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Snowflake、Crunchy Dataを約2.5億ドルで買収―PostgreSQL統合でAIデータクラウド強化、新サービスも

Y Kobayashi

2025年6月3日

クラウドデータプラットフォーム大手のSnowflakeが、PostgreSQLデータベースの専門企業Crunchy Dataを約2億5000万ドル(約390億円)で買収する意向を2025年6月2日に発表した。この動きは、AI(人工知能)エージェント開発競争が激化する中、Snowflakeが自社のAIデータクラウド戦略を強化し、成長著しいPostgreSQLエコシステムを取り込むための重要な一手と見られている。買収は間もなく完了する見込みで、Crunchy Dataの技術を基盤とした新サービス「Snowflake Postgres」の提供も予定されており、データプラットフォーム市場に新たな波紋を広げそうだ。

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加速するデータ企業買収の波、SnowflakeがCrunchy Dataに白羽の矢

テクノロジー業界では、AIの進化を背景にデータ関連企業の買収が活発化している。記憶に新しいところでは、Salesforceによるデータ管理の老舗Informaticaの買収(約80億ドル)、データインテリジェンス企業AlationによるNumbers Stationの買収、そしてServiceNowによるData.Worldの買収など、大手企業がAIエージェントの能力向上やデータ基盤強化を急ぐ動きが顕著だ。

こうした流れの中で、SnowflakeがCrunchy Dataに白羽の矢を立てた。CNBCが関係者筋の情報として報じたところによると、買収金額は約2億5000万ドル。Snowflakeはこの金額について公式なコメントを控えているが、データプラットフォーム市場における同社の野心的な戦略を浮き彫りにする規模と言えるだろう。Crunchy Dataは約100人の従業員を擁し、買収完了後にSnowflakeに合流する予定だ。

なぜ今Crunchy Dataなのか?PostgreSQLとAI戦略の核心

今回の買収の鍵を握るのは、オープンソースのリレーショナルデータベース管理システムである「PostgreSQL」と、Snowflakeが推し進める「AI戦略」である。

PostgreSQLの魅力とCrunchy Dataの強み

PostgreSQLは、1980年代から続く歴史あるデータベースでありながら、その柔軟性、堅牢性、そして活発なコミュニティによる継続的な機能拡張により、近年開発者の間で絶大な人気を誇っている。特に構造化データを扱うための標準言語であるSQL(Structured Query Language)との親和性が高く、Stack Overflowが2023年に実施した開発者調査では、MySQLを抜いて最も人気のあるデータベースに選ばれたほどだ。

2012年設立のCrunchy Dataは、このPostgreSQLに特化したソリューションを提供してきた企業だ。主な事業内容は、企業がPostgreSQLを容易に導入・運用するためのツール群や、エンタープライズグレードのPostgreSQLデータベース、そして「Crunchy Bridge」として知られるフルマネージドのクラウドPostgreSQLサービスである。特筆すべきは、Kubernetes環境でPostgreSQLを運用するための「Crunchy Postgres Operator」を早期から提供するなど、クラウドネイティブ技術への対応力も高い点だ。

同社の顧客リストには、UPS、SAS Institute、Moneytreeといった有名企業に加え、米国土安全保障省などの政府機関も名を連ねており、その技術力と信頼性の高さが伺える。CNBCの報道によれば、Crunchy Dataの年間経常収益(ARR)は3000万ドルを超えているという。

Crunchy Dataの創業者兼CEOであるPaul Laurence氏は、同社のブログで「2012年当時、多くの人々にとって『ビッグデータ』の年であり、NoSQL技術が強力な新しいデータ管理ユースケースを示していた。SQL技術を中心に新しい会社を設立するというアイデアは、愚かか、あるいは逆張りだと見られていた」と当時を振り返る。しかし、彼らはPostgreSQLの将来性に着目し、その選択が正しかったことは、今日のPostgreSQLの隆盛と今回の買収が証明していると言えるだろう。

Snowflakeの狙い:AIデータクラウドとOLTP市場への野望

Snowflakeにとって、Crunchy Dataの買収は単にデータベース製品のラインナップを増やす以上の意味を持つ。最大の狙いは、同社が注力する「AIデータクラウド」構想の強化、特にAIエージェントの開発と運用基盤の拡充にあると考えられる。

買収発表と同時に、SnowflakeはCrunchy Dataの技術を統合した新サービス「Snowflake Postgres」を近日中にプライベートプレビューとして提供開始することを明らかにした。Snowflakeの製品担当エグゼクティブバイスプレジデントであるChristian Kleinerman氏とCrunchy DataのLaurence CEOは共同ブログ投稿で、「Snowflake Postgresプラットフォームは、開発者がエージェントとアプリケーションを構築、デプロイ、スケーリングする方法を簡素化する」と述べており、AIエージェントが人間からの指示を受けて自律的に複雑なタスクを実行する未来を見据えている。

Snowflakeのエンジニアリング担当SVPであるVivek Raghunathan氏は、「私たちのビジョンは、世界で最も信頼され、包括的なデータおよびAIプラットフォームをお客様に提供することだ。Crunchy Dataの買収提案は、SnowflakeがあらゆるエンタープライズデータとAIのニーズに応える究極の目的地である理由をまた一つ示すものだ」とプレスリリースで語っている。Snowflakeは、この買収を通じて3500億ドル規模とされる巨大なOLTP(オンライントランザクション処理)市場への本格的な参入も視野に入れているようだ。OLTPは、PostgreSQLが得意とする領域の一つであり、Snowflakeの既存の分析ワークロード中心のサービスを補完する形となる。

Snowflakeは2024年にPostgreSQLおよびMySQLへの接続を容易にするコネクタを発表しており、昨年にはデータ管理企業Datavoloを買収するなど、データエコシステムの拡充を着実に進めてきた。今回のCrunchy Data買収は、その動きをさらに加速させるものだ。

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巨額買収劇の裏側:Databricksとの熾烈な競争と市場の声

Snowflakeの今回の動きは、データプラットフォーム市場における最大のライバル、Databricksとの熾烈な競争関係を抜きには語れない。

ライバルDatabricksの動向:Neon買収との比較

Databricksは、Snowflakeの発表のわずか数週間前、同じくPostgreSQLベースのサーバーレスデータベース新興企業Neonを約10億ドルという巨額で買収すると発表したばかりだ。Databricksもまた、AIエージェントの高速な動作と従量課金制の経済性、そしてPostgreSQLコミュニティのオープン性を活用することを狙っている。

興味深いことに、CNBCの報道によると、Snowflakeも昨年Neonの買収を検討したが、最終的に見送った経緯があるという。NeonとCrunchy Dataは共にPostgreSQLを核とする企業だが、Neonが比較的新しいサーバーレスアーキテクチャに注力しているのに対し、Crunchy Dataはより広範なエンタープライズ向けのPostgreSQLソリューションとマネージドサービスで実績を積んできた。Snowflakeが最終的にCrunchy Dataを選んだ背景には、技術的なフィット感や、既に3000万ドル超のARRを持つCrunchy Dataの事業基盤の安定性などが考慮された可能性が考えられる。

専門家や顧客企業の見方

Constellation Research Inc.のアナリストであるHolger Mueller氏は、今回の買収について「PostgreSQLが構造化データにアクセスするための『共通言語』としての地位を固めるものだ」と評価。「顧客や開発者は、SnowflakeがPostgreSQLをサポートすることで、データアクセス言語を標準化できるという安心感を得られるだろう。開発者にとっては、Snowflakeを通じてより多くのデータベースや情報源にアクセスできることを意味する」とSiliconANGLEにコメントしている。

Snowflakeの顧客企業からも期待の声が上がっている。AIソリューションを提供するLandingAIのCEOであるDan Maloney氏は、「PostgreSQLデータベースへの直接アクセスがSnowflake内で可能になることは、我々のチームと顧客にとって非常に大きなインパクトをもたらす可能性がある。これにより、Snowflake Native AppであるLandingLensを顧客のアカウントに安全にデプロイできるようになるからだ」と述べている。

Crunchy Dataが見た「PostgreSQLの逆襲」とSnowflakeとの未来

Crunchy Dataのブログでは、同社がPostgreSQLと共に歩んできた道のりと、Snowflakeとの未来への期待が語られている。

前述の通り、2012年の創業当時、NoSQLがビッグデータの主役と目される中で、Crunchy DataはPostgreSQLの将来性に賭けた。その後、PostgreSQLコミュニティはネイティブレプリケーション、JSONBサポート、クエリ並列処理、パーティショニングといった重要な機能を次々と追加。近年では、AIワークロードの需要に応えるべく、ベクトルデータを効率的に管理する拡張機能「pgvector」も登場し、その進化は止まらない。

Crunchy Data自身も、PostgreSQLをコンテナで実行する試みから始まり、Kubernetes上でステートフルなワークロードを実行するための先駆的なOperatorを開発。さらに、フルマネージドサービス「Crunchy Bridge」は、大規模アプリケーションから開発者の趣味のプロジェクトまで幅広く対応し、高い評価を得ている。

同社はまた、PostgreSQLの運用データベースとしての強みと、Apache Icebergのような分析データレイク技術との連携にも注力してきた。「運用データをシームレスに分析にも利用したい」という顧客のニーズに応えるためだ。このトレンドは、Snowflakeが分析プラットフォームとして見てきた市場の動きとも合致する。

Crunchy Dataはブログの締めくくりで、「Snowflakeに加わることで、PostgreSQLエコシステムとコミュニティへの貢献を拡大できる可能性がある。我々のチームはSnowflakeのチームに加わり、信頼されるSnowflakeデータクラウドにおいてPostgreSQLの新たなイノベーションを推進すると同時に、顧客が信頼する最高の開発者体験を備えた実運用可能なPostgreSQL技術を提供し続ける」と述べており、新たなステージへの意欲を示している。

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今後の展望と市場へのインパクト

SnowflakeによるCrunchy Dataの買収は、単なる技術獲得に留まらず、データプラットフォーム市場とAI開発環境の未来に大きな影響を与える可能性を秘めている。

「Snowflake Postgres」がプライベートプレビューを経て正式にリリースされれば、Snowflakeの顧客は、既存の分析ワークロードに加え、トランザクション処理のワークロードも同一プラットフォーム上で効率的に扱えるようになるかもしれない。これは、データのサイロ化を防ぎ、リアルタイム性を求められるAIアプリケーションの開発を加速させる上で大きなメリットとなるだろう。

一方で、Databricksとの競争はますます激化することが予想される。両社がPostgreSQLを自社プラットフォームの重要な柱と位置付けたことで、PostgreSQLエコシステム全体の活性化にも繋がるかもしれない。開発者にとっては、選択肢が増えるとともに、より高度な機能やサービスが期待できるようになるのではないだろうか。

この買収劇は、AIという巨大な潮流が、データベースというITインフラの根幹を揺るがし、市場の勢力図を塗り替えようとしている現状を象徴している。SnowflakeがCrunchy Dataという「切れ味鋭い(Crunchy)」武器を手に入れたことで、データとAIの世界はどのように変わっていくのか楽しみだ。


Sources

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