スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH Zurich)の研究者が2026年11月、衝突時に変形して衝撃を吸収するクアッドコプター「FlexiQuad」を発表した。中央本体を持たない輪状のフレームが特徴で、離陸重量は405 g。研究論文によると、屋外での手動操縦試験では垂直方向に84 km/h超、水平方向に77 km/h超を記録し、4.5 m/s(16.2 km/h)でパネルに正面衝突しても損傷しなかった。さらに、改良機を使った別の研究では、壁への衝突後に自律的に飛行を立て直す実験にも成功している。ただし、ETHが発表した「最大約25 km/h」という衝突試験速度は、公開論文で確認できる数値とは一致せず、両論文とも査読前の段階にある。柔軟な機体によって高速飛行と衝突耐性、衝突後の回復を両立できるのか。その可能性と、実用化に向けて残る課題を検証する。
方向によって硬さが変わる輪状フレームと、モーターごとに分散した電池
衝突に強いドローンの研究は、FlexiQuadが初めてではない。スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)が2017年に発表した昆虫型ドローンは、厚さ0.3 mmのガラス繊維フレームを磁石の継ぎ手で中央ケースに固定し、衝突時には継ぎ手が外れることで衝撃を逃がす構造だった。2 mの高さから50回以上落下させても恒久的な損傷は生じなかったという。この研究にはStefano Mintchevが参加している。FlexiQuadは中央ケースそのものをなくし、4つのモーターをつなぐ輪状フレーム全体を柔軟にした点で、従来の設計とは異なる。
FlexiQuadを開発したのは、ETH ZurichのLuca Girardi(現在はETH Mobile Robotics Lab所属)と、開発当時ETH Zurichの教授だったMintchev(現在はBonn大学の農業ロボティクス教授)だ。開発はETH ZurichのEnvironmental Robotics Labで進められ、大学は構造設計に関する特許を出願し、2026年のSpark Awardにもノミネートされたと発表している。ETHによると、Girardiは約5年にわたって開発を続けてきた。中央の補強がない機体を初めて飛ばした際には、本当に飛行できるのか疑問を抱いていたという。同氏は今回の発表で「柔らかいからといって、必ずしも遅いわけではない(Soft doesn't automatically mean slow)」と述べている。
ETHの発表では論文名が明示されていないが、Girardi、Gabriel Maquignaz、Mintchevの3人が2025年11月7日にarXivへ投稿した論文(arXiv:2511.05426)が、同じ機体を扱っている。2026年11月4日時点で公開されているのは初版のみで、査読待ちと記されている。論文によると、機体の直径は216 mm。FR-4と呼ばれるガラス繊維複合材の帯板4枚(各145.5×54×0.5 mm)をつないだ輪を骨格とし、330 mAhの3セル電池4本を各モーターの下に1本ずつ配置している。
この設計には、2つの重要な特徴がある。1つ目は、力が加わる方向によってフレームの硬さが異なる「異方性」だ。輪の面内方向には柔らかく、プロペラの推力方向に対する曲げ剛性はその2.2倍となっている。飛行中は推力を支える方向の剛性によって形状を保ち、壁に衝突して輪の面内に力が加わると大きく変形する仕組みだ。論文によると、フレーム全体の剛性は従来の機体より3桁低く、約1000倍柔らかい。
2つ目は、電池を中央にまとめず、各モーターの下に分散させたことだ。電池を中央に集めると、柔らかい輪状フレームが中央の重りを支えながら加速するため、振動が大きくなる。研究チームが同じ剛性のフレームに電池を集中配置したモデルを有限要素解析で調べたところ、加速時の振動はモーター部分で13倍、制御ユニットで8倍に増加した。これは実機での測定値ではなく、シミュレーションによる比較結果である。また、論文では最適な剛性範囲を0.006〜0.77 N/mmと推定しており、20〜3000 gの機体に適用できるほか、鳥や昆虫の翼の剛性とも重なると分析している。
では、これほど柔らかい構造で高速飛行は可能なのか。屋外での手動操縦試験では、直線加速度3 g超、角加速度300 rad/s²超を記録した。推力重量比は4.15で、最高速度は垂直方向に84 km/h超、水平方向に77 km/h超に達した。ETHの発表では「最高80 km/h」、論文の要旨では「80 km/h超」と表現されているが、垂直方向と水平方向を区別した数値は論文本文に記載されている。論文は、フレームの柔軟性が機動性を損なうとは限らないと結論づけており、Girardiも剛性の高いドローンに匹敵する直線加速度と角加速度を得られたと説明している。
衝突時の荷重は最大39分の1に。ただし数値は試験条件によって異なる
FlexiQuadの衝突耐性については、複数の試験で異なる数値が報告されている。飛行中の正面衝突では4.5 m/sで損傷がなく、機体を固定したベンチ試験ではピーク荷重が最大39分の1に低下した。さらに、シミュレーションではピーク減速度が剛性フレームの4分の1未満となっている。それぞれの試験条件と比較対象を整理すると、次のようになる。
| 数値 | 試験の種類 | 条件 | 比較対象 |
|---|---|---|---|
| 4.5 m/sで損傷なし | 飛行試験 | 手動操縦で、垂直に設置したMDFパネルに正面衝突 | なし |
| ピーク荷重が最大39分の1 | ベンチ試験 | 固定した機体のプロペラ付近に、5 m/sの振り子式アルミ棒を衝突させる | 同質量のカーボン製剛性機 |
| 機体を傾けるトルクが15分の1 | ベンチ試験 | 同上 | 同質量のカーボン製剛性機 |
| ピーク減速度が4分の1未満 | 2次元有限要素解析 | 1、3、5 m/sの衝突を計算 | 剛性フレームのモデル |
これらは異なる条件で得られた結果であり、39分の1という荷重の減少と、4分の1未満という減速度の減少を同じ基準で比較することはできない。特に、実際の飛行試験と、機体を固定した試験、シミュレーションの結果は区別する必要がある。
飛行試験では、手動操縦で加速した機体を、垂直に設置したMDFパネルに3 m/sと4.5 m/sで正面衝突させた。いずれの速度でも、構造的・機能的な損傷は確認されなかった。3 m/sで衝突した際に制御ユニットが受けたピーク加速度は25.2 gだった。柔らかい輪状フレームが変形することで、衝撃を受ける時間は剛性機の約10倍に延びる。同じ衝撃をより長い時間に分散して受け止めることで、制御ユニットに伝わる加速度のピークを抑えている。
一方、ベンチ試験は飛行中の衝突を再現したものではない。機体を台に固定し、振り子式のアルミ棒を5 m/s(運動エネルギー5.06 J)でプロペラ付近に当て、障害物をかすめるような衝突を模している。同じ質量と電装部品を持つカーボン製の剛性機(ホイールベース220 mm)と比較した結果、ピーク荷重は最大39分の1、機体を傾けるトルクは15分の1となった。ただし、試行数はFlexiQuadが6回、剛性機が8回と限られている。
論文の要旨に登場する「衝突耐性4倍」と「5 m/sの正面衝突でも損傷しない」という結果も、実際の飛行試験から得られたものではない。研究チームは制御ユニットに生じるピーク加速度の逆数を衝突耐性の指標とし、1、3、5 m/sの衝突を2次元有限要素解析で評価した。その結果、剛性フレームと比べてピーク減速度が4分の1未満になると推定された。解析モデル自体は0.5〜2 m/sの落下試験で検証されているものの、飛行中の正面衝突で損傷がなかったと確認できる速度は4.5 m/sまでである。
ここで気になるのが、ETHの公式発表と論文の数値の食い違いだ。ETHは最大約25 km/hで衝突試験を実施したと説明しているが、公開論文で確認できるのは、初代FlexiQuadの損傷を伴わない正面衝突が4.5 m/s(16.2 km/h)、後述する改良機の探索的な自律回復試験が6.05 m/s(21.8 km/h)までである。25 km/hは約6.9 m/sに相当し、いずれの数値も下回っている。ETHによると、衝突試験の速度は主に加速に必要な空間の制約によって決まっていたという。
もっとも、この違いだけでETHの発表が誤っているとは断定できない。論文に記載されていない試験が実施された可能性もある。また、4.5 m/sの試験は屋外での手動操縦による飛行であるのに対し、6.05 m/sの試験は室内のモーションキャプチャーによる位置補助を利用した探索的な試行であり、条件が異なる。少なくとも、今回確認した2本の論文には、25 km/hでの衝突に耐えたことを裏づけるデータは掲載されていない。
壁への衝突後、22回中19回の自律回復に成功した「REFLEX」
FlexiQuadの研究は、衝突に耐えるだけでなく、衝突後に飛行を立て直す段階へ進んでいる。2026年10月11日にarXivへ投稿された続報の論文「REFLEX」(arXiv:2610.15867)では、平均5.03±0.09 m/sで壁に衝突させた実験で、22回中19回(86%)の自律回復に成功したと報告されている。同じ機体、同じ条件で標準のPX4(オープンソースの自動操縦ソフトウェア)を使用した場合は、14回中1回(7%)にとどまった。REFLEXを使用した試験では、最後の15回の衝突からの回復が1回の飛行中に連続して成功している。この論文はJakob HermelerとLuca Girardiが同等の貢献をした研究で、Stefan LeuteneggerとStefano Mintchevが指導しており、ICRA 2027に投稿中の査読前論文である。
実験に使用したのは、FlexiQuadを改良した重量0.371 kgの機体で、初代の405 gモデルとは異なる。柔軟な輪状フレームは衝突時の衝撃を吸収できる反面、衝突後も振動が残るため、飛行を安定させることが難しい。そこでREFLEXでは強化学習を利用し、シミュレーション上で衝突後の回復動作を学習させた。訓練には、実機を47回衝突させて取得した衝突直後の状態データを用いている。学習済みの制御方策は機体に搭載されたフライトコントローラー上で動作するが、回復制御を開始するタイミングや速度推定の再初期化、通常の飛行制御へ戻す判断には、室内のモーションキャプチャーが利用されている。したがって、機上のセンサーだけで衝突後の回復を完結できることが実証されたわけではない。
過去の研究と比較すると、REFLEXの特徴が見えてくる。論文にまとめられた先行研究では、壁への衝突後に自律的に飛行を立て直した速度は、2017年の2.0 m/sから2025年の3.7 m/sまでだった。具体的には、Dickerら(2017年)が2.0 m/s、Liu and Karydis(2021年)が2.58 m/s、同(2023年)が3.5 m/s、Bredenbeckら(2025年)が3.7 m/sである。これに対し、REFLEXは約5 m/sでの衝突後に22回中19回の回復に成功している。
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"type": "bar",
"title": "壁衝突からの自律回復の速度(REFLEX論文による)",
"unit": "m/s",
"categories": ["2017 Dickerら", "2021 Liu and Karydis", "2023 Liu and Karydis", "2025 Bredenbeckら", "2026 REFLEX(平均)"],
"series": [
{ "name": "自律回復の速度", "values": [2.0, 2.58, 3.5, 3.7, 5.03] }
],
"caption": "既報値はREFLEX論文の関連研究節による。機体と条件は研究ごとに異なる",
"source": "arXiv:2610.15867"
}ただし、グラフに示した数値は同じ条件で比較されたものではない。先行研究の速度はREFLEX論文の関連研究節から引用したもので、各研究の原典は確認していない。機体の構造や質量、位置推定に使用した補助手段、回復成功の判定基準も異なる。REFLEXの実験は平らな剛体壁へのほぼ正面からの衝突であり、位置推定には室内のモーションキャプチャーが使われている。
REFLEXの論文では、さらに高速な衝突からの回復も報告されている。探索的な飛行試験では6.02 m/sと6.05 m/sで衝突し、いずれも回復に成功した。論文は、これが自律回復を実証した先行研究の最高速度を64%上回ると説明している。ただし、6 m/s級での成功はわずか2回であり、論文自身も、この結果だけでは回復の信頼性や必要な空間を評価できないと断っている。
より高速な衝突に耐えたドローンの研究も存在する。REFLEX論文によると、Zhaらが2024年に発表した正二十面体のテンセグリティ構造を持つ機体は、7.8 m/sでの壁衝突に耐えたが、飛行を再開するには着陸と再離陸が必要だった。また、IEEE Robotics and Automation Lettersの2026年3月刊行号(第11巻第3号)に掲載されたPham、Loianno、Hoらの「HoLoArm」は、トンボの翅の結節構造に着想を得た柔軟なアームを採用している。論文要旨によると、7.6 m/sまでの衝突に耐え、衝突方向と強さに応じて0.3〜0.6秒で回復できたほか、540 gの荷物を運びながら安定飛行したという。HoLoArmも強化学習で得た制御方策をPX4上で動作させている。ただし、研究ごとに回復成功の定義が異なるため、単純な速度比較で優劣を判断することはできない。REFLEXの性能差を直接裏づけるのは、同一機体・同一条件で実施された標準PX4との比較試験である。
180 mmの隙間通過や荷物の運搬も実証。実環境での自律飛行には課題が残る
FlexiQuadの柔軟な構造は、衝突耐性以外にも利用できる。論文によると、公称幅254 mmの機体が、180 mmの隙間を飛行しながら通り抜けることに成功した。機体幅の約70%しかない空間を通過できたことになる。輪を縮める仕組みには9 gのサーボモーターと糸を使用しており、対角方向に縮めた場合は推力効率が79%から68%に、C字形に縮めた場合は73%に低下した。一方、障害物との接触によって受動的に変形して通過する方式は、サーボを使って能動的に縮める場合より約10倍速かった。
荷物を扱う能力も実証している。飛行中に136 gの救急キットをつかんで運搬し、指定した位置で放す実験に成功した。また、ETHは自重を上回る荷物を持ち上げたとも説明している。中央に大きな空間がある構造は、荷物を保持する仕組みを組み込むうえでも特徴的だ。
ETHによると、機体フレームの材料費は15スイスフラン未満で、欧州中央銀行が11月3日に公表した参照レートでは約2900円未満に相当する。輪状フレームを開いて平らにすれば、中型のスーツケースに収納することも可能だという。ただし、材料費や収納性に関するこれらの説明はETHの発表に含まれるもので、論文の初版には記載されておらず、独立した検証も行われていない。
想定される用途としてETHが挙げるのは、船舶のバラストタンクの点検、倒壊した建物内での捜索救助、樹木が密集した森林での環境計測などだ。Girardiは、中央の空洞に網を張り、不審なドローンを捕獲する用途も構想している。しかし、いずれも現時点では実証されていない。ETH自身も、実験室の外で運用するには、周囲の環境を確実に認識して自律航行できる能力が必要だと説明している。
REFLEXについても、実環境に導入するまでには検証すべき条件が残されている。論文が対象としたのは、平らな壁へのほぼ正面からの衝突であり、斜め方向からの衝突や障害物をかすめるような接触、不規則な表面への衝突は検証されていない。さらに、モーションキャプチャー以外の位置推定手段や、機上センサーだけを使って回復制御の開始を判断する仕組みも未検証である。初代FlexiQuadの論文は査読待ちの初版のみで、REFLEXもICRA 2027に投稿中の段階にあるため、今後の査読を通じて試験条件や数値の解釈が修正される可能性もある。
Girardiは、剛性の高いドローンでは障害物の検知が遅れて衝突すると任務を継続できなくなる一方、FlexiQuadなら衝突に耐えられるため、従来機には危険すぎる速度で飛行できる可能性があると説明する。今回の研究では、高速飛行、衝突時の衝撃吸収、衝突後の自律回復がそれぞれ実証された。ただし、これらを実環境で一体的に機能させられるかは、まだ確認されていない。 今後は、斜め方向を含む多様な衝突条件への対応と、機上センサーだけによる周囲認識・自律航行・回復判断が、実用性を評価するうえで重要になる。
