ドイツのスタートアップ企業Cerabyteが、未来のデータアーカイブを形作るための野心的なロードマップを公開した。同社が開発する「セラミック・ナノメモリー」技術は、2030年までに標準的なデータセンターラック1台に100ペタバイト(PB)以上のデータを格納し、2GB/sを超える転送速度と10秒未満のアクセス時間を実現するという。これは、長年データアーカイブの主役であった磁気テープに代わる、高速、高密度、低コスト、そして驚異的な長寿命を誇るソリューションの登場を予感させるものだ。
「石」に刻むデジタルアーカイブの夜明け
ミュンヘンで開催された技術カンファレンス「A3 Tech Live」の壇上で、CerabyteのCMO兼共同創業者であるMartin Kunze氏が語ったビジョンは、データ爆発時代に直面する我々にとって、まさに一筋の光明と言えるかもしれない。
同社が掲げる2030年の目標は具体的かつ大胆だ。
- 容量: 100 PB以上 / ラック
- 転送速度: 2 GB/s 以上
- 初回データアクセス時間 (TTFB): 10秒未満
現在のテープライブラリと比較しても、その性能向上は明らかだ。この計画が実現すれば、AIやIoTによって生成され続ける膨大な「コールドデータ」——すなわち、頻繁にはアクセスされないが、長期保存が必要なデータ——の保管方法に地殻変動が起きる可能性は高い。
フェムト秒レーザーが拓く「セラミック・ナノメモリー」の核心
Cerabyteの技術は、その名の通りセラミックを利用する。しかし、我々が日常で目にする陶磁器とは全く異なる、ナノスケールの世界の話である。

その仕組みは、驚くほど物理的で、それゆえに堅牢だ。
- メディア: 厚さわずか100マイクロメートル(μm)の薄いガラス基板(タブレット)の上に、さらに薄い10ナノメートル(nm)のセラミック層がコーティングされている。
- 書き込み: データを記録する際には、「フェムト秒レーザー」と呼ばれる極めて短いパルスのレーザーを照射する。このレーザーがセラミック層に微細な穴(ピット)を物理的に刻むことで、「1」と「0」のデジタルデータを記録していく。
- 読み取り: データの読み出しは、高解像度のカメラシステムがこのピットのパターンを画像として捉え、瞬時にデジタルデータに変換する。
- システム: これらのガラス製タブレットは、磁気テープに似た形状のカートリッジに複数枚収納される。そして、テープライブラリでお馴染みのロボットアームが、棚からカートリッジを取り出し、書き込み・読み取りステーションへと搬送する。
磁気や電荷といった不安定な状態に依存する従来のストレージとは異なり、「物理的な穴」という形で情報を記録するこの方式は、原理的に経年劣化に極めて強い。Cerabyteは、このメディアの寿命を100年以上としており、7年から15年とされるテープの寿命を遥かに凌駕する。
壮大な目標へのマイルストーン:段階的進化の現実味
100PBという目標はあまりに壮大に聞こえるが、Cerabyteはそこに至るまでの現実的なロードマップを提示している。
時期 | 容量/ラック | 転送速度 | アクセス時間 (TTFB) | PB/月あたりTCO |
---|---|---|---|---|
2025-2026年 (パイロット) | 1 PB | 100 MB/s | 90 秒 | 約 $7,000 – $8,000 |
2027-2028年 (中期) | 数十 PB | 2倍以上に向上 | 半減 | – |
2029-2030年 (目標) | 100 PB以上 | 2 GB/s以上 | 10秒未満 | 約 $6 – $8 |
このロードマップが示すのは、単なる性能向上だけではない。注目すべきは、PBあたりの総所有コスト(TCO)の劇的な低下だ。現在のパイロットシステムにおける月額約7,000ドルから、2030年にはわずか6ドルから8ドルへと、実に1000分の1近くまで削減される可能性がある。この圧倒的なコスト効率は、技術が普及するための最も強力な推進力となるだろう。
“アーカイブの王者”テープへの挑戦状:性能、コスト、寿命の徹底比較
長らくアーカイブ市場の王者として君臨してきた磁気テープに対し、Cerabyteは明確な挑戦状を叩きつけている。
- 寿命: 100年以上(テープの7〜10倍以上)
- 転送速度: 最大2GB/s(最新のLTO-9テープの約2倍)
- コスト: 1TBあたり約1ドル(テープの約2ドルに対し半額)
- 環境負荷: Cerabyteがスポンサーの一員であるFurthur Market Researchの白書によれば、世界のデータストレージが排出するCO2を2%から1.25%に削減できる可能性があるとされている。
もちろん、これらは現時点での計画値であり、実際の製品でこの性能とコストが達成されるかは未知数だ。しかし、このポテンシャルに、業界の巨人たちも注目している。ストレージ大手のPure StorageやWestern Digital、そして米国の政府系ベンチャーキャピタルIn-Q-Tel、欧州イノベーション評議会(EIC)などが既に出資を行っており、これまでにシードラウンドで約1000万ドル、助成金で400万ドル以上を確保。現在は、事業を本格化させるためのシリーズAラウンドの資金調達を進めている段階だ。
巨人が見据えるガラスの未来:Microsoftとの静かなる競争
ガラスにデータを保存するというアイデアは、Cerabyteだけのものではない。ITの巨人Microsoftも、同様のコンセプトを持つ「Project Silica」を長年研究開発している。どちらもガラスを媒体とし、レーザーで記録するという点で共通しているが、それぞれが独自の技術アプローチで覇権を狙う。
この他にも、ホログラム技術を用いるHolomemや、特殊フィルムに記録するPiql、DNAストレージなど、次世代アーカイブ技術の開発競争は激化している。Cerabyteは、この競争の中で「より高速なアクセス」と「低コスト」を武器に、一歩先んじようとしているようだ。
100エクサバイトの夢と現実:2045年への展望と課題
Cerabyteのビジョンは2030年で終わりではない。同社はさらにその先、2045年を見据えている。書き込み技術を現在のフェムト秒レーザーから「ヘリウムイオンビーム」に進化させ、記録ビットのサイズを300nmからわずか3nmへと100分の1に縮小。これにより、ラックあたりの容量を100,000PB、すなわち100エクサバイト(EB)にまで高めるという、壮大な構想を描いている。
これはもはやSFの領域に聞こえるかもしれないし、現時点でその実現性を論じるのは時期尚早だと考えられる。しかし、こうした野心的な長期目標こそが、技術革新を加速させる原動力であることもまた事実だ。
Cerabyteが示したロードマップは、爆発的に増え続ける人類のデジタル遺産を、いかにして安全かつ効率的に、そして持続可能な形で未来へ継承していくか、という根源的な問いに対する一つの力強い回答だ。
もちろん、実用化への道は平坦ではないだろう。書き込み・読み取りの速度と精度の両立、メディアの安定した量産体制の構築、そして何より、計画通りの劇的なコスト削減を実現できるか。現在進行中のシリーズA資金調達の成否が、今後の行く末を左右するのは間違いない。このドイツの小さなスタートアップが、データストレージの歴史に新たな1ページを刻むことができるのか、楽しみなところだ。
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