米国の制裁下で、中国の技術的自立の象徴と目されるHuawei。同社が開発するAIアクセラレータ「Ascend」シリーズは、市場を支配するNVIDIAの代替となる「国産の切り札」として大きな期待を背負ってきた。しかし、その輝かしい期待とは裏腹に、現実は厳しい様相を呈している。TikTokを運営するByteDance、Eコマースの巨人Alibaba、そしてSNSとゲームで圧倒的な存在感を放つTencentといった中国のテックタイタンたちが、Huawei製チップの大量導入に二の足を踏んでいるのだ。
その背景には、単なる性能比較では語れない、根深い問題が横たわっている。報じられているのは、テスト段階で露呈した「過熱」という物理的な欠陥、そしてNVIDIAが15年以上にわたって築き上げてきたソフトウェアエコシステム「CUDA」という、あまりにも高く、厚い壁の存在である。国産化への道は、なぜこれほどまでに険しいのか。
致命的な欠陥?「過熱問題」が揺るがす信頼性
情報筋が伝えるところによると、HuaweiのAIチップ、特にNVIDIAのH100に対抗するとされる「Ascend 910C」の評価は芳しくないようだ。The Informationの報道によれば、ByteDanceやAlibabaが実施したテストにおいて、このチップのサンプルが周期的に過熱する問題が確認されたという。
AIの学習や推論を実行するデータセンターにおいて、熱問題は単なる不快な副産物ではない。それは、システムの安定稼働を脅かし、チップの寿命を縮め、最終的には演算性能そのものを低下させる致命的な欠陥となりうる。冷却には莫大なコストがかかり、過熱は火災などの物理的なリスクにも直結する。この「熱すぎる」という評価は、ミッションクリティカルな環境での利用を前提とする大手テック企業にとって、信頼性への深刻な懸念を抱かせるには十分すぎる理由だ。
Huaweiはこの問題に対し、最大384個のAscendチップを連携させるスーパーコンピュータシステム「CloudMatrix 384」といったソリューションを提示している。これは個々のチップ性能の不足を数で補う戦略とも言えるが、根本的な熱問題が解決されない限り、大規模システムはさらなる電力消費と排熱問題を生むだけで、本質的な解決策とはなり得ないだろう。
乗り越えられない「CUDAの壁」- 15年分のエコシステムの呪縛
たとえハードウェアの性能問題が解決されたとしても、Huaweiの前にはさらに巨大な壁が立ちはだかる。それが、NVIDIAのソフトウェアプラットフォーム「CUDA(Compute Unified Device Architecture)」である。
CUDAは単なるドライバやライブラリではない。AI開発者にとって、それは15年以上の歳月をかけて最適化され、世界中の研究者やエンジニアが慣れ親しんだ開発言語であり、膨大なツール群であり、そして知識の集積地そのものだ。中国のテック大手は、これまで巨額の資金と時間を投じて、自社のデータセンター、ソフトウェア、そしてエンジニアのワークフローをこのCUDAエコシステムの上に構築してきた。
Huaweiは対抗策として独自のソフトウェアスタック「CANN(Compute Architecture for Neural Networks)」を提供しているが、関係者の声として伝えられるのは、その機能性がCUDAに遠く及ばないという厳しい現実だ。CUDAからCANNへの移行は、単に機材を入れ替えるような単純な話ではない。それは、蓄積されたコードを書き換え、エンジニアを再教育し、長年培ってきた開発ノウハウを一度リセットすることを意味する。この「スイッチングコスト」は天文学的なものとなり、企業経営の観点からは非現実的と言わざるを得ない。
あるテック企業の幹部は、「我々がHuaweiのプラットフォームに適応するのではなく、Huaweiが我々のプラットフォームに適応すべきだ」と語ったと報じられている。これは、挑戦者であるHuaweiがいかに不利な立場に置かれているかを如実に示す言葉ではないだろうか。
行く手を阻む、いくつもの障壁
過熱問題とCUDAの壁に加え、Huaweiの挑戦をさらに困難にする要因は複数存在する。
- 豊富なNVIDIA製チップの在庫: 米国の輸出規制が強化される前に、中国のテック大手はNVIDIA製のGPU(規制対応版のH20など)を大量に備蓄した。Tencentの社長が認めたように、その在庫はまだ尽きておらず、差し迫ってHuawei製チップに乗り換える必要性がない。
- 競合という関係性: Huawei自身がクラウドコンピューティング市場における強力なプレイヤーであることも、採用を躊躇させる一因だ。AlibabaやTencentにとって、Huaweiはビジネス上の競争相手であり、自社のインフラの心臓部を競合のハードウェアに委ねることは、戦略的なリスクを伴う判断となる。
- 米国の規制という「毒」: 2025年5月、米国商務省は「Huaweiの先進AIチップを許可なく使用した企業は、米国の輸出管理規制に違反したと見なされ、重大な罰則の対象となる可能性がある」という強烈な警告を発した。これは、海外に事業展開する中国企業にとって、Huawei製チップがビジネス上の「毒」になりうることを意味する。事実、この警告を受けて、ある中国のデータセンター企業はHuaweiチップの暫定的な発注をキャンセルしたと伝えられている。
- 高まる独自開発の機運: 全てをHuaweiに頼るのではなく、DeepSeekのように自社でAIチップを開発しようとする動きも出始めている。これは、将来的にHuaweiの潜在顧客が、むしろ競合相手になる可能性を示唆している。
活路はどこに? 険しすぎる国産化への道
大手テック企業からの受注に苦戦する一方で、Huaweiは中国の国有企業(SOE)や地方政府への販売で活路を見出している。これは、国家的な技術自立という政治的な後押しが強い分野での需要を確保する、現実的な戦略と言えるだろう。
しかし、世界のAI開発をリードする民間テック企業の支持を得られない限り、NVIDIAの牙城を崩すことは難しい。Huaweiが提案するCloudMatrix 384も、最先端のAI学習でメモリ効率を大幅に改善するFP8形式にネイティブ対応しておらず、翻訳ツールを介する必要があるなど、最適とは言えない部分が残る。
皮肉なことに、NVIDIAは中国市場からの逆風を受けながらも、UBSのレポートによれば「数10ギガワット規模」のAIインフラプロジェクトという巨大な需要を背景に絶好調を維持している。
Huaweiの挑戦は、ハードウェアの信頼性、巨大なソフトウェアエコシステム、複雑なビジネス上の競合関係、そして地政学的な逆風という、幾重にも重なった障壁との戦いと言えるだろう。中国の技術的自立という壮大な目標の前に立ちはだかる現実は、あまりにも厳しく、その道のりは極めて険しいと言わざるを得ない。
Sources
- The Information: Nvidia’s Biggest Chinese Rival Huawei Struggles to Win at Home