2025年第3四半期のx86プロセッサ市場は、一見すると奇妙なほどの「静けさ」に包まれていた。PCメーカーが年末商戦に向けて準備を始めるこの時期、例年見られる季節的な出荷増が見られず、市場全体の出荷量はほぼ横ばいという異例の事態となったのだ。しかし、この凪のような水面下では、業界の勢力図を塗り替えかねない、激しい潮流が進行していた。市場調査会社Mercury Researchが発表した最新データは、その静かなる変化の様相を克明に映し出している。
この変動の主役は、紛れもなくAMDだ。同社は停滞する市場をものともせず、Intelが長年築き上げてきた牙城を着実に切り崩し、特にデスクトップPC市場において、出荷シェアの3分の1を超えるという歴史的なマイルストーンを達成した。
なぜAMDは、市場全体が停滞する中で成長を遂げることができたのか。そして、王者Intelはこの猛追にどう対抗しようとしているのか。
異例の市場停滞、その裏で起きていたこと
今回の市場分析でまず注目すべきは、全体の出荷量が前四半期比で横ばいであったという点だ。これは、PCやサーバーのメーカーがCPUの調達を増やしたにもかかわらず、市場全体としては成長しなかったことを意味する。この不可解な現象の背景には、主に二つの要因が存在すると考えられる。
第一に、マクロ経済の不確実性と国際的な貿易摩擦への懸念から、多くの流通業者やメーカーが年前半に部品の「在庫積み増し」を行っていたという側面がある。これにより、第3四半期の新規発注が抑制された可能性がある。
そして第二の、より直接的な要因は、市場の巨人であるIntel自身が引き起こした供給のボトルネックだ。Mercury Researchの分析によれば、Intelは製造能力を、利益率の高い次世代サーバー向けプロセッサへと戦略的にシフトさせた。その結果、IoT(モノのインターネット)向けSoC(System-on-a-Chip)や、特にエントリーレベルのモバイルPC向けCPUの出荷が大幅に減少したのだ。
つまり、2025年第3四半期の市場は、需要そのものが冷え込んだわけではなく、むしろ最大手サプライヤーの戦略的な製品供給の偏りが、全体の数字を押し下げるという特殊な状況にあった。そして、このIntelが意図的に生み出した「空白地帯」が、競合であるAMDにとってはシェアを拡大する絶好の機会となったのである。
デスクトップ市場の地殻変動:AMD、シェア3分の1の壁を突破
今四半期、最も劇的な変化が見られたのがデスクトップPC市場だ。AMDはこのセグメントで驚異的な成長を遂げ、出荷シェアで過去最高となる33.6%を記録した。これは、前四半期の32.2%から1.4ポイント、そして前年同期からは実に5.2ポイントもの増加であり、ついに市場の3分の1という心理的な大きな壁を突破したことを意味する。今や、新たに市場に出荷されるデスクトップPCの3台に1台以上が、AMDの心臓部を搭載している計算になる。
この躍進を牽引したのは、エンスージアストやパフォーマンスを重視するユーザー層から絶大な支持を集める「Ryzen 9000」シリーズ(開発コード名:Granite Ridge)の好調だ。最先端のアーキテクチャを採用したこれらの製品群は、高いマルチコア性能と電力効率を両立させ、ハイエンド市場におけるAMDのブランドイメージを確固たるものにした。
一方で、Intelのシェアは66.4%へと後退した。この背景には、AMDの攻勢に加え、Intel自身の供給問題も影響している。皮肉なことに、数年前にリリースされた第13世代および第14世代Coreプロセッサ(Raptor Lake)が依然として高い人気を博しているものの、その供給が需要に追いついていない状況が指摘されている。新製品への移行期と旧製品の供給不足が重なり、結果的にAMDにシェアを奪われる形となった。
さらに重要なのは、この変化が単なる出荷台数の問題に留まらない点だ。AMDは、高価格帯のプレミアム製品の販売比率を高めることで、デスクトップCPU事業における収益でも過去最高を記録した。これは、AMDがもはや「安価な代替品」ではなく、市場で最も利益率の高いハイエンドセグメントにおいて、Intelと互角以上に渡り合う存在へと成長したことを明確に示している。
静かなる攻防、サーバー市場の深層
CPU市場において、最も利益率が高く、両社が技術の粋を集めて覇権を競うのがサーバー市場だ。この重要戦線においても、AMDは着実な前進を続けている。
第3四半期、AMDのサーバーCPU出荷シェアは27.8%に達し、前四半期比で0.5ポイント、前年同期比では3.5ポイント増加した。Intelが依然として72%以上の圧倒的なシェアを維持しているものの、AMDがデータセンターというIntelの「聖域」に確実に食い込んでいる事実は揺るがない。
ただし、その成長ペースは以前に比べてやや緩やかになっており、市場が新たな均衡点を探っている様子もうかがえる。今四半期のサーバー市場の本当の物語は、出荷台数のわずかな変動よりも、製品構成、すなわち「プロダクトミックス」の変化にあった。
AMDは、最新の第5世代EPYC「Turin」プロセッサの市場投入を加速させ、特にコア数の多い高性能モデルの需要を喚起した。対するIntelも、次世代のXeon 6「Granite Rapids」プロセッサの採用が拡大。両社ともに最新・最高性能の製品へのシフトが進んだ結果、サーバーCPU全体の出荷台数は横ばいながら、平均販売価格(ASP)は大きく上昇した。
この高付加価値化の流れは、特にAMDにとって追い風となっている。最新プラットフォームへの移行により、AMDのサーバー事業の収益は、出荷シェアの伸びを大幅に上回るペースで成長し、これもまた過去最高を記録した。データセンター市場の戦いは、単なるシェアの奪い合いから、より高度な性能と価値を提供する「高価格帯での競争」へと、その主戦場を移しつつあるのだ。
モバイル市場の複雑な構図
ノートPCなどに搭載されるモバイルCPU市場は、依然としてIntelがシェア78.1%を握る、牙城中の牙城だ。しかし、このセグメントでも変化の兆しが見られる。
2025年前半、AMDはモバイル市場でやや苦戦を強いられていたが、第3四半期にはシェアを前四半期の20.6%から21.9%へと回復させることに成功した。この回復劇の主な要因は、前述の通り、Intelがエントリーレベルの低価格帯CPUの供給を絞ったことにある。Intelが自社の戦略的事情で手薄にした市場セグメントを、AMDが的確にカバーした形だ。
この結果、両社ともに興味深い状況が生まれている。Intelは低価格帯製品の出荷が減ったことで、結果的に製品全体の平均販売価格が上昇した。一方でAMDも、Intelが供給不足に陥ったミドルレンジからハイエンドの領域で販売を伸ばし、収益性を高めた。モバイル市場は、Intelの圧倒的な支配が続く一方で、その足元では供給の偏りを突いたAMDの巧みな戦略が功を奏している、という複雑な様相を呈している。
全体像から見るIntelとAMDの現在地
各セグメントの動向を統合し、市場全体を俯瞰すると、両社の立ち位置がより鮮明になる。
ゲームコンソール向けのセミカスタムチップを除いた、純粋なPCおよびサーバー向けx86 CPU市場全体で、AMDのシェアは25.6%に達した。市場の4分の1を超えるというこの数字は、AMDがもはやニッチな存在ではなく、メインストリームの選択肢として完全に定着したことを象徴している。なお、PlayStationやXboxといったゲーム機向けチップを含めると、AMDのx86チップ全体におけるシェアは30.9%にまで跳ね上がる。これは、同社のビジネスがいかに多様な基盤の上に成り立っているかを示している。
一方で、Intelの視点に立つことも重要だ。同社は依然として市場の約4分の3を掌握する支配的なプレイヤーであり、その技術力と生産規模は他を圧倒する。最近では、ソフトバンクグループから20億ドル、NVIDIAから50億ドルという巨額の投資を受け、データセンター向けやPC向けのチップを共同開発するなど、その将来性への期待も大きい。これらの動きは、Intelが自社のファウンドリ(半導体受託製造)事業を核とした再建計画を着実に進めていることの証左でもある。
AMDの猛追を受けながらも、Intelという巨人は、次なる反撃に向けて静かに、しかし着実に力を蓄えているのだ。
Xデーは来るか?今後の展望と無視できない「第三極」の影
2025年第3四半期は、CPU市場の勢力図が静かに、しかし確実に変化していることを示した。今後の焦点は、AMDがこの勢いを維持できるか、そしてIntelが効果的な反撃を繰り出せるかにある。Intelが供給問題を解決し、次世代製品を市場に潤沢に投入できるようになれば、競争は再び激化するだろう。
しかし、この二社間の競争だけを見ていては、未来を見誤る可能性がある。彼らの足元では、x86アーキテクチャそのものを脅かす「第三極」、すなわちArmアーキテクチャの台頭が静かに進行しているからだ。
Mercury Researchによれば、PC市場におけるArmベースのプロセッサのシェアは、今四半期で11.6%に達したと推定されている。これはAppleが独自開発する「Apple Silicon」の成功と、ArmベースのCPUを搭載したChromebookの増加が主な要因だ。かつてはスマートフォンやタブレットの世界の技術と見なされていたArmが、今やPC、さらにはサーバー市場においても、無視できない存在感を示し始めている。
CPUを巡る戦いは、もはや「Intel対AMD」という二項対立の構図だけでは語れない。x86という長年の標準アーキテクチャに対し、Armという全く異なる設計思想を持つ挑戦者が、新たな競争軸をもたらしているのだ。
この三つ巴の戦いは、我々消費者にとっては、より高性能で電力効率に優れた、多様な選択肢が生まれることを意味する。2025年第3四半期の静かなる市場は、来るべき、よりダイナミックで予測不可能な大変革時代の幕開けでもあったのかもしれない。
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