小惑星探査機「はやぶさ2」が、秒速約5.2kmで小惑星トリフネの表面から約400mを通過した。JAXAが2026年7月30日に公表した解析結果では、目標点からのずれは120mに収まり、最接近直前にはレーザー高度計LIDARが約20kmと約15kmの2地点で測距に成功した。小惑星フライバイ中のレーザー測距は世界初であり、約400mという表面距離も太陽系天体のフライバイ探査で最小だという。今回の成果は接近記録に加え、高速で通過する小天体を狙い、その大きさと軌道を測る二つの技術を同じ遭遇で確かめた点にある。

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800mの目標を、中心距離744mで通過

7月5日18時30分00.31秒、はやぶさ2はトリフネの中心から約744mの地点を通過した。事前に設定した目標は中心から約800mで、実際の通過位置は目標点から120mずれていた。800mと744mの差を取った56mが誘導誤差になるわけではない。目標点からのずれは通過面上の位置関係を含む量であり、両者は別の指標である。

この精度は、地上と探査機上で役割をつないで得た。計画では、フライバイ16日前から3時間前まで地上の電波光学複合航法で軌道を詰め、2時間前から5分前は新開発のオンボード航法誘導へ移る。実運用では7月1日のTCM-B、4日のTCM-C、5日のTCM-Dに続いて、探査機上のソフトウェアが制御した。JAXAは一連の誘導が「おおよそ予定通り」に機能したと評価している。

リュウグウ到着時の最終的な相対速度は秒速数cmだった。これに対し、トリフネとの相対速度は秒速約5.2kmである。しかも、固定式の光学航法カメラで天体を追うには探査機全体の姿勢を変えなければならず、最接近中に素早く回頭する能力はない。そこで姿勢変更を抑えたまま細部を写せるよう、通過距離そのものを縮めた。

高速フライバイで数百mを狙う難しさは先例からも分かる。NASAの技術実証機Deep Space 1は1999年、小惑星Brailleへ約240mまで近づく計画だったが、オンボード航法へ渡すデータの問題によって実際の通過距離は約26kmとなった。はやぶさ2は、運用時にトリフネを1,400m×400mと安全側に大きく見積もりながら、衝突を避けて観測距離を詰めた。

2秒未満の窓を射抜いた2回の測距

LIDARが距離を捉えたのは18時29分56.5秒と57.5秒だった。最接近の約4秒前と約3秒前に当たり、測距値はそれぞれ約20kmと約15kmである。LIDARは最接近4分前から1分後まで毎秒1回レーザーを照射していたが、計画通りの軌道と姿勢でも光がトリフネへ届くのは2秒に満たない時間帯しかなかった。得られた2点は、その短い窓と1秒間隔の照射が重なった結果である。

難しさは時間だけにない。レーザーは20km先で直径約30m、15km先では約23mの範囲に絞られる。長軸約840m、短軸約340mと推定された細長い天体へ、探査機の軌道と姿勢を合わせ、反射光をノイズと区別する機器設定も成立させる必要があった。LIDARの測距上限は25kmなので、最初の約20kmという値は機器の届く範囲に入って間もない地点でもある。

ただし、レーザーが表面のどこに当たったかは確定していない。JAXAは機器間の時刻を精密に合わせ、照射地点を形状モデル上へ置く解析を続けている。形状モデルが改訂されれば、中心・表面からの最小距離やトリフネの寸法も変わり得る。世界初という成果と、測定値の最終確定は分けて見る必要がある。

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49.5kmから0.78kmへ、測る技術が防衛になる

フライバイ後、トリフネの軌道誤差は大きく縮んだ。フライバイ時刻における誤差は、事前の49.5kmから0.78kmへ改善している。どちらも3σの値で、誤差幅は約63分の1になった。トリフネの大きさも、長軸約840m、短軸約340m、平均直径540mと推定された。

この改善をLIDARの2点だけに帰すことはできない。はやぶさ2は接近前から光学カメラでトリフネを捉え、地上では電波追跡を重ねた。最接近の約1時間前からは中間赤外カメラTIR、近赤外分光計NIRS3、LIDARも観測に加わっている。画像、距離、探査機の追跡データを組み合わせた遭遇全体の成果である。

レーザー測距が加えるのは、画像だけでは欠ける距離の物差しだ。大気のない宇宙では、遠くの大きな天体と近くの小さな天体が写真上で似て見える。レーザーの往復時間から距離を直接測れば画像に実寸のスケールを与えられ、異なる時刻の距離を追跡データと合わせれば天体の位置と速度も絞り込める。危険な天体が見つかったとき、衝突回避策を選ぶ前に「どこを飛び、どれほどの大きさか」を早く確定する。その調査能力もプラネタリーディフェンスの一部である。

能動的に光を当てるレーザーは、太陽光の向きにも左右されにくい。写真では影になる側からも距離を得られるため、接近できる軌道や時刻を観測条件だけで狭めずに済む。もっとも、はやぶさ2のLIDARは測距上限が25kmで、今回は2点を得た段階だ。JAXAが将来像として挙げる、日照条件の悪い高速フライバイで誘導や形状推定に使うには、より高性能な照射装置と測距点の積み重ねが要る。

JAXAは今回の遭遇を「ファースト・レコン」、すなわち既に太陽系空間を飛ぶ探査機を危険天体の緊急調査へ転用する構想の実証とも説明してきた。トリフネは地球へ衝突する天体ではないが、限られた観測時間で軌道と物性の手がかりを集める運用は、緊急調査と共通する。

DARTの衝突実証とは役割が違う

JAXAは、120mの誘導結果から「探査機を小さな小惑星に衝突させることが可能な制御技術」を実証したと評価した。ここで確かめたのは、小天体の近傍へ高速で探査機を導く能力である。はやぶさ2はトリフネへ衝突しておらず、天体の軌道も変えていない。

NASAのDARTは2022年、直径約160mの小惑星Dimorphosへ意図的に衝突し、運動エネルギー衝突法で天体の運動を変えるところまで実証した。DARTが担ったのは「ぶつけて動かす」試験であり、トリフネ・フライバイは「狙って近づき、通過しながら測る」試験だった。日本が将来、衝突体を担う場合に必要な誘導技術へ近づいた一方、衝突効果や軌道変更量を測る試験は今回の成果に含まれない。

しかも、はやぶさ2は2014年12月の打上げから11年以上が過ぎた探査機である。6月時点ではイオンエンジン4台のうち3台が実質的にほぼ使えず、残る1台にも劣化の兆候があった。2025年3月に異常が出たリアクションホイールについても、問題を起こす回転反転を避ける運用が組まれた。専用の新造衝突機ではなく、設計寿命を超えた探査機を使って精密誘導と高速観測を成立させたことが、今回の技術的な厚みである。

残る判断材料は、LIDARの照射位置、改訂後の形状モデル、TIRやNIRS3を含む物性解析だ。照射地点が定まれば、各観測画像へ正確な距離と位置関係を与えられる。そこに温度とスペクトルの解析を重ねたとき、短時間の高速フライバイで天体の軌道と性質をどこまで絞れるかが明らかになる。精密誘導の先にある「緊急偵察」の価値は、その情報量と精度で測られる。