2026年4月1日午後6時35分(米東部時間)日本時間2日午前7時35分、NASAのスペース・ローンチ・システム(SLS)ロケットがフロリダ州ケネディ宇宙センター第39B発射台を離れ、4人の宇宙飛行士を乗せた史上初の有人アルテミスミッション——アルテミスII——が月へ向けて飛び立った。1972年のアポロ17号以来、53年ぶりに人類が地球低軌道の外へと旅立つ瞬間だ。推定40万人以上がフロリダ州の打ち上げ現場に集まり、世界中の数百万人がNASAのライブ中継を見守った。

この10日間のミッションが完了するとき、乗組員は人類史上最も地球から遠い場所に到達する。月の遠側を回るタイミングで、アポロ13号の乗組員が1970年に記録した40万0171km24万8655マイル)を上回る40万6841km25万2799マイル)という新記録を樹立する見込みだ。NASAが今回のミッションに求めるのは、距離の記録よりもオリオン宇宙船の技術実証だ。

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4人の宇宙飛行士が刻む「初」の記録

アルテミスIIの乗組員は、4つの「史上初」を一度に体現している。ミッション・スペシャリストのChristina Koch氏は、低地球軌道を超えて飛行し月環境を訪れる初の女性として歴史に名を刻む。パイロットのVictor Glover氏は、同じ快挙を成し遂げる初のアフリカ系アメリカ人宇宙飛行士だ。カナダ宇宙庁(CSA)所属のJeremy Hansen氏は月周辺を訪れる初の非米国人であり、50歳のReid Wiseman司令官は月へ向かった宇宙飛行士として史上最年長となる。

Glover氏は打ち上げ前に「家族のために行く」と述べ、Koch氏は「チームメイトのために行く」、Hansen氏は「全人類のために行く」と続けた。この言葉は、アルテミスIIが国家プロジェクトを超えた意味を持つことを示している。61カ国が署名した「アルテミス合意」のもと、11カ国が開発に貢献した宇宙船で飛ぶこのミッションは、冷戦期の月競争とは本質的に異なる構造を持つ。

オリオン宇宙船が証明すべきこと——月面着陸への前哨戦

アルテミスIIの主目的は、月面着陸を目標とする将来ミッションのための技術実証だ。今回が初の有人飛行となるオリオン宇宙船に加え、欧州宇宙機関(ESA)が製造した欧州サービスモジュール(ESM)もまた、有人運用での能力を初めて問われる。2022年のアルテミスI無人テスト飛行ではESMは完璧な動作を見せたが、人間を乗せた状態での生命維持システム、ナビゲーション、通信システムの統合検証は今回が初となる。

乗組員は地球低軌道で約23.5時間を過ごしながらシステムチェックを実施した後、4月2日(木)にトランス・ルーナー・インジェクション(TLI)燃焼、つまり月への最終軌道投入を行う計画だ。「この54年間、NASAが宇宙飛行士に月への『ゴー』を出したことはなかった」(Space.com)。飛行ディレクターのEmily Nelson氏は、「私たちはこのシステムが準備できていることを確認したい。将来のより複雑なミッションで自動ドッキングを安心して実行できるよう、手動飛行制御の検証が重要だ」と述べている。

深宇宙での長期飛行が人体に与える影響の把握も、このミッションに課せられた課題だ。国際宇宙ステーション(ISS)が位置する高度約400kmの低地球軌道とは異なり、地球の磁気圏外での放射線被曝データや通信遅延の実態、生命維持システムの実運用記録は、将来の月面着陸任務や有人火星探査計画に直結する知見となる。

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アポロ13を超える、人類史上最遠の旅路

アルテミスIIが辿る軌道は「自由帰還軌道」と呼ばれる。推進なしでも月の重力スイングバイを利用して自然に地球へ帰還できる設計で、アポロ8号やアポロ13号も同様の軌道を使用した。Space.comは「アルテミスIIは、1968年に初めて宇宙飛行士を月周回軌道に送ったアポロ8号の21世紀版だ」と評している。

4月6日、オリオンが月の裏側に回り込む瞬間、乗組員は地球から40万6841kmという記録的な距離に達する。アポロ13号が1970年に機器の爆発事故というアクシデントの中で記録した数字を、今回は計画通りに、かつ安全な環境で超える。飛行士たちは月を回ったのち地球に向けて帰還し、10日間のミッション全体を終える。

チーフ飛行ディレクターのNelson氏は「人類がこれまで到達した中で最も遠い地点に達するというのは面白い統計だが、このミッションで学ぶ多くのことの方が、私にとってはずっと刺激的だ」と語り、数値上の記録よりも技術データの蓄積に意義を見出している。

SLSをめぐる商業宇宙との競争と政治的現実

アルテミスIIはまた、宇宙産業の構造変化の中でNASAの従来型システムが存続できるかを問う試金石でもある。SLSロケットはBoeingとNorthrop Grummanが開発し、2010年から始まった開発費は240億ドルを超える。1回の打ち上げコストは推定20億40億ドルとされ、再利用型ロケットを軸とするSpaceXのスターシップや、ブルー・オリジンのニュー・グレンと比較して大幅に高い。

NASAはすでにSpaceXとBlue Originを月着陸船の開発に起用しており、NASAのJared Isaacman長官はアルテミスV以降のミッションでSLSの打ち上げ任務を競争入札に開放する方針を先月発表した。KeyBanc Capital Marketsのアナリスト、Michael Leshock氏は「宇宙飛行士が搭乗している以上、リスクは極めて高い。アルテミスIIはNASAが実績ある商業オプションを評価する中での重要な検証ポイントだ」と述べている。

一方で、SLSには強力な政治的後ろ盾がある。テキサス州選出の上院歳出委員長Ted Cruz氏は、Trump政権がアルテミスIII後のSLS廃止を提案した際、ただちにアルテミスV以降の継続を法制化する対案を提出した。惑星協会の宇宙政策チーフ、Casey Dreier氏は「SLSを継続する必要性は政治的なものだ」と分析しており、商業ロケットの技術的・経済的優位性と、レガシー企業の雇用・供給網に根ざした政治的支持が対立する構図が続いている。

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月は「ロゼッタストーン」:火星探査への入り口としての意義

Koch氏はアルテミスIIの先に見据える科学的目標についてこう語っている。「月は、生命の痕跡が発見される可能性が最も高いとされる火星への踏み台だ。数十億の太陽系外惑星系にとってのロゼッタストーンになりえる。月に行くことで、これらすべてが解き明かされ始める」。

NASAのAmit Kshatriya副長官は打ち上げ前の記者会見で「53年前、人類は月を去り、戻ることはなかった。今、私たちは戻る」と述べた。アルテミスIV以降のミッションでは、月の南極付近への着陸と科学観測・サンプル採取が計画されており、2028年を目標に、アルテミスIIが積み重ねたデータがその土台となる。

今後のスケジュールでは、2027年にアルテミスIIIが地球低軌道で月着陸船とのランデブーおよびドッキング手順を検証し、2028年のアルテミスIVで初の月面着陸を目指す計画だ。2032年には月面基地の構築も視野に入れており、アルテミスIIはその長い道筋の最初の一歩となる。

53年の沈黙を経て、人類は再び深宇宙へと踏み出した。オリオンが月の裏側で地球との通信を絶やす数時間、4人の宇宙飛行士は1972年以来誰も経験したことのない孤絶と静寂の中に立つ。その先に開けるのは、彼らが帰還した後に積み上げられるデータと、次世代の月面探査に向けた確信だ。


Sources