ペロブスカイト-シリコンタンデム太陽電池の効率記録は、ここ数年「また更新」のニュースが相次ぎ、数字を追うだけでは進歩の実態がつかみにくくなっている。そんな中、ドイツのHelmholtz-Zentrum Berlin(HZB)が2026年8月26日に発表した数字は30.3%(認証値29.7%)にとどまり、同年7月にLONGiが樹立した業界記録35.5%はもちろん、HZB自身が2022年に記録した32.5%さえ下回る。効率だけを見れば後退にも映るこの発表の核心は、ペロブスカイト吸収層の成膜で大面積化が課題とされる溶液法を避け、有機ELディスプレイ産業由来の蒸着技術を採用したという製法面にある。
効率30.3%はなぜ「世界記録」ではないのか
HZBの発表によれば、今回の成果は溶媒フリー共蒸着法とCsCl(塩化セシウム)の超薄膜種層を組み合わせたペロブスカイト-シリコンタンデム太陽電池で、効率30.3%(認証値29.7%)を達成したというものだ。研究を主導したのはViktor Skorjanc氏で、チームを率いるMarcel Ross氏の名も発表に並ぶ。この内容は学術誌『Joule』に掲載されたと報じられており、対応するarXivプレプリントは2025年11月28日に投稿済みだ。
だが、この30.3%を「世界記録」と呼ぶのは正確ではない。業界全体の記録はLONGiが2026年7月14日に欧州の第三者認証機関ESTIの認証で樹立した35.5%であり、HZB自身も2022年12月に32.5%という数字をすでに記録している。今回の認証値29.7%は、その自己記録すら2.8ポイント下回る水準だ。実際、発表元の記事も「world record」という表現は使わず、蒸着ベースの手法としては傑出した数字だと限定的に位置づけている。
効率の数字だけを追えば、この発表は前進どころか停滞に見えてしまう。だが評価軸を製法に移すと、話は変わってくる。HZBが今回踏み切ったのは、ペロブスカイト吸収層の成膜を溶液法から溶媒フリーの蒸着プロセスへ切り替えることだ。
有機ELディスプレイの蒸着技術が量産効率に効く仕組み
これまでペロブスカイト吸収層の多くは、前駆体材料を溶媒に溶かし、基板上に塗布してから溶媒を蒸発させる溶液法で作られてきた。スロットダイやブレードコーティングなど量産を意識した溶液塗布技術も開発が進み、KAUSTとHZBの共同チームはブレードコーティングで31.2%の認証効率を報告している。ただしこうした手法も、溶媒の乾燥速度や残留をどう均一に制御するかが依然として課題で、基板が大型化するほど塗布ムラが生じやすくなる。太陽電池パネルを量産するには数十センチから1メートル級の基板全面で品質を揃える必要があり、溶液法はここで壁にぶつかりやすい。
HZBが採用した共蒸着法は、ペロブスカイトの前駆体材料を真空中で蒸発させて基板に直接堆積させる手法で、この吸収層の成膜工程には溶媒を使わない。これは有機ELディスプレイ(OLED)の製造で確立された蒸着技術をペロブスカイト太陽電池に転用したもので、Von ArdenneやMBraun/CreaPhysといった真空蒸着装置メーカーがすでに持つ量産ノウハウと親和性が高い。吸収層について溶媒を扱う工程が不要になるため、大面積での膜厚や組成のばらつきも抑えやすくなる。ただし正孔輸送層に使うMeO-2PACzは今回もスピンコートによる溶液プロセスのままであり、セル全体が完全に溶媒フリーになったわけではない。
CsClの超薄膜を種層としてMeO-2PACz層の上に加えたことが、この成果の技術的な要になっている。この種層が有機前駆体の取り込みを均一化し、界面で局所的に発生しがちなヨウ化鉛(PbI2)の偏在を防ぐ。その結果、ペロブスカイトの結晶粒が大きく均一に育ち、欠陥が減って性能のばらつきが抑えられる。結晶粒の境界は電荷が再結合して失われやすい欠陥源になるため、粒径を大きくして境界の総面積を減らすことが、変換効率と再現性の両方を底上げする基本原理になる。
Ross氏は「実験室での記録的効率を、信頼性が高く産業的に量産可能なタンデム技術へ橋渡しする現実的な一歩」と述べている。効率の数字そのものより、この橋渡しの実現性こそが研究チームの狙いだったとみられる。
LONGiとHZB、17年の効率記録レースをたどる
ペロブスカイト太陽電池の研究は、2009年に宮坂力氏らが色素増感型で3.8%の効率を報告したのが起点とされる。そこから17年で35.5%まで伸びてきた効率競争に今回の認証値29.7%を当てはめると、LONGiの世界記録35.5%との差は5.8ポイント、HZB自身の過去記録32.5%との差は2.8ポイントだ。第三者認証済みの数字で比較する限り、蒸着法をベースにしたHZBの成果は業界トップ水準になお5ポイント以上の差をつけられている計算になる。
LONGiの記録更新のペースを見ると、2023年11月の33.9%から2024年6月に34.6%、その後34.85%、35.2%を経て2026年7月に35.5%に達している。約2年8カ月で1.6ポイントの上積みであり、LONGiは着実に効率を伸ばし続けてきた。
一方のHZBは2020年に29.15%、2021年11月に29.8%、2022年12月に32.5%と記録を重ねてきたが、2023年以降はLONGiをはじめとする各社に効率面で追い抜かれている。HZBの認証値29.7%を基準に相対値で見ると、LONGiとの5.8ポイント差は約20%、HZB自身の過去記録との2.8ポイント差は約9%の発電量差に相当する規模だ。この2023年以降の推移が示すのは、効率競争から一歩退き、量産可能な製法の確立に軸足を移すという選択だ。
LONGiは自社の技術資料で、単一接合太陽電池の理論最大効率(最適なバンドギャップにおけるShockley-Queisser限界、33.7%)を引き合いに、タンデム構造ならば理論上約43%まで到達しうると説明している。ただしこの33.7%は理想的なバンドギャップ(約1.34eV)における一般的な上限であり、シリコン自体のバンドギャップ(約1.12eV)に基づく理論限界は29.4%程度とされる。シリコン単接合セルの実効率記録はこの29.4%に年々近づいており、2026年5月にはJA SolarとGold Stone EnergyがTÜV Rheinland認証で28.2%を達成したと報じられている(それ以前は情報源により26.81%、27.09%、27.3%といった数値も見られた)。
量産化の壁、その先にある日本の接点
量産化に向けた最大の壁は耐久性だ。ペロブスカイトは熱や湿度、紫外線への耐性がシリコンより低く、劣化が速いことが知られている。事業として採算に乗せるには、出力が初期の80%を維持する期間(T80)が25年を超えることが目安とされる。この25年という水準は、既存のシリコンパネルで一般的に設定される保証期間とほぼ同等であり、ペロブスカイト陣営がシリコンに追いつくべき最低ラインとして意識されている。
鉛を含む組成であることも環境・健康面での懸念材料になる。電子機器の有害物質使用を制限するRoHS指令には、専門業者が設計・設置する据え置き型の太陽光パネルを対象外とする例外規定があるが、太陽光パネル全般が一律に除外されているわけではない。鉛が環境中に漏出するリスクへの懸念は根強く、廃棄・リサイクル段階での管理体制が課題として指摘されている。耐久性と鉛含有への懸念という二つの課題は、量産化の可否を左右する具体的な条件として残っている。
実際に商用化まで進んだ例と比べると、研究室の記録との距離がわかる。Oxford PVによれば、2024年9月に世界初となる商用タンデムモジュールの出荷を始めたが、そのモジュール効率は24.5%で、標準的なシリコン単体パネルに比べ発電量が最大20%多いとOxford PVは主張する。ドイツ・ブランデンブルクの拠点は生産能力100MW規模であり、研究室の記録値と商用製品の性能の間には、なお大きな開きがある。
日本の動きとして、積水化学は2026年3月27日、フィルム型ペロブスカイト「SOLAFIL」の事業化を決定し、さいたま市や滋賀県、福岡県など環境省採択案件、東京都のAirソーラー先行導入事業向けに供給協議を始めたと発表した。軽量なフィルム型の単接合セルという点で、HZBが手がける結晶シリコン基板上の高効率タンデムとは別のカテゴリーに位置する。日本のディスプレイ産業はOLEDパネルの量産で真空蒸着プロセスを長年運用してきた実績を持つが、その設備やノウハウがペロブスカイト太陽電池の量産に転用されるという具体的な計画は、積水化学・HZBいずれの発表からも今のところ確認できない。積水化学の取り組みが示すのは、成膜方式の違いを超えて、日本企業がペロブスカイト太陽電池の量産技術を独自に模索している段階にあるという事実だ。
効率の先にある、量産技術としての次の一歩
IE記事とarXivプレプリントのいずれも、量産コストの具体的な試算や耐久性データ、商業化のスケジュールには触れていない。量産ラインでの歩留まりや、大面積パネルに引き伸ばした際の効率維持率といった、実用化の可否を左右する数字も示されていない。今回の発表はあくまで、成膜プロセスの技術的な到達点を示したものであり、製品化までの距離はまだ数字で語られていない。
それでも、今回の30.3%という数字を「後退」と読むのは誤りだ。HZBが選んだのは、ペロブスカイト吸収層の成膜を溶液法から量産可能な蒸着プロセスへ切り替えるという、効率とは別の指標での前進だ。効率記録は今後もLONGiをはじめとする各社が更新を重ねるとみられるが、その記録が量産ラインでそのまま再現できるとは限らない。効率の数字だけを追って一喜一憂するより、どちらの製法が先に量産ラインへ乗るかを注視するほうが、この技術の実態を捉える近道になる。
Ross氏が語った「信頼性が高く産業的に量産可能なタンデム技術への橋渡し」という言葉は、この技術が次に目指す場所を的確に示している。耐久性データの開示と大面積での再現性の実証が進めば、量産化への道筋は具体化していくはずだ。次にHZBが示すべき数字は、パーセンテージではない。年単位の耐久試験データこそが焦点になる。



