半導体プロセス技術の微細化は、数十年にわたり情報通信産業の根幹を支えてきたが、現在、物理学的な限界と言われる領域へと明確に突入している。ナノメートル単位の技術競争が激しさを増すなか、業界の焦点は実用化が進みつつある2nmから、次世代の「夢の半導体」と呼ばれる1nm(A10)プロセスへと確実に移行している。
韓国のSamsung Electronicsが、2030年の1nmプロセス実用化に向けて「フォークシート(Forksheet)」と呼ばれる新アーキテクチャの導入を計画していることが明らかになった。同時に、ファウンドリ業界で圧倒的な首位を走る台湾のTSMC、そして復活を賭ける日本のRapidusも、次世代プロセスに向けた開発ロードマップを急ピッチで進めている。これらの最新の動向は、各社が直面する技術的なハードルの高さにとどまらず、国家間の地政学的なパワーバランスや、世界的な巨大IT企業(ビッグテック)を巻き込んだ覇権争いの実態を如実に示している。
限界を迎えるGAA:次世代を担う「フォークシート」アーキテクチャへの進化
Samsung Electronicsのファウンドリ事業部は、現在主力となっている2nmプロセスに続く次世代技術として、2030年に1nmプロセスを導入する長大な計画を打ち出した。1nmというスケールは、文字通り原子数個分に相当する極少の領域である。同社は以前、3nmプロセス以降において、ゲートオールアラウンド(GAA)技術をいち早く商用化してきた実績を持つ。GAA技術は、電流が通るチャネルの周囲をゲートで完全に囲むことで、従来のFinFET構造から進化させ、電力効率とスイッチング性能を劇的に引き上げたアプローチであった。
しかし、A10(1nm相当)世代においては、高度なGAA構造でさえも物理的なスペースの制約に直面している。ベルギーの国際研究機関imecが指摘するように、GAAナノシートを用いた標準セルの高さを90nmにまで縮小することは、性能を維持したままでは極めて困難である。そこで、CFET(相補型FET)技術がA7世代以降で本格導入されるまでの「橋渡し」となる段階的かつ決定的なスケーリング技術として、Samsung を含め業界全体が熱視線を送るのが「フォークシート」構造である。
imecが提示するブレイクスルー:「インナーウォール」から「アウターウォール」へ
フォークシート技術は、隣接するトランジスタの間に絶縁用の非導電性の壁(ウォール)を形成し、トランジスタ同士の間に存在した無駄な間隔を排除することで、極めて高密度に素子を詰め込む手法である。imecは2017年の段階で、n型とp型の間に誘電体壁を配置する「インナーウォール・フォークシート」を提唱していた。しかし、この初期設計では8〜10nmという極薄の壁を製造プロセスの初期段階で形成する必要があり、その後のFEOL(フロントエンド)工程での損傷リスクや、n/pマスクの精密な位置合わせ、さらには共通ゲートの接続が物理的な壁に阻まれるなど、深刻な製造上の課題を数多く抱えていた。加えて、ゲートがチャネルの3面しか囲まない「トライゲート」構造となるため、四方を囲むGAAに比べてゲート制御力が大きく低下するという根本的な問題も存在した。

この課題に対する最新の回答として、imecは国際学会であるVLSI 2025において「アウターウォール・フォークシート」という革新的な新構造を発表した。これは、誘電体壁を標準セルの境界線(p-pまたはn-nの間)に移動させ、隣接するセルと壁を共有させる賢明な再設計だ。壁の厚さを15nm程度に緩和しつつ、90nmという理想的なセル高さを維持できる。
最も重要な変化プロセスは「ウォール・ラスト(壁を製造工程の最後に形成する)」という統合アプローチの採用だ。工程の終盤に主流の二酸化ケイ素で壁を形成することで、チャネルを流れるシリコンの結晶テンプレ―ト(Siスパイン)を接続されたまま維持してソース・ドレインの成長が可能になり、結果としてチャネルに完全な「歪み(応力)」を与えることができる。さらに、壁の配置が変わることでゲートがチャネルの一部を包み込む「Ω(オメガ)ゲート」の形成が可能となり、ゲート制御力が大幅に改善・補完され、駆動電流が約25%向上するというシミュレーション結果も報告されている。
この技術的飛躍により、Samsungをはじめとするファウンドリ企業は、同じチップ面積であっても集積度を飛躍的に高め、CFETの到来を待たずに消費電力あたりの演算能力を底上げする強力な手段を手に入れたことになる。
TSMCの供給網再編:地政学リスクがもたらす開発・量産の前倒し
一方で、ファウンドリ市場で約70%の圧倒的なシェアを握るTSMCも、この激しい微細化競争において歩みを止める気配はない。同社は当初の計画を上回る異例のスピードで、次世代プロセスの量産体制を構築しようと動いている。
台湾メディアの報道やサプライチェーンからの現地情報によると、中科二期園区(台中)に建設予定のTSMC新工場について、当初想定されていた2nmプロセス用から、さらに高度な1.4nmプロセス用へと建設計画が露骨に変更され、2028年後半の量産開始を目指しているとされる。さらには、米国政府からの強い要請により、米国工場における2nmおよび1.6nmプロセスの本格的な量産スケジュールが2027年へと顕著に前倒しされる見込みである。
この急速なスケジュールの前倒しは、台湾が行政規則として定めている「N-1原則」(海外で生産できるのは、台湾国内にある最先端の1世代前のプロセスに限定するという規定)と密接に関連している。米国での1.6nmプロセスの生産を合法的かつ早期に許可するためには、台湾本国においてそれよりも数段進んだプロセス(1.4nmやA10)を立ち上げる実績がどうしても必要となる。結果として、TSMCは台湾国内における1.4nm、さらには「A10(1nm)」と呼称される最先端技術の試作および量産ラインの構築を急がざるを得ない状況に置かれている。
ここで認識すべきは、技術進化の強烈な牽引役が、純粋な市場の要求や性能向上の追求のみにとどまらず、米中の対立構造を長期的背景とする米国の「地政学的なサプライチェーン強靭化要求」となっている事実である。TSMCの1nm世代における開発前倒しは、各国の安全保障に関する要請に直接的に応えるための防衛インフラ構築という側面を強力に帯びている。
Rapidusの猛追とファウンドリ市場のエコシステム変化
韓国のSamsung、台湾のTSMCが熾烈な首位争いを繰り広げる中、実質的に再出発を図る日本のRapidusも独自の野心的なロードマップで追撃を企図している。Rapidusの技術責任者は、最先端となる2nmプロセスの立ち上げを進めつつ、2026年には早くも1.4nmの製造技術開発に本格着手し、2029年頃に量産を開始する目標を公に掲げた。同社は、TSMCとの間に存在する巨大な先発者との技術格差を、1nm世代において「約半年」にまで急速に縮めるという極めてアグレッシブな方針を持っている。
これらの有力ファウンドリ各社の焦りを伴う動向は、1nmプロセスという人類にとって未知の実装領域に挑むためには、莫大な資本投下と高度な技術エコシステムの連携が不可欠であることを明確に物語っている。
2nm世代における足場固めと巨額投資を支える収益基盤
A10に向けたナノアーキテクチャの技術開発競争が過熱する一方で、ビジネスの観点から見れば、ファウンドリ各社にとって将来の根本的な命運を握るのは直近の2nmプロセスの商業的成功である。Samsungは現在、苦戦が伝えられていた2nmプロセスの初期歩留まりを60%以上にまで力強く引き上げることに成功したと報じられている。この生産性の向上が今年の事業の黒字化に直結すると見られている。
具体的には、Samsungは電気自動車大手のTesla向けとなる新たな2nm AIチップ「AI6」専用のカスタマイズプロセスである「SF2T」を鋭意開発中であり、米国テキサス州に建設したテイラーの巨大工場で2027年に量産を開始する予定となっている。また、自社のシステムLSI部門が設計するスマートフォンなどのモバイル向けアプリケーションプロセッサ用にチューニングされた「SF2P」や、さらに性能に磨きをかけたエボリューション版である「SF2P+」など、2nm世代の派生プロセスを相次いで市場投入し、顧客基盤の持続的な拡大を図っている。
最先端の半導体プロセス開発には、文字通り天文学的な資金が必要となる。SamsungやTSMCが次世代アーキテクチャに向けた数兆円規模の研究開発費を持続的に捻出するためには、2nmプロセスの安定稼働と、NVIDIA、AMD、Appleといった大型顧客(ビッグテック企業)からの巨大かつ長期受注を通じた強固な収益基盤の構築が不可欠である。長大な技術ロードマップの実現は、結局のところ現在のビジネスにおける採算性と極めて厳密に直結しているのである。
半導体微細化競争の裏側に潜む「限界費用の上昇」という根本課題
A10世代、すなわち1nmプロセスへの移行は、ファウンドリ企業に全く新しい次元の経済的および技術的な課題を突きつけている。「ムーアの法則」を経済原理として延命させるための限界プロセス微細化は、もはや純粋に物理的なサイズを平面的に単純縮小することだけでは成立しなくなっている。imecが明確に提示するアウターウォール・フォークシートのような根本的なトランジスタ構造への転換の先には、やがてCFETアーキテクチャというさらに高難度な立体積層構造への移行が待ち構えている。
これと併せて考慮すべきは、微細化の進展に伴ってトランジスタあたりの製造コスト、すなわち限界費用が急激に高騰している冷徹な現実である。歩留まりの維持が困難な最先端プロセスを経済的に見合って必要とする大資本プレイヤーは、生成AI用の巨大なGPU群を開発するハードウェアプロバイダーや、超大規模なデータセンター環境のクラウドインフラを運用する限られた巨大IT企業のみになりつつある。
Samsung、TSMC、Rapidusの3社を中心として展開される1nmプロセス競争は、勝者が最先端市場の莫大な富を寡占し、技術開発と設備投資の競争に遅れた敗者が市場の波から脱落していくという、半導体業界特有の極めて苛烈な生き残りのゲームを意味する。アウターウォール・フォークシートという複雑なナノアーキテクチャ転換に切り込むSamsungとimecの執念、そして各国の地政学的圧力のもとで不自然なほどのスピードで限界突破を迫られるTSMCの動きは、現代の半導体産業が新たな、そして未知の不確実な経済的ステージへと突入したことを明確に示している。
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