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Meta、AIの心臓部に1.5兆円投資か?データ企業Scale AIへの巨額出資が示す「オープン戦略」の岐路

Y Kobayashi

2025年6月9日10:12AM

オープンソースAIの旗手を自認してきたMetaが、水面下で巨大な賭けに出ようとしている。AIモデルの性能を根幹から左右する「データ」を生成するスタートアップ、Scale AIに対し、100億ドル(約1.5兆円)を超える可能性のある歴史的な投資を協議していることが明らかになった。この巨額の投資は、MicrosoftやGoogleとの熾烈な覇権争いの中で、そのAI戦略の根幹を揺るがしかねない、重大な一手である可能性を秘めたものとして注目されている。

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追うMeta、逃げる競合:なぜ今、1.5兆円が必要だったのか?

この巨大投資の背景には、AI開発の最前線で繰り広げられる、ビッグテック間の焦燥感に満ちた競争がある。

MicrosoftはOpenAIに130億ドル以上を投じ、そのAI技術を自社の製品・サービス群に深く統合。AmazonとGoogleは、OpenAIの対抗馬であるAnthropicにそれぞれ数十億ドル規模の投資を実行した。彼らの投資の多くは、自社の強力なクラウドインフラの利用権(コンピューティングクレジット)という形で提供され、スタートアップを自社のエコシステムに深く取り込む戦略だ。

一方、Metaには彼らのような巨大なパブリッククラウド事業がない。Bloombergが指摘するように、Metaの投資はより多くの「現金」を伴う可能性が高い。これは、競合とは異なる土俵で、しかし同等かそれ以上の規模で戦うという、Mark Zuckerberg CEOの強い意志の表れと言えるだろう。Zuckerberg氏は2025年1月、AI関連に年間最大650億ドルを投じる計画を明らかにしており、今回の投資はその壮大な計画の一部に過ぎないのかもしれない。

だが、理由はそれだけではない。より本質的な変化がAI業界で起きているのだ。それは、AIの競争軸が「モデルのアーキテクチャ」から「学習データの質と量」へと明確に移行しつつあるという現実である。特に、Metaの最新モデル「Llama 4」が期待されたほどの評価を得られなかったことが、この動きを加速させた可能性がある。もはや、優れたモデルを設計するだけでは勝てない。「AIの食事」であるデータを制する者が、AIを制する。Metaはこの真理に気づき、AI開発のまさに「心臓部」とも言えるデータ供給源を、巨額を投じてでも確保しようとしているのではないだろうか。

AI開発の「黒子」、Scale AIとは何者か?

では、Metaが白羽の矢を立てたScale AIとは、一体どのような企業なのか。

2016年にAlexandr Wang氏によって設立されたScale AIは、AI開発における最も地道で、しかし最も重要なプロセスの一つである「データラベリング(アノテーション)」を専門とする企業だ。AIモデルが画像に写っているのが「犬」なのか「猫」なのかを理解したり、文章の感情が「肯定的」か「否定的」かを判断したりするためには、人間が手作業で膨大なデータに正解の「タグ」を付けてやる必要がある。Scale AIは、この膨大で手間のかかる作業を、世界中の契約労働者を活用して効率的に行うプラットフォームを提供している。

その需要は、生成AIブームと共に爆発的に増加した。同社の顧客リストにはMicrosoft、OpenAIといった錚々たる名前が並び、Meta自身もすでに出資者の一社である。Bloombergによれば、同社の売上は2024年の8.7億ドルから、2025年には20億ドル以上に倍増すると予測されている。2024年5月の資金調達では評価額が約140億ドル(約2.1兆円)に達しており、今回の投資協議が事実であれば、その価値はさらに跳ね上がることになる。

光と影:急成長の裏にある現実

しかし、その急成長は無傷ではない。Scale AIのビジネスモデルは、フィリピンやケニアといった国々の低賃金な契約労働者に大きく依存しているという負の側面を持つ。過去には、労働者の不当な低賃金や、有害なコンテンツを扱うことによる精神的苦痛などが問題視され、米労働省の調査対象にもなった(この調査は後に取り下げられている)。

一方で、Scale AIは事業の高度化も進めている。単純なラベリング作業だけでなく、分子生物学の博士号や法務博士号を持つような高度な専門知識を持つ人材を雇用し、より専門的で高品質なデータセットを生成するサービスへと進化している。これは、AIが法律や医療といった専門領域へと応用範囲を広げる中で、不可欠な動きと言える。

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オープン戦略の終焉か?投資がもたらす3つの未来シナリオ

この歴史的な投資協議がもし成立すれば、MetaとAI業界全体に計り知れない影響を及ぼすだろう。考えられる未来のシナリオは、少なくとも3つある。

1. 「Llama」の超進化とオープン戦略のジレンマ

最大の恩恵は、次世代のLlamaモデルが飛躍的に高性能化する可能性だ。Scale AIとの緊密な連携により、Metaは競合他社がアクセスできない、独自の高品質な大規模データセットを手に入れることができる。これにより、モデルの精度、応答の自然さ、そして事実に基づいた回答能力が劇的に向上するかもしれない。

しかし、それは同時にMetaの「オープンソース戦略」を大きなジレンマに陥れる。これまでLlamaモデルを広く公開し、開発者コミュニティと共にエコシステムを築いてきたMetaは、巨額を投じて得たこの「データの優位性」をどう扱うのだろうか。Scale AIで生成したデータを独占的に利用すれば、Llamaのクローズド化が進み、オープンソースの旗手という立場は揺らぐ。この投資は、Metaがオープン戦略の岐路に立たされていることを示す、何よりの証拠かもしれない。

2. マルチモーダルと軍事利用への傾斜

この投資は、テキストベースのAIの先にある未来、すなわち「マルチモーダルAI」への布石でもある。Metaが開発を進めるARグラス「Project Aria」のようなデバイスは、我々が見るもの、聞くものをリアルタイムでデータ化する。こうした複雑なマルチモーダルデータのラベリングは極めて困難であり、Scale AIの高度な能力は、Metaが次世代コンピューティングプラットフォームで先行するための鍵となり得る。

同時に、懸念されるのが軍事分野への傾倒だ。MetaとScale AIは既に、MetaのLlama 3をベースにした軍事用大規模言語モデル「Defense Llama」で協力している。Scale AIは米国防総省とも契約を結んでおり、両社の連携強化は、AI技術がより深く防衛・安全保障の領域に組み込まれていく流れを加速させるだろう。効率化や高度化という恩恵の一方で、自律型兵器などの倫理的な課題が、より現実的な問題として我々の前に立ち現れることになる。

3. AI業界の「データ寡占」時代へ

最後に、この一件はAI業界全体の構造変化を促す可能性がある。Metaによる巨額投資は、Scale AIのようなデータ関連企業の戦略的価値を改めて証明した。今後、他のビッグテックも追随し、有望なデータ関連企業への投資や買収が激化するだろう。

その結果、高品質なデータへのアクセスが一部の巨大企業に寡占され、資金力のないスタートアップや研究機関がAI開発競争から締め出される「データ格差」が深刻化する恐れがある。AIの民主化を掲げてきたオープンソースの理念とは裏腹に、現実は巨大資本による寡占化へと進んでいく。皮肉な未来が待ち受けているのかもしれない。

今回の投資協議は、まだ最終決定されたものではない。しかし、その水面下での動きは、AIの覇権を巡る戦いが、計算能力(コンピュート)の確保から、AIの知性の源泉である「データ」の支配へと、新たな、そしてより本質的な段階に移行したことを告げている。Metaのこの一手は、吉と出るか、凶と出るか。その答えは、今後のAIの世界のあり方を大きく左右することになるだろう。


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