Googleは2026年8月26日、音声文字起こし専用モデル「Gemini 3.5 Transcribe」を公開プレビューにした。リアルタイム音声を処理するLive APIと、録音済みファイルを扱うInteractions APIに分かれ、85を超える言語を自動検出する。両APIとも、発話をそのまま残す逐語モードと、話し言葉を読みやすく整えるSmartモードを選べる。
ただし、整文と証跡性の高い記録は同時に得られない。フィラーや言い直しを消すSmartモードは、話者分離や単語単位の時刻と併用できないからだ。開発者は「きれいな文章が欲しいのか」「誰がいつ何を言ったかを残すのか」を先に決めなければならない。
文字起こしは「記録」と「編集」に分かれる
Liveと録音版の既定値はverbatimである。「えー」「あの」といったフィラー、反復、言い直しを残し、発話を逐語的に返す。録音版では、このモードに話者ラベルや単語単位の開始・終了時刻も追加できる。会議の確認用記録、字幕の後編集、監査で原音へ戻る必要がある用途に向く設計だ。
もう一つのsmartは、文字起こしの後処理までモデルに任せる。フィラーやどもりを除き、「火曜、いや水曜」のような自己訂正を最終意図へまとめる。さらに段落や箇条書きを組み、日付、通貨、数値の表記も整える。Liveでも録音版でも選択でき、音声メモやメールの下書きなら、人が最初に行う編集を減らせる。
ただし、録音版のsmartは話者分離と単語単位の時刻に対応しない。話者別の会議録を作りたい場合は、まずverbatimで記録し、別工程で要約や整文を行う必要がある。Liveはモードにかかわらず話者分離と単語単位時刻を返さない。1回の呼び出しで完成原稿と監査用ログを同時に作るAPIではない。
10分のLiveと1時間の録音版
2つのAPIは同じ機能を速度違いで提供するものではない。上限と返せる情報が異なる。
| 項目 | リアルタイム版 | 録音版 |
|---|---|---|
| モデルID | gemini-3.5-transcribe-live |
gemini-3.5-transcribe |
| API | Live API | Interactions API |
| 最大音声時間 | 1セッション10分 | 通常1時間 |
| 話者分離 | 非対応 | 最大8人、3人以上は実験的 |
| 単語単位の時刻 | 非対応 | 対応、精度低下の可能性あり |
| Smart整文 | 対応 | 対応 |
| カスタム語彙 | 最大1,000語句 | 最大1,000語句 |
リアルタイム版はWebSocketでraw 16-bit PCM音声を送り、途中結果と確定結果を受け取る。Googleはサブ秒のレイテンシを掲げており、音声入力、ライブ字幕、音声エージェントの認識層を想定する。一方、1セッションは10分までで、話者分離はできず、時刻も発話単位に限られる。10分を超える配信を扱うなら、接続をどう継続するかを実装前に確かめなければならない。
録音版は通常1時間まで処理できる。ただし、話者分離か単語単位の時刻を有効にすると30分へ短くなる。API資料では最大8人を受け付ける一方、3人以上の話者帰属は実験的だ。発表ブログは「最大3人」と紹介しているが、3人目の帰属まで安定機能になったという意味ではない。会議室で発言が重なる場面を「8人対応」という仕様だけで判断するのは早い。
カスタム語彙は両方で最大1,000語句を渡せる。製品名、略語、人名のような認識候補を優先させる機能だが、Googleは通常100語句程度までで良い結果を得やすいとしている。大きな社内辞書をそのまま投入するより、会議や業務ごとに候補を絞る方が現実的である。
WER 2.6%はSmart品質の点数ではない
GoogleはArtificial Analysisの測定として、平均単語誤り率(WER)がストリーミングで4.0%、非ストリーミングで2.6%だったと説明する。Artificial Analysisが公開するAA-WER v2.0は、音声約8時間を使い、音声エージェント向けデータを50%、議会発言と企業決算通話を各25%で重み付けする。WERは、正解文に対して単語の置換、削除、挿入がどれだけ生じたかを見る指標で、低いほど逐語認識が正確だ。最終文字起こしが確定するまでの時間も、従来のChirp 3から70%短縮したとしている。
別に示されたFLEURSの「主要ロケール」評価では、ストリーミングのWERが5.50%、非ストリーミングが5.04%だった。こちらは多言語性能を見る評価であり、4.0%と2.6%の平均値とは対象が異なる。Googleは発表ページで、FLEURS評価に含めたロケールの一覧や言語別の内訳を公開していない。2.6%を日本語の誤り率と受け取ることはできない。
WERにはもう一つ限界がある。smartが「火曜、いや水曜」を水曜へ正しくまとめたか、箇条書きへの変換で意味を落とさなかったかは、逐語的な単語差だけでは測り切れない。Smartモードを業務へ入れるなら、WERに加えて、数字や固有名詞を保持した割合、自己訂正を正しく解決した割合、意図しない削除の頻度を測るべきだ。
単語単位の時刻を有効にすると認識精度が下がる可能性があることも、Google自身が明記している。ベンチマークの最小値を、そのまま全機能を有効にした会議録の品質へ当てはめてはならない。
1,000分で5ドル、低優先度バッチはChirpが安い
Gemini APIの有料層では、録音版の概算実効料金が1分約0.005ドル、Liveが約0.009ドルである。1,000分を処理すると、公表単価上は録音版が約5ドル、Liveが約9ドルになる。実際の請求は音声入力とテキスト出力のトークン数で決まるため、これはGoogleが示す標準的な換算値だ。
既存のCloud Speech-to-Text V2は、Chirpを含む標準認識が月50万分まで1分0.016ドルで、1,000分なら16ドルになる。録音をSmartで整えるGemini録音版は1分約0.005ドル、低遅延のGemini Liveは約0.009ドルで、どちらも公表概算単価はChirpの標準認識を下回る。ただし、Liveと録音版では得られる時刻や話者情報が違うため、価格だけで置き換えられない。
一方、急がない処理に使うdynamic batchは1分0.003ドル、1,000分で3ドルだ。大量のアーカイブを夜間に処理するならChirpの低優先度バッチ、音声入力やすぐ返す議事録ならGeminiという分け方ができる。新モデルが既存APIを全面的に置き換える料金構成ではない。
無料層も用意されるが、料金表では無料層の入力がGoogle製品の改善に使われ得る区分になっている。有料層は改善に利用しない区分だ。顧客通話や未公開会議を扱う企業は、無料かどうかより先に、契約上のデータ処理条件を確認する必要がある。
日本語では意味保持を同じ音源で測る
Gemini 3.5 TranscribeはGemini APIとGemini Enterprise Agent Platformで公開プレビュー中だ。消費者向けでは、英語対応のGeminiアプリmacOS版と、AndroidのGboardにあるRamblerへ同系統の機能が入っている。Chromeの任意の入力欄で話して入力する機能も提供予定である。
日本語はAPIの対応言語に含まれ、Ramblerの対応言語にも挙げられている。しかし、公開された平均WERから日本語の品質は判定できない。専門用語と英数字が混ざる会議、複数人が重なる録音、言い直しの多い音声を用意し、verbatimとsmartへ同じ音源を通す必要がある。誤字を数えた後は、Smartが削った語と残した数字を原音へ戻して追えるかも確かめたい。それが、整文を業務に任せられる条件になる。



