宇宙開発の歴史において、2025年11月は極めて重要な転換点として記憶されることになるだろう。Jeff Bezos氏率いるBlue Originが、その主力ロケット「New Glenn(ニューグレン)」の驚くべき進化計画を発表したからだ。
先週、同社はNew Glennの第2回打ち上げにおいて、NASAの火星探査機「ESCAPADE」の軌道投入と、ブースターの海上着陸を成功させたばかりである。その熱狂も冷めやらぬ中、突如として公開されたのは、人類史上最大級のロケットであった「サターンV」をも凌ぐ、超大型バージョン「New Glenn 9×4」の構想であった。
怪物「9×4」の正体:サターンVを超える巨塔
Blue Originが発表したロードマップの中で最も注目すべきは、既存のNew Glenn(今後「7×2」と呼称される)の上位互換となる「New Glenn 9×4」の存在である。この名称は、ロケットの心臓部であるエンジンの構成に由来している。

1 エンジン構成の増強と推力の物理学
従来の「7×2」バージョンは、第1段に7基の「BE-4」エンジン、第2段に2基の「BE-3U」エンジンを搭載していた。対して、新たに発表された「9×4」バージョンは、その名の通り以下の構成となる。
- 第1段(ブースター): BE-4エンジン × 9基
- 第2段(アッパーステージ): BE-3Uエンジン × 4基
単純な数の増加だけではない。個々のエンジンの性能も極限まで引き上げられている。BE-4エンジンの推力は、従来の55万重量ポンド(lbf)から64万lbfへと強化される。これは、推進剤を極低温まで冷却して密度を高める「サブクール(過冷却)」技術の導入によるものだ。
【解説:なぜ冷やすと推力が上がるのか?】
ロケット燃料(液化天然ガスや液体酸素)は、温度を下げれば下げるほど体積が収縮し、密度が高まる。これにより、同じタンク容量でもより多くの質量の燃料を搭載できるだけでなく、ターボポンプを通じて燃焼室に送り込まれる推進剤の質量流量(マスフロー)が増加するため、結果としてエンジンの推力が向上するのだ。
2 圧倒的なペイロード能力
この推力増強により、New Glenn 9×4の打ち上げ能力は劇的に向上する。
- 地球低軌道(LEO)への投入能力: 70トン(70 metric tons)以上
- 静止軌道(GEO)への直接投入: 14トン以上
- 月遷移軌道(TLI)への投入: 20トン以上
従来の7×2バージョンがLEOへ45トンであったことを踏まえると、その能力は約1.5倍に跳ね上がる。これは、SpaceXの現行「Falcon Heavy」の完全使い捨てモードをも凌駕する数値であり、再使用型ロケットとしては異次元の性能である。
3 サターンVを見下ろす高さ
Blue OriginのCEO、Dave Limp氏が公開した比較図によれば、New Glenn 9×4の全高は、アポロ計画で人類を月へ送った伝説のロケット「サターンV」(約110メートル)よりも高い。これは、SpaceXが開発中の「Starship」(約123メートル)に肉薄するサイズであり、人類が建造した飛行物体として最大級の構造物となる。
巨大化するフェアリングと「容積」の価値
ロケットの性能を語る際、どうしても「重さ(ペイロード重量)」に目が向きがちだが、今回の発表で特筆すべきは「大きさ(ペイロード容積)」の拡張である。
1 直径8.7メートルの衝撃
New Glenn 9×4は、直径8.7メートルという巨大なペイロードフェアリング(衛星などを保護する先端カバー)を装備する。従来の7メートルでも業界最大級であったが、ここからさらに拡張される。
比較対象として、SpaceXのFalcon Heavyのフェアリングは直径5.2メートルである。この差は、科学ミッションにおいて決定的な意味を持つ。
2 次世代宇宙望遠鏡と居住モジュールへの恩恵
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)が複雑な折りたたみ機構を必要としたのは、ロケットのフェアリング径という制約があったからだ。8.7メートルという広大な内部空間があれば、次世代の巨大宇宙望遠鏡を「折りたたまずに」そのまま打ち上げることが可能になるかもしれない。これは開発リスクとコストを劇的に低減させる。
また、月面基地や火星有人探査に向けた大型の居住モジュールや、Blue Originが関与する国家安全保障プロジェクト「Golden Dome」のような巨大な宇宙インフラの構築にも、この容積は不可欠となる。
進化する再使用技術と運用思想
今回の発表は、単なる「大型化」だけではない。ロケットを「航空機のように」運用するための技術的ブレイクスルーも同時に提示された。
1 サーマルプロテクションとタンクの革新
再使用ロケットの最大の課題は、大気圏再突入時の高熱による損傷からの回復(リファービッシュ)時間である。Blue Originは、より高性能で再使用可能な熱防御システム(ヒートシールド)を開発し、整備時間の短縮を図るとしている。さらに、タンク設計の低コスト化や、フェアリング自体の再使用化も進められる。
2 「7×2」と「9×4」の並行運用
興味深いのは、新型が登場しても旧型(7×2)が引退するわけではないという点だ。両バージョンは並行して運用される。
- 7×2: 頻繁な商業打ち上げ、中規模の衛星コンステレーション向け。
- 9×4: 超大型貨物、深宇宙探査、巨大インフラ建設向け。
これは、顧客のニーズに合わせて最適な機体を提供するという、成熟した物流企業のような戦略的配置である。
Starshipとの対峙:月面着陸競争の行方
このタイミングでの「9×4」発表は、明らかにSpaceXのStarshipを意識したものだ。NASAの有人月面探査計画「アルテミス」において、両社はライバル関係にある。
1 アルテミス計画における冗長性
現在、アルテミスIIIおよびIVミッションの月着陸船(HLS)としてStarshipが選定されているが、開発の遅延が懸念されている。Blue Originは「Blue Moon」ランダーでアルテミスVへの参入を決めているが、さらに強力な打ち上げ機を持つことで、Starshipが遅れた場合の「バックアップ」としての地位をより強固なものにする狙いがあると考えられる。
2 開発タイムラインの現実味
内部情報として「早ければ2027年」にも9×4バージョンの飛行が可能であるという。Starshipが現在直面している技術的・規制的なハードルを考慮すれば、この「後発の巨人」が追い抜くシナリオも決して空想ではない。Bezos氏がAmazonから引き抜いたDave Limp CEOの下、Blue Originはかつての「亀」のような歩みから、製造業としての「量産・実戦」フェーズへ急速に変貌を遂げつつある。
大航海時代の再来
Blue OriginのNew Glenn 9×4は、単にエンジンが増えただけのロケットではない。それは、地球低軌道へのアクセスを「特別なイベント」から「日常的な物流」へと変え、さらにその先にある月や火星への道を物理的に拡張するインフラである。
70トンという質量と8.7メートルという容積。この2つの数字が、科学者やエンジニアたちの想像力の足枷を外し、これまで不可能だったミッションを現実のものにするだろう。
宇宙開発は今、一人の天才(Elon Musk)が独走する時代から、複数の巨人が技術を競い合い、互いに高め合う「真の大航海時代」へと突入したと言えるだろう。
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