AI(人工知能)やHPC(高性能コンピューティング)の進化が加速する中、その性能を左右するメモリ技術への要求は高まる一方だ。Samsung Electronicsが、次世代広帯域メモリ「HBM4」において、発熱問題の抜本的解決とメモリインターフェースの超広帯域化を目指し、「ハイブリッドボンディング」技術を導入する方針を明らかにした。この動きは、メモリ市場の勢力図を塗り替える可能性を秘めており、業界の注目が集まっている。一体、ハイブリッドボンディングとはどのような技術で、Samsungはどのような勝算を抱いているのだろうか?
HBM進化の壁:マイクロバンプの限界と「熱」という名の怪物
HBM(High Bandwidth Memory)は、複数のDRAMダイ(半導体チップの本体)を垂直に積み重ね、シリコン貫通電極(TSV:Through-Silicon Via)によって各層を接続することで、圧倒的なデータ転送帯域幅を実現するメモリ技術だ。現在の主流であるHBM3や、その改良版であるHBM3Eでは、DRAMダイ同士の水平方向の接続に「マイクロバンプ」と呼ばれる微細なハンダ球が用いられている。
しかし、AIやHPCの進化に伴い、メモリには更なる広帯域化と積層数の増加が求められている。こうなると、従来のマイクロバンプ方式では、いくつかの深刻な壁に突き当たる。
まず、電気的特性の限界だ。データレートが高速化し、積層数が増えるほど、マイクロバンプ自体の抵抗や容量が信号の遅延や劣化を引き起こしやすくなる。また、バンプのサイズや間隔にも物理的な限界があり、これがインターフェースの広帯域化を阻む一因となっている。
そして、もう一つの、そしておそらくより深刻な問題が「発熱」だ。多数のDRAMダイを高密度に積層し、高速で動作させると、膨大な熱が発生する。マイクロバンプと、その間を埋めるアンダーフィル材は、熱伝導の妨げとなり、効率的な放熱を難しくする。この熱問題は、メモリの性能低下や信頼性悪化に直結するため、HBM進化における最大の課題の一つとされてきた。
韓国EBNの報道によれば、ソウルで開催された「AI半導体フォーラム」に登壇したSamsung電子のソン・ギョミン氏は、「クラウドサーバーで消費される電力の14%がメモリに起因する」と指摘し、電力効率の重要性を強調した上で、「(従来のHBMでは)マイクロバンプによって積層できる層数に限界が生じ、発熱問題も発生する」と述べている。この発言からも、既存技術の限界が明確に見て取れる。
Samsungの切り札「ハイブリッドボンディング」とは? その驚くべき可能性
こうした課題を克服するためにSamsungがHBM4で採用を決断したのが、「ハイブリッドボンディング」技術だ。これは、従来のマイクロバンプを一切使用せず、DRAMダイの銅配線同士、および絶縁膜(酸化膜)同士を直接、原子レベルで接合する革新的な3D実装技術である。
この技術の最大のメリットは、接続部の微細化と熱抵抗の大幅な低減だ。ハイブリッドボンディングにより、インターコネクト(相互接続)のピッチ(間隔)を10マイクロメートル以下にまで微細化できる。これにより、電気的な抵抗や容量が劇的に低減し、信号品位が向上。結果として、より高速で安定したデータ転送が可能になるのだ。
さらに重要なのは、熱特性の改善だ。マイクロバンプやアンダーフィル材といった熱伝導のボトルネックがなくなることで、DRAMダイで発生した熱が効率的に外部へ放出されるようになる。これにより、積層数を増やしても、あるいは動作周波数を高めても、温度上昇を抑制しやすくなるのだ。
ソン・ギョミン氏は、ハイブリッドボンディングの採用によって、データ転送を担うI/O(入出力)の数も飛躍的に増加させられる可能性を示唆している。EBNによると、同氏は「TSVのピッチ(TSV間の間隔)を縮めることで、より多くの信号を送ることができるが、問題はマイクロバンプだった。バンプをなくせば、より高密度にできる」と説明。現在のHBM3EのI/O数が1024個であるのに対し、HBM4ではこれが2倍に、将来的にはさらに増加するとの見通しを示しているという。これは、メモリ帯域幅の文字通り桁違いの向上を意味する。
まさに、HBMが抱える「熱」と「帯域幅」という二大課題を一挙に解決し得る、ゲームチェンジャー的技術なのだ。
ライバルSK hynixの戦略と市場の行方:コストと技術の天秤
一方、HBM市場でSamsungと熾烈な競争を繰り広げるSK hynixは、ハイブリッドボンディングの採用に対して、より慎重な姿勢を見せているようだ。
SK hynixは、現行のHBM3Eなどで実績のある「MR-MUF(Molded Reflow Underfill)」という実装技術の改良を進めている。これは、マイクロバンプを用いた上で、溶融した樹脂でダイ間を封止する方式だ。SK hynixは、この改良型MR-MUF技術がハイブリッドボンディングに匹敵する性能と良好な歩留まりを実現できるのであれば、少なくとも次世代のHBM4ではMR-MUFを継続する考えのようだ。実際、同社はJEDEC(半導体技術の標準化団体)が定めるHBM4の最大高さ要件775マイクロメートルに準拠した16層積層のHBM4スタックを、この改良型MR-MUFで実現することを目指していると報じられている。
SK hynixがハイブリッドボンディングの即時採用に踏み切らない背景には、やはり「コスト」と「設備投資」の問題がある。ハイブリッドボンディングを実現するための専用装置は、従来のパッケージング装置と比較して数倍以上高価であり、設置に必要なクリーンルームの面積も広大になる。これは、製造コストの増大と投資効率の低下に直結する。EBNは、SK hynixが内部的にハイブリッドボンディング技術の検証を終えているにも関わらず適用を遅らせているのは、「量産性」が理由だと指摘している。
これに対し、Samsungには半導体製造装置を手掛ける子会社「Semes」が存在する。Samsungは、このSemesを通じてハイブリッドボンディング関連装置のコストをある程度抑制できる可能性があるのだ。EBNによれば、SemesのTCボンダー(熱圧着ボンディング装置、ハイブリッドボンディングの前世代技術にも関連)技術が向上しているとのことで、Semesから比較的安価にハイブリッドボンダー装置の供給を受けられれば、コスト問題をある程度解決できる可能性があるとのことだ。しかし、SemesがHBM4の本格量産が計画されている2026年までに、要求される性能と生産能力を備えたハイブリッドボンディングシステムを供給できるかは、現時点では不透明だ。
もしSamsungが計画通り、ハイブリッドボンディングを用いたHBM4の認定に成功し、2026年から量産を開始できれば、性能、熱特性、信号密度といった面でMicronやSK hynixに対して明確な技術的・商業的優位性を確立する可能性がある。これは、HBM市場におけるシェア争いに大きな影響を与えるだろう。
HBM4の未来:技術革新の先に広がる可能性と残された課題
SamsungがHBM4に採用する次世代DRAM「1c DRAM」の歩留まりは、PLC(Product Level Checkpoint:チップ開発がほぼ完了した段階で行われる電気的特性検査)の段階で良好な結果を示しているとEBNは報じており、開発自体は順調に進んでいるとみられる。
しかし、ハイブリッドボンディング技術が真にHBM4の主流となるためには、量産段階での歩留まりの安定化や、依然として残るコストの問題など、乗り越えるべきハードルは少なくない。
それでもなお、ハイブリッドボンディングによりもたらされるメリットは大きい。AIモデルの巨大化、HPCにおける計算需要の爆発的増加は、メモリ帯域幅と電力効率に対する要求を際限なく押し上げている。SamsungがHBM4でハイブリッドボンディングを成功させれば、AI・HPC分野全体の進化を加速させる起爆剤となるかもしれないのだ。
Sources
- EBN
- via Tom’s Hardware