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GoogleがA2AプロトコルをLinux Foundationに寄贈し「AIのインターネット」構築へ

Y Kobayashi

2025年6月25日

AI業界は、静かな、しかし決定的な地殻変動の只中にある。2025年6月23日、Google Cloudは自社開発のAIエージェント間通信プロトコル「Agent2Agent (A2A)」を、中立的な非営利団体であるLinux Foundationに寄贈すると発表した。また、合わせてAmazon Web Services (AWS)、Microsoft、Salesforce、SAP、ServiceNowといった、普段は市場の覇権を争う巨人たちが創設メンバーとして名を連ねる「Agent2Agentプロジェクト」の発足が発表され、これはまさにAI業界が「分断」から「協調」へと大きく舵を切った歴史的瞬間と言えるだろう。

この動きは、乱立するAIエージェントが互いに連携できずに価値を損なう「サイロ化」のリスクを回避し、AI版の「インターネット」とも言うべき相互運用可能なエコシステムの基盤を築こうとする壮大な試みの始まりだ。だがなぜGoogleは自社の戦略的資産とも言える技術を手放したのか。そして、この巨人たちの握手は、我々のビジネスや社会にどのような変革をもたらすのだろうか。

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サイロ化するAI、「標準化戦争」前夜の膠着状態

生成AIの進化は、自律的にタスクをこなす「AIエージェント」の時代の到来を告げた。チャットボット、コーディング支援、データ分析、業務自動化など、様々な領域でAIエージェントが生まれ、企業の生産性を飛躍的に向上させる可能性を秘めている。

しかし、その発展には大きな壁が立ちはだかっていた。それが「相互運用性の欠如」だ。例えば、Salesforce上で動く営業支援エージェントが、顧客とのアポイントを調整するためにMicrosoft 365のカレンダー情報にアクセスし、経費精算のためにSAPのシステムと連携するといった、プラットフォームを横断したシームレスな連携は極めて困難だった。

各ベンダーが独自の仕様でエージェントを開発すれば、AIエコシステムはプラットフォームごとに分断された「サイロ」の集合体と化してしまう。ユーザーは特定のベンダーに囲い込まれる「ベンダーロックイン」に陥り、開発者はプラットフォームごとに異なる仕様に対応せざるを得ず、イノベーションの速度は著しく低下する。これは、かつてのOS戦争やブラウザ戦争が引き起こした非効率の再来に他ならない。業界は、まさに血を血で洗う「標準化戦争」勃発前夜の、重苦しい膠着状態にあったのだ。

Googleの戦略的譲歩:なぜ自社技術を手放したのか?

この膠着状態を打ち破ったのが、Googleの「戦略的譲歩」だった。A2Aプロトコルを自社で抱え込み、Google Cloud Platform (GCP) のエコシステムを強化するという選択肢もあったはずだ。しかし、それではAWSやMicrosoftといった宿敵が追随することは決してない。Googleは、短期的な独占的利益よりも、長期的なエコシステム全体の発展を選んだ。その背景には、極めて冷静な戦略的計算が存在する。

1. デファクトスタンダード(事実上の標準)の確立
筆者が在籍していた頃のGoogleもそうであったが、同社は常にプラットフォーム戦略を重視してきた。自社の技術をオープンな標準として提供することで競合を巻き込み、業界全体のルールメーカーとなる。これは、オープンソースのAndroidでモバイルOS市場を制圧した成功体験にも通じる。A2AがAIエージェントの「共通言語」となれば、その上で動く膨大なアプリケーションやサービス市場が生まれる。その巨大な市場において、Googleは自社のAIモデル(Gemini)やクラウドインフラ(GCP)で優位性を発揮できると踏んでいるのだ。

2. 「パイの拡大」戦略
特定のパイを奪い合うのではなく、業界全体のパイそのものを巨大化させる戦略だ。AIエージェントが相互に連携できるようになれば、これまで不可能だった複雑なタスクの自動化が実現し、AI市場は爆発的に拡大する。市場全体が成長すれば、リーディングカンパニーであるGoogleが享受する利益もまた大きくなる。

3. Linux Foundationという「中立地帯」の活用
この戦略を成功させる上で、A2Aを「Linux Foundation」という信頼性の高い中立組織に寄贈したことが決定的に重要だった。これにより、A2AがGoogleの一存で左右されない、真にオープンでコミュニティドリブンなプロジェクトであることが保証される。AWSやMicrosoftといった競合他社も、安心してこの「中立地帯」に参加し、プロトコルの発展に貢献できる。これは、コンテナ技術KubernetesがCNCF (Cloud Native Computing Foundation) の下で業界標準となった成功モデルの再現と言えるだろう。

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巨人が手を組む「Agent2Agentプロジェクト」の衝撃

このプロジェクトの創設メンバーの顔ぶれは、その戦略的重要性を何よりも雄弁に物語っている。Google、AWS、Microsoft、Salesforce、SAP、ServiceNow。これらは、世界のエンタープライズソフトウェア市場を支配する巨人たちだ。彼らが「A2A」という一つの旗の下に集ったという事実は、A2AがエンタープライズAIの相互接続における標準プロトコルとなることが、事実上、確定したことを意味する。

McKinseyの調査によれば、多くの企業が生成AIの導入を進める一方で、その価値を具体的な収益向上に繋げられずにいる。この「価値創出の壁」の大きな原因こそ、システム間の連携不足だった。A2Aは、この壁を打ち破るための重要な鍵となる。

Linux FoundationのExecutive DirectorであるJim Zemlin氏が「次世代のエージェント間連携による生産性向上の時代を解き放つ」と語るように、このプロジェクトが目指すのは、個々のAIの能力向上に留まらない。AI同士が協調することで、人間には不可能だったレベルの複雑で高度なタスクを自律的に処理する、新たな生産性革命の実現なのである。

A2Aがもたらす企業変革と未来の産業構造

A2Aの標準化は、企業、開発者、そして産業構造そのものに、不可逆的な変化をもたらすだろう。

  • 企業ユーザーの解放: ベンダーロックインの呪縛から解放され、業務に最適なAIエージェントを異なるベンダーから自由に選択し、組み合わせることが可能になる。例えば、顧客からのクレームメールをトリガーに、ServiceNowのエージェントが自動でサポートチケットを発行し、SAPのエージェントが関連する製品の在庫や出荷データを確認、その情報を基にSalesforceのエージェントが顧客情報を更新し、最終的にMicrosoft 365のエージェントが担当者のカレンダーにフォローアップの予定を登録する、といった一連のプロセスが、人間を介さずに瞬時に完結する。McKinseyが提唱する「agentic AI mesh(エージェント型AIメッシュ)」が、現実のものとなるのだ。
  • 開発者のイノベーション加速: 開発者は、A2Aプロトコルに準拠しさえすれば、自らが開発したAIエージェントをあらゆるプラットフォーム上で動作させることができるようになる。これにより、ニッチな特定業務に特化したユニークなAIエージェントを開発するスタートアップなどが次々と登場し、イノベーションが劇的に加速することが期待される。
  • 競争の主戦場のシフト: 通信プロトコルというインフラレイヤーが「協調領域」となることで、競争の主戦場は、より上位のレイヤーへとシフトする。今後は、個々のAIエージェントの「賢さ」や、特定の業界・業務に特化した知識、そして複数のエージェントを束ねて高度なソリューションを提供する能力が、企業の競争力を左右することになるだろう。
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AI版「インターネット・モーメント」の幕開け

今回のGoogleによるA2Aの寄贈とAgent2Agentプロジェクトの設立は、Web標準(W3C)がインターネットの爆発的普及を促し、コンテナ技術の標準化(Kubernetes/CNCF)がクラウドネイティブ時代を切り拓いたように、AIが真の社会インフラへと進化するための歴史的転換点、いわばAI版の「インターネット・モーメント」の幕開けである。

これまでバラバラに存在していたAIたちが、共通の言語を得て対話し、協調し、新たな価値を創造していく。我々は今、その壮大な社会変革の始まりを目撃している。この地殻変動は、すべての企業にとって、自社のAI戦略を根本から見直すことを迫る、避けては通れない問いを突きつけているのだ。


Sources

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