世界の半導体製造業界において、長らく続いている「TSMC一強」の構図に、地殻変動の兆しが見え始めている。

Chosun Dailyの報道によると、Samsung Foundry2ナノメートル(nm)プロセスの歩留まりが、量産の分岐点とされる60%付近にまで改善したというのだ。

圧倒的なシェアを誇る台湾TSMCに対し、Samsungはこれまで先端プロセス、特に3nmにおいて歩留まりの低迷に苦しみ、顧客離れという辛酸を舐めてきた。しかし、ここへ来ての「2nmの安定化」は、単なる技術的な進歩以上の意味を持つ。これは、AI半導体需要が爆発する中で、ボトルネックとなりつつあるTSMCへの依存度を下げたい世界中のファブレス企業にとって、待ち望んだ「選択肢」の出現を意味するからだ。

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「60%」という数字が持つ重み:量産への青信号

半導体製造において「歩留まり(Yield)」は、ビジネスの成否を分ける最も重要な指標である。歩留まりとは、投入したウェハーから良品として取れるチップの割合を指す。一般的に、60%という数値は、商業的な大量生産が可能になり、損益分岐点を超えて利益を出し始めるための極めて重要なマイルストーンとされている。

驚異的な回復力とTSMCとの距離

NewsWayおよびChosun Dailyの報道によれば、Samsungの2nmプロセスの歩留まりは、現在55〜60%に達したと推定されている。これは、以前の低迷期と比較して劇的な改善だ。

一方で、競合のTSMCは2nmプロセスにおいて既に60〜70%、一部では90%近い歩留まりを実現しているとの観測もある。数字の上では依然としてTSMCがリードしていることは否めない。しかし、ここで重要なのは「絶対値」ではなく「相対的な進捗」と「市場の受容性」である。

TSMCの生産ラインは、NVIDIAやAppleといった超巨大テック企業の注文で埋め尽くされており、価格も高騰を続けている。こうした状況下では、Samsungの歩留まりが「実用レベル」に達したという事実だけで、十分に市場競争力を持ち得るのだ。

生産能力の倍増計画

市場調査会社Counterpoint Researchのデータは、Samsungの本気度を裏付けている。同社は、Samsungの2nm生産能力が2024年の月産8,000枚から、2026年末には約21,000枚へと163%増加すると予測している。これは、単なる実験室レベルの成功ではなく、明確な量産体制への移行を示唆している。

3nmの失敗が生んだ「GAA」という武器

なぜ、Samsungはこれほど急速に2nmでの巻き返しが可能になったのか? その答えは、皮肉にも過去の苦戦の中にあった。

先行投資としての「痛み」

Samsungは3nmプロセスにおいて、世界に先駆けてGAA(Gate-All-Around)という新技術を導入した。GAAは、電流が流れるチャネルの4面すべてをゲートで囲む構造で、従来のFinFET構造に比べて電力効率と性能を飛躍的に向上させる技術だ。しかし、この新技術の導入こそが、初期の歩留まり低迷と苦難の原因であった。

対照的に、TSMCは3nmまで安定したFinFET構造を維持し、2nm世代で初めてGAAを導入する戦略をとった。

ここに構造的な逆転現象が生まれる。
Samsungは、3nmでの「産みの苦しみ」を通じて、GAAに関する膨大なノウハウとトラブルシューティングの経験を蓄積してきた。業界関係者は、「SamsungはGAAの経験値においてTSMCとは異なる位置にいる」と指摘する。TSMCが2nmで初めて直面するであろうGAA特有の技術的課題を、Samsungは既に克服しつつある可能性があるのだ。

第1世代2nm GAAの性能指標

Samsungの第3四半期決算発表によれば、第1世代2nm GAAプロセスは、第2世代3nm GAAと比較して以下の性能向上を実現しているとされる。

  • 性能: +5%
  • 電力効率: +8%
  • 面積縮小: -5%

これらの数値は、AIアクセラレータやハイエンドスマートフォン向けSoCにおいて、極めて魅力的なアップグレードとなる。

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顧客獲得戦略:価格柔軟性と「ニッチ+ビッグ」のハイブリッド

技術的な裏付けを得たSamsungは、アグレッシブな営業戦略を展開している。その核心は、TSMCの隙を突く「価格戦略」と「ポートフォリオの多様化」にある。

TSMCの価格高騰とSamsungの好機

TSMCの2nmウェハー価格は、前世代比で約50%値上がりしていると報じられている。これは顧客にとって大きなコスト負担となる。Samsungはこの機を逃さず、柔軟な価格設定を提示することで顧客を誘引している。

確保済みおよび潜在的な主要顧客リスト

報道ベースで確認されている、あるいは有力視されているSamsungの2nm顧客リストは以下の通りだ。

  1. Tesla(テスラ): 次世代自動運転チップ「HW 5.0(AI6)」向けに、約165億ドル(約2兆5000億円)規模の契約を結んだと報じられている。これはSamsungにとっての大きな勝利であり、信頼回復の象徴となる。
  2. Samsung System LSI: 自社製モバイルAP「Exynos 2600」。Galaxyシリーズへの搭載が見込まれる。
  3. MicroBT & Canaan(カナン): 中国の暗号資産(仮想通貨)マイニング大手。高効率なASICを求めている。
  4. Qualcomm(クアルコム): 「Snapdragon 8s Elite Gen 5」での採用が検討されているとの情報がある。マルチファウンドリ戦略をとるクアルコムにとって、Samsungの復活は歓迎すべきことだ。
  5. AIスタートアップ群: 日本のPreferred Networks(PFW)や韓国のDeepXなど、特定のAIワークロードに特化したチップを開発するスタートアップもSamsungを選択している。

特筆すべきは、超大口顧客(Whales)だけでなく、スタートアップや特定用途向けチップ(ASIC)を手掛ける企業まで幅広く取り込んでいる点だ。TSMCがAppleやNVIDIAの巨大な注文を優先せざるを得ない中、Samsungはそこからこぼれ落ちる、しかし将来性のある多様な需要を拾い上げている。

2027年「黒字化」へのロードマップ

技術と顧客が揃いつつある今、焦点は「いつ利益が出るのか」に移る。

赤字幅の縮小と損益分岐点

証券業界の推計によると、Samsungのファウンドリを含む非メモリ部門は、依然として年間数千億ウォン〜兆ウォン単位の赤字を出している。しかし、2024年第3四半期の営業損失推計は縮小傾向にあり、2025年には赤字幅が大幅に改善される見込みだ。

そして、業界コンセンサスとして浮上しているのが、「2027年のファウンドリ事業黒字化」というシナリオである。

米国テイラー工場の稼働

このシナリオの鍵を握るのが、米国テキサス州テイラーに建設中の新工場(ファブ)である。2026年の稼働開始、そして2027年の本格的な量産(ランプアップ)が計画されており、ここでTesla向けのチップなどが製造されると見られる。
米国内での生産拠点は、地政学的リスクを懸念する米国顧客にとって非常に重要であり、テイラー工場の稼働率向上は、そのままSamsungの収益改善に直結する。

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市場構造の再編

今回のSamsung 2nmの歩留まり改善は、単なる一企業の業績回復にとどまらず、半導体業界全体にどのような意味をもたらすのか。筆者は以下の3つの視点が重要であると分析する。

① 「TSMCリスク」の緩和

現在、世界の最先端ロジック半導体の90%以上が台湾で製造されているという事実は、地政学的な観点から極めてリスクが高い。Samsungが「信頼できる第二の供給源(Second Source)」としての地位を確立することは、AppleやNVIDIA、そして米国政府にとっても、サプライチェーンの強靭化(レジリエンス)という観点で必須の課題解決となる。Samsungの復調は、業界全体のリスクヘッジとして機能する。

② AI半導体の多様化

TSMCの生産ラインが逼迫すると、AIチップの供給不足が起き、AI開発のスピードが鈍化する恐れがある。Samsungが受け皿となることで、マイニング企業やAIスタートアップなど、ビッグテック以外のプレイヤーも最先端プロセスを利用できるようになり、AIイノベーションの裾野が広がる可能性がある。

③ 価格競争の再燃によるコストダウン

独占市場では価格は高止まりする。Samsungが強力な競合として復活することで、健全な価格競争が生まれ、長期的には最終製品(スマートフォンやAIサービス)のコスト上昇を抑制する効果が期待できる。

Samsungは「代打」から「主力」へ戻れるか

Samsungファウンドリ事業部は、文字通り「退く場所のない」状況まで追い詰められた。しかし、その危機感が組織の引き締めと技術的なブレークスルーを生んだと言える。

2nmにおける60%という歩留まり、そしてGAA技術の先行経験は、Samsungが再びTSMCの背中を捉えるための強力な足掛かりだ。もちろん、TSMCの壁は依然として高く、厚い。しかし、市場は「TSMC以外」の選択肢を渇望している。

今後の焦点は、2026年のテイラー工場の立ち上げと、実際に量産されたチップの性能(電力効率と発熱)が、カタログスペック通りに発揮されるかどうかに集約されるだろう。もしSamsungがこの局面で成功を収めれば、2027年は半導体業界の勢力図が再び塗り替わる「反転の年」となるかもしれない。


Sources