レーザーの発明以来、光学技術の多くは位相の揃った「コヒーレント光」を前提に発展してきた。光通信や光コンピューティング、干渉計測などでは、波面の揃った光は扱いやすく、その振る舞いも理論的に予測しやすい。一方、大気の揺らぎを通過した星の光や、散乱体を通り抜けた光、複数の独立した光源が混ざり合った光などは、光の各成分の間で位相の相関が部分的に失われた「部分コヒーレント光」となる。こうした不完全なコヒーレンスは、干渉縞のコントラスト低下や情報伝達の劣化を引き起こすため、従来の光学系では主に望ましくない性質として扱われてきた。
しかし、統計光学の観点では、部分コヒーレント光は単なる無秩序なノイズではない。電場の各成分間の統計的な相関を表す「コヒーレンシ行列」を数学的に対角化すれば、光場を互いに統計的な相関を持たない独立した空間モード、すなわち「コヒーレンスモード」に分解できる。理論上は、この固有モードを個別に取り出すことで、複雑に混ざり合った光場が持つ情報を利用できる。しかし、こうした行列の対角化を光学ハードウェアで直接実行し、光を別々の出力ポートへ物理的に分離する技術は、これまで実証されていなかった。従来の光トモグラフィでは、異なる測定基底で得られた光強度からコヒーレンシ行列を数値的に再構成する必要があり、光そのものを固有モードごとに取り出すことはできなかった。
2026年10月30日、学術誌『Nature Photonics』にオンライン掲載された論文で、スタンフォード大学などのPaul-Alexis Mor氏とAnne R. Kroo氏らの研究チームが、この理論的な構想をシリコン光集積回路で実証した。研究チームは、マッハ・ツェンダー干渉計(MZI)を網目状に配置した回路を使い、未知の部分コヒーレント光から固有モードを自動的に見つけ出し、それぞれを独立した導波路へ振り分けるプロセッサを開発した。光の統計的な相関をチップ上で直接解析し、分離された光をそのまま後段の光学処理に利用できることを示した成果だ。
光源の復元ではなく「直交する固有モード」への分解

この研究を理解するうえで重要なのは、チップが元の光源を個別に復元するわけではないという点だ。例えば、複数のレーザーや天体から届いた光が混ざり合っている場合、チップはそれぞれの光源が発した光をそのまま取り出すわけではない。実行するのは、光場のコヒーレンシ行列を数学的に固有値分解する「対角化」であり、いわゆるブラインド信号源分離とは異なる処理である。
電場の統計的な相関を表すコヒーレンシ行列 はエルミート行列であり、その固有ベクトルがコヒーレンスモードを定義する。これらの固有モードは空間的に互いに直交し、統計的にも無相関、すなわち相互にインコヒーレントである。また、各モードが運ぶ光パワーは、対応する固有値によって表される。したがって、コヒーレンシ行列を対角化することは、光場を互いに干渉しない独立したモードへ分解し、それぞれが担う光パワーを求めることに相当する。
例えば、空間的な分布が互いに直交していない2つの独立したレーザー光を入力した場合、チップが取り出すコヒーレンスモードには、通常、両方のレーザー光の成分が含まれる。分離された固有モードが元のレーザー光と一致するのは、入力された2つの光が最初から空間的に直交している場合に限られる。つまり、この回路は光の発生源を特定する装置ではなく、与えられた光場を統計的に独立した直交モードへ分解する装置なのだ。
この考え方自体は新しいものではない。2024年に学術誌『Light: Science & Applications』で発表された先行研究では、自己構成型の光学ネットワークを使い、コヒーレンスモードを分離・合成する理論的な枠組みが主に数値シミュレーションによって示されていた。今回の研究は、その構想を半導体ファウンドリで製造したシリコンフォトニクスチップに実装し、実際の光を使って動作を確かめた点に意義がある。
従来の光トモグラフィでは、測定結果として得られるのはコンピューター上のコヒーレンシ行列だった。これに対し、今回の光集積回路は、固有モードを物理的に異なる導波路へ振り分ける。分離された光はチップ内をそのまま伝搬するため、後段で位相や振幅を変調したり、光ニューラルネットワークや通信受信器へ入力したりできる。数値データとして光の状態を解析するだけでなく、その解析結果に対応する光を物理的に取り出せることが、従来法との大きな違いだ。
8×2の干渉計ネットワークと周波数多重ディザリングの仕組み
研究チームは、波長約1,534.65nmの独立した2台の波長可変半導体レーザーを使い、互いに時間的な相関を持たない部分コヒーレント光を生成した。これをチップに入射させ、コヒーレンスモードを抽出できるか検証した。実験に使われたのは精密に制御されたレーザー光であり、自然環境における撮像や、天体観測への応用を直接試したものではない。
チップは、厚さ220nmの結晶シリコン層を持つSOI(Silicon-on-Insulator)基板上に製造された。製造を担当したのはシンガポールのAdvanced Micro Foundryで、193nmの深紫外線(DUV)露光プロセスが使われている。光の伝送には幅約500nmの単一モードシリコン細線導波路を使用し、その周囲を二酸化ケイ素(SiO₂)のクラッドで覆っている。
自由空間から光を取り込むため、チップ上には9個の回折格子結合器(グレーティングカプラ)が配置された。隣接する結合器の間隔は約50μmで、光は設計上の最適入射角である約11度から照射される。内部には、2入力2出力のMZIを階層的に接続した再構成可能な干渉計ネットワークが組み込まれている。このネットワークは2層のカスケード構造を持ち、第1層で抽出したモードと直交する残りの光成分を、第2層へ送る構成になっている。
回路自体は9入力2出力の構成だが、論文の主実験では9個の入力のうち1個を意図的に使用せず、終段の一部のMZIを出力間の干渉測定に転用した。そのため、実際には8入力2出力(8×2)のプロセッサとして動作している。
8つの入力空間モードが最初に通過するのは、第1層の自己構成型MZIネットワークだ。ここでは、出力ポート1に集まる光パワーが最大になるように回路を調整し、最も大きな固有値に対応する第1のコヒーレンスモードを抽出する。抽出されたモードと直交する残りの光成分は第2層へ送られ、同様の最適化によって第2の固有モードが出力ポート2へ導かれる。
各MZIには、窒化チタン(TiN)の薄膜抵抗ヒータを用いた熱光学位相シフタが組み込まれている。ヒータの寸法は約2μm×120μm、抵抗値は約780Ωで、約20mWの電力を加えるとπラジアンの位相変化が生じる。隣接する素子への熱の影響を抑えるため、ヒータの周囲には隔離溝(トレンチ)も設けられている。
この回路がコヒーレンスモードを自動的に見つけ出す仕組みは、出力光パワーを最大化する変分最適化に基づいている。コヒーレンシ行列の最大固有値を求める問題は、数学的にはレイリー商の最大化として表せる。研究チームは、光パワーが増える方向へMZIの位相設定を調整することで、最大固有値に対応するモードを探索した。ただし、位相シフタの設定値に対する最適化問題が一般に凸になるわけではなく、任意の条件で大域的最適解への収束が保証されるという意味ではない。
各層に含まれる最大14個の位相シフタを効率的に調整するため、研究チームは「周波数多重ディザリング」と呼ばれる手法を採用した。これは、それぞれの位相シフタに異なる周波数の微小な正弦波電圧を加え、その影響を同時に測定する方法だ。実験では約30Hzを中心に、約0.5Hzずつ周波数をずらした信号を各位相シフタへ印加した。
光検出器が捉えた出力信号を、それぞれの駆動周波数で復調すると、各位相パラメータが出力光パワーに与える影響を個別に求められる。これにより、回路の詳細な数理モデルをあらかじめ用意しなくても、すべての位相パラメータに対する出力パワーの勾配( および )を1回の測定ステップで同時に推定できる。得られた勾配情報は外部の制御系へ送られ、最適化アルゴリズム「Adam」によって位相設定が逐次更新される。
第1層の最適化が完了すると、最も大きな固有値に対応するコヒーレンスモードが出力ポート1へ集められる。その設定を固定したうえで、第2層が残りの直交部分空間について同じ処理を行い、第2の固有モードを出力ポート2へ導く。この段階的な構成により、各層はすでに抽出されたモードと直交する成分だけを探索できる。
研究チームは、抽出された2つのモードが実際に互いにインコヒーレントになっているかを確認するため、出力導波路を結合する検査用の2×2 MZIも組み込んだ。この干渉計の一方の腕の位相を変化させながら光強度を測定すれば、出力光の間に相互コヒーレンスが残っている場合は干渉縞が現れる。実験では、最適化が進むにつれて干渉縞のコントラスト(ビジビリティ)が消失していく様子が観測された。これは、単に出力光パワーが最大化されたのではなく、2つの出力光が統計的に無相関なモードへ分離されたことを示す直接的な実験結果である。
4入力ポートに限定した精度評価と測定条件
研究チームは、開発した部分コヒーレント光アナライザー(PCLA)の精度を評価するため、同じチップ上で「混合トモグラフィ(Mixture Tomography)」と呼ばれる比較手法も実装した。
混合トモグラフィでは、2台のレーザーを同時に点灯するのではなく、1台ずつ順番に点灯させる。単一レーザーによるコヒーレント光を入力した状態で、既存の自己構成型干渉計技術を使って各ビームの複素振幅ベクトルを測定する。その後、個別に測定した2つの状態ベクトルからコヒーレンシ行列を数値的に再構成し、PCLAによる測定結果を評価するための基準値とした。
この方法は、レーザーを個別に制御できる実験室環境だからこそ利用できる。一方、PCLAは2つのレーザーを同時に入力したまま固有モードを求めるため、元の光源を個別に操作する必要がない。
精度を評価する際に注意したいのは、論文の図2に示された詳細な比較が、チップ全体の9入力ではなく、4つの入力ポートに限定して行われた点だ。この4入力条件で、PCLAが求めた固有ベクトルの忠実度(フィデリティ)は第1層で97.8%、第2層で99.9%に達した。また、固有値に対応する光パワーの推定誤差は、第1層が0.29%、第2層が3.11%だった。
| 手法 | 測定方法 | 得られる結果 | 本研究における位置づけと制約 |
|---|---|---|---|
| 射影型トモグラフィ(従来法) | 複数の測定基底を順次切り替えて光強度を測定し、数値計算で行列を再構成する | 数値データとしてのコヒーレンシ行列 | 光を物理的に分離できず、一般にモード数 $N$ に対して の測定が必要 |
| 混合トモグラフィ(比較基準) | レーザーを1台ずつ点灯し、それぞれのコヒーレント状態を測定して合成する | 数値データとしてのコヒーレンシ行列 | 各光源を個別に制御できる実験室環境を前提とした比較基準 |
| PCLA(今回の実証技術) | 2つのビームを同時に入力し、周波数多重ディザリングと変分最適化で固有モードを抽出する | 独立した導波路へ分離された光と、位相設定から求められる固有モード | 光を維持したまま物理的に分離でき、低ランク構造を利用してモードを探索する |
ただし、これらの精度は、多数の製造チップを評価して得られた統計的な歩留まりや性能のばらつきを示すものではない。論文に掲載された代表的な最適化では、すべてのMZIを50:50の結合比となる状態に初期化し、各層について200エポックの最適化を実行している。報告された数値を、量産されたチップ全体で保証される性能と解釈することはできない。
測定系では、レーザー光を1.226kHzで強度変調し、InGaAs光検出器の出力をロックインアンプで復調している。各エポックでは1万サンプル以上のデータを平均化しており、ロックインアンプの読み出しにおける相対的な不確かさは通常1%未満に抑えられた。代表的な最適化では、勾配がゼロ付近に落ち着くまでに約50回の反復を要した。ただし、収束までの反復回数は、コヒーレンシ行列の固有値間の差(スペクトルギャップ)や信号対雑音比(SNR)によって変化する。したがって、この結果から任意の部分コヒーレント光に対する処理時間や動作速度を一般化することはできない。
強度分布が同じでも位相の違いを識別できる
研究チームは、今回の光回路が従来の強度測定だけでは得られない情報を取り出せることを示すため、2種類の実証実験を行った。
最初の実験では、一方のレーザービームを固定したまま、もう一方のビームをグレーティングカプラのアレイ上で平行移動させた。これにより、2つのビームの空間的な重なり具合を変化させ、その状態をPCLAで測定した。特に重要なのが、2つのビームの中心位置が一致する「位置B」である。
一般的なカメラや光検出器アレイでは、光の強度分布から情報を得る。そのため、2つのビームが空間的に完全に重なっていると、強度分布だけでは単一の光と複数の光の重ね合わせを区別できない。この実験でも、強度分布から求めた「強度エントロピー」 は、位置Bでほぼゼロ()となった。
一方、PCLAは光の強度だけでなく、空間モード間の位相の相関も反映した情報を取り出せる。研究チームは、各コヒーレンスモードの光パワーに対応する固有値 を正規化し、次のように定義した。
この正規化固有値を使うと、光場の統計的な混合の度合いを表す「コヒーレンシ・エントロピー」は、フォン・ノイマン・エントロピーと同じ形式で記述できる。
PCLAで測定した結果、強度エントロピーがほぼゼロだった位置Bでも、コヒーレンシ・エントロピーは約0.6()という有限の値を示した。これは、強度分布が重なっていても、2つのビームが異なる角度から入射しているため、空間的な位相の分布に違いが残っていたことを意味する。PCLAはこの位相構造を捉え、強度分布だけでは見分けられない複数のコヒーレンスモードの存在を検出した。
研究チームは、この結果を検証するため、光強度の分布にビーム間の相対的な波面傾斜を加えた理論モデルを構築した。相対入射角として4.40度をフィッティングしたところ、実験で観測されたコヒーレンシ・エントロピーの主な変化を再現できた。この結果は、強度測定だけでは失われる位相情報が、コヒーレンスモードの識別に役立つことを裏付けている。ただし、顕微鏡や望遠鏡に組み込んで実際に画像の解像度を向上させたわけではない。
2つ目の実験では、両方のビームをグレーティングカプラのアレイ上で空間的に重ねた状態を保ち、一方のビームの入射角だけを連続的に変化させた。入射角を調整すると、チップが受け取る2つのビームの空間モードが、互いに直交する条件を作り出せる。
この条件では、入力された2つのレーザービームが、コヒーレンシ行列の固有モードと一致する。研究チームがPCLAを動作させたところ、入力ビームの空間形状を事前に与えていなくても、光パワーを最大化する最適化処理によって、一方のビームが第1層の出力へ、もう一方のビームが第2層の出力へ自動的に振り分けられた。これは、光の空間プロファイルをあらかじめ知らなくても、コヒーレンスの性質を利用して直交するビームを分離できることを示している。
このとき、2つの出力間で測定されたクロストーク(分離漏れ)は、最小で だった。ただし、クロストークと先述の固有ベクトル忠実度は、異なる性能指標である。忠実度は、推定された固有ベクトルが基準値とどの程度一致しているかを表す。一方、クロストークは、物理的に分離された出力光に、別のビームの光パワーがどの程度漏れ込んでいるかを評価する。したがって、固有ベクトルの忠実度が98%以上であっても、物理的な分離漏れが同じ割合まで抑えられていることを意味しない。
入射角を変化させた実験では、2つのビームが直交する条件でコヒーレンシ・エントロピーが最大値の1($S=1$)に達した。一方、位相と振幅が揃い、単一の支配的なモードに近づいた領域でも、エントロピーは約0.64までしか低下しなかった。研究チームは、この残留エントロピーについて、完全には除去できなかった位相差や微弱なインコヒーレント背景光、導波路ネットワーク内での不完全な光パワーの閉じ込めが影響していると分析している。
回路規模の拡張性と実用化に向けた課題
今回の技術が将来の光集積回路にとって重要なのは、部分コヒーレント光を直接処理できるだけでなく、必要な光学素子数を抑えられる可能性があるためだ。
従来の射影型トモグラフィでは、$N$ 個の空間モードを持つ一般的な光場のコヒーレンシ行列を求めるために、 の測定が必要になる。一方、実際の光場によっては、統計的に独立した有効なモードの数、すなわち行列のランク $r$ が、全体の空間モード数 $N$ よりも大幅に小さい場合がある()。
今回のPCLAでは、1つの固有モードを抽出する各層を、最大 個の光学素子で構成できる。ランク $r$ の光場を分解するには、この層を $r$ 個用意して順次最適化すればよいため、必要な光学素子数は全体で に抑えられる。有効なモード数が少ない低ランクの光場では、すべてのモード間の相関を個別に測定するよりも、小規模な回路で必要な情報を取り出せる可能性がある。 ただし、このスケーリングが表しているのは主に光学素子数であり、実際の処理時間や消費電力まで同じ割合で削減できることを保証するものではない。
研究チームは、主実験で使ったランク2対応の2層回路に加え、完全に再構成可能な9×9のMZIネットワークを用いたランク3の実験も行った。この追加実験では、独立した3台のレーザーから生成した部分コヒーレント光を入力し、3つの出力が互いに統計的な相関を持たない状態へ収束することを確認した。これにより、固有モードの数を増やした場合にも、同じ原理で分離できることが示された。
さらに研究チームは、最適化済みの回路を逆方向に動作させ、部分コヒーレント光を再合成できることも実証した。分離された各モードと同じ波長・パワーを持つ互いにインコヒーレントな光を出力側から逆向きに入力すると、学習した部分コヒーレント光場、またはその位相共役場を再現できる。これは、最適化された位相設定が各コヒーレンスモードのホログラムに相当する情報を保持していることを意味する。PCLAは光の解析と分離だけでなく、所望の部分コヒーレント光を合成する装置としても利用できる可能性がある。
ただし、今回の成果は実験室での原理実証であり、実用的な光信号処理システムへ発展させるには、いくつかの課題を解決する必要がある。
第一の課題は、動作速度だ。今回のチップは熱光学位相シフタを使用しており、数十Hzのディザリング信号によって出力パワーの勾配を測定している。この構成では、大気の乱流によって急速に変化する波面や、高速な光通信信号の状態にリアルタイムで追従することは難しい。論文では、ミリ秒未満の制御を実現した先行研究を踏まえ、専用の制御集積回路や電気光学(EO)位相シフタを導入すれば、キロヘルツ級以上の追従速度も視野に入るとしている。ただし、今回の実験装置でそのような高速動作が実証されたわけではない。
第二の課題は、回路の大規模化に伴う光損失と素子間干渉である。論文の補足資料では、均一・不均一な光損失、熱クロストーク、有限の検出SNRが存在する条件でのロバスト性が、数値シミュレーションによって検討されている。一定の耐性は示されたものの、モード数 $N$ やランク $r$ を数十から数百へ拡大した場合の実測結果はまだない。導波路の伝搬損失やMZIの挿入損失が積み重なることで、最適化の収束性や固有値の推定精度がどの程度低下するかは、より大規模なチップで検証する必要がある。素子数の増加に伴う熱クロストークや制御回路の複雑化も、実用化に向けた重要な検討事項となる。
第三の課題は、実際の応用環境での有効性だ。研究チームは、光通信における波面補償、量子光源のモード解析、天文学のコロナグラフ、超解像イメージングなどを将来の応用分野として挙げている。これらの分野では、光の強度だけでなく位相や空間的な相関を利用することに大きな意味がある。しかし、今回実証されたのは、精密に制御された近赤外レーザー光を使った光集積回路の動作であり、実際の通信システムや天体望遠鏡、顕微鏡で性能改善を確認したものではない。自然環境で生じる複雑な部分コヒーレント光に対して、同じ精度と安定性で動作できるかは、今後の検証に委ねられている。
今回の研究は、従来は数値計算によって解析していた部分コヒーレント光の統計的な相関を、シリコン光集積回路上で直接扱えることを示した。固有モードを物理的に分離し、その光を維持したまま次の処理へ引き渡せる点は、光信号処理の可能性を広げる成果といえる。今後、回路の大規模化と高速制御が実現すれば、光のコヒーレンスを積極的に利用する新たなフォトニクス技術につながる可能性がある。
