半導体(TSMC)と、特定の物理特性を活かして電力制御を極める特殊プロセス半導体(VIS、GF)という明確な棲み分けがなされたのである。

TSMCはGaNから退くことで、AIという時代の寵児を支える最先端プロセスに全力を注ぐことができる。一方で、その高度な技術を継承したVISやGFは、TSMCが築いた基礎の上に自社の量産ノウハウや独自技術(QST基板など)を積み重ねることで、GaN市場のリーダーとしての地位を築こうとしている。

市場が2030年の35億ドルという大台に向けて加速する中で、今回の技術移転と事業再編は、単なる企業の勝ち負けを超えた、エコシステム全体の「最適化」であったと後年に評価されることになるだろう。GaNはもはや一部の急速充電器のための技術ではなく、AI、EV、ロボティクスという未来の柱を支える不可欠なインフラへと進化を遂げようとしている。


Sources