クラウド上の巨大なサーバーではなく、手元のノートパソコンで高品質なAI画像生成を行う。これまで一部のハイスペックなマシンに限られていたこの体験が、より身近なものになろうとしている。AMDは2025年7月21日、Stability AIとの協業により、世界初となる「BF16」精度に対応したStable Diffusion 3.0 Mediumモデルを、同社の最新AIプロセッサー「Ryzen AI 300シリーズ」に搭載されたNPU(ニューラル・プロセッシング・ユニット)向けに最適化したと発表した。
この技術革新により、システムメモリが32GBに満たない一般的なノートPCでも、これまでディスクリートGPUを必要としたような、高精細なAI画像の生成が現実のものとなる。 具体的には、24GBのシステムRAMを搭載したノートPC上で、わずか9GBのメモリ消費で動作するという。 これは、AI PCのローカルでの可能性を大きく広げる、重要な一歩と言えるだろう。
ローカルAIの新たな地平を拓くAMDとStability AIの協業
この発表は、2024年6月のComputexでAMDが発表した「世界初のブロックFP16対応SDXL Turboモデル」に続く、Stability AIとの連携強化を示すものだ。 前回の発表が、精度と性能の両立に向けた第一歩であったとすれば、今回はそれをさらに推し進め、より高品質な「Stable Diffusion 3.0 Medium」モデルを、より少ないリソースで動かすことに成功した点で画期的である。

この新しいAIモデルは、Tensorstack社が開発するソフトウェア「Amuse 3.1 Beta」を通じて利用可能になる。 対応するのは、50TOPS(毎秒50兆回の演算性能)以上の性能を持つ「XDNA 2」アーキテクチャのNPUを内蔵した、AMD Ryzen AI 300シリーズ、またはRyzen AI MAX+シリーズのプロセッサーを搭載したノートPCだ。
これまで、Stable Diffusion Mediumのような高性能モデルをローカルで動かすには、強力なディスクリートGPUが必須とされてきた。 しかし今回の発表は、その常識を覆し、AI処理に特化したNPUだけで、クラウドサービスに匹敵するような高品質な画像生成への道を開いたことを意味する。
「BF16」が鍵を握る、高画質と低メモリの両立
今回の技術的ブレークスルーの核心は、「BF16(bfloat16)」と呼ばれるデータ形式の採用にある。 これは、従来のFP16(16ビット半精度浮動小数点数)と同等の画質や数値の忠実度を維持しながら、メモリ使用量を大幅に削減できるという特徴を持つ。
AIモデル、特に画像生成モデルは、その計算過程で膨大な量のデータを扱うため、メモリ消費量が性能のボトルネックになりがちだ。AMDとStability AIは、このBF16をNPUでの処理に最適化することで、モデルのピークRAM使用量を従来の約24GBから10GB未満へと劇的に削減することに成功した。 これにより、システムメモリが24GBという、ゲーミングPCやプロ向けワークステーションではない、より一般的なノートPCでも、高品質な画像生成が可能になったのである。
NPUが描き出す4MPの世界 – 2段階パイプラインの仕組み

さらに特筆すべきは、AMD XDNA 2 NPUの能力を最大限に引き出すために設計された「2段階パイプライン」だ。
- 第一段階:ベース画像の生成
まずNPUは、1024×1024ピクセル(2MP)のベース画像を生成する。 - 第二段階:高品質アップスケーリング
次に、専用のアップスケーリングカーネルを用いて、その画像を2048×2048ピクセル(4MP)という高解像度に向上させる。
このプロセス全体がNPU上で完結するため、CPUやGPUに大きな負荷をかけることなく、印刷にも耐えうる品質の画像を効率的に生成できる。
クラウド依存からの脱却 – ローカルAIがもたらす真の価値とは
この技術がもたらす価値は、単に技術的な進歩に留まらない。むしろ、ユーザー体験における革命と言えるかもしれない。
- コストからの解放: MidjourneyやChatGPT PlusのようなクラウドAIサービスとは異なり、サブスクリプション料金は不要だ(個人利用および年間収益100万ドル未満の中小企業の場合)。
- オフラインでの創造: 一度ソフトウェアとモデルをダウンロードすれば、インターネット接続は不要。飛行機の中やWi-Fi環境の悪いカフェなど、場所を選ばずにクリエイティブな作業に没頭できる。
- 高速な試行錯誤: ローカルで処理が完結するため、プロンプト(指示文)を少しずつ変えながら、理想のイメージを追求するイテレーション(反復作業)が迅速に行える。クラウドのようにクレジットの消費を気にする必要もない。
- セキュリティとプライバシー: 生成する画像やデータが外部のサーバーに送信されることがないため、プライバシーや機密性の高いプロジェクトでも安心して利用できる。
- 電力効率: XDNA 2 NPUは、AIワークロードを低い消費電力で処理するように設計されており、バッテリー駆動時でも長時間の利用が期待できる。
実際に、Ryzen AI 9 365プロセッサーを搭載したノートPCで試したところ、1枚の画像生成に約90秒かかったとの報告もある。クラウドの速度には及ばないものの、ローカルで、しかも無料で無制限に生成できるメリットは計り知れない。
実際に試すには? – ハードウェア要件と設定手順
この最先端のAI機能を体験するために必要な要件は以下の通りだ。
- ハードウェア:
- プロセッサー: AMD Ryzen AI 300シリーズ または Ryzen AI MAX+
- NPU: 50 TOPS以上のAMD XDNA 2 NPU
- システムRAM: 24GB以上
- ソフトウェア:
- 最新のAMD Adrenalin Driver
- Amuse 3.1 Beta
設定はシンプルで、Amuse 3.1をインストール後、EZモードで品質スライダーを「HQ」に設定し、「XDNA 2 Stable Diffusion Offload」のトグルをオンにするだけだ。
AMDは、高品質な画像を得るためのプロンプトのコツも公開している。まずシーン全体を記述し、次に構図の詳細、最後に色やスタイルを追加するという構造が効果的だという。また、完璧な結果は一度では得られないため、同じプロンプトで複数のシード(乱数生成の基)を試すことが推奨されている。
ローカルAIはどこへ向かうのか

もちろん、この技術はまだ発展途上だ。生成速度の向上や、現状では正方形の画像しか出力できないといった制限の克服など、今後の課題も残されている。
しかし、今回の発表は、AI PCが単なるバズワードではなく、具体的な価値をユーザーに提供する段階に入ったことを明確に示している。AMDとIntel、そしてQualcommといったプレーヤー間の競争が、ローカルAIの進化をさらに加速させることは間違いないだろう。
ノートパソコンのNPUが、ディスクリートGPUの役割の一部を担い始める。そんなコンピューティングの新しい時代が、もう目前まで迫っている。1年後、我々の手元のデバイスは、一体どこまで賢くなっているのだろうか。その進化から目が離せない。
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