全固体電池の性能が実車レベルで証明されたのは、ここ1年ほどの話だ。

Factorial Energy(以下Factorial)が開発したFEST®(Factorial Electrolyte System Technology)セルは、77 Ahの容量と375 Wh/kgのエネルギー密度を誇る。Stellantisによるラボ検証では、600サイクル以上にわたって性能を維持し、15%から90%までの急速充電をわずか18分で完了させた。動作温度の許容範囲も広く、-30°Cの極寒から45°Cの環境までカバーし、最大4Cの放電レートを記録している。すでに実車への搭載も始まっており、メルセデス・ベンツは改造したEQSにこのセルを組み込み、1回の充電で1,205 km(749マイル)を走破した。目的地への到着時点でも、さらに約135 km(84マイル)を走行できる残航続距離が残されていたという。Stellantisも同じ技術を用いたセルをDodge Charger Daytonaのプロトタイプに組み込み、2026年6月から北米の公道で本格的な実走テストを開始している。

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固体電池が超えられていない一つの壁

問題は性能ではない。製造のスケールだ。

液体電解質を使わず固体素材で代替する固体電池は、電解質層の均質化や、充放電に伴う体積変化の中で電極との接合を維持することが極めて難しく、製造歩留まりが低い。先行するToyotaでさえ全固体電池の量産目標を2027年から2028年としており、技術ライセンサーモデルをとるQuantumScapeも2026年時点でパイロット生産の段階にとどまる。業界全体のコンセンサスとして、大規模量産の時期は2027年から2030年以降に設定されているのが実情だ。

Factorialが2026年7月29日にSK OnとMOUを結んだのは、この「量産の壁」を突破するためだ。彼らは新設のギガファクトリーを自前で建設するのではなく、既存の製造インフラを活用して固体電池を量産できないかを探ろうとしている。

なぜSK On、なぜ今か

SK Onは世界合計で年間200 GWhを超える生産能力を持つ有数の電池メーカーであり、そのうちの約半分にあたる約100 GWhが米国に集中している。Hyundai Motor Group、Ford、Volkswagen、Ferrariといった名だたる自動車OEMに電池を供給してきた実績から、大規模量産における厳密な工程管理のノウハウを蓄積している。

Factorialが追求するアプローチを「キャピタルライト(軽資本)戦略」と呼ぶ理由がここにある。自社で数千億円規模の製造設備を一から建設するのではなく、すでに世界水準の稼働実績を持つパートナーの工場に乗り込み、そこでFEST®技術が設計通りに動くかどうかを検証する。最終的に歩留まりの高い定量的な製造プロセスが確立できれば、FactorialはSK Onが持つ既存のラインを使って、商業化に要する膨大なコストと時間を大幅に圧縮できる計算だ。

Factorial CEOのSiyu Huang氏は、「電池の突破口は、量産できなければ意味がない。SK Onの製造能力は世界最高水準の施設に及んでおり、そのノウハウが固体電池技術を製造エコシステムへと統合する上で不可欠になる」と述べている。Mercedes-Benz、Stellantis、Hyundai、Kia、そしてIQTから出資を受けるスタートアップにとって、量産という最後のピースを埋めるパートナーとしてSK Onは申し分ない相手と言える。

さらに、「なぜ今か」という問いに対しては、もう一つの文脈がある。固体電池の製造エコシステム構築に向けて、Factorialは韓国勢との関係を着実に積み上げてきた。2025年11月には材料大手のPOSCO Future MとMOUを結び、2026年1月には同社から直接出資を受けた。続いて2026年2月には製造設備に強みを持つPhilenergyと製造協業のMOUを結び、LG Chemとの間でもすでにMOUを締結済みだ。今回のSK Onとの提携は、この綿密に組み立てられた韓国製造連合ネットワークの延長線上に位置している。

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SK Onが置かれた文脈

ただし、SK Onを単純に「巨大な製造パートナー」として描くのは正確ではない。彼ら自身もまた、米国市場において急激な戦略の転換を迫られている当事者だ。

2025年末、SK OnとFordは米国での電池製造合弁事業「BlueOval SK」の解消で合意し、2026年5月に手続きを完了した。この合弁解消は双方に重い代償を伴い、Fordは2026年中頃だけで36億ドルの損失を計上している。背景にあるのは、Trump政権による7,500ドルの連邦EV税額控除(tax credit)の廃止だ。これにより米国内のEV需要は大きく押し下げられ、積極的な米国展開を描いていた両社の前提が崩れ去った。合弁事業を支えていた96億ドル規模のエネルギー省(DOE)ローンも再構築と縮小を余儀なくされている。

BlueOval SK解消後、SK OnはTennessee工場を単独で引き継いだ一方で、EV向け需要の落ち込みをカバーするため、エネルギー貯蔵システム(ESS)向けの生産転換を模索している。ジョージア州のCommerce工場(22 GWh)など既存拠点の稼働率をどう維持するかが急務となっている。

こうした厳しい状況の中で発表された今回のMOUは、SK Onにとっても、余剰となりつつある既存インフラの新たな活用先を探る動きとして読める。ESS向けのLFP(リン酸鉄リチウム)電池への転換という守りの一手と並行して、Factorialの次世代技術の製造可能性を自社のラインで評価し、将来のEV市場回復期に向けた選択肢を手元に置いておく格好だ。

SK On Future Technology研究所長のKi-soo Park氏は「SK Onの技術と製造の知見を活かして、固体電池技術の技術的実現可能性と製造準備状況を評価するものだ」と述べ、次世代電池への協業を継続する意向を慎重な表現で示している。

「非拘束の連鎖」に透ける量産のハードル

今回のMOUは非拘束(Non-binding)だ。守秘義務などの特定の条項を除き、両社はいつでもこの合意から離脱できる。既存ラインでの製造可否を技術的に確認した上で、初めて定量的な合意に進むというのがプロセスの設計であり、Factorialが先行して結んだ韓国各社との契約も概ね同じ構造を取っている。

この「非拘束の連鎖」に何を見るかは、立場によって異なる。製造実績のないスタートアップが、複数の産業大手を評価パートナーとして同じテーブルに束ねている事実は、FEST®技術への強い信頼の表れと見ることもできる。反面、そのどれ一つとして、現時点で拘束力のある最終的な生産契約に昇格していないことは、固体電池の量産という壁の高さと、実現可能性に対する業界内の慎重な見方を示してもいる。

製造パートナーの陣容と、実車での圧倒的な走行データはすでに揃った。次に試されるのは、「SK Onの巨大な既存ラインで、Factorialのセルが量産コストに見合う歩留まりで本当に作れるのか」という一点だ。その技術評価の結果がいつ明らかになるのか、そしてそれが拘束力のある契約へと結実するのかは、現時点で具体的なスケジュールとしては示されていない。